だからぼくたちは勉強し続ける   作:でいななし

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問5、[x]=バカ

あの後、気絶した成幸を置いて古橋は帰ってしまった。緒方はどうしようか迷ったが、成幸を椅子の上に横たえてから帰ることにした。緒方もなんだかんだ怒っているのである。

 

「……はっ」

 

成幸が目を覚ます頃には下校時間スレスレで、成幸も慌てて荷物をまとめて家に帰った。

 

(緒方の共感性については解決の糸口が見えてきた。あとは勉強を教えていく中で問題点を洗い出せばいい……。けど、古橋についてはまだよく分かってない。唯一合っていた確率の問題はサイコロ二つ振る系の超簡単な奴だし……)

 

(まぁいきなり問題点が全部分かるとは思ってなかったけど、まさかここまでとはな……。それに『教育係』のファーストコンタクトとしては最悪の結果になっちまった。はぁ……。俺、やっていけるのか……?)

 

と、成幸は弱気になっている自分に気づき、両手で顔をぺちんと叩いた。

 

(何弱気になってんだよ俺……! まだこれからだろ……!)

 

(とにかく、明日からは二人に色んな問題を解いてもらって、何ができて何ができないか……いや、何ができなくてどこまでできないかを把握していこう!)

 

(そのためにはある程度問題をピックアップしてまとめるか……。学校で買った問題集から選んでーーというか、過去のテスト範囲、テスト課題の中から更に選ぶか。とりあえず高1〜高3手前までの過去問からだな)

 

(流石に中学レベルは何とか……なってると思いたいが……。高校受験クリアしてきてるわけだしな。大丈夫だろ。うん)

 

成幸の道のりは遠い。

 

***

 

「というわけで、1年の初めから2年の終わりまでのテストからいくつか問題をピックアップしてきた。お前達の苦手な所、できない所、全くできない所を見つけていくぞ」

 

放課後、成幸達は図書室で勉強を始めた。

正直声を掛ける時は気まずく緊張した成幸であったが、緒方も古橋も昨日のことは引きずっていなかったらしい。快く承諾してくれた。

 

「はい。任せてください」

「今度こそ満点取ってみせるからね!」

 

「その根拠の無い自信はともかく……今日は分からないところがあったらすぐに質問してくれ。今日は何がどう分からないのかを知っていきたいからな」

 

「はい。分かりました」

「はーい!」

 

「良しっ、じゃあ始め!」

 

シュパっと問題に取り掛かる二人から目を離し、成幸もまた自分の勉強を始める。

 

(俺も勉強のペース上げてかないとな……。今はまだ教える内容もレベルもそこまで難しくはないが、受験に近づくにつれて教える内容もレベルも跳ね上がってくる)

 

(その時、俺は『一緒に考える生徒』ではなく『分かりやすく教えてくれる先生』でないといけない。今のような授業に合わせた勉強スタイルではなく、独学でも先に進んで行かなきゃいけない)

 

(だが、そこで壁にぶち当たる。数学や物理、化学などは、その『先』が具体的にどういう内容なのかは分かる。数学で言えば、微分積分とその応用など。物理で言えば電磁気、熱、波動など。化学でいえば理論化学だったり有機化学だったりする)

 

(けど、国語や英語になると話は別だ。理系科目と比べて、国語や英語には明確な分野分けがない……少なくとも俺はそう感じている。勿論、国語で言えば現代文、小説、評論、古文、漢文。英語なら長文読解、英作文、リスニングなどの種類はあるけど、それだけなんだ)

 

(こっから先は3年生の内容ですっていう、明確な目印がない……少なくとも生徒の俺には分からない……。学校で買った英語の教科書は内容的に入試を意識してる感じがない。英作文の教科書は入試にも役立つが、学校の教科書だけじゃ長文読解の対策が……)

 

(分かってはいたけど……『教育係』を務めるには情報が圧倒的に足りない。入試に頻出の問題、大学別の傾向……それも重要だけど、それ以上に問題を解く上でのものの考え方、問題集の適切な使い方、ちょっとした小技からあっと驚くような多角的な視点ーーそれが足りない。絶対的に足りない)

 

(その情報を補うにはどうすればいい? 参考書を大量に読み込むか? いや、大量の情報の中から俺が必要とする情報を見抜けるとは限らない。先生に聞きまくるのもアリだとは思うけど、言葉だけでは上手く分からない気がする。ーーやはり、授業を受けている時に、こういう考え方もできるんですよ、とか、こういう問題がよく出るんだ、とか、実践で学んでいきたい)

 

(百聞は一見に如かずとはよく言ったものだ)

 

「ねぇねぇ唯我君」

 

「ん、どうした古橋?」

 

「この問題なんだけど……」

 

x^2+3y+a^2+ax=0について、これを満たす実数aが存在するためのxとy条件を求めなさい(問題適当)

 

「そうだな……まずはどう解いてみたのか見せてくれ」

 

「うん」

 

古橋の解答を見てみると、解の公式にぶっ込んだり、xについての判別式でD≧0をやったりと、とにかく手当たり次第やってみたって感じだった。

 

「なるほど。古橋、分からないもんだいがあったら、まずは具体例から考えてみよう」

 

「具体例?」

 

「そう。例えば、x=1、y=1の時、元の等式を満たすaは存在するか?」

 

「え? ちょっと待ってね。1+3+a^2+aだから、a^2+a+4=0になるから、この方程式の判別先をDとすると、D=1−4•1•4=−15だから解は無いよ!」

 

「実数解は、な。じゃあ古橋、x=X、y=Yだったらどうする?」

 

「待って、何で文字を文字で置くの? そのままで良くない?」

 

「いや、これはxっていう変数にXっていう定数を代入したって意識をしっかり持って欲しいからなんだ。古橋が数学できない理由の一つは、多分、変数と定数の使い分けがしっかりできてないからだと思う」

 

「変数と、定数……」

 

「そう。古橋の解答は変数と定数の区別が曖昧なんだ。例えばココ、元の方程式から二次方程式の解の公式を使ってるな?」

 

「う、うん」

 

「確かに一見、これはxについての二次方程式にも見えるが、yがあるだろ? xとyの二つの変数があるーーつまり、これは方程式じゃなくて関数なんだよ」

 

「えっと……つまり、この問題だとxとyがあるから二次方程式の解の公式は使えないの?」

 

「ああ。xとyという二つの変数があるから、だな。あ、aは定数だからな。一般的にxyz以外の文字は定数として扱うから」

 

「うん、それは私にも何となく分かる」

 

「でもさ、さっきxとyに1っていう定数を代入した時、古橋はどうした?」

 

「え? 残ったaについての二次方程式になったから、判別式使って……あれ? でもaは定数じゃ?」

 

「そう。古橋は残ったaをxやyのように変数として扱った。定数から変数に切り替えたんだ。そしたら、x=1、y=1の時、元の等式を満たすaの実数解は無かった……つまり、x=1、y=1は求めたいxとyの条件じゃなかったんだ。つまり……」

 

「xとyに定数を代入したら、その時実数解aが存在するか分かる?」

 

「その通りだ」

 

「でも虱潰しに定数を代入するなんてできないし……って、あっ。だからx=X、y=Yを代入するんだね!?」

 

「その通りだ古橋っ! 凄いぞ!」

 

「それでそれでっ、XとYは定数だから、さっきみたいにaについて考えてーーD≧0の時にaの実数解が存在するからーーっ! 出た! 出来たよ唯我君!」

 

「おめでとう! よくやったな!」

 

「えへへ〜」

 

「こういう手法を逆手法って言うんだ。この手法は色んなところで使えるから、意識しておくといいぞ」

 

「うんっ、ありがと!」

 

(解説から学べることはあると言ったが……やはり古橋はまず、根本的な数学の基礎が足りない。記憶力と理解力はあるんだ、数式などの意味をきちんと理解できれば劇的に成長するはずだ)

 

「あっ、じゃあじゃあ、この問題も似たような感じでいけるかなぁ?」

 

「おっ、よく気付いたな」

 

「うんっ、先生が前に言ってたの思い出した!」

 

「そうか」

 

「唯我さん、私もいいですか」

 

「おう、どこだ?」

 

「この問6なのですが……」

 

「説明問題か……」

 

下線部⑥とあるが、それは何故か、50字以上70字以内で答えよ(適当)

 

(文字数はやや多く、下線部自体も中々難しい。登場人物の僅かな心の機微を問いかけている。正直その手前でつまずくかと思っていたけど……一応自分で答えは出せたのか)

 

「下線部の『私はそんな父を見て嫌な気分になった』というのが、いくら前後の文を読んでも分からなくて」

 

「うーん……まず、『そんな父』とは、具体的にどういう父か分かるか?」

 

「えっと……『清々しく笑った』父ですか?」

 

「そうだ。じゃあ『父』は何に対して『清々しく笑った』んだ?」

 

「何に……」

 

(ここか。やはり感情が入った表現に弱いな)

 

「ふむ。じゃあ下線部までの間に『父』に起きた出来事は?」

 

「出来事……。直近ですと、『父』はタイル職人を続けられなくなったことですか?」

 

「そうだ。『父』はタイル職人について、自分の考えを述べていた所はあったか?」

 

「えっと……はい。『1mmでもタイル貼りがズレるようになったら俺は引退だ』と」

 

「はい」

 

「緒方。『1mmでもタイル貼りがズレるようになったら俺は引退だ』という『父』の言葉から、『父』はどういう性格だと考えるのが妥当だ?」

 

「それは……タイル職人でないと分からないのでは? この『1mm』というのがタイル職人にとってどれほど大切なのか、文章中にも書いてないように思います」

 

「違うぞ緒方。『1mm』に注目するんじゃない。『1mmでも(・・)』という表現に注目するんだ」

 

「……『でも』、ですか?」

 

「そうだ。少し例を出そうか。『スカイツリーは634m()ある』『スカイツリーは634m()ある』。この二つのニュアンスの違いが分かるか?」

 

「分かります。前者は肯定的で、後者は否定的です」

 

「それもある。けどそれだけじゃない。『スカイツリーは634m()ある』のとき、筆者は634mは高いと思っている。しかし『スカイツリーは634m()ある』と言ったとき、筆者は634mは低いと思ってるんだ。つまり、筆者の考え方が読み取れる」

 

「? 同じことでは?」

 

「抽象具体の関係としてはニアリーイコールだけど、何に対して肯定的か、というのははっきりさせておきたい。じゃあ緒方、『1mmでも』という表現から何が読み取れる?」

 

「……自分に厳しい、でしょうか?」

 

「その通り。『父』の考えにおいて、一般的に『1mmズレる』ことは『引退』するほどの大きなミスではないんだ。けど、『父』は自分に厳しい性格のために『1mmでも(・・)』ーー『例え1mmしかズレなかったとしても』、自分に厳しい『父』にとっては『引退』に値することなんだ」

 

「なるほど……ですが、『でも』という表現だけでそう判断するのは危険では?」

 

「文章を読み返してみてくれ。『父』の性格に関する情報が散見されないか?」

 

「ーー。あっ、あります。ここにもっ」

 

「こういった情報から、俺たちは登場人物の人物像を組み立てていくんだ。そして『1mmでも〜』って所で、俺たちが思い描いていた『父』の人物像は間違っていないってことが確認できる」

 

「なるほどっ。では『そんな父』とは『自分に厳しい父』ということですね!」

 

「惜しい。緒方、何に対して『清々しく笑った』のか……まだそれが分かってないぞ」

 

「あっ、そうでした」

 

「下線部の前までに『父』に起きた出来事……まだあるよな?」

 

「はい。『父』は実際に、タイル貼りがズレるようになってしまいました」

 

「それで?」

 

「『父』は自分で言っていたように、引退を決意し、そのことを『私』に話しました」

 

「清々しい笑顔で、な……。何故か分かるか」

 

「……やはり、自身の引退が関係しているのでしょうか」

 

「そうだな。文脈からはそう判断できる」

 

「ですが……清々しく笑う必要がどこに……」

 

「緒方、必要性を考えるんじゃない。妥当性を考えるんだ。辻褄合わせと言ってもいい」

 

「あ、すみません。昨日教わったことなのに……」

 

「謝ることはない。それで、どうだ。辻褄は合わせられそうか」

 

「……………………引退することに、もう心残りはない、とか?」

 

「うん。だとしたら、『私』は何で『そんな父を見て嫌な気分になった』んだ?」

 

「…………………『父』のことが嫌いだから、ですか?」

 

「確かにそれもあり得るだろう。けど、文章中に『私』が『父』を嫌う描写があったか?」

 

「……いえ、ありません。むしろ尊敬しています」

 

「そうだ」

 

「『父』が引退を……清々しく、心残りがないかのように決意するのが……嫌……何故……尊敬、していたから……?」

 

「ーーああ」

 

「尊敬しているからこそ、引退してほしくなかった……! だから、『私』は嫌だったんですね!?」

 

「正解だ。よくやったな、緒方」

 

「唯我さん……! ありがとうございます! 初めてちゃんと解けた気がします!」

 

「案外考え方を変えるだけでも、だいぶ問題の見え方が違ったろ? 必要性よりも妥当性を。そしてヒントは文章中にある。まずはこういう風に問題を解くんだっていう感覚を身につけていこう」

 

「はいっ!」

 

その後、成幸達は時間の許す限り勉強をした。

緒方が家の手伝いで帰り、成幸と古橋だけで勉強を続けた。

 

(緒方も古橋も飲み込みが早い……想像以上だ)

 

古橋に関しては特に飲み込みが早く、分からないところを教え切る前に自分で気付くことがある。

この短時間では考えられないくらいだ。

 

その理由はやはり、古橋の圧倒的な記憶力にある。そう、古橋は知識自体はもしかしたら成幸よりも持っているかもしれないほど、今まで受けてきた授業とか教科書の内容とかを覚えている。

 

(ただそれが理解できないだけ……知識を線で結べず、点として散在していただけなんだ。だから何か一つでも理解できれば、芋づる式で理解が深まっていくーー点と点が線で繋がっていく)

 

「なぁ古橋。古橋は数学の何が苦手なんだ?」

 

「何が苦手ーーっていうと? 二次方程式とかそういうの?」

 

「いや、分野の話じゃなくて、好き嫌いの話だ。苦手意識って言うのかな、そういうの、古橋からは聞いてなかったから」

 

(緒方の苦手意識はある意味分かりやすかった。登場人物の心情が分かるはずがない……そういう先入観が読解の妨げになっていた。なら古橋にも……いや、古橋にこそあるべきだ)

 

成幸は、自分がとんだ勘違いをしていたことに気付いたのだ。

二人はそれぞれの得意科目について、天才としか言えないほどの優秀さを誇っている。だがその反面、苦手科目については凡才どころか無才ーーなどと。

 

(古橋の強みである、圧倒的な知識量や予備知識というのは、全教科例外なく(・・・・・・・)、他の受験生と信じられないほどの差を生み出す)

 

逆によくもまぁここまで数学ができなかったものだ。

 

(緒方はそもそも国語的な考え方ができていなかった……それが解決しつつある今、恐らくすぐにでも緒方の成績は平均前後にはなるだろう)

 

いわゆるフィーリングというやつだ。勿論フィーリングに頼り切りではダメだが、感性(フィーリング)なくして読解なし。フィーリングと論理性の両立、相互補完が大切なのだ。

 

(だからこそ、古橋の苦手意識を取り戻せればーー化けるかもしれない)

 

「うーん、具体的にどうっていうのはないんだけど、数式とか見るとどうしても眠くなっちゃうんだよねぇ」

 

「なるほど……」

 

(要は集中できない、と……。だがやる気自体はあるんだし、俺もいる。つまり古橋の苦手意識は、俺達と勉強していく上で自然と解消される可能性が高い)

 

「………」

 

(そしたら……きっと、空飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長していくだろうな。俺はただ、理解を促していくだけでいい)

 

「……すぅ」

 

(そしたら俺の『教育係』としての役割はどうなる……。まぁそう近い話じゃないとは思うけど……万が一というほど低い可能性でもない)

 

「すぴー……」

 

(ありえるのは、平均以上の成績になったため『教育係』は解任……いや、志望校合格を命じられた以上、それはないか)

 

「すぴー、すぴー、あれがすぴかー……」

 

(なら、俺は……更に高度なことを教えなくてはならなくなる。じゃなきゃせいぜいサポート係、良い問題集を選ぶくらいしかできなくなる。まぁその段階まで行けば、俺のサポートなんてなくても……ってか、それは志望校次第か)

 

「なぁ古橋、前に志望校は絞り切っていないって言ってたけど……偏差値的にどのレベルを受けるとかは考えてるのか?」

 

「ぅん……」

 

「どの辺だ? あ、もしかして京東大学とか?」

 

「うん…………」

 

「いや流石にそれはないよなーー、え? 古橋? 今なんて」

 

「ーーはっ!? ご、ごめんね唯我くん! 私寝落ちしちゃったみたい!」

 

「あ、いや、」

 

「あ、そろそろ図書室も閉まるし、今日はこの辺で終わろっか」

 

「あ、うん……」

 

(……何やってんだ俺の馬鹿ーーッ!)

 

成幸は今の己の発言を猛省した。

 

(『教育係』としてーー周囲の反対を押し切ってまでやりたいことがある人を応援する者としてーー『流石にそれはないよな』だと!)

 

成幸はまたもや勘違いをしていた。

古橋の本気の程を、理解できていなかった。

古橋の頑張るという言葉の重みを、分かっちゃいなかった。

 

(俺は勝手に、苦手科目で勝負するなら(・・・・・・・・・・・)志望校のレベルはそこまで高くない(・・・・・・・・・・・・・・・)と思い込んでいた!)

 

実際は古橋はただ寝言で返事をしていただけなのだが、悲しいかな成幸は気付かない。

 

(だけど本当は、古橋の目指す高みは頂点そのものだった! あぁ、今なら先任の『教育係』の先生方がさじを投げた理由が分かった気がする……あまりにも志が高過ぎるあまり、無理だと諦めたんだ……!)

 

(緒方についてはまだ分からないが、古橋は敢えて具体的な志望校を言わなかったんだ。センターで2点取った奴が京東大学なんて、誰も信じないだろうから! 否! 誰も信じてくれなかったから!)

 

「……唯我君? どうしたの?」

 

(だが古橋は俺に教えてくれた……きっと、微かな希望があったんだ。先生ではなく、生徒たる『教育係』の俺なら、きっと分かってくれるんじゃないかって……! そう! 願ってたはずなんだッ!)

 

(それなのに俺は! 古橋の思いを裏切った! 古橋は寝てたなんて言ってたけど……そんなはずがない。きっとそれは、今のは聞かなかったことにしてというサインに他ならない! ……あぁ、きっと、古橋は俺に見切りを付けてしまっただろう。またかと、また……信じてくれなかったんだと……ッ!)

 

(何が『教育係』だ……ッ! 俺は所詮自分のことしか考えていなかった! 初めは難関大がどうとか考えておきながら……いざ実際にその可能性を見れば尻込みし、『その段階まで行けば俺のサポートなんてなくても』などとッ、無責任なことすら考えてしまっていた!)

 

「唯我くん? おーい」

 

(『教育係(オレ)』がそんなんでどうする! 『教育係(オレ)』が誰よりも二人を応援しなきゃいけないのに! 例え半強制的に『教育係』になったとしても! 『教育係(オレ)』にはッ! 二人の人生が懸ってんだぞッ!)

 

「古橋……ッ!」

 

「え、な、何? 急に」

 

(俺はお前を失望させた……だから、きっとしばらくは俺を信じれないと思う。だけどせめて、この思いだけは伝えたい……!)

 

「俺は絶対に! お前たちのことを幸せにしてみせる!」

 

「えっーー」

 

「だから、俺を信じて付き合ってくれッ!」

 

「なっ、なに、急に!? 頭沸いちゃったのかな!?」

 

(くっ……! なんて辛辣な言葉……! だが、その言葉こそ、古橋が俺に失望している証拠……。やはり古橋はちゃんと起きていた。寝落ちなんかしてなかった……!)

 

「お前の言いたいことは分かる。こんなこと言っても、きっとその心には届いていない……」

 

「と、届くわけないよ! だって私達まだ出会って数日ーー」

 

「あぁ、今すぐにとはいかない……けど、いつか、ちゃんと分かってもらえるように……頑張るから」

 

「……っ」

 

「俺も本気なんだ、古橋」

 

「〜〜っ! ……っ、ーーッ、〜〜〜〜っ!」

 

数秒、二人は見つめ合う。

片方は熱情をもって、片方は顔を真っ赤にして。

それが側から見ればどう映るか……愛の告白以外の何物でもない。

 

「ーーい、今」

 

古橋文乃は決意する。

 

「え……?」

 

「信じるのは……今っ、で、いい……!」

 

出会って数日、信頼関係どころか友人関係すらまだ構築中の段階。常識的に考えて、古橋の判断は危険だと言わざるを得ない。

しかしーーこの真っ直ぐな瞳は、決して下心のある人間にはできない。

だったら、信じてもいいんじゃないかと……信じてみてもバチは当たらないじゃないかと、古橋は思ってしまったのだ。

 

「いい、のか……?」

 

咄嗟に浮かぶのは喜びではなく、純粋な疑問。

それは成幸のこの告白が打算なし計算なしの、心からの言葉であったことの証左。

本気という言葉を本気で言った、何よりの証拠である。

 

だから、古橋文乃は一歩踏み出す。

 

場の空気に呑まれただとか、言い訳は色々あるかもしれない。

けど……こんなにも情熱的に告白されて、心が動かないなんて無理だった。それも下心がないのなら尚更。

 

口から心臓が飛び出そうなほど、古橋の心臓はドキドキと高鳴っている。これは以前成幸に肩を掴まれたときの恥ずかしさとは違うーーそう思わせるに足るものだった。

 

「う、うん。いい。いい、から……!」

 

「じゃあ、俺と……!」

 

「は、はい……!」

 

古橋文乃は、その言葉を口にする。

 

「あなたを信じて……つ、付き合い、ます!」

 

「ありがとう! 古橋! そう言ってもらえるなんて……本当に嬉しい」

 

「……文乃」

 

「えっ?」

 

「その、そういう関係になるんだから……私も、成幸くんって呼ぶから……」

 

言ってから、性急過ぎたかと恥ずかしくなる古橋であったが、成幸は即座に頷いた。

 

「そうだよな! ーーじゃあ改めて、文乃」

 

「ひゃい!」

 

「俺がお前を幸せにする」

 

「ひゃっ、ひゃい!」

 

「俺がお前を! 絶対に合格させてやるから!」

 

「ーーーー」

 

古橋文乃高校三年生は国語の天才である。

故に、理解するのは容易かった。

 

「ーーこれから一緒に勉強頑張ろうな! 文乃!」

 

ッパァン! (ビンタ)

ッパパパパパパパパァン! (往復ビンタ)

ッパパパパパパパパァンッパパパパパパパパァンパパパパパパパパァンパパパパパパパパパパパパパパパパァン!!!!! (強烈往復連続ビンタ)

 

「……そうだね、勉強だけ(・・・・)は、一緒に頑張ろうね」

 

ドサリと、頬がパンパンに腫れ上がった成幸は床に崩れ落ちる。

それを見てちょっとやり過ぎたかもと思った古橋であったが……古橋の受けた辱めを思えば、むしろこれくらいで良かったと思うべきか。

 

「………」

 

だが、紛らわしい言い方はともかく、成幸のあの言葉が真実であったことに違いはない。そう思うと段々と罪悪感とかが色々出てきちゃう古橋であった。

 

「ごめんね、ちょっとやり過ぎちゃった。でも紛らわしい言い方をする方も悪いんだよ?」

 

「え? そう……?」

 

「だからこれからはちゃんと気を付けること! それと何で私にビンタされたか分かってないみたいだから、それも考えてくること! 女心練習問題その1、だよっ!」

 

「は、はいっ!」

 

「じゃ、私は先に帰るね」

 

「おう」

 

「うん、また明日ーー成幸くん」

 

「あぁ、またな、文乃」

 

古橋文乃は敢えて訂正しない。

言い方がどうであれ、誤解であれ、勘違いであれ……成幸の言葉に偽りはなかったから。

これくらいはいいか、と、わざわざ名字呼びに戻すよう言わなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

これが後に自分の胃を絞め殺すことになろうとは……文乃は知る由もないのであった。

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