【完結】 セブルス・スネイプの天国   作:トライアヌス円柱

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不倶戴天の二人
5話 理性と我儘


 

 セブルス・スネイプは熟考していた。

 

 つい先日までの出口のない苦悩や懊悩ではなく、しっかりと目的を定めての思案である。

 

 そうして出した答え、『リリー・ポッターを危険から遠ざける最適な方法』の答えが、『その原因の排除』であった。

 

 それすなわち、闇の帝王ことヴォルデモートを滅ぼす、という結論である。

 

 目的と手段の選択は終えた。ならば後は細部を詰めるのみだ。まずは彼我の戦力差の分析をしてみるが、やはりどう考えても一対一の決闘方式になると、スネイプに勝ち目はない。

 

 (あれでも闇の帝王だからな……)

 

 先日までは「恐るべき主君」であったヴォルデモートも、今のスネイプにはこの認識である。愛に生きる男は凄まじい、これにはダンブルドアもにっこりだろう。

 

 決闘方式がダメならば、不意打ち、闇討ち、もしくは毒殺などの暗殺形式を選ぶべきか。いやそれこそダメだろう。なにしろあのトカゲ人間と来たら、『死』に対する恐怖は人百倍と言っていいほどで、石橋を叩いて削岩機で粉々にした後、鉄筋コンクリートで橋を架け直すほどの徹底した警戒をしている。むしろ正々堂々挑んだほうが意表をつけるんじゃないかと思える程に。

 

 (いや、まずは自分が利用できるものが何かを分析すべきだ)

 

 今の自分の利点、それは『ダンブルドアへ寝返った』という一点に尽きる。このことによって、スネイプは『不死鳥の騎士団』側の情報と『死喰い人』側の情報を持つことが出来るようになったのだ。

 

 (だが、片方が足りないな……)

 

 今の彼では『不死鳥の騎士団』側の情報が不足している。なにしろ裏切ったばかりだ。構成員として受け入れられたわけでもなく、あくまでダンブルドアの秘密のスパイという立ち位置。集められる情報は多くないだろう。

 

 (だが、やらねばならない。今の私ではヴォルデモートを倒すことは出来ないのだから)

 

 気の迷いだろうが、開き直りだろうが、『これまでのセブルス・スネイプ』は捨てた。出自に拘り、環境に拘り、終ぞ自分の感情と向き合うことなかった男とは決別したのだ。

 

 そうとも、あの女性には出来たことだ。ならば負けてはいられない。

 

 ならば行動あるのみ。とはいえ焦りは禁物だ。悠長に構えていられる程ではないが、今日明日に切羽詰まっている訳でもない。

 

 こと“時間”という点においてはセブルス・スネイプに有利だ。闇の帝王は猜疑心の塊ゆえに危ない橋を渡りたがらない。ならば、『七の月の死ぬまで』は確実に様子見と情報収集に徹し、生まれた子が誰かを特定することに執着する。

 

 ある種、スネイプに似たところが多くある男だからこそ、『七の月が来る前に怪しき者を全員殺す』という選択肢はない。まったく、かつての自分の卑屈さ、卑怯さを客観視できるようになったからこそ、スリザリンらし過ぎる闇の帝王の行動をある程度読めるというのも、何とも皮肉が効いているではないか。運命を司る邪神がいるなら取り敢えず殴っておこう。

 

 とりあえず、『死喰い人』側の最新の情報を集め、それをダンブルドアに報告することで『騎士団』側の情報をいくらか得よう、そう結論してスネイプは他の死喰い人のアジトを巡ることとした。

 

 

 

 

 

 

 「なにがどうしてこうなったのだ」

 

 文字通り人が変わったように精力的に情報を集めていたスネイプは。『思いがけない収穫』を得たあと、これまでの自分ならば絶対に訪れない場所に立っていた。

 

 なぜ自分がここでこうしているか、その経緯ははっきりと覚えているのだが、それはそれとして納得できない。

 

 どうして自分は今『シリウス・ブラックの隠れ家』の前にいるのか。

 

 いや、理性を司る『賢いセブルス』は「お前の目的を果たすためには、協力者が必要だ。そして、それに最適な存在があの男だ」と囁いており、スネイプ自身も大いに賛同しているのだが、同時に感情を司る『我儘セブルス』は断固として「あんな男と手を組むならば自分一人でやった方がマシだ!」と喚いている。

 

 現在、両者の勢力は8:2で『賢いセブルス』が優勢だ。というより、今まではこのバランス勢力が4:6、良くて5:5だったからこそ、セブルス・スネイプはこんな面倒くさい性格&人生を歩んできたのだ。もっと感情的になれれば、とっくの昔にリリーに告白できていただろうし、今のように理性が優勢ならば、死喰い人などになっていない。

 

 あの女性との出会いで、スネイプは大きく自己改革が出来た。男子3日会わざれば刮目すべしの諺の通り、この数日間で接触した人物は皆スネイプの変化を大なり小なり感じ取っていたようだ。無論、死喰い人陣営には変化を悟らせまいとポーカーフェイスを装った。元より自分の感情を隠すのは大得意な男だ、それくらいは造作もない。

 

 反対に、『騎士団』のメンツには、その変化の兆候がはっきりと察せられたようだ。ダンブルドアは、スネイプがスパイになったことを、ごく少数の『騎士団』の面子に伝えた。特にアラスター・ムーディには伝えないと、スネイプが殺される危険性が大であったので、彼への紹介は急務であった。そして、かのムーディをして「死喰い人の面構えではないな」と認識されたほど、スネイプは変わった。

 

 

 だが、その変わった彼にしても、割り切れない相手というものはいる。それがこのドアの向こうにいるシリウス・ブラックだ。

 

 思い起こせば不快な記憶しか出てこない。ジェームズ・ポッターもそうなのではあるが、リリーのことを抜きにした場合、むしろその『不快さ』はブラックの方に軍配が上がる。学生時代、積極的に彼を害していたのは、むしろポッターではなくブラックだろう。

 

 だが。そう、だが、だ。もはや学生時代のしこりを気にするのは止めにした。『リリーを守るため』ならば、そんな自身の過去など、ニガヨモギの葉程度の価値しかない。

 

 意を決して、彼はドアを開けた。無論ノックをせずに。

 

 数瞬の間もなく呪文の打ち合いになった。無論両者ボロボロになった。勿論、部屋はもっとズタボロになった。

 

 

 

 

 

 

 「……つまり、貴様はあのくそトカゲ野郎を裏切り、こっち側についたと?」

 

 「そうだ。何度同じことを言わせるつもりだ、その頭は飾りか?」

 

 「飾りでないから疑っているんだよ。お前が? 半純血のプリンス様が? 闇の帝王さまを裏切り、ダンブルドアに従うだと? 馬鹿は休み休み言えよ、そんな話を証拠もなしに信じるなら、俺の脳みそはトロールと交換した方がいい」

 

 「なんだ、まだ交換していなかったとは驚きだ。しかしまあ、よくもあれだけの下らん悪戯を常に思いついていたことを考えれば、庭小人程度の頭脳はあったと考えるべきか。それとも『ビーブズ並』と評した方がより的確か」

 

 「性格がマーピープルの皮膚より湿っているのは変わらんようだな、いや、そんな比喩は彼らに失礼か」

 

 「ほう? 貴様にとっての『陽気な性格』は数人で一人を寄ってかかって辱める行為をすることを言うのか?」

 

 「………」

 

 壮絶な呪文の打ち合い経て、スネイプが自分の訪問の目的を話し始めると、当然の帰結として口論となったのだが、呪文の方は拮抗していたが、口論のほうではスネイプにやや軍配が上がっていたようだ。

 

 学生時代にスネイプに対して行為については、成人した今のシリウス・ブラック自身が『黒歴史』として認識しているところがあるためだろう。

 

 

 「まあ、そう恥じることではない。『高貴なるブラック』であるお前にしてみれば、混血の分際で成績の良い吾輩など、許容できる存在ではなかっただろうからな」

 

 「……! 貴様!?」

 

 「否定できるか? その『虐げて良い相手』に対する徹底した態度、どこからどうみてもマグルに対するブラック家のそれではないか」

 

 「……俺は、あの連中とは違う」

 

 「敵意の向ける先が異なるだけで、本質は何も変わらん」

 

 「違う! 俺をあんな傲慢で人を人とも思わない奴らと同じにするな」

 

 感情的に否定するブラックと、皮肉げだが冷静なスネイプ。この場に第3者がいれば、この論戦の優劣はひと目でわかることだろう。

 

 そう、これがシリウス・ブラックの瑕だ。これはシリウス自身が成人してから気付いた事実だが、彼は排他的で権威主義の実家、特に母親を嫌っていた。魔法族ではないというだけで、というより家柄が良くないというだけで人を人とも思わない身内の態度に、幼い頃から彼は強く反発し、そして家を飛び出した。

 

 自分は『ブラック家』という檻から抜け出した。自分はただ『シリウス』として生きてやる。そう決意したのだ。そのはずだったのだ。

 

 だが、学生時代の自分のある一幕を思い返してみると、そこには「ただひとりの相手」に「数人がかりで暴力を振るった」上に、「その姿を嘲笑していた」ブラック家の少年がいたのだ。

 

 そう、それは一人のマグル生まれに対して、彼の親族たちがよってかかって行っていた、彼のもっとも嫌悪する光景と酷似していた。

 

 それに思い至った瞬間、彼は愕然とした。それまで確固として自信を持ってきた筈のアイデンティティに罅が入る音が聞こえた。

 

 その罅は年月を経るたびに徐々に大きくなり、彼の行動に歪みを生み始めてる。死喰い人相手に必要以上に無謀な行動を取ったりしたのも、彼が信じる『自分らしい』行動をしているつもりだが、最近の彼は完全に精彩を欠いており、なお悪いことに自覚症状がない。

 

 「あくまで自分はブラック家の人間とは違う、と?」

 

 「当然だ! 俺はあんな差別主義者じゃない」

 

 「そうか。ならば行動でそれを証明してもらおうか」

 

 「何?」

 

 「自分が他のブラックの人間たちと違うというのなら、貴様が『差別』していたこのセブルス・スネイプを信用して見せろ」

 

 「……っ それとこれとは」

 

 「違わんぞ。考えても見ろ、貴様の母親がマグル生まれの人間を信用するか? しないだろう。ならば、出来ない貴様はその母親と同類だ」

 

 詭弁にように聞こえる。だが、同時に本質を外してはいない。シリウスの母親は彼女の価値観で『蔑む対象』となった対象を、見直すことなど決してないと、胸を張って言える。そして、シリウスもまた自身の価値観で『格下』であり『嫌悪対象』であったスネイプへの見方を変えることができなかったのならそれは……

 

 異なるのは上っ面だけで、芯の部分では母親と何もかわらないことを意味している。

 

 ここにきて、シリウスの心情に変化が生まれた。依然スネイプへの警戒は解かないものの、彼の言い分を聞く気にはなっている。

 

 「分かった。いいだろう、その挑発にのってやるとも」

 

 「……ふん、少しは分別があったか。まあ、なければ貴様に価値などないが」

 

 「話だけは聞いてやる。その後でお前への対処を決めてやろう」

 

 

 こうして、不倶戴天の仲であったグリフィンドールとスリザリンの男たちは、交渉のテーブルに着いたのだった。

 

 

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