デレマスとのクロスオーバー『 基本はコメディ』 作:エビアボカドロックンロール
「あ゛ぁーー。合法的に理性を一撃で破壊する薬が欲しい」
目の前のデスクに座るちひろさんがネットフリックスのヤバめのドキュメント映画の中でも特にヤバい登場人物が言いそうなセリフを震える声でこぼすので、うっかり顔をあげてしまった。
マッサージ器を首筋にあてがい虚空を見つめるちひろさん。
あ、マッサージ器ってのは電マのことな。声が震えてるのもそのせい。
事務所で勇者の剣のごとく電マをかかげるちひろさんに脂汗を流しながら使用を控えるようお願いしていた武内さんは、それはもう哀れな姿だった。
代わりに武内さんがマッサージするという条件でその場では電マを鞘に納めたちひろさんだったが、現状を見るに武内さんはまだ本当の意味で代わりをこなせているわけではないのだろう(意味深)
視界に嫌でも映り込む電マは使い込み過ぎて先端とか擦り切れててもはや骨董品のレベルだし、どういった用途でそこまで使い込んだとかは聞けないし知りたくもない。
「オ○ニー」
「ああああ!!!聞こえませーーーん!!!」
誕生日を前にして荒ぶっているのか?
たしかにアラ○ーのちひろさんは毎年の恒例行事のように今年こそいい人を見つけたいと言っているが今年も目標を達成できる見込みがなく、それが原因でさながら冬眠直前の熊のごとく荒ぶっているのかもしれない。
ビキビキッ!!
あるいは武内さんのPCにクリスマスプレゼントを検索した履歴が残っていたのを発見してしまい、さらにはそれがどう考えても誰かを連想させるであろう珍しいアルコール類だったりするもんだから今年もおひとり様クリスマスを過ごすことに絶望しているのかもしれない。
ブチィッ!!!
…いや、これだけは考えるまいと思っていたがもしかすると―――
「もうええわ小僧がッ!!!!!」
「ヒィッ!」
「さっきから黙って聞いとったら好き勝手言ってくれるのお。人間電マにして一生愛用したるぞゴルァ!!!」
「す、すみませ……あれ?声に出てました?」
鬼の形相と妙にこなれた関西弁でブチギレるちひろさんに反射的に謝るが、独り言をうっかり声に出してしまうというどこのラノベ主人公だよと言いたくなる悪癖は長らく出ていなかったはずだと思いながらも、テンプレのように聞き返してしまった。
「……顔に書いてます。マイクタイソンみたいに」
「―――世代を感じる例えですね……」
ふと思い浮かんだ感想を言うか言わないか迷ったが、刹那の逡巡のうちギリギリ許されるだろうとなぜか攻めてしまった俺は今思えば愚かだったなと思います。
空気が凍り付いたような静けさの中で唯一、ちひろさんは暖かみを感じるような眩い笑顔で俺に告げた。
「――死刑♡――」
ーーーーーー
とは言ったものの、戦々恐々とする俺を無視してそのままデスクに戻り仕事にとりかかるちひろさん。それを見てさらに委縮する俺。
ちひろさんの一挙手一投足に注意を払い、どの角度から攻撃が飛んできても対処できるように心の準備を整える。
自分で煽って、ボコボコにされるとかどんだけマゾいんだよって感じだがマゾなんだから仕方ないよね。――じゃなくて、これくらいの意趣返しが許される程度にはこき使われてるから正当な権利だと主張したい。
prrrrprrrr
「はい、千川です」
かかってきた内線と少しばかりのやり取りで通話を終えたちひろさんがすくっと立ち上がり俺に向き直る。
すわ、いよいよ来るのかっ!との心構えも受け流しにっこりとほほ笑んだ。……すいません正直怖いです。
「常務がお呼びですので行きましょうか」
「…えっ?二人ともをですか?」
「ええ、留守電にしておくので電話番は大丈夫ですよ」
言うが早いかぽちっとボタンを押しそそくさと歩き出してしまった。
急いで後を追いかけるとエレベーターホールで待っていてくれた。
驚くなかれ346プロの自社ビル。なんと全長346メートル。狂おしいほどのこだわりを感じる、日照権?なにそれおいしいの?と言わんばかりの建築物である。
そして社長室は最上階に位置しておりエレベーターは直通のものが一基用意されているが、それでも2分近く乗っていなければならずよほど用事がない限りはわざわざ行きたいと思う場所ではなかった。
「ほら、早く乗ってください」
「……はい」
エレベーターガールみたいですね。と喉まで出かかったがすんでのところで飲み下す。
たぶん次はもうないぞと本能が訴えかけている。あるいはもうすでに限界を超えている可能性は否定できないが。
ともあれ往年のエレベーターガールのように俺を招き入れたちひろさんだったが、なぜか扉を閉めようとはしなかった。
「あの…、上まで時間かかりますし早く行きません?」
「んー、そろそろ来ると思うんですけど……あ、来ましたね」
「は…?」
左腕の内側に巻いた時計にちらりと目をやったちょうどその時、外からパタパタと数人の足音が近づいてくるのが分かった。
そしてその集団は勢いのままにエレベーターへと乗り込んできた。
声をかけようと思ったが全員が同じ服装のうえ、帽子、マスク、サングラスと怪しげな変装をしているのでパッと見た感じでは名前を呼ぶことができずもたついていると、なぜか俺を囲むようにあっという間にエレベーターの中は10数人のアイドルで埋め尽くされてしまった。
「ちょ、えっ?お前ら急に、うおっ!」
通勤時間帯の満員電車顔負けの圧倒的乗車率に驚いているとチーンと無駄に上品な音を立てドアは閉まっていく。すでに身体を自由に動かせるスペースは寸分もなく少しでも動かせば誰かのどこかへ触れてしまう危険性があった。
せめて重量オーバーのブザーが鳴らないかと期待したが、平均体重が世間一般のそれを大きく下回るこいつらにはあいにく縁のない話だったらしい。
「ち、ちひろさん一回降ろしてくださウヒィッ!」
「えー。どうしたんですかヒキガエル君、じゃなくて比企谷君。カエルみたいな鳴き声あげておっかしー♪」
「おいっ!誰だ俺のわき腹つついたやつ!今ならデコピンだけで許しひぎぃっ!!」
「うーわ。比企谷君うーわ」
くっ、誰かに股間を鷲掴みにされてついエロマンガみたいな鳴き声を上げてしまった…
……いやいやいや、アイドルが痴漢とかしちゃダメだろ!!!?いや、アイドルじゃなくても痴漢は絶対しちゃだめだけど!そういうことではなく!!
そんな内心とは関係なく文字通り手も足も出すことのできない俺はそれから約2分間、ただただ耐え忍ぶ時間が続き、到着の上品なベルの音とともに降りてきたのは妙にホコホコしたアイドルたちとさめざめと涙を流す哀れな被害者だった。
「ふんっ。これに懲りたら口に気を付けることですねっ!」
「………癖になりそう」
「………紗枝ちゃーん!千夜ちゃーん!比企谷君があいつらはぺちゃぱいだからすぐ分かりました(笑)って言ってましたよーーー!!!」
「ああ!嘘です、ごめんなさい!!!」