デレマスとのクロスオーバー『 基本はコメディ』 作:エビアボカドロックンロール
「あー、コーヒーでも飲むか…?」
今日から担当することになったアイドルとの距離感がまだ掴めずつい典型的おじさんムーブをかましてしまう。
そもそも初対面の人との距離感など俺に分かるはずがない。事務所を見渡しても誰もおらず、俺の呟きはガラガラの部屋を音速で駆け抜け壁にぶつかり幾度も反響したのちにポトリと床に落ちる。誰かフォローはよ。
近づけば近づくほど離れていくものなーんだ?正解はその人との心の距離。…なんて寂しいクイズなんだ。―――いいんだよ、これが俺のソーシャルディスタンス。
「い、いえ、コーヒーはまだ飲めないので大丈夫です…」
しかも断られちゃったよ。
「これはコーヒーじゃない。マックスコーヒーだ」
続けて俺の意味の分からない一言。――この人なに言ってるんだろう、みたいな目線が痛い。
仕方ないので手に持っていた2本のマッカンをカバンにしまう。
改めて目の前の、“背中まで伸びた長い黒髪がどこか雪ノ下を思わせる、あいつとは正反対の雰囲気を持つ気弱な美少女”と向き合い挨拶をする。
共通点は絹のような黒髪ロングの髪型と黒曜石のような濡れた瞳くらいなもんだが、それでもついあいつと重ねてあれやこれやと世話を焼きたくなる容姿をしている。
「今日から担当することになった比企谷だ。よろしく頼む。」
「は、はい、さ、佐々木千枝です……よろしくお願いしますっ」
「・・・おう」
「・・・」
「・・・・・・あー、ウサギのヘアピン可愛いな」
「へっ!?じ、自分で作ったんです。他にもたくさんあるんですけど、今日はなんとなくウサギの気分だったので…」
間が持たずに適当に褒めたところそれがクリーンヒットだったらしく、少し驚いた後に照れたような笑顔を見せてくれる。先ほどまでの堅い空気も少し柔らかくなった。ウサギって1年中発情期らしいぜなんて、小町に言えば1週間は口を聞いてくれなくなるようなクソ豆知識が頭をよぎるが当然黙殺。
今日の予定は来週にユニットで出ることが決まったステージの下見に行きイベント担当の方へ挨拶をしないといけないのだが、佐々木の緊張がこちらまで伝わってくる。昨日急遽リーダーに決まったことをプレッシャーに感じているのかもしれない。
第一印象ではとてもリーダーに向いてそうな性格には見えないが、ほかならぬ武内さんが決めたことなのであの人にしか見えない輝く何かがあったのだと思う。おそらくポエミーなセリフと共に任命されたであろうこの少女がそれをどう感じたかは分からないが、先ほどまで一人で朝練をしていたのを見るとまだ焦りばかりが先行してしまっているのだろう。
「そんじゃ行くか」
「あっ、はい。よろしくお願いします。――――えと、髪になんか付いてます?」
「いや、黒髪ロングが好きなだけ…じゃなくて昔の知り合いになんとなくその髪型が似てただけだ…」
「そうですか…元カノさんですか…?」
「さっ、早く行くぞー!」
「・・・」
うっかり純粋無垢な小学生に性癖を暴露しかけたが、天才的…天災的な機転により無事回避することができたし、なぜ別れていることを前提で質問してきたのかは気にしないことにする。
ショッピングモールのイベントスペースに着きステージを見あげる佐々木の横顔は、緊張と興奮のごちゃ混ぜになった表情をしていた。ここに来るまでの車中の気まずさなど一気に吹き飛んだようだ。
「すごく・・・大きいです・・・」
「・・・そうだな、ステージがすごく大きいな」
この子緊張しているように見えて案外余裕あるんじゃないのかなんて思うが、こんな天使が小悪魔風なセリフ回しをするはずがないので、本当に会場が大きいことにそのままの感想を言ったのだろう。そうだよね?
「こんなに大きなステージでライブができるんですね…」
「――――まあオープニングアクト…前座みたいだもんだ。言っちゃなんだがほとんどがニュージェネを見に来てる客だ」
「・・・」
まさか自分のプロデューサーにそんなことを言われるとは思わなかったのか、驚いた顔で俺を見た後うつむいてしまった。
期待ってのは、すればするほど裏切られた時の反動が大きいからな。本田の“私アイドルやめる!“を間近で見てしまった俺としては例え今佐々木を傷つけるようなことになろうとも、リーダーとしてユニットを引っ張っていき支えていく覚悟をしてほしかった。
そのニュージェネが今やメインイベントを張ることに感慨深い気持ちにもなるが、来週ステージに立つのはその当時の彼女たちよりも更に幼いメンバーだ。
「やめたくなったか?本番はもっと露骨に客から言われるかもしれねぇぞ」
「・・・・・・比企谷さんは、優しいんですね」
長い沈黙を挟んで、俺の考えなどお見通しとばかりに佐々木がぽしょりと言葉を漏らす。
まさかそんな言葉が返ってくるなんて思ってなかったので面喰ってしまう。リーダーになってまだ焦りばかりが先行してしまっているのだろう。なんて言ってたやつ誰だよ、俺だよちくしょう。
男子三日合わざれば刮目して見よなんて言うが、女子は刮目するわけにもいかねぇんだよ。逮捕されちゃうから。
「千枝たちは大丈夫です。比企谷さんが本当に千枝たちのことを心配してくれていることも分かりましたし。」
「・・・プロデューサーの仕事だからな」
俺なんかが余計なお世話をしないでも武内さんが見出した佐々木千枝というアイドルはとうにリーダーとしての覚悟を決めていたらしい。
雪ノ下の時もそうだったが、何でもかんでも世話を焼くだけがパートナーの役割ではないことを未だに俺は分かっていなかったらしい。目の前にいる、あいつに似てはいるが正反対の少女もまた、俺が世話を焼かずともアイドルとして光り輝いていけるのだろう。
「・・・千枝じゃない女の人のこと考えてます?」
「まさか。徹頭徹尾佐々木のことしか考えてなかった。佐々木以外の存在を忘れていたまである。(超早口)」
「・・・」
「さっ、早くイベント担当の方に挨拶いくぞー!」
「・・・・・・」
――――――
千枝は可愛いらしいです。
そう気が付いたのはいつだったのかは思い出せません。物心ついたころには周りから特別扱いばかりされてきましたから。
同級生の男の子も女の子も、先生や近所のおじさんやおばさんも。可愛い千枝の可愛いところしか見ようとしません。お姫様みたいに扱ってくれます。
欲しいものは簡単に手に入るし、嫌なことは誰かが知らない間に遠ざけてくれています。千枝はただ可愛いだけなのに。こんなの何もおもしろくないし楽しくない。
だから千枝は考えました。どうしたら特別扱いされないんだろう。可愛くなくなればいいのだろうか。嫌われればいいのだろうか。
そんなこと出来るはずがないんです。どうしたって千枝は可愛くなってしまうし、きっとみんなは嫌ってはくれないから。
そんな時、テレビに映ったアイドルを見つけたんです。千枝は思いました。千枝ほどじゃないにしても可愛い女の子が集まるあの中でなら、千枝は特別じゃなくなることができるのではないかと。普通の女の子として扱ってくれるのではないかと。
今なら特別になりたい女の子が集まるところで特別じゃなくなりたいだなんて、到底無理なことだったと分かります。
アイドルになると決めてからはとんとん拍子でした。両親も喜んで東京の寮に入る許可をくれました。
ここでなら千枝は特別じゃない、その他大勢の一人の女の子になれる、そんな喜びでいっぱいでした。
でも結局アイドルとしても千枝は特別になってしまいました。
その他大勢になれると思っていたのに、無駄に大きな体をした大人の男性から理解不能なポエムを浴びせられ目を回しているうちにユニットに放り込まれてしまいました。才能があったんだと思います。当然努力もしました。一ヶ月後にはまたポエムを浴びせられ回復した時にはリーダーにさせられてしまいました。コナン君の気持ちが少しわかった気がします。
彼に出会ったのは、出会ってしまったのはそれがあった次の日のことでした。
「あー、コーヒーでも飲むか…?」
朝練はとても大切です。何もしていない千枝が特別扱いされればすぐに嫉妬の的にされてしまうので、人より努力する姿を見せてセルフプロデュースしないといけません。
朝練から戻った千枝を待ち構えたのは眼鏡をかけた妙に色気のある分類するなら男前に属されるであろう男性でした。
どうやら彼が千枝たちを担当してくれるプロデューサーだそうです。プロジェクト発足当初から裏方として支えており多くのアイドルから慕われているそうです。
でも期待外れです。第一声から千枝を気遣うような言動、結局この人も千枝を特別扱いなんです。
「これはコーヒーじゃない。マックスコーヒーだ」
絶句。
あなたがコーヒーって言ったんじゃないですか。こっちは運動した後なんですよ、普通スポーツドリンクです。だいたいそんな毒々しい色した缶を飲みたいなんて思う人いるわけないです。それになんでちょっと怒ってるんですか。
あせって自己紹介は噛んでしまうし、千枝、この人とは合わない気がします…
「・・・・・・あー、ウサギのヘアピン可愛いな」
不意の一撃でした。千枝が可愛いのなんて当たり前ですし、その手の誉め言葉なんて2兆回以上言われてきました。
だから、人から何もしなくても与えられるもではない、自分が欲しいと思って自分で作ったこのヘアピンを先に褒めるだなんて。――さっき怒られたことは許してあげようと思います…
「いや、黒髪ロングが好きなだけ…じゃなくて昔の知り合いになんとなくその髪型が似てただけだ…」
はああぁぁぁ??この男、千枝の前で昔の女の話してるんですけど、黒髪ロングが好きならそういえばいいじゃないですか。昔の女の話なんか聞きたくもないんですけど…聞きたくはないけど一応聞いてあげたのに無視するなんて。許そうと思ったけどやっぱり許してあげません。
仕返しにちょっとからかってやります。純粋無垢な千枝の口から“下ネタに聞こえてちょっとドキッとするけど、言ってるのは普通の感想”を仕掛けます。
「――――まあオープニングアクト…前座みたいだもんだ。言っちゃなんだがほとんどがニュージェネを見に来てる客だ」
ちょっとすっきりしたので思ってもいない普通の女の子っぽいセリフを、空気を読んで言ってあげると突然暴言を吐かれました。この人は千枝のことが嫌いなんでしょうか。そんな人いるはずがないのに。
・・・そんな人はいるはずがありません。きっとこれは遠回しに千枝を応援しているんだと思います。それがどういう意味かはまったく分かりませんがそうに違いありません。
―――ほら!やっぱり遠回しな応援でした!!プロデューサーの仕事だからな、なんて言って照れ隠しまでしちゃってます。
ん?いや!これは照れ隠しじゃない!こいつ全然違うこと考えてます!
…なんでさっきから千枝の前で千枝以外のこと考えてるんですか…昔の女のことなんか忘れて…千枝のことだけ考えていればいいのに…
今考えれば千枝はこの時にはもうおかしくなっていたのかもしれません。
特別扱いが嫌だからここに来たのに千枝を全く特別扱いしないこの男を、いかに千枝のモノにするか考え始めてしまっていたのですから。
比企谷さん、ウサギは1年中発情期なんですよ…
――――――
桃華「おはようございます。本日も良い天気。絶好のライブ日和ですわね八幡ちゃま♪」
八幡「あぁ、おはよう。屋外ステージだからな、マジでホッとしたわ…」
仁奈「昨日の夜八幡と、てるてる坊主になった甲斐があったでごぜーますね!」
薫「えぇぇ!せんせぇがてるてる坊主になったのー!?薫も一緒にやりたかったよー!」
八幡「女の子がやりたかったとか言うんじゃありません」
みりあ「あとは千枝ちゃんだけだね!―――あっ来たよ!千枝ちゃ、ん???」
千枝「おはようございます♪」
八幡「い、いや…佐々木、そんなばっさり髪切って、どうしたんだ…??えっ、失恋?」
千枝「もー、違いますよー。比企谷さんが千枝を見るたびに元カノさんを思い出してセンチメンタルな顔をしてたので、可哀そうになって切っちゃったんです♪」
八幡「――――元カノとかいないですから…」
桃華「なっ!聞いてないですわよ!八幡ちゃま!!…わたくしだけを愛してくれていると信じていましたが身辺調査をするべきかもしれませんわ(ボソッ)」
八幡「何もねぇから。…何もねぇ…けど、探偵はやめてね?」
仁奈「おー!八幡にはタレがいたでごぜーますね!」
八幡「言葉のチョイスがひどすぎる…」
薫「せんせぇ、振られちゃったの?薫が頭なでなでしてあげるっ!」
八幡「――なんで振られた前提なんですかね…」
みりあ「私は過去の女なんて気にしないわ。大事なのは八幡が今誰を一番に愛しているかだけよ」
八幡「…ハーレクイン小説読んだ?」
千枝「…ウサギ、比企谷さんが初めて褒めてくれたからずっとつけることにしたんです♪」
八幡「まぁ、今日のは前と違うやつだが可愛いな。髪型も…似合ってる」
千枝「ふふ、それに黒髪ロングが好きって言ってましたけど、それは元カノさんがそうだったからですよね。…これからは黒髪ショートを好きって言わせて見せますっ♪」
八幡「…佐々木にはこの先とんでもない目にあわされる気がするわ」
――――――
ちひろ「お疲れ様です。ライブ大成功だったみたいですね。なぜかライブ中のみんなハイライトが消えていたのが気になりましたが」
八幡「ハハッ!何のことかわかりかねますね!!」
ちひろ「まっ、しっかりフラグ管理してくれるなら別にいんですけどねー。…それよりどうしてあの選曲だったんですか?」
八幡「汚ねぇ大人だぁ~。――単純にYes! Party Time!!が一番好きなんですよ。ロリっ子どもが背伸びしてる感じがグッとこないですか?」
ちひろ「・・・『あ、もしもし早苗さん?』」
八幡「すみません!ウソウソ!オープニングアクトだし元気なノリやすいのがいいと思ったからです!!!」
終わり