12話 彼らの愛した宝物
「ポッター、罰則の掃除は済んだかね」
「……ええ、このとおりです、スネイプ先生」
ホグワーツの魔法薬学教師、セブルス・スネイプが預かる地下室教室では、一人の女生徒が問題を起こした罰として、教室の掃除をすみずみまでさせられていた。その問われた女生徒は何やら目を泳がせながらに小声で応じる。
「ふむ…… たしかに片付いているな、いつになくきちんと終わらせたようだ」
「勿論です、きちんと反省していますから」
この女生徒は常になく問題を起こすことで有名だ。それがどれ程のものかは、いまだ2年生でありながら、かの双子のウィーズリーが「後継者」と呼んでいるというだけで分かるというもの。親類一族からして有名な家系で、ホグワーツでは天才シーカーの兄は特に有名だったが、今ではその有名度を上回ってしまっている。
「綺麗すぎるほどに片付いているな、まるで誰かが手伝いをしたかのようだ。そうは思わんかポッター?」
「ば、罰はこれで終わりですよね。では失礼します!」
セブルスが目を光らせながら問うた指摘に、当の生徒は目を逸らしながら答えたかと思う瞬間、バネのような俊敏さで立てかけていた帽子をかぶると、セブルスに背を向けて地下教室の入り口目掛けて走り出した。
「あ、待てポッター、話はまだ」
「ごめんなさいぃー、もうしませんからぁー」
「そう思うなら戻れ、おいこらポッター!」
そうしてセブルスは脱兎のごとく走り去る生徒の首根っこを捕まえようとするも、間一髪の差で逃げられてしまった。まったく、誰に似たのか逃げ足だけは一人前だ。まあ間違いなく父親似だろうが。
まったく困ったものだ。悪戯好きなところといい、どうして悪いところばかり父親に似てしまったのか、はやくもドアを開け、地下室教室を長い赤毛を揺らしながら飛び出していく姿を見ながらため息をつく。
「まったく、困ったものだ」
内心で思っていたことをそのまま口に出すと、それに応える声が、物陰から発せられた。先ほどの慌ただしい生徒とは反対に、まだ若いが落ち着いた声色である。
「本当にすみません、いつもいつも先生にご迷惑をかけてしまって」
「謝罪はいいから、もう少し躾を厳しくしてくれたまえ、ポッター」
「はは、どうしても強く言えなくて…… それに先生、ファミリーネームでは僕と妹のどちらを指しているのか混乱してしまいますよ?」
「妹の躾をしっかりしろ、ハリー。君だけではなく、友人のウィーズリーにもきちんと言っておくことだ」
「いや、ロンも僕も談話室で会うたびに言っているつもりなんですが……」
そう言いながらバツが悪そうに頭を掻く少年の名はハリー・ポッター。グリフィンドールの天才シーカーと名高い選手であり、たった今罰則を(一応)終えて逃げ出したシェリー・ポッターの兄である。
クィディッチの有名選手ともなれば、寮で人気者になるのは自然である。その上、このハリーが入学して以来、クィディッチカップは常にグリフィンドールのものとなっている。彼を慕う下級生は多く、憧れる女生徒も多い。
しかし、誰に似たのか穏やかな気性とその両親や親戚の教育の賜物か、彼は天狗になることなく、校則に厳しい副校長先生の信任も厚く、来年の監督生候補と噂されている。
物静かな兄と、活発すぎる妹。この組み合わせで生まれる現象の相場は大体決まっている。
「いや、全然説教が足りていない。そもそも君は奴にキツく言っていないだろう『悪戯はダメだよ』と優しく言われて止めるようなら、上級生に糞爆弾を投げつけるような真似はせん。何度も繰り返すようだが、君は妹に甘すぎる」
そう、甘い兄と甘え上手な妹の出来上がりだ。
「流石に今回のことは、女の子のすることじゃないよ、とキツめにいったつもりですが…」
「まさに『つもり』なんだろう、現にこうして妹の罰則を手伝っている時点でその『キツめ』という言葉に説得力はない」
「返す言葉もありません」
頬を掻きながら目を逸らす兄ハリー。その様子はさきほどの妹とよく似ていて、まさに兄妹だと感じさせられる。
しかし、セブルスとてハリーのことを言える筋合いではない。他の生徒(特にグリフィンドール生)には『鉄面皮のスネイプ』も、ことシェリー・ポッターにはどうしても甘い。
「君と妹は、つくづく正反対だな」
「はい、昔からいつも言われています。こればかりは苦笑するしかないですね」
肩をすくめて笑うハリー。その姿から謙虚さと苦労人じみた様子を差し引き、不遜さと憎たらしさを加えると、彼の父親の学生時代にそっくりなのだが。容姿だけみれば瓜二つなのに、ハリーとその父親はまるで像が重ならない。
セブルスにとっては嫌な思い出の再来とも言うべき外見の少年だが、彼にそうした印象を抱いたことは一度もない。それというのも……
「『お前は見た目はジェームズそっくりだが、性格はリリーそっくりだ』、子供の頃から周囲の大人にそう言われてきましたから、それは自分でもわかっています。僕は子供の頃から母さんっ子でしたし、恥ずかしながら今でもそれは変わってないですしね」
「願わくば、妹もそうであって欲しかった」
彼の友人との交流の様子、魔法薬学の成績、物静かだが根底に有る負けん気さなど、すべてが彼の母親を彷彿させるためだろうか。だが、それにひきかえ。
「シェリーは大のパパっ子でしたから。いつも父さんにベッタリで、シリウスさ、いえブラック先生なんかは『ひっつき虫』なんて言ってたくらいで」
「小さいといえどもレディに向けるべきではないな、これだからあの駄犬は」
「まあまあ、そう言わずに。とはいえまあ、スネイプ先生のおっしゃる通りで、僕もロンも妹に厳しくしないといけませんね。この前みたいにジニーといっしょにスリザリン生と決闘まがいなことが起きたら大変ですから」
そうは言うものの、この「厳しく言う」は有言実行されないだろう。いざ妹を前にすると強く言えなくなるのは目に見えている。むしろ、まだロナルド・ウィーズリーの方が脈はある。
「やれやれ、最近ではあの双子のウィーズリーの女生徒版のように扱われているぞ? あの2人は」
「あの2人ほど悪戯をしているわけではないですが…」
「比較対象がおかしいだけで十分多い。特に生徒同士の喧嘩となると、あの双子以上というのはどういうことだ」
「そういう時は、ハーマイオニーも加わりますからね」
「グレンジャーか…… はあ、まったく頭が痛いことだ」
父親譲りのいたずら好きに加え、その行動力と母譲りの曲がったことを嫌う精神が合わさり、シェリー・ポッターはよくスリザリン生を筆頭にしたいじめっ子と対立、喧嘩になる。その小さな体で上級生に立ち向かう姿に感化されたのか、一年生のときはおとなしかったジニー・ウィーズリーが奮起し、今では二人が一緒にいない事の方が珍しい程になっている。それこそ、その髪の毛の色も相まって、赤毛の双子(女版)などと言われるほどに。
その上、これまではこうした事態では仲裁や阻止役に回っていたはずの4年生の才女、ハーマイオニー・グレンジャーが2人の加勢に入ることが増えてきている。シェリーの悪戯には当然注意、叱責する彼女ではあるが、こといじめっ子との喧嘩になると一緒になって暴れ出すのだ。やはり彼女もグリフィンドールの女だった。
最初こそ、自分が罰則を受けるようなことをしてしまったことにショックを受けていたが、いつのまにか開き直り、今では平然としている。女は強い。
その上、シェリーは甘え上手、ハーマイオニーは面倒見がいい、という2人の性格が噛み合い、何かと面倒を起こす妹分を甲斐甲斐しく世話を焼いている。まさに手のかかる妹が出来た気分のようだ。「苦労させられるわ」と口では言うものの、表情は常に笑っている。
「それはそうと先生、妹の罰則とは別件ですが、例の薬はいつ作りますか?」
「ああ、安らぎの水薬か、4日後の講義が終わった後につくろうと思っている。4年生にはまだ早いが、君なら出来るだろう。しかし、何に使うのだ?」
「いえ、新しいチームのリーダーが過剰に気合が入っているので、一度飲ませておこうかなと」
「あれは病気だ、質の悪い伝染病だ。手の施しようがない」
セブルスは断言した。あのグリフィンドールのクィディッチチームには、かつて闇の魔術の防衛術の教師に対して掛けられた呪いのごときものが遺されてしまったように見える。
「やっぱりそうなんでしょうか、はぁ」
何かと気苦労の多い少年だ。だが、口ではそういう彼も目元は笑っている。なんだかんだで彼もこの騒がしくも楽しい日々を謳歌しているようだ。
「まあ、何かあったら相談に乗ろう。いつでも来たまえ」
「はい、ありがとうございます先生」
敬意を込めた言葉を真摯に返してくれる少年の姿を見ながら、もし父親がこうであったら、自分はああも捻くれなかっただろうな、などと埒もないことを考えるセブルスであった。
…………貴方が私を守ってくれたから、私の宝物の2人はこんな風に元気に過ごせているの。だから、貴方にも感じて欲しい。どれほどの幸せを貴方が私たちにくれたのかを。