【完結】 セブルス・スネイプの天国   作:トライアヌス円柱

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11話 月が綺麗と君は言った

 

 

 セブルス・スネイプは地面を這っていた。

 

 その姿は先ほどまでのヴォルデモートと同様にボロボロで、両腕は吹き飛び、命を循環させる血液が、とめどなく流れている。このままではあと数分ほどで彼の命は尽きるだろう。

 

 だが、後悔はない。こうなるためにやったことだ。こうなるためにすべてを布石した。

 

 

 すべては、彼の計略通りであった。策は完全に成ったのだ。

 

 自称闇の帝王は爆炎に消え、命無き骸となり果てている。

 

 

 シリウスが語り、スネイプもまたそれが事実であったように振舞った『ムーディの策』は、まったくの嘘である。だが、繰り返すがムーディならば有り得るという先入観と、敵であるシリウスと、手下(とヴォルデモートは思っていた)のスネイプ、敵味方双方の証言によって、その実在を信じたのだ。

 

 それこそが、スネイプの計略。彼は、難しいことは何もしていない。彼が用意したのは、人間の赤子に変身させた庭小人一匹、シリウスに渡した幸福薬の残り。

 

 そして、マグルの世界、厳密にいうとIRAの過激派のアジトから盗み出した10kgものプラスチック爆弾だけである。

 

 一番懸念すべきはヴォルデモートの警戒心であり、そのためにシリウスの過剰な演技(彼はノリノリでやっていたが)で精神を苛立たせ冷静さを奪い、そして重傷を負わせることで思考力と判断力、ならびに対応力を減少させる。

 

 『フェリックス・フェリシス』の効果によってはシリウス単独でヴォルデモートを倒す可能性も極僅かにあったかもしれないが、そこまで楽観視などは出来るはずもない。無論、そうなれば最善であったが。

 

 すべては予定通り。シリウス・ブラックは命を対価にヴォルデモートに重傷を負わせることに成功し、また『作り話』を信じ込ませることにも成功した。

 

 ならば、そうなった状況であの疑り深い男が無警戒に赤子に触れる筈がない。予想通りに距離を置き、予言の赤子(変身術で変えた庭小人。本物は今もリリーの腕の中で眠っている)を始末しにかかった。

 

 ……そのため、その赤子が不自然に重量があることに気づけなかったし、スネイプがローブの下で起爆装置を操作しようとしていたことを感知できずにいた。

 

 言葉にしてしまえば簡単である。捨て駒(シリウス)によって弱った相手を騙して油断させ、マグルの爆弾で吹き飛ばした、それだけだ。

 

 だが、そうであるがゆえにヴォルデモートは倒された。まさか自分が、魔法族の頂点に立つべき存在であるヴォルデモート卿が、マグルの爆弾で倒されることになるとは、それこそ予想だにしなかっただろう。

 

 これは、マグル界育ちのスネイプだからこそ、そして最近IRAという存在を認識できたからこその策だ。かつては自信のコンプレックスであったことを利用し、必殺の策へと変えたのだ。

 

 

 (本当に、あの女性に会えたことは僥倖だった……)

 

 自分が変わるきっかけとなったのも彼女なら、この策の決め手を思いついたのも彼女との会話からだ。やはり『リリィ』という響きは、自分に力を与えてくれるらしい。

 

 

 (だが、予言は所詮予言だったということなのか…… まあ、それはもうどうでもいい)

 

 スネイプは預かり知らないことだが、かの予言の語り主であるシビル・トレローニーは、頭のなかに浮かんだ『未来視』を言語化したのであり、その光景は『赤子に手を掛けた瞬間に強い光の中に消えるヴォルデモート』というものであった。

 

 魔法族であるトレローニーの無意識は、その光がまさかプラスチック爆弾による爆発だとは思いもよらぬだろう。こればかりはトレローニーを責められない。

 

 そして、専門家でないスネイプはともかく神秘部の無言者であれば、予言の光景から“辻褄合わせ”も含めて起こりうる未来であれば、変わりうるものであると証言しただろう。

 

 通常の状態ならば、至近距離から爆発を喰らったとて闇の帝王が死ぬことはあり得ない。彼の盾の呪文はそれほどに強固であり、常に無言呪文によって“盾を張り続けている”も同然なのだ。死に対する拒否感というか、異常なまでの対策は伊達ではない。

 

 だが、アバダケダブラの呪文だけは別だ。死の呪文を放っている間だけは、瞬間的であれ盾の呪文を解除せざるを得ない。そしてその瞬間をセブルス・スネイプに想定外の方法で狙い打たれた。本人は警戒しているつもりであっても、死の呪文を頼むあまりに最も危険な選択をしてしまったということだ。

 

 結局の所、“予言の赤子のような存在”に、“死の呪文”を放ったその時に、彼は肉体を失う運命にあったのだ。

 

 予言を信じ、そうはさせじと行動するヴォルデモートを引き金に、予言は成就する。かくも、運命とは残酷なりければ。

 

 

 「ガ、ハッ」

 

 途中で何度も血が混じった咳をし、肘から先が無くなった両腕を懸命に動かしながら、スネイプは爆発で生まれた浅いクレーターを迂回し、目的の『物体』が視界に入る場所まで這進めた。

 

 その『物体』とは、成人男性の下半身。下半身だけとなった死体である。これが、魔法界を恐怖に陥れた男の、今の姿だった。

 

 (間違いなく、死んだな)

 

 その確認をするまでは、安心できなかったが、これですべてが終わったと、スネイプはその場で仰向けになり、全身から余計な力を抜く。喉に残っていた血が口の端から頬を伝い流れていくのを感じた。

 

 血で汚れた口元には、安堵と達成感が混じった笑みが浮かんでいる。

 

 爆発の瞬間、刹那の瞬間に彼も盾の呪文を無言で展開はしたが、とうぜん防ぎきれるものではない。ヴォルデモートの上半身は消し飛び、スネイプも両腕を失った上、すさまじい衝撃で体中が拉げている。もはや絶対に助からないだろう。

 

 

 (だが、私は成し遂げた……)

 

 大切な幼馴染、生涯でただ一人愛した女性、何よりも、自分の命よりも大事な存在を、彼は守り抜いた。

 

 もはや、彼女を害そうとする存在は文字通り消し飛んだ。首魁を失った連中など、ダンブルドアとムーディたちの敵ではないだろう。

 

 この作戦は彼ら2人の単独行動。シリウスはジェームズに、スネイプはリリーに手紙を遺してきたが、それが彼女たちに届くのはもう少し先だ。自分たちがこうして人知れず戦い、斃れたことを知るものは、夜空に輝く月と星以外にはいない。

 

 

 (美しい月だ……)

 

 月を見て美しいなどと思ったのは、いったいいつ以来だろうか。幼い日にただ一度だけリリーと共に見た月夜は美しかった、だがそれはきっとリリーと一緒だったからだ。

 

 もう、自分はリリーと一緒にいることは出来ない。自分の命はここで終わり、別離の言葉も交わせなかった。

 

 彼女との日々が走馬灯のように駆け巡る。牢獄のような母との生活の中、太陽のように光り輝いていた幼い日々。

 

 その時間を終える終末の角笛のごとき、ホグワーツからの入学の手紙と、徐々にすれ違っていく2人の関係。

 

 完全に道を分かれてしまった、悔悛すべき決裂の言葉。

 

 だが、どんなときでも君を思わない日はなかった。

 

 異なる可能性もあっただろう。だがこれがセブルス・スネイプだ。これが自分が選んだ人生の終着なのだ。後悔だらけの道筋だったが、この選択に後悔はない。

 

 リリーの未来を守れたことに、後悔はない。

 

 

 (さようなら、リリー。どうか君の進む未来が、幸福にあふれたものでありますように)

 

 スネイプの意識が薄れていく。もはや彼には動く力は残っていないし、そのつもりもない。その顔に浮かんでいるのは心の底から納得したものだけが得られる笑みであった。

 

 彼にとっては皮肉なことに、全く同じ表情を、離れた場所で不倶戴天の男シリウス・ブラックも浮かべながら斃れているのだが、そこはまあご愛敬。結局、2人は正反対の同類だったのだから。

 

 スネイプの意識が完全に白に染まる。その果てに自分が行くのは天国か地獄か。そうした死後の世界に思いを馳せたためだろう、消えゆく彼の意識にある言葉がよぎった。

 

 『だから、私が行く天国はリリィに創って欲しい』

 

 ああ、それはあの女性の恋人が語った言葉だったか、その人は自分の死後の世界は、知りもしない『神』ではなく、愛する人に作ってほしい。愛する人が思い描く死後の世界にこそ、向かいたいというその想い

 

 その刹那、彼は一つのことを思った、天国にしろ地獄にしろ、もし自分が向かう死後の世界というものがあるとしたらそれは…

 

 (私も、向かうならばその死後の世界は、リリーに作ってもらいたいな……)

 

 最期の瞬間にそう思ってしまうあたり、やはり彼はセブルス・スネイプであった。どうしても格好よく切り捨てることが出来ず、未練がましく願ってしまうのだ。

 

 だが、それを笑うものはどこにもいない。冴えわたる月の光は、そんなスネイプを苦笑するかのように柔らかく包んでいた。

 

 




庭小人 「解せぬ」
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