そして、セブルス・スネイプとシリウス・ブラックによる『ヴォルデモート抹殺作戦会議』が始まった。この光景を学生時代の彼らを知る人間が見たならば、何か精神に異常をきたす系の呪いを掛けられたのでは? おのれ死喰い人!(冤罪)と思ったことだろう。
「あのトカゲ野郎は死なない? おい、そいつはどういう仕掛けだ?」
ここで「どういうことだ?」と聞かないあたり、やはりシリウスは優秀な頭脳の持ち主である。
「分霊箱だ。貴様も名前くらいは知っているのではないか? 今活動している帝王を倒したところで、分霊箱が一つでも残っている限り、彼は復活する」
頼もしきはフェリックス・フェリシス。闇の帝王が“万が一”に備えて、レストレンジ家の金庫にハッフルパフのカップを隠すよう指示を出したのを“偶々”聞けたというのだから。無論、これほどの幸運、後で命に関わるレベルでしっぺ返しは来るだろうが、構うものか。
「なるほど、流石はドブネズミの親方だ。しぶとさだけはかのグリンデルバルド以上か」
「しぶとさ、というより生への執着力だろう」
「もっと簡単に言えば、死にたくないだけの弱虫野郎だがな」
元々ヴォルデモートへの恐怖心が薄い2人ではあったが、精神面で開き直ってしまったとなれば、もはやそんな恐怖心などは1mmも残っていない。むしろこうして腹をくくって抹殺対象として性格や能力を分析していくと、弱点やつけ込む隙が見えてくる。
とはいえ、あまりにも明け透けなシリウスの言い分に、スネイプもやや指摘を入れたくなった。
「仮にも闇の帝王として恐れられている存在に、よくそこまで低次元で粗野な罵声が飛ばせるな」
「低次元は余計だ根暗野郎。まあ、仮にも俺はブラックだからな、魔法族の交流の狭さは身に染みているんだよ」
「交流の狭さ? ああ…… まあ、そうだな」
聖28族と中心とした、魔法族のコミューンの規模は、マグルのそれに比べればもはや豆粒のようなものだ。今のマグルの世界では隣人は他人であることが当然であり、そこに友人知人、親戚がまったくの偶然で引っ越してくるなど滅多にない。それが都市部ともなれば、その確率は道端で札束を拾うと同等だろう。
だが、魔法族は隣人が友人の友人であったり、親戚の子供であったことなどざらだ。狭いコミューンであるので、誰もが遠い血縁である可能性を否定できない。
なにしろ、今のイギリス魔法族のほぼすべてが『ホグワーツ卒業生』なのだから、かのイギリス魔法界を震撼させている今の状況も、『OB同士の抗争』となってくる。
哀れヴォルデモート、今この瞬間からスネイプたちの彼への認識は『恐怖の象徴たる闇の帝王』から、『はた迷惑な害悪OB』へ一気に転落した。『邪悪なヴォルデモート卿』は『嫌われ者のトム先輩』にまさかのジョブチェンジを果たしてしまった。
「今の魔法界は盛大な身内争いをやってるわけだ」
「規模が異なるだけで、本質的にはグリフィンドールとスリザリンの諍いと変わらんというわけか」
「そうだ、つまりは学生時代の俺とお前の延長上というわけだ」
「そう思えてくると情けなく思うところがあるが、まあ所詮人間などそんなものだろう」
なにしろ、ここにいる2人からして、学生時代のころから感性が変わっていない。いや、つい最近(一人にいたってはたった今)から自己改革に勤しんでいるが、三つ子の魂百までとはよく言ったもので、根っこの価値観はいかんともしたがいものである。
この2人とて、それぞれ『リリー第一』『ブラック家死ね』という根底の価値観を、前向きに受け止めただけであり、性格の根本は変わっていない。片や根暗で意地っ張り、片や傲慢で向こう見ず。だがそれでも2人はそれが自身の『特徴であり欠点』であることはもうわかっている。
だが、多くのホグワーツOBたちは、学生時代に培われた価値観を引きずったまま、戦争、というよりテロ行為に余念がないようだ。本人たちは崇高な思想の元にやっているかもしれないが、根底にある理由を至極簡略化してしまえば『気に入らない奴らにマウント取りたい』という、実に凡俗の人間らしい思いからだろう。
「そう考えると、彼女の所感はあまりずれていなかったのだな……」
「ん? なんだそれは?」
「いや、こちらの話だ、今は関係ない」
バース市のカフェテラスで出会った『リリィ』は、引っ越した先での騒ぎをIRAの過激派の仕業だと語っていた。実際は死喰い人どもの仕業だと思っていたが、そこに実は大差がないと、マグル世界育ちのスネイプは気づく。
魔法界の人口規模は、イングランドの一地方自治体程度しかいない。ならば、地方都市を騒がすIRAの過激派と、魔法界を騒がす死喰い人ども、『及ぼす被害を人数換算』で測ってしまえば、同程度なのだ。また、行っている行為の質的にも遜色があるとも思えない。
IRAの中でも、本当に理念を持つ者達は無関係の人間を巻き込まぬよう配慮し、暴力ではなく言論で物事を変えようと努力している。例え最後には武力が物を言うとしても、最後の最後まで武力を用いないための努力を欠かしてはならない。
そんな地道な努力を初めから放棄している精神的な敗北者が、安易な暴力に走る。ろくでなしのアル中が家庭内暴力に走る構図と何ひとつ違いなどない。
「所詮、死喰い人など、恐怖を煽るだけが取り柄の連中だと改めて思っただけだ」
「そこは同意しよう。残念ながら、多くの連中が必要以上に神経質になっている」
奴らはせいぜいが小規模の過激派テロリスト、もしくはカルト新興宗教の集まりだ。そう考えると、害悪OBトム先輩は、過激派テロリストの首魁か、新興宗教の教祖といたところか。うむ、どちらかといえば後者かな。
とはいえ、侮ってかかることは禁物だ。カルト新興宗教とて、毒ガスを地下鉄に捲き、世間を混乱に陥れることだってあるだろうから。まして、かの害悪OBさん個人の戦闘能力はとても高いときている。
「死喰い人の多くは、いう通り恐れるに足らん。たが、その首魁たる男を倒すとなると、簡単ではない」
「そうだな、奴らが烏合の衆であることと、奴の闇の魔法使いとしての手強さを混同しては、俺たちは負ける」
抵抗なく「俺たち」と言えるあたり、シリウスに成長の様子が見られる。男子30分会わざれば刮目すべし。
「そして、我々が手を取り合い奴と戦うなど論外だ。それをするくらいならば、個々別々で戦った方マシだろう」
「だろうな、互いに足を引き合ったところを、各個撃破されるのが関の山だ」
それぞれ自らの性格の非と互いの能力を認めたからと言って、すぐに十年来の相棒のようなコンビネーションが取れるはずもなし。魔法使いとしてのスタンスがほぼ真逆と言っていい2人である。共闘したところで噛み合うはずもない。
しかし、そんなことはスネイプがここを訪ねる前から分かっていることだ。ならば……
「なにか作戦があるのだろうスネイプ? お前が俺のところに来たということは、俺にしか出来ない作戦が」
「そうだ、これは貴様にしか出来ん。そしてそれに成功したところで、先ほど言ったようにヴォルデモートを完全に滅することは不可能だ」
「例の分霊箱とやらか。だが、奴を大いに弱らせることにはなるんだろう?」
「そこは間違いない。それに上手く事が運べばそこで奴は終わりだ。ヴォルデモートの分霊箱については、すでにダンブルドアに話してある。我々が奴を滅ぼせれば、残った分霊箱の方はダンブルドアに任せられるだろう。だがその前段階として、我々にはある種の覚悟が問われる。貴様にその覚悟があるかを最後に確認したい」
「覚悟? 戦う覚悟や死ぬ覚悟というのならば、『騎士団』に入る前に終えている。………それとは別種の覚悟ということか?」
例え今のヴォルデモートを滅ぼしたところで、分霊箱によって復活する可能性は高く、死喰い人の残党との戦いもあるだろう。
「私がこれから話す作戦は、奴との相討ちを前提にしている。つまり良くて相討ち、悪くて無駄死にというわけだ。単純な魔法使いとしての力量を比較すると、やはりそうでもしないと勝てんからな」
「………そこは素直に認めよう。だからこそ、その作戦とやらが聞きたいんだ」
シリウス・ブラックには覚悟はとうに出来ている。あのヴォルデモートを滅ぼせるのならば、命を失うことになろうと怖くはない。そもそもにおいて彼は、『騎士団』の中でも過激派に属している男なのだから。
だが相討ちになってしまえば、もはや2人には『自分たちが死んだあと』のことに干渉することは出来ない。都合よくゴーストになれるとも思えないし、だからこそ準備は万端にしておく必要がある。
首尾よく自分たちが事を成就させた後、残された友や愛する人たちが、脅威を退けられるように。
そうだとも、スネイプがリリーのことを何よりも大事に思っているように、シリウスとて無二の親友であるジェームズのためならば、例え首が飛ぶことになろうとも怯みはしない。まさに刎頸の友と言える存在だ。
周りにとってはどうであろうとも、ジェームズ・ポッターと出会えて友になれたことは、シリウス・ブラックにとっての生涯で最も幸運な出来事だ。彼と出会うことが無ければ、学生時代のスネイプと自分は立場が逆であったかもしれない。
良くも悪くも明け透けなジェームズがいなければ、みすぼらしい姿だったリーマスや、臆病なピーターには、おそらく話しかけることもしなかっただろう。今の自分を構成する要素の多くが、ジェームズ・ポッターから始まっている。
今ここにいるシリウス・ブラックは、彼あっての存在だ。自分を構成する要素の多くに、彼との思い出があることは何よりの誇りであり勲章だ。
だから、覚悟は出来ているのだ。親友のために戦う理由も死ぬ理由もある。では、スネイプが言う別種の覚悟とはいったい?
「簡単なことだブラック。貴様は私に全幅の信を置けるか? その覚悟があるか?」
「なんだと?」
「先ほども言ったように、この策は相討ち前提だ。互いに生き残ることを無視したものだ。そしてその提案者はこの私……」
「ああ、なるほど、つまり……」
「そうだ、貴様は『セブルス・スネイプの策』に自らの命を預ける覚悟があるのか、それを確かめたい」
この2人は不倶戴天であり、犬猿の仲。今はある種の運命の悪戯でこうして同じ卓を挟んで会話しているが、そんな光景はこれまであり得なかった。
だが、これから互いがしなければならないのは、そんな相手に自分の、ひいては自分の大事な人物(それぞれジェームズであり、リリー)の命運を委ねるということ。
果たして、その覚悟があるのか。
「正直、お前のことを信頼するなど不可能だ。お前と俺は絶望的にそりが合わない。だが、その才能が確かなものであることは認められる」
「同感だな。提案した本人が言うのもなんだが、私もこの世で一番信頼したくない相手が貴様だ。しかし、その能力の高さだけは本物だとも」
「だがその上で、お前が俺に協力を要請したというのなら」
「我が策は、貴様でなければ実現不可能だ」
「それであのトカゲ野郎を倒せるのか」
「100%など有り得ない。だが、十中八九は倒せるだろう」
「なぜ俺なんだ? 俺以上の魔法戦士は他にも居るはずだ。ダンブルドアしかり、ムーディしかり」
「ああ、そうだとも。だが、貴様が一番惜しくない」
「なに?」
流石にその一言には、シリウスも意表を突かれた。
「この策は相討ち前提と言ったはずだ。そしてヴォルデモートには分霊箱が有り、死喰い人の残党も倒さねばならん。ならばそのためにもまとめ役のダンブルドアは欠かせんし、分霊箱探しなど、まさにあのマッドアイの領分だろう。リリーの安全のためにも、あの2人には生きていてもらわねば困る」
そう、あくまで全てはリリーのため。セブルス・スネイプはそのために生きると決めたのだ。ヴォルデモートを倒すのは目的でない、あくまでリリーが安全でいるための最適な手段がそれであるだけだ。
「その点で、貴様はとても都合がいい。現状の『騎士団』でも高位の魔法戦士であり、その蛮勇さは戦い以外に役に立たん、むしろ名誉の戦死という栄光を与えられて感謝されてよいくらいだ」
「ほほう、なるほど、それはそれは有り難くて涙が出るな。つまりあれか、死んでも全く心がいたまず、それでいて戦闘能力が高い、丁度いい存在が俺だったと」
「理解が速くて結構だ、貴様ならヴォルデモートに殺されたところで、私は一向に構わん。ただ、無駄死にはしないだけの能力があることは認めているだけだ」
「くくく、なるほどなるほど、それは面白い」
シリウスの口元が三日月状に歪む。これはまた、なんとも愉快で腸が煮えくり返るような提案じゃないか。
つまり、この陰気な野郎は、初めから自分を捨て駒にする気満々で、むしろヴォルデモートと一緒に死んでくれて清々すると言ってくれているわけだ。
本当に巫山戯た提案だ。犬猿の仲の相手に、自分の作戦のために死ねと? 心の底から笑えるほどにイカれていやがる。
だから気に入った!
「OK、分かった、了解したよ腐れスニベルス野郎。その言葉のおかげで覚悟が固まった。お前の作戦に我が身を投じてやろう、泣いて感謝しやがれ」
「捨て駒になる決心が早くて何よりだ。私を信頼する覚悟が決まったのだな?」
「馬鹿を言え、誰がお前を信頼するかよ。俺が信頼するのは、振られた女にいつまでも未練がましく付きまとう、お前のその陰険さをだ」
つまりは、シリウスに対する感情はどうあれ、リリーのためならば身を捨てる愛は本物で、それだけは信頼に値するのだと。
セブルス・スネイプはスリザリン。どんな手段を使っても、リリーを守るという目的を遂げるのだ。
「実にブラック家らしい物言いだな、ならば私も信頼しよう。貴様のそのどこまでも自信過剰な傲慢さと、無謀なことほど挑戦したがる向う見ずさをな」
スネイプの作戦であろうと、それが友のためなら、どんな危険な戦いだろうと、死を恐れずに立ち向かう豪気は本物であり、そこだけは信頼に足るのだと。
シリウス・ブラックはグリフィンドール。勇猛果敢に敵に正面から立ち向かうのだ。
これにて、契約は完了し、作戦会議が始まった。
2人は友人になったわけではない、未だに互を心の底から嫌いあっている。
しかし、だからこそ作戦は成功するのだろう。互いに一切遠慮がなく、死んだところで一切痛痒を感じないこの2人だからこそ、なし得ることがあるのだから。
2章はここまでとなります。
あと3章と4章を3話ずつくらいでまとめたいと思っております。