はぐりんくえすと   作:楯樰

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10 誠実と不誠実と

「ぶっ殺!」と言って俺やあるえに殴りかかってきためぐみんは、本を振り回し、主に俺を本の角で殴ってきた。

 

 マジで物騒。

 

 レベル上げをすれば別だが、紅魔族は種族的に魔法特化だから、ハーフの俺でも物理耐久の元々の数値は低い。それに今現在、レベルの上昇で上がっている俺の物理耐久のステータスはたかが知れている。各種耐性系スキルは基礎のステータスが低いとあまりその恩恵に預かれないから。

 

 流石に角で容赦なく頭を殴られれば痛みを感じる。俺だから怪我しないで済んだが、あるえに同じ威力で殴ってたら瘤の一つ二つ出来てただろう。

 

 けど別の理由でも頭が痛い。これは回復魔法で治らない痛みだった。

 

 ちょっと揶揄っただけで、こんなに暴れるのであればこの先外に出て冒険者やってけるのやら。ただでさえ荒くれ者が多いのに。

 

 ……無事習得できたらネタ魔法使いと揶揄われることは避けられぬ運命(さだめ)。その名と概要しか聞いたことがなく、実際の威力を目にしたことはないけど、アホみたいな逸話を聞く限り、真っ当な魔法使いにはなれない。

 

 どんな存在も屠る人類最強の攻撃手段。しかし、常人はそれを使うことすらままならず、使えたとしても一度きりで、魔法職としては使い物にならなくなる。仮に使えても、ダンジョンで使えばダンジョンごと崩壊するほどの破壊力。膨大なスキルポイントを要するのに、その使い勝手は最悪。

 

 あげようと思えばいくらでも欠点が挙げられそうな、そんなバカみたいな逸話のある魔法。それも、上級魔法や中級魔法と違って複数の魔法が使えるようになるわけでもなく。使えるのは爆裂、ただ一点のみ。

 

 下位の魔法にあたる爆発、爆破の魔法もそれなりのスキルポイントが必要になる。親父がこの二つを使っているところを見たことはあるけど、使いどころはあまりなさそうだった。

 

 いや、ほんと。今からちゃんとめぐみんが冒険者できるのか心配過ぎる。『爆裂魔法』を取得するまでは良いけど、一発でぶっ倒れるなら……今のような孤高は気取れない。俺と同じく人との繋がりは断ち切れない。『紅魔族随一の天才』の肩書きは、めぐみんにとって自信の拠り所にもなってるみたいだけど、諍いの種にもなりそうだ。頭良いならあんな魔法まず取らないからな。

 

 要領良いから案外なんとかなるかもしれないけど、感情的な部分が、めぐみんの足を引っ張りそうだ。

 

『売られた喧嘩は必ず買う』

 

 めぐみんの口癖でもある鉄の掟は時に曲げないといけない時もある。……でも舐められたらお終いだから、その辺は上手くやらないとだけど。

 

「まったくめぐみんには困ったものだね……ちょっと冗談を言ってみただけだっていうのに」

 

 イタタ、とあるえの頭の、さすっていた箇所に回復魔法をかけて痛みを取り除く。男の俺には容赦なしだ。回復魔法使えなかったら頭がボッコボコになってた。

 

 めぐみんは既に此処にいない。本を借りて教室に戻っている。

 

 多分、あんまり暴れたらお腹が空くからだと思う。今日もゆんゆんから餌付けされたんだろうけど、それだけ自分の分こめっこちゃんに回してるからな、あいつ。

 

 食い物と金が関わるとホントに、プライドがなくなるめぐみん。見限られない一線を越えないあたり、無駄にあの才能を使ってると思う。

 

 けど今はそれは関係ない。

 

 さっきのはそもそもあるえが冗談言ったのが悪い。

 

「照れ隠しで言ったのかもだったかもしれないけどさあ。いや流石にあの流れで言うのはちょっとどうかと思ったぞ。別に、寝取られてる感じはしなかったし」

 

 俺も便乗して茶化したけど。

 

 あるえはそっぽを向いて。

 

「照れ隠しなんかじゃないよ。本当だよ?」

 

「そういうことにしとくよ」

 

 まったく。

 

 

 

 ──……図書室であるえの調べものを手伝ったり、自分の気になることの調べものをしたり。昼休みまでの時間を潰していく。

 

 こんな穏やかな時間は嫌いじゃない。むしろ好きだ。ここ数日はこんな時間、滅多と取れなかった。

 

 遠のいていた、その原因の一端になっていたあるえは、相変わらず何かカキカキと手帖に書き込んでいる。あるえの愛用している執筆用のネタ帳は見る度に、新品になっている気がするな。

 

 ──……俺の事が好き、なんて。告白してきたとは思えない、あるえの横顔。何時だったかは忘れてしまったけど、作家志望だと夢を語ったあの時と全然変わらない。うまくアイディアが纏まらなかったりで頭を悩ませているのだろうけど、それすら楽しそうだ。

 

 読書にも飽きて、腕を枕にして眺める。喜怒哀楽。感情が入り込んでるんだろう。コロコロと変わる表情はずっと見ていられそうだ。

 

 暫く見ていると、ちょくちょく目が合い始めて、次第に肩を振るわせ始めた。……トイレ我慢してた?

 

「……その、はぐりん?」

 

「ん、なに?」

 

「……っ、……集中できないから。やめて、くれないかな……」

 

「え、なにを?」

 

 集中するためか、眼帯をとっていたあるえ。その晒された瞳は頬と一緒でほんのり色づいてる。

 

「その、……恋人みたいに……見つめられると流石に、恥ずかしいからっ」

 

「あ、悪い。……そのぅ、つい」

 

 あるえへの警戒が解けた所為もあって、気が緩んだ。まだ好きって言ってないのに、俺。ゆんゆんにもだけど、完璧に俺デレデレしちゃってるな……顔あっつい。急に室内が暑くなった。

 

 あるえもすっかり頬を染めきってしまっている。気まずくて、読書を再開することにした。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 昼時になったので一度教室に戻ることにした。

 

 家を出る前に短縮授業だと聞いてはなかったからお弁当を持ってきている。多分女子クラスでもめぐみん以外は持ってきてることだろう。あるえのやつ、今日はゆんゆんと食べるのだろうか。

 

 でもゆんゆんは、今日はあの二人に誘われて食べるんじゃないかなぁ。

 

「はぐりん、ご飯食べよう」

 

 と思ってたら男子クラスに顔を覗かせた。

 

「いいけど、ゆんゆん……や、めぐみんと一緒に食べなくてよかったのか?」

 

「うん。ふにふらやどどんこと食べるらしいからね。……めぐみんもあちらで食べるらしいから」

 

 別に一緒に食べればいいんじゃないか? めぐみんは少ししたらカラッと忘れるけど、さっきのことあるえは気にしてる、のかもしれない。もしくは、あの二人と顔を合わせたら気まずいのかもな。

 

「や、あるえさん。こんにちは」

 

「どうも、へぶめるろー君。今日も椅子、借りてもいいかい?」

 

「いいよ。俺たちはもう帰るから」

 

 へぶめるろーやふじもんは帰ってきた時には昼飯を食い終わってた。久々に一緒に食べれれば、と思ったんだけど。他のクラスメイトも同じで、殆ど昼食を終わりかけている。

 

 俺との食事を……その、蜜月なんて大袈裟に言うあるえにとっては、都合が良いのかも。

 

 ……もしかしたらゆんゆんもめぐみんも来ないから、こちらに来たのかもしれない。俺の自意識過剰かもしれないけど。

 

 

 

 ──……案外自覚のないあるえや、引っ込み思案で自己評価の低いゆんゆんは知らない。二人とも男子の間では人気があることを。

 

 でも二人だけじゃなく、クラスメイト達は少なからず女子クラスの面々を意識している。どどんこやふにふらの事を俺が知っていたのは、少なからずそういう話題が上るからだ。

 

 里の中だけに居ると気付きにくいかもしれないけど、見目麗しい男女が揃っている紅魔族。確かに外にも美人はいる。けど紅魔の里ほど、綺麗どころが揃っている場所はない。

 

 それに外に出たって中々俺たち紅魔族の感性は受け入れられないし。

 

 そういうわけだから、里の人たちは態々外に出て結婚相手を探しはしない。余程、里に居られないようなことをしなければ大体がそう。俺は、そんな人が居たなんて聞いたことないけど。

 

 でも身近に例外がいるからなぁ。ウチの両親は外で運命的な出会いをしたらしい。詳しくは聞いてられなかった。仲良いのはいいことだけど、惚気られるのは、ちょっと。

 

 ともかく、多感な年頃の男子の中で、特に人気のある二人の内の一人。あるえが、結構な頻度でクラスに来るものだから当然男子たちは意識しないわけがない。

 

 ……ってのを、実は昨日知った。

 

 どうやら、きくもとの奴が俺に何かとちょっかい出してきていたのはその所為らしく、さっきも名残惜しそうにしているのを、ゆんゆんに気があるらしい『やすけ』に連れられて帰っていった。

 

「みんな帰ってしまったね」

 

「そうだな……」

 

 俺とあるえを残して、クラスメイト達はみんな帰ってしまった。友達二人と同じで、昼休憩を待たずに食べ始めていたらしい。あるえが来たから気まずくて、さっさと帰ってしまったのもあるとは思う。本人はそれを露とも知らないようだけど。

 

「これで人目を憚らず、イチャつけるね」

 

 吹き出しかけた。

 

「い、イチャつく言うな」

 

「でも事実じゃないか。囃し立てられる事はない。だからその、はぐりん……あーん」

 

「お前なぁ……」

 

「もう、そんな連れないこと言わないでよ……もう取材なんて言い訳する必要ないんだから」

 

 やっぱり今までのは言い訳だったのか。ちゃんと取材の意義も為しはしてたけど。……翌日持ってこられたアレ。ホントに恥ずかしかった。だって、俺から取材してあんなえっちな描写した訳だろ? ……言わなかったけど。

 

 そんなことを思い返しながら、フォークに刺さった唐揚げを見た。

 

 そして、その奥にある眉根の下がった、切なくなるあるえの顔。

 

「わかった、わかったから。……ぁん、ん、うん。……美味しいよ。ありがとう」

 

「ふふ、良かったよ」

 

 鶏肉の唐揚げ。俺の好きなこの濃い味付けは、うちでもよく使ってると教えた、醤油を使ってるんだろう。王都の方でも扱いの少ない調味料だから特徴的だ。どうやって作ってるのか、勇者候補っぽい黒髪黒目の人に、興味本位で聞いたら凄い手間が掛かってるらしいってことしか分からなかった。

 

 正直かなり美味しい。昨日の残り物だろうか。わざわざ朝から作ったわけじゃないだろうし。

 

 でも。

 

「……別に俺たち恋人になったわけじゃないんだし、こういうことは……」

 

「でも、さっき図書室で熱い視線を浴びせてきてたのは誰なのか、覚えているかい?」

 

 俺も、結構恥ずかしいことしてましたね。

 

「……覚えてマス」

 

「君は良くて、私はそういうことをしちゃいけないなんて。そんな酷な事、言わないよね?」

 

「…………ハイ」

 

 饒舌に話すあるえ。それに片言で返事する俺が可笑しいと言わんばかりに、小さく噴き出した。

 

 昨日のきくもとの主張を聞いて思ったけど、普段話す事がない男子たちに囲まれてご飯食べるのって、結構抵抗あったんじゃないだろうか。……あるえのことだから、あまり気にしてないかもしれないけど。普通におかずを今みたいに食べさせられてたし。

 

 もうあるえの弁当に主食しか残ってないな。……唐揚げを貰ったお返しに、残っている小さめのハンバーグをあるえの弁当箱に入れる。

 

 ……どうして不満そうなんだ?

 

「食べさせてくれないんだ?」

 

「あ、そういう──うっ……。わかったよ、はい……──ッ!?」

 

 ハンバーグを取り上げると、一口で持ってかれた。

 

 それも、器用さのステータスが上がると言われて、偶に使わされている箸ごと。咥えられて、つぷ、と音を立てた箸先が口元から離れると、間に一条の橋が一瞬掛かった。

 

 ……。これって。

 

 固まった俺を見もせず、味わうように目を瞑って咀嚼するあるえ。

 

「……ん、うん。美味しかったよ。ごちそうさま。……どうかした?」

 

「いや、あの……ううっ……なんでもない!」

 

「あ、なるほどね。ふふ、今更間接キスを気にするなんて。……可愛いね、はぐりん」

 

「き、気にしてない!」

 

 やばいなぁ、今まで気にした事無かったのに。あるえが好きって自覚するんじゃなかったかもしれない。

 

 まさか、こんなことで…………これじゃ心臓が持ちそうにない。

 

 

 

 ▽

 

 

 

『二人で帰らないかい?』

 

 そんな、あるえからの提案は断る理由も無く、二人で帰ることにした。

 

 ──……学校を出て二人で帰り道を歩く。あるえの住んでいるところは俺の家から少し離れたところにあるから、一緒に帰れるといっても途中までだ。

 

「そうだ、デッドリーポイズンに寄ってもいいかな?」

 

「喫茶店? あー……うん、まあいいけど」

 

 寄り道することになった。

 

 

 

 喫茶店に入ると「ませてんな色男」と店主の冷やかしを甘んじて受ける。覚悟してたけど。やっぱり軟派なことしてますよね、俺。

 

 一昨日来たときは友達と従妹という関係性はどうあれ、女子二人といたわけだし。

 

 前来たときは、一応放課後まで残ってたから、おやつ感覚でがっつり食べたけど、今日はさっき食べたばかりだ。『黒より暗き漆黒』という名前に変わったコーヒーを二つ頼むだけにして、テラス席に着く。

 

「はぐりんは、その」

 

「ん、なに?」

 

 待っている間、前回から変わったメニューを見ていると、言い難そうに、あるえが声を掛けてきた。

 

「まだ、聞きたいことが、あるんじゃないかな? 朝、まだ話したりない感じがしてたから」

 

「……気づいてた?」

 

「そりゃあ、ね。……私がはぐらかしてたんだから、気づくさ」

 

 やっぱり。……喫茶店に寄ったのはそういうことか。

 

 客入りは一昨日と変わらず全然ない。話をするには持ってこいだった。

 

「どうして聞いてくれる気になったのか聞いても良いか?」

 

 そう言うのと同じタイミングで、店主のおじさんがコーヒーを持ってきてくれる。

 

 早速一口──……にっが。

 

 男はブラックでと思ったけど……苦い。

 

「砂糖二個、だよね。入れようか?」

 

 ソーサーから砂糖を摘まんで三個自分のコーヒに入れながら、あるえが気を効かせて聞いてくれた。

 

 それも欲しい量ぴったり。家で飲むときに入れる数を、なんで知ってるんだろう。……言ったかな、言ったかも。

 

「ありがとう。……なあ、あるえ。教えてもらってもいい?」

 

 どうしてはぐらかしていたのか。どうして聞いてくれる気になったのか。

 

 正直そっちの方が気になってしまって仕方がない。

 

 砂糖だけでなく、更にミルクをたっぷり入れたあるえが一口飲んで、その口の端を濡らして一舐め。

 

 気にする俺を無視して、あるえは勿体ぶるように、カフェオレになったコーヒーをソーサーに戻して机に置いた。

 

「……実は、何も言わない方が良いかもしれないと思ったんだ。でも、聞かれたら答えないわけにはいかない。はぐらかし続けるのにも、限界がある。けど、どのみち、君は気にするかもしれないと思ったから。だから話を聞こうと思った。それが理由の殆どだよ」

 

「じゃあ、聞いても良いか? 改めて、ゆんゆんとどんなことを話したのか」

 

 勿論、俺の、その、……好きな所とか話したって言うのは嘘じゃないんだろうけど。

 

「ゆんゆんと取り決めをしたんだ。お互い、はぐりんと二人きりで居る時には、邪魔をしないって。これを提案してきたのはゆんゆんでね。……正直、私はゆんゆんのことを侮っていたみたいだと、思い知らされたな……」

 

「あの子、結構人の事は見てるから」

 

「全然話しかけに行けないのにね。……いじらしいなと思ったよ。私のはぐりんをとらないでって、全身から滲みでてるんだもの。めぐみんが意地悪なのも分かった気がするよ」

 

「俺は逆に守らなきゃってなるけど。……それで、続きは?」

 

「そうだね……。これは私が話そうと思った理由にもなるんだけど。邪魔って言っても一概に、直接的に割り込むだけじゃないだろう? ゆんゆんと睦まじくしている時、君はきっと私の事を考える。……今日みたいに」

 

「それは……確かに。その通りだ」

 

 今日一日、何かとあるえとばかりいたけど、ゆんゆんのことを考えなかったというのは嘘になる。

 

「私たちは共有する側。でも君からすれば浮気も同然。君がゆんゆんや私と居て、居ない相手のことを気にも留めない人でなしなら、話さなくてもよかったんだろうけど。……でも私の惚れた人はそんな人じゃない。それは、わかってたけど……。君に話すべきか、話さないでいるべきか。その確認をしようと思った」

 

「……知らない間に試されてたの、俺?」

 

「試すつもりは無かったんだけど……まぁでも、そういうことになるね」

 

「はー……俺、怒れる立場じゃないんだろうけどさ……」

 

 ちょっと気に食わない。

 

「怒ってくれたらいいよ。……ごめんね、はぐりん」

 

「いいや、でも謝るほどのことじゃないよ。むしろ俺だろ。謝るべきなのは。ゆんゆんに対して誠実であろうとして、今日一日、俺は傍に居るあるえに対して不誠実だったんだから」

 

 逆を言えばそういうことだ。

 

「うん。でも、告白したからかな? 今日は一段とドキドキさせられたよ。速くこの感情を文章にして留めておきたいね」

 

「……い、意図してやってたわけじゃないからな?」

 

「そうだろうね。今日みたいに、無意識にやる君の仕草や、言葉なんかに私もやられちゃったんだから」

 

「…………俺、今までにもあんなことしてたの?」

 

「無自覚って怖いね?」

 

 ふふふ、と笑うあるえ。

 

 そっか……そっかぁ。俺、今日みたいなこと結構してたのか。……きくもとに殴られても仕方ないかもな。

 

 居た堪れなくなって、誤魔化すようにコーヒーに口をつける。

 

 ……にっが。砂糖混ぜてなかった。慌ててティースプーンでかき混ぜた。

 

 そんな俺の様子を微笑んであるえは、

 

「話を戻すけど。今日、試したつもりじゃなかったのは本当。仮に君が浮気をしても気にしないようなゲス男でもよかったんだ」

 

「げ、ゲス男……」

 

 そう思われなくてよかった。甘くなったコーヒーに口をつけながらそう思う。

 

「だって君には、そのゲス男になってもらうつもりだからね」

 

「……今なんてった?」

 

 危うく噴き出しかけた。

 

「言葉が悪かったけど、端的に言えばそうなんだよ。君に、これだけは酷な事を言うかもしれない。けど、これは三人にとって必要な事なんだから」

 

 あるえが一呼吸おいて、口を開く。

 

「目の前にいる相手を愛してほしい。そこに居ない相手を想わないでほしい。……二人きりでいるときは、私や、ゆんゆんだけを見て欲しいんだ」

 

 あ、愛してほしいって。

 

「ま、まだ恋人でもないんだし……早くない?」

 

「でも君は私やゆんゆんの告白を断らなかった。友達以上で恋人未満な関係の今だからこそ、きっちりしておきたいんだよ。……わかってくれるかな?」

 

「…………ああ」

 

 言わんとすることは、分かった。それはなんとなく考えていた事でもあったから。

 

 俺に、ゆんゆんやあるえに対して独占欲があるのと同じで。俺をシェアしようとしている彼女たちも、独り占めしたいと思わないわけがない。

 

 朝の一件を含め、俺が今日一日ゆんゆんのことを頭のどこかで気にかけていたのは、そういう理由があったからだ。

 

 ……あるえも人が悪い。こうして話してくれた以上、俺はちゃんと話さないといけなくなった。

 

「なあ、あるえ。……先に謝っとく。ごめん」

 

「そんな改まって。どうしたって言うんだい?」

 

「俺、お前に……謝らなきゃいけないことがあるんだ。それと誤解なく聞いて欲しい」

 

 通す筋は通さないと。ただでさえ、エリス様に顔向けできないことしてるんだから。

 

 

 

 昨日めぐみんと話すまでは、二人と付き合うことを考えていたけど、一晩考えてゆんゆんを選んだこと。

 

 まずはそれを謝った。それだけじゃない。謝るべきことはその他にもある。

 

 俺は、一度決めたことを次の日には覆す男だから。

 

 今まで内緒にしていた、アークウィザードになれば上級魔法を直ぐにでも取得できていたのに、取ることを選ばず、自分から望んで学校に来ている事。そして──本当の夢や目標を、あるえにもゆんゆんにも言わず黙っていることを。

 

「そういうわけで俺は、あるえの思うような人間じゃないんだ。…………ごめん。本当に」

 

「──……」

 

 無言でいる。反応が怖くて、話している途中からあるえの顔が見れない。

 

「幻滅、したよな。でも、これが俺なんだ。……それに、人に言えないような秘密もまだ、抱えてる。こんな俺を選んでいいのか、あるえは」

 

 けど、俺はそれを知る責任がある。意を決してあるえの顔を見て──呆気にとられた。

 

 情けない俺の主張を聞いて尚、あるえは表情を崩すことなく、微笑んでいた。

 

「ねぇ、はぐりん。それぐらいのこと、私が知らないとでも思っていたのかい?」

 

「……誰にも言ったことは無いのに?」

 

「知ってるよ。知らない事も、大体想像がついてる。それぐらい私はずっと、君の事を見てきたんだから」

 

「あるえ……」

 

「私の好きなことは小説を書いたり読むことだけど、得意なことは人間観察だってことは君も知ってるだろう? ゆんゆんに私を認めさせたのは伊達じゃないよ。……小説と同じくらい、君のことは語っても語り尽くせないくらいなんだ。だから、愛好や嫌悪は勿論、君がどういう風に考えて、どんな決断を下すのか。……予想できるし知ってる。君が黙っていたって言う隠し事もね。白状するけど、ここ一年ぐらいはずっと君の事が頭から離れなかったよ。いつも君を想ってた。これに関しては、ゆんゆんにも負けないし負けたくないからね」

 

 恥も躊躇いもない口ぶりに、俺は口を(つぐ)む。

 

「だから。だからね、はぐりん。……そんな突き放すような事、言わないでよ」

 

 はらりと一滴。あるえの目元から頬を伝って流れ落ちた。

 

「わ、わかったから。それもごめん! 別に突き放すつもりはないから!」

 

「……そう。なら、良かったよ」

 

 でもあのラブレターには、俺に時間がないとかどうとか書いてあった。……五回は読み直したんだから間違いない。

 

「じゃあ、どうしてあんなこと書いて……」

 

「……ああ、アレの事を言ってたんだ。あれはラブレターだけど、小説だって言ったじゃないか。ちょっと美化して書いただけだよ」

 

「美化って……」

 

「私には、そういう風に見えてるかもってこと。実態は別としてね。それに……憶えてないかな? 私が『小説家は適当に話を作れるぐらいが丁度いいのかな』って聞いたら、『フィクションに傾倒したらリアリティが薄れる。虚実を織り交ぜた方が良い』ってはぐりんがアドバイスしてくれたのを」

 

 あ、いつぞや言ったな、そんなこと。

 

「それは覚えてるけど。……それであんなこと書いてたのか?」

 

「そうだよ。誤解させたんだね……少し、わかって欲しかったけど。でも、作家冥利に尽きるってことかな。それだけ信じて貰えたんだから」

 

 なんだ、もう。そういうことかよ……。……でも、あるえの浮かない顔は晴れない。

 

 それもそうか。……知ってる、予想できたと言ってくれたけど、それは悪い予想だ。そんなものが当たってたら、いい気分はしない。

 

 ……それに、俺の勝手で、自分が選ばれなかったと知るのは……辛いよな、やっぱり。

 

 はらはらとあるえの瞳から零れてくる。眼帯からも溢れだした。

 

 ……くそ。言うんじゃなかった。こんな顔、見たかったわけじゃないのに。

 

 ──今日言おうと思っていて言えてないことが、もう一つだけある。

 

 調子がいい。なんて思われかねないけど。……でも、言いたい。聞かせたい。

 

「なぁ、その。あるえに、まだ言ってない事があってさ」

 

「……なに? わざわざ言葉にするような事なら……今はちょっとショック受けてるから、これ飲み終わってから聞いても良いかな……?」

 

 や、机に置いたままなんだけど。いや、そうじゃなくて。

 

「別にさっきみたいな悪い話じゃないんだ。今日一日、ずっと言おうと思って言えなかっただけで、タイミングはいつでもよかったんだろうけど」

 

「……だから、あまり、気乗りしないんだけど。……はぁ、なんだい?」

 

「その、言わなくてもいいって言ってたから、言ってなかったけど……──あるえのこと、俺も好きだ。本気なんだ。今はまだ恋人にもなれないけど、でも、誰にも渡したくない……きくもとや他の男にも。ずっと一緒に居たい」

 

 恥ずかしくて今絶対真っ赤だ。でも絶対に、顔は(そむ)けない。

 

「よ、よくないよ。……そういう、落として上げるの」

 

「わ、わかってるよ。だけど言いたかったんだ。君は知ってるかもだけど。俺が本気だって直接、俺の言葉であるえには知ってもらいたかった」

 

 袖口で、涙を拭うあるえ。声が震えていて、普段の迫力は全然ない。

 

「もう。こんなのずるい。……だから改めて私も言うね。好きだよ、はぐりん」

 

「ああ、うん。俺も……大好きな二人の為に、頑張ってゲス男になるよ」

 

「だから、それは言葉の綾だって――ふふっ」

 

 あーあ、もう。これから家に帰ろうかっていうのに、女の子泣かせて。……俺、あるえのご両親に殺されるかもしれない。

 

 ──そうやって気を紛らわせないと、茹った顔が、火を噴きかねなかった。

 

 

 

 お互い、落ち着きを取り戻してから喫茶店を出る。お会計をする際に冷やかされるかと思ったら、なんてことはなく終わり。母さんによろしくと、おじさんに見送られて店を出た。

 

 

 

「ねえ、今物凄く君に口づけをしたいんだけど。今の関係って、はぐりん的にはどこまでならいいのかな? してもいい?」

 

「あ、う……だ、駄目だから! そういうのは駄目!」

 

 やめて、誘惑しないで! 俺も今物凄くしたいけど、ゆんゆんに申し訳ないから! まだそこまで割り切れないから!

 

 ──で、結局。妥協点として、別れるまであるえと手を繋いで帰ることになった。

 

 

 

 

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