意識が浮上する。
「──……ん?? 今何時だ? って……ゆっ!? ……ゆんゆん」
時計を探して辺りを見渡すと、ベッドの縁で腕を枕にしてゆんゆんが居眠りをしていた。
保健室の先生の姿は見えない。どうやら何処かへ行っているらしい。まあ、でないとゆんゆんがここで居眠りできている訳がない。
自信の無い表情は見慣れたものだけど、こんな寝顔を見るのは久しぶりだ。そういえば──出会って一ヶ月だと言って、はりきってケーキ作ってくれたあの日。あの日もこんな感じで、居眠りしちゃってたか。あの日、嬉しかったのはゆんゆんだけじゃない。大袈裟にも感じたけど、俺も嬉しかったんだ。
懐かしさに目を細めた。あっという間のようで、かなり昔のことのように思う。お互いに、あれから随分と大きくなった。そんな感慨にふける。
眠っているゆんゆんを起こさないよう、体を起こして窓の外を見るともうお昼だ。この位置からでは、少ししか見えない時計もそれぐらいを指している。ゆんゆんが居るってことはお昼休みなんだろう。……しまったな、寝すぎた気がしなくもない。
……どうしてゆんゆんがここに居るのかは予想できる。大方、めぐみんに話を聞いた後、クラスまでは来たものの不在。勇気を出して男子に俺がここに居ることを聞いたのだろう。
ゆんゆんが大事な人なのは変わりない。友達で。それから……。昨日あんなことがあったとしても、それには変わりない。それが変わりそうになったから、すれ違いそうになったわけだけど。
──あるえのことが頭を過ぎるが、今は。
「……めぐみんには感謝しないとなあ」
大きな借りが出来てしまった。眠っている彼女の髪に触れる。綺麗な黒髪だ。紅魔族だから、髪色に変わりは無いけど、髪質は俺のと全然違う。
「んん──」
身じろぎして、ゆんゆんが反対側を向いてしまった。
……この子は頑張っている。才能は勿論あるんだろう。でも、努力も忘れていない。
めぐみんは本物の天才だ。口頭で聞いただけだが、知力だけは、俺でもめぐみんに敵わない。
でも、ゆんゆんは追いつき、追い抜こうと必死だ。『紅魔族随一の天才』の称号を欲しがっている。族長の娘だからと特別扱いされることが嫌なんだろう。紅魔族の族長は、誰もなろうとしないだけで、誰でもなれてしまうから。
……つい、髪を触ったり撫でてしまったが、今はまだ許して貰ったわけじゃない。申し訳なさがあふれてくる。
「ごめんな、ゆんゆん。昨日、紛らわしいことを言って」
「……」
「でも、中々素直に誘えなくてさ。将来族長になる君の、邪魔になるんじゃないかって思って」
「…………」
「起きたら、ちゃんと言うから。一緒に、冒険者になろうって。お互い、結婚が出来るようになってる時には、俺は強くなってるからさ。もしかしたら、君の方が強くなってるかもしれないけど──……でも、必ず。俺は君を守れるくらいに、強くなるよ」
眠っている時に言うのはずるいだろうか。
でも、起きているときに言うのは少し気恥ずかしくて。また伝えられないような気がして。練習だ、練習。そう、自分に言い訳した。
もう一度撫でると髪がかかり、隠れていた耳が露わになる。…………え、赤い?
「は、はぐりん……」
「うぇ!? お、起きてたの?」
体を起こして、真っ赤になっている顔が見えた。い、いつから起きてたんだ……?
「あの、あのっ! ご、ごめんね。あの時私も、ちゃんと聞かなくてっ!」
「ちょ、ちょっと待ってっ……い、いつから聞いてたんだ?」
「『起きたら、ちゃんと言うから』のあたり……?」
「…………くうう!」
結構聞いてるじゃないか!
「あ、はぐりん! ちょっと! もう、布団かぶって隠れないでよっ! き、聞いてる私だって恥ずかしかったんだから!」
もうちょっとだけ待って! 顔が熱くて、火を噴きそうだから!
──暫くして。
「そういう、ことだから。ごめん……本当に。紛らわしい言い方をして傷つけた」
ベッドの上に正座して誠心誠意謝る。全面的に俺が悪い。
「……ううん。私も、なんだか妙に焦っちゃってて。このまま、はぐりんが何処か遠くへ行っちゃうんじゃないかって不安に、なっちゃって……。そ、そんなことないのにね!」
「…………」
「どうしたの? ……そんなこと、ないよね? ね?」
「い、いや。うん。大丈夫。特に問題はない……から」
棚上げしていたあるえの事を思い出して、少し焦る。言うべきか、言わないでおくべきか。いつかはバレることなんだろうけど……いや、言っとこう。何がまかり間違ってトラブルになるか分かったものじゃないし。
「あの、ゆん「あ! そうなると早く私もスキルポイントを溜めて、卒業出来るようにならないと! ふふ、はぐりんと冒険者かあ……きっと楽しいことばかりよね! 一緒にクエスト受けて、何処かへ遠出したり。で、クエストが終わったら何処かご飯を食べに行って──ね、はぐりん!」
「あ、うん……」
楽しそうな妄想をしているゆんゆんに、今朝のあるえの件を伝えるのは無理だった。……遠慮がちなのは直ってきてる気はするけど、妄想癖が酷くなってる。その事実に少し頭が痛かった。
▽
あるえは蓋の上に卵焼きを置いて、俺のおかずから同じく卵焼きをとっていく。交換のつもりなんだろう。……それは別に、構わないんだけど。
「なるほど、美味しいね。これはお義母さまが? 真似できるようにならないといけないかな」
「いや、俺の手作りだけど。母さんいつもポーション作りで夜遅くまで作業してて、朝起きてこないからな……っていう話を前にもしたよな」
「そうだったかな。記憶違いかもしれないね。でも君自身が作るって事は、これは君の好みの味というわけだ。うん、勉強になるよ」
何も言わずにジトッとした目で睨めつける。……嘘つけ、絶対覚えてる。
結構な頻度でおかずを交換してるはずだ。その時話した覚えがある。
「……ねぇ、ここ保健室なんだけど。どうしてあるえがいるの? あと、なんだかはぐりんのお母さんのこと変な風に言ってない?」
何も知らないゆんゆんの前でこういったことをやるのは控えて欲しい。
きっと、昨日の一件はあるえの所為でもあるんだ。けど、あるえがなんだかんだと関わってくる理由を知った今、俺の口からはとても言えない。
……正直、あるえがここに来てから気まずい状況が続いていた。
「言ってないよ。あと、私ははぐりんのお弁当を届けにきてあげたんじゃないか。ついでに私も一緒に食べようと思ってね。先生は職員室にいるらしいから、丁度良いだろう? ゆんゆんもそのつもりだったんじゃないのかな?」
「うっ、それは……そうだけど」
ゆんゆんはゆんゆんで、弁当持参で保健室に来ていたから、あるえのことは言えないようだ。昨日よりも大きめの弁当箱に彩り豊かなおかずがぎっしり詰まってる。大食漢とは程遠いゆんゆんが一人で食べきれる量じゃないのは明らかだった。
そんなに喧嘩してたってわけじゃないけど、ゆんゆんは俺にこれを食べてもらうつもりだったのだろうか。まあ、めぐみんに食べられる可能性も考慮してのことかもしれない。
「だろう? それよりも。ゆんゆんは、はぐりんの好みの味とか知らなくて良いのかい? 将来のためにも」
「そ、それはそう……。……ねぇ、どういうこと? どうして必要なこと知ってるの? いや、別に全然、はぐりんの味の好みなんて知らなくてもいいんだけど!」
「誤魔化さなくてもいいよ。だって昨日立ち聞きしちゃったからね。図書室で」
「は? え、立ち、聞き? 図書室でって…………えええええええ!?」
「まったくズルいじゃないか。私だってはぐりんのことを好いてるのに」
どうして、そんなあっさり言っちゃうのだろう。悩みに悩んでこうして保健室にまで連行されてきたのに。
女の子二人に好かれてるのに、泣きたくなってくる。決して、嬉しいからじゃあ断じてない。
「そんな、えっ、ええええええ……!? あの、その、本当なの!? あるえが!? あ、だからあんな泣いてたの!? というか、どうしてはぐりんはそんなに落ち着いてるわけ!?」
「……その、今朝、知った。あるえに、告白文を渡されて」
「告白文!?」
「そんな悪行を知らしめるみたいに言わないで欲しい。せめてラブレターっていってくれないかい?」
だって、俺からしたらそうとしか言いようがない。読んでたら変な汗かき始めたからな。悪いことしてないのに。あるえに好かれるようなことはしてないつもりでいたし。
驚くゆんゆんにポケットから出したソレを渡すと、あるえがあ、と小さく声を上げる。無闇に人に見せるものじゃないと分かってはいるけど、ゆんゆんには読む権利があると思うんだ。
二度、三度と読みふけるゆんゆん。しばらくして、涙でも出そうになっていたのか、目元を袖で拭っていた。
「……あんなあるえ見たことなかったけど……そういうことだったのね」
「私だってあんなに悲しくなるなんて思っていなかったよ。それに、そもそも初めて好きになった人に、いつの間にか親の決めた許婚がいたなんて思わないじゃないか。知らない間に寝取られていた気分だったよ」
その言い方はどんなんだと、内心ツッコむ。
案の定、ゆんゆんは瞳も顔を真っ赤にして。
「ね、ねとッ!? ……そっ、そんなことしてないわよ! あるえの馬鹿! えろえ! よく読めばなんかエッチなこと書いてるし!」
ちらっと俺を見るのやめて。さらに赤くなってるけど、ゆんゆんも今エッチな想像しただろ。
「えろえって。意味が分かるゆんゆんも大概だと思うけど……いや、私は別にゆんゆんと喧嘩したいわけじゃないんだよ。どちらかというと、仲良くしたいと思ってね」
「そんなの仲良く出来るわけっ……!」
「そうかな? 同じ男の子を好きになったんだ。気は合うと思うけどね?」
「そ、そうかしら……あるえと、仲良く……」
騙されてる、騙されてる! 口を開こうとしたけど、あるえに『黙ってて』と口パクで言われる。それで伝わるってどうして……ああ、《読唇術》スキル取ったの言ってたな。
「そうだよ。別に、私ははぐりんをゆんゆんから取り上げるつもりはないんだ。シェア、共有出来たらな、と考えてるんだ。ゆんゆんとは友達で居たいからね」
畳みかけるように言うあるえ。サラッと言ってるけど、共有って……俺は物じゃないんだけど! 嗚呼、流石にもうあるえの目論見を理解してしまった……! 極力、目を反らしていた目論見に!
「と、友達……あるえと私って友達、なの?」
「……酷いな。ゆんゆんのこと、私は友達だと思っていたのに……」
「あ、違うの! その私も、あるえと友達だったら嬉しいなって、昨日もご飯を一緒に食べたり、図書室で調べ物したり……ちょっと現実が信じられなくて」
落ち込んだ声で、泣き真似をするあるえ。真に迫っていて涙さえ流れていれば、本当に泣いているように見えるだろう。ゆんゆんはそれに騙されてしまったようで、あたふたとして。ぼっち拗らせ寸前のゆんゆんにそんなこと言えば、誤魔化されるのも当然だ。
「じゃあ、決まりだ。はぐりんのこと、その。私も好きでいてもいいかな、ゆんゆん」
「うん、それはいいけど…………ねぇ、ちょっと待って。改めて聞くとなんだかおかしなこと言ってない?」
「? 言ってないと思うけど……」
「う、うーん……? そう、なの……?」
頭を傾げるゆんゆんに見えないよう、あるえは態々、眼帯を横にずらしてウィンクをしてきた。
あるえさ、作家志望って言ってるけど、詐欺師でもやってけるよ。犯罪だけど。いや、ゆんゆんがチョロ過ぎるだけなのかな。……少し落ち着いたらゆんゆんにきちんと話そう。
……嗚呼もう……なんか、色々とありすぎて憂鬱になってきた。
▽
放課後。
あるえに誘われて、ゆんゆんは今日は二人で帰ることになったらしく、あるえについてきては駄目だと言われた。ゆんゆんと話す暇がない。
仕方なく、実はゆんゆん並にぼっちな疑惑のある、一人で帰ろうとするめぐみんを呼び止め、帰り道にて合流する。
なーお、と鳴いてめぐみんの肩に爪を立てて捕まる黒猫はゆんゆんがクロと名付けたらしい。
紅魔族らしくない、ネーミングセンスで名前を付けられたんだ。コイツも幸せだろう。
指で構ってやっていると、めぐみんがジロジロと顔を見てきて。
「ところで、どうしたんです。その顔は」
「クラスメイトと喧嘩した」
ちょっと目元が腫れてきたか。
「……まあ、今日は私も人のことは言えないのですが、あまり褒められたことではありませんからね。『売られた喧嘩は買う』が紅魔族の鉄の掟とはいえ。で、勝ったんです?」
「それは勿論」
片手を上げてきたので、ハイタッチする。めぐみんのほうであったことはゆんゆんから聞いている。どうやらこの黒猫の名前を巡って一悶着あったのだとか。
「ちなみに何が原因で喧嘩を?」
「ゆんゆんとあるえが、昼休み中に保健室に居る俺の見舞いに来てくれて。その時に、男子に聞いてたわけだよ。俺は何処かって。……それで邪推された訳だ」
「……ちょっとわからないんですが。なんだって二人が聞きに行ったからって、はぐりんは男子達と喧嘩になったのですか?」
「そりゃあ、な。何だかんだで二人は男子に人気」
「もういいです。分かりましたから。あなた達男の人が、何が好きなのか、よーく分かりましたから!」
ごす、と右肩を殴られる。レベルも低いめぐみんの威力では大したことは無い。けど、筋に入った。
「いてて……まあ、めぐみんには無いもんな」
「おい、喧嘩を売っているなら買おうじゃないか」
「冗談だって。……俺の母さんがデカいんだから、希望は無くはないだろ? 気にすんな。……『ヒール』『ヒール』」
「それが唯一の希望ですよ。……なんだって従弟にこんな心配されなきゃいけないんでしょうね……」
めぐみんが落ち込んでいる中、痛む場所に回復魔法を掛けて治す。めぐみん、良いパンチ持ってるよホント。治すところが増えた。
「ああ、聞きそびれてしまいました。……その、これ以上拗れても面倒なので、全部話したのですが。ゆんゆんとはどうなったんです?」
「あーうん。ホントありがとうな。助かった……」
「そうですとも。感謝して欲しいですね!」
「…………」
「……何か、ありましたね」
ぎくっ!
「……なかったよ」
「さあキリキリ吐きなさい! 隠し立ては無駄ですよ! 吐くまで付きまとってやりますからね!」
なんでだろうか。めぐみん相手に隠し事できないのは。まあお互い様、ではあるんだが。
少し落ち着いて話したいし、こんなところで話すのは憚られる。里の暇人達が、姿を消して聞き耳立てないとも言えないし。ぶっころりーあたりに聞かれたらどうなることやら。美少女二人に告白されて、共有される身になってしまったなんて。
共有と言えば聞こえは良いけど、言ってみればハーレムと変わりないんだし。……考え出したら、また憂鬱になってきた。
「……ちょっと込み入った話になるし、ウチで話そう。夕飯も食ってく?」
「いや、ホント何やったんですか。ですがそういうことなら、こめっこも連れて行きたいのでウチに一度寄りましょう。今日両親は遅いので、折角ですから美味しい物を食べさせてやりたいのです」
「そういうことなら、一回めぐみん家に行こう。……いつも遠慮せず来れば良いんだぞ?」
母さんも親父も、二人が来ること自体は悪いようには思っていない。
兄夫婦はどうなってるんだと、思うところはあるようだが。
「……それもそうなのですが。親戚に集るのを常習化してしまうと、自分たちがどこの子か分からなくなりそうなので。こめっこが、ワザとなんでしょうけど父のことをおじさんと呼んでしまって。あの時は大変だったんですよ……」
「それは、また……」
おじさんも気の毒に。そう思う反面、あの人が貧困に喘ぐめぐみんの家の元凶なので、自業自得なような気もした。ロマンを求めるのは理解できるけど、生活基盤を脅かすほどになるとちょっとどうなんだと思わないでもない。
……めぐみんの家に着くと、土汚れついたローブの裾を引きずって、こめっこが駆けてきた。
「姉ちゃんおかえりー! お土産は?」
「今日は無いですよ。代わりに、今日ははぐりんのところで晩ご飯です」
「やった! 兄ちゃんだ!」
にへへ、と笑いかけてくるこめっこ。めぐみんが姉馬鹿になるのもわかる愛らしさだ。
「おいっすーこめっこ。元気にしてたかー?」
「おいっすー! うん、元気にしてたよ!」
「あの、はぐりん、変な言葉遣いを妹に教えるのは止めて欲しいのですが」
「別に、普通だよな?」
「フツーフツー!」
そう言って抱きついてくるこめっこの頭を撫でていると、めぐみんが肩を落とした。
む、ローブだけでなく顔も汚れてるな。どこで遊んでるんだろうか。
「今日は兄ちゃんとこで食べるんだね! じゅるっ……お肉? お肉?」
「「!?」」
こめっこがクロを見て涎を垂らしているのに戦慄した。家に置いていけれないってそういう……。
「もう少し太らせないと、食べるところなんて全然ありませんよ、こめっこ。そこ、はぐりんは勘違いしないでください。……流石にこめっこをこのまま連れては行けませんから、ちょっと拭いて、着替えさせます。外で待って貰ってても良いですか?」
まあこめっこに対する方便だとはわかっていたけど。
「いいぞ。クロと待ってるからな」
「なーお」
玄関前に置いていかれたので、クロ相手にとっておきの《宴会芸》を披露してやる。
「さあ、とくと見よ」
懐から何の変哲も無いボールを出して、物体消失芸と、物体出現芸の合わせ技。
手元や膝裏と、あっちやこっちへと出たり消えたりするボールを追いかけるクロ。どっちかが疲れるまで遊び続けた。
「姉ちゃん、しっこくの魔獣がしんじゃってる……ちゃんと食べてあげるからね……」
「まだ死んでませんよ。食べちゃ駄目です。って、どうしてはぐりんもそんなに疲労困憊なのですか?」
ちょっと遊びすぎた。
お気に入り、感想共にありがとうございます。
できれば評価の程もよろしくお願いします。
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