はぐりんくえすと   作:楯樰

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6 小説と告白と

 翌朝。めぐみんが何やら黒色の猫?らしきものを連れて歩いていた。

 

「それは?」

 

「これは我が妹に導かれし漆黒の魔獣。我らが使い魔にしました」

 

「……」

 

「……。置いてきたら、こめっこに食べられてしまいそうだったので、一緒に連れて行くことにしたんですよ」

 

「そっか……」

 

 ちょっと今、紅魔族的テンションについてく余裕無い。

 

「聞いておいてなんですかその態度は。……はぐりんが元気がないとは、珍しいですね。それに今日はゆんゆんと一緒ではないのですか?」

 

「ん、ああ。……ちょっと色々あって。ゆんゆんは先に行ってるらしい」

 

 族長にも、奥さんにもゆんゆんの事を頼まれた。彼女も昨日の夜から様子がおかしかったらしい。原因は俺なのに。心配までしてもらって、申し訳ない。

 

 めぐみんは何度か瞬きして。

 

「何やったんですか。あの娘がはぐりんと一緒じゃないなんて、よっぽどの事があったんでしょうか……まあ、あまり興味はありませんが。ですが、話をすれば気が晴れると言いますし、この私が聞いてあげましょう」

 

 別にゆんゆん絡みで元気がない、とは一言も言ってないけど。紅魔族随一の天才は察しが良くて困る。ツンデレめ。いつか、めぐみんに甘やかしすぎだと言われた気がするけど、案外ゆんゆんに甘いのはめぐみんもだ。

 

「……。告られた」

 

「? こ、こくられた……? ……告られた!? はあああああ!? ど、どういうことですか!?」

 

 わかりやすい反応ありがとう。

 

「いや、俺が卒業したら冒険者になるつもりなのはめぐみんも知ってると思うけど。……もし正式に付き合うのなら、将来を誓った彼女を置いて行きたくはないから……一緒に行かないかって誘おうと思ったんだけどさ。……最後まで聞いて貰えず逃げ出されて」

 

「さらりと小っ恥ずかしいこと言うのどうにかならないんですか。……で、なんて言ったんです? 一言も漏らさず教えて下さい」

 

 え!?

 

「あの、言わなきゃ駄目……あぁ、はい。わかった。わかりました!」

 

 

 

 ──思い出せる限り、再現して言う。再現が終わると、めぐみんが目を赤くさせて涙ぐんでいた。

 

「……で、逃げられたと。その、大丈夫か?」

 

「……は!? ゆ、ゆんゆんの気持ちに成りきってしまいました。……これは、駄目ですね。フラれたと思ってもおかしくないです。凄い再現度というか、臨場感というか……いえ、どうして追いかけなかったんですか!」

 

「勘違いしたままなら、それでもいいかなぁと。……帰ってから後悔したけど」

 

 朝会ってから一番深いため息をめぐみんが吐いて。

 

「一応。ちゃんと貴方と話すようにゆんゆんには言っておきますけど。……あなた達の痴話喧嘩にもう巻き込まないでくださいね! いい迷惑です!」

 

「し、シッー! めぐみん声でかいから!」

 

 先に行きますからねーと、めぐみんは言って、抱えていた黒猫と鞄を持って学校まで走って行く。

 

 ……?  なんか、忘れているような気がする。

 

 なにか頭の隅で引っ掛かっていることが……それもかなり大事なことな気がしてならない。

 

 ──……暫く考えたが結局何だったか思い出せず。大したことが無いと、考え込むのに区切りをつけた。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 学校に着き、女子クラスの教室に顔を出してみようかと思ったところ。なんだかあの黒猫がモテモテらしく、入っていける様子じゃなかった。こっそり様子を見るとゆんゆんが構いたそうにして、膝を曲げていた。ふと目が合ったが、悲しそうな顔を一瞬見せてそっぽを向かれる。めぐみんはまだ話してくれていないようだ。……ゆんゆんにこんな反応されるとは思ってなかったよ。

 

 お昼休みには話ができるよう、めぐみんが言ってくれていることを信じて、自分の教室に向かう。

 

 すると、教室の入り口の手前で女子が一人立っていた。廊下の窓から外を眺めているのは、あるえだ。昨日はあんなことがあったけど大丈夫だろうか。

 

「おはよう。あるえ。どうしたんだ、朝早くから。教室にいなくていいのか? めぐみんが黒猫連れてきてるけど……」

 

「……おはよう、はぐりん。いいんだ、それは。今はそれよりもその。これを……渡したくて」

 

 よく見ると、手には小説の原稿らしきものがあった。

 

「昨日言ってたやつ、だよな」

 

「そうだよ。昨日も言ったけど、簡単に読める物だから感想だけでいい。想いはかなり込めたけどね。それから読み終わったら直接、思ったことを聞かせて欲しいんだ」

 

 昨日一晩で書き上げた、ということだろう。あるえの話によれば寝取られ物の二次創作らしいいけど。確かに簡単に読めそうだ。ハッピーエンドを期待する。

 

「それより大丈夫か? ちゃんと寝たか?」

 

「うん。……2時間ぐらいかな」

 

「全然寝てないじゃん……隈もできてるし」

 

「気持ちが入っちゃってね。……紙に起こしてスッキリしたけど、気持ちが高ぶって寝られなかったのもあるよ」

 

 晒している片側の瞳は確かに少し赤みを帯びている。そんなあるえから、珍しく畳んで閉じてある原稿を受け取る。

 

 ……あ、そういえば。

 

「えっと。ちょっと昨日色々とあって……まだ、昨日預かったやつ読めて」

 

「いいんだ、それは。また、今度にでも。……。先に、これを読んでくれないかな」

 

 遮られて最後まで言えない。いつもの落ち着きがない。いつものあるえらしくない。……二次創作なら、そうまでして読んでもらいたいものだろうか。

 

「うん、わかった。休み時間にでも」

 

「今ここで読んで欲しいんだ」

 

「は?」

 

 あるえが滅多と取らない眼帯を外して、その両目と目が合う。

 

 請うような紅いその瞳には、読み切れない複雑な感情も映っていた。

 

 訝しく思わずにはいられない。それでも、今は読むことを優先して、手に持っていた鞄を廊下に置いた。

 

 

 

 

 

 

 ──……勝負は、始まる前からついていた。

「そんな、ことって……」

 口を押さえて声を抑えた。

 聞くつもりはなかった。……捜し物をしに来たはずの私は後ずさり、物音を立ててへたり込む。立ち聞きしてしまったその事実は、衝撃をもって胸中を貫いた。

 ……あの二人は、既に将来を誓い合う仲だったのだ。私はそうとも知らず、この刺激の少ないが充実した日々を。彼という存在がもたらす喜びに、甘んじていた。

 主な関わりはこの学園でのお昼休みに限られた。それも毎日というわけではない。それ以上の干渉は、どこか憚られたからだ。

 おそらくこの学園で誰よりも忙しく、そして苦痛を強いられながらも、屈することのない彼の自由はこの学園に限られる。ただでさえ貴重な自由な時間を奪うのに、それ以上は望めない。

 でも、そんな彼は面倒くさがらずに……私の話を聞いてくれる。彼は夢を語ってくれる。

 その関係を人は友というのだろう。だが、それがどれ程私を励ましてくれただろうか。身の丈に合うかどうかも分からない大望に押しつぶされそうに、何度もなった。途中のものを幾度も投げだそうとした。しかしその都度、彼との時間が『折れるな、すすめ』と見えない手で背を押してくれた。御陰で幾つ最後まで完遂させることが出来たことか。……そう。だから、いつしか私はそれ以上の想いを持ってしまった。

 しかし、至極当然のことだったのかもしれない。友である前に、彼と私は男と、女だったから。彼にその気は無くとも、私は友に抱く以上の感情を彼に抱いた。

 それ以来、何度も夢想したこと。

 ──……いつか、彼に私は好意を告げて。彼は私に、応えてくれて。ちょっとだけ変化した関係は時を経て、体を重ね、愛を囁き、いずれは契りを結ぶ。そこに劇的なものはなくとも、きっと幸福はあって。互いのどちらかが尽き果てるまでは享受できるのではないか──……なんて妄想を。

 

 しかし。たった今、儚くも崩れ去った。ガラガラと音を立てて。

 

 親の決めた許嫁がいた。自分の意思ではないというのに、満更でもない様子で視線を交わしている。その相手は自分のよく知る人物で、相手はそうは思ってはいないだろうが、私にとっては友人の一人だった。

 彼女の彼に向かう好意は明け透けではあったが、どこか空回りしており、ほんの一時前まで、障害には成り得ない──と、そう思っていたのに。

 嗚呼、違ったのだ。悟ってしまった。もう運命付けられたからこそ、ああして、仲を深めようとしていたわけだ。あれは弱者の囀りではなく、強者の余裕であったのだと。

 情けなくも、座り込んだまま。声には出さず、己を嘲る乾いた嗤いが口から漏れた。

 

 ──制服にはシミが出来てしまったし、柄にもなく泣いてしまった。声には出さなかったけどわんわんと。

 咄嗟にしては上手い言い訳が思いついた。しかし、もしかすると私が恋愛小説を読んで泣いてしまうような乙女と思われてしまう可能性もある。否定はできないけれど。

 私の印象からはかけ離れているが、この有様を説明するにはそれしかなかった。

 意を決して戻ると、随一の天才の異名を持つ友人と、意外な事実を知らしめてくれた彼女、そして彼は、私が帰ってこないことを気にしていたようだ。

 ……駄目だ、また泣けてきた。伝うものを指先で拭い。当たり前のように彼の隣に座っている彼女を見て、少し腹が立ったので私も隣に座り、先ほどの言い訳をした。

 すると、信じられないかのような目で見ていた三人だが、そういうこともあるのかと、一応の理解は示してくれたようだ。彼のこういう時の察しの悪さに本当のことを言ってしまいたくなったが。君のことなのにね、まったくもう。

 友人が私の読んだ小説に興味をもったらしく、詳細を聞いてくるが流石に言えない。聡い友人のことだ。きっと探りをいれてきたのだろう。

 彼は気を遣いその無粋な質問に顔を顰めている。その優しさも、今は少し辛い。

 ……いやとっても辛い。でも、その優しさに私は何度も助けられてきた。

 

 やっぱり、諦めたくない。そう思ってしまうのは悪いことなのだろうか。

 

 だって所詮は許婚なんて口約束の延長線上のものだろう? 解消できるとも、彼は言っていた。できることなら解消して欲しい。けど、それは彼女に悪い気がしてならない。そういう物は読みはするけど……身の上で寝取られなんて、される側にもする側にも私はなりたくない。──なにより、彼女もまた私の友人の一人なのだから。そしてなにより彼に取捨選択の責を背負わせたくもない。優しい彼のことだから、定められたとおり彼女を選んだとしても……一生気にしてしまうだろうから。

 

 すっと、霞が晴れたように思いつく。簡単なことだ。きっと大丈夫。私なら出来る。

 

 決意を固めて、私は君にこう言った。

 

「はぐりん。書き上がったら、また読んでくれるかな」

 

 』

 

 

 

 ──……あるえの言うように、すぐに読み終える事はできた。でもその二次創作の一部は心当たりのある内容で、懸念は徐々に大きくなった。

 

 動悸がする。妙な発汗もある。

 

「あ、の。えーっと。……なんて、言ったらいいか。二次創作、じゃない気がするのは……気のせいかなあって」

 

 あの時の話を聞いていたのか、だとか。あるえはそんな風に思っていたのか、とか。言いたいことは他にも沢山ある。

 

 けど、何よりも何時だったか助言した、架空のものであるという注意書きも、今回に限ってない。

 

 ……これは、二次創作なんかじゃ断じてない。

 

「そうだよ。まやかしでも、御為ごかしでもない。全部、私の感じたこと、今思っていることだよ」

 

 射貫かれそうになる。モンスターと対峙している時以上の緊張が体を強張らせる。

 

 主人公はあるえ。そして一部脚色はあるものの、この彼は俺だ。

 

 あの時の俺は、めぐみんよりも無神経だった。今になってそのことに気づき心苦しさを感じるなんて。

 

「う、あの……あるえさん? 俺は、正直……どうしたらいいか」

 

「出会った頃の君を思い出すよ……急にこんなことを伝えて、動揺させて。ごめんね。でも、どうしても伝えないと、って思ったんだ。正直はぐりんが私の事をどう思っているかなんて、わからないけど。でも私の気持ちと、私がどうしたいかは知っておいて貰いたかった」

 

「そう、なのか……その、俺のことを好いてくれてるってことで、いいのかな」

 

「わ、私だって恥ずかしいんだから、そんな口に出して言わないでよ。……でも、その通りだよ。私は、君のことをっ……ふふ、やっぱり、恥ずかしいね」

 

 恋する乙女、とはこんな見る人を切なくさせるような表情をするものなのだろうか。少し緊張が緩む。……書いてあるとおりなら、何か考えているはずだ。

 

「どうするつもりなのかは、書いてなかったけど……」

 

 聞いておいてなんだが、警鐘が鳴っている。

 

 これ以上、聞くなと。

 

「……そうだね。別にゆんゆんから君を盗ろうってわけじゃないのは、書いていた通りだけど。ひとまずゆんゆんと仲良くなろうかな。今以上にね。それから彼女に許してもらって」

 

 ゆんゆん?  ……そうだ、ゆんゆん!

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

「ん? 何かな?」

 

 なんか許して貰うとか、ゆんゆんと仲良くなるとか。全然関係の無い事のような、そうでないようなことを聞いた気がしたけど、その前に一つ言っておかないといけないことがある。

 

 

 

「その、昨日ゆんゆんと喧嘩? ……うん、ちょっと喧嘩しちゃって。そのあるえの考えていることは、仲直りしてからでいいかなあ……なんて」

 

「なにをしたのかな」

 

 ジットリした目で見られたのは初めてだった。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 ──……一時間目。

 

「先生! はぐりんが錯乱してて面倒くさいんですけど!」

 

「放っておけ、と言っても授業始まる前からそうだからな。はぐりん、どうした? 内なる魔神の封印でも解けそうか?」

 

「ぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 あるえに告られた? 告られたんだよな!? いや、なんで!?

 

「これはいけない。保健室に行って再封印を施して貰え! ……いや、ホントに大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫で……ぅあぁぁぁぁぁぁあぁあ!」

 

「全然大丈夫そうじゃないな! まさか本当に……? 早く行ってこい! そうだな、ふじもん! 見張るついでについて行ってやれ!」

 

「く、クハハ! 良かろう! 我が盟友の窮地とあれば、この我も同行しよう。ほら、行くぞはぐりん」

 

 ふじもんに連れられて教室を出る。

 

 ど、どうしよう。本当にどうしよう。昨日はゆんゆんに告られて、今日はあるえに告られて? ……なんだこれ。俺明日死ぬのかもしれない。

 

 動揺が収まらないまま、保健室に向かった。

 

 

 

 ──保健室につくと、保健室の先生に引き渡され、付き添ってくれたふじもんは帰っていく。精神的なものだから、特にこれといった治療をしてもらう必要は無い。必要ないのだが、再封印のための栄養剤を貰い、ベッドで休んで行けと言われたので休んでいくことになった。

 

 少し動揺も収まって、色々と考えてしまう。今の俺はまるで体育の授業をサボるめぐみんのよう。

 

 好きで学校に来ているというのに、情けないったらありゃしない。……あるえは俺には自由がないと思っているようだけど。実際は自由だからこそ、学校に来ていたり、里の外へ出て行ったりしているわけ。

 

 俺が『冒険者』の職を選んだときの初期ポイントは30ポイント。そして『アークウィザード』になって取れる《上級魔法》は取得するのに30ポイントがかかるらしい。だから、本来選ぶべきだった『アークウィザード』であれば学校に通わずとも上級魔法を取得することはできていたのだと思う。しかし、それを当時の親父はヨシとは思わなかったようだ。

 

 上級魔法を行使するには、詠唱だけでなく決まった身振りが必要となってくる。そういった知識を覚えるのは勿論のこと、此処とは別の『学校』に通っていたことがあるらしい親父曰く、意思疎通の仕方を覚える場所でもある、と。

 

『ただでさえ、冒険者は人に教えを請わなければスキルを使えるようにならない。だから、人との関わりを絶ってはいけないんだ。いつか、おとぎ話にもある魔王のようになってしまう』

 

 まぁ、紅魔族と結婚しているだけあって、勿論のこと親父は《上級魔法》を覚えている。そしてその威力も知っている。今思えば子どもが持つに早過ぎた、というのが一番の理由かもしれない。

 

 今でこそ、この身に余る程の魔力を制御することができているけど、それができていなかった頃、《初級魔法》でも大人達が使う《上級魔法》ほどの威力を持ってしまっていた。効率は悪いから魔力消費も半端なかったけど。

 

 そんなだったから、もし《上級魔法》取得して、遊び半分で使ったりなんかしてたら、どうなっていたことか。……いや、魔神の再来、とかなんとか言って里の人達は喜びそうだな。俺だったら惨事にヤケクソになって喜ぶ。

 

 ――……思考が大きくそれた。ポケットに突っ込んでいた小説が、現実を突きつけてくる。教室に置きっ放しには出来なかった。ただ、今なら言える。俺はあるえの思うような奴じゃ無い。それを伝えなきゃいけないと考えると、尚のこと心苦しい。

 

 あああ、もう。寝よう。……寝て、解決するような事じゃないかもだけど。寝不足だったし、ちょっと寝て気持ちに整理をつけるとしよう。

 

 ―――ベッドに横になり目を瞑ると、案外すんなり眠りにつけた。

 

 

1話の長さは?

  • 3000字程度
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  • 7000字以上
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