太陽が1日の仕事を終えようとする時間帯、ファウストローブを纏った私は屋上を伝って走っていた。
眼下には幼女の手を引いてノイズから逃げる響。狭い路地を右へ左へ折れ曲がることでうまくノイズを引き離している。
それでも足の遅い幼女を連れているからか、完全にノイズを撒くことはできてない。もうかれこれ1時間近くずっと走っている訳だし、響はともかく幼女はとっくに限界だろう。
それに今の響は他人を憎んでるんだから、あんな足手まといさっさと見捨てればいいと思うけどな。
そのまま逃げ続けた響たちは、海沿いの工場の敷地にある建物の屋上にのぼり、そこでようやく足を止めた。
これ幸いと響たちの隣に降り立つ。流石に1時間もパルクールしながら追いかけるのはキツいんだよ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
さすがに響も体力の限界みたいだね、服が汚れるのも構わずに大の字になって必死に酸素を取り込んでる。それでも足手まといをここまで引っ張ってきたんだからすごいよ。
でも、いつまでも寝転がってたら死ぬよ?まあそうなったらそれはそれでいいけど。ほら、ノイズが上ってきた。
「ひっ!?お、お姉ちゃん!」
「っ!?もう来たの!?」
いち早くノイズに気づいた幼女が響にすがりつく。それで響も気づき、素早く起き上がって幼女を庇うように動く。
ジリジリとにじり寄ってくるノイズに響はなにも出来ない。1度足を止めてしまったから、逃げたくても身体が動かないんだろう。
私は響から少し離れた場所に移動する。私のファウストローブにノイズの攻撃は効かないけど、万が一巻き込まれたらイヤだからね。まだ一応死ぬ気はないんだ。
……ん?響のあの表情、もしかして諦めちゃったかな?
うーん、別に介入する気はないけど、ちょっと興醒めしゃったかも。ここからが面白いところなのに、こんなところで諦めちゃうなんて。
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「ひっ!?お、お姉ちゃん!」
ここまで一緒に逃げてきた女の子が悲鳴をあげて私にすがりついてきた。慌てて周囲を見渡すと、色褪せた世界でなお目に痛い発光色をしたそいつらがいた。
「っ!?もう来たの!?」
咄嗟に女の子を背中に庇う。距離はまだ少しあるけど、ずっと走っていたせいか身体が思うように動かない。これじゃ逃げるのは出来そうもない。
チラリと後ろの女の子を見る。自分でもなぜ助けてしまったのか分からないけど、今まで見放さずに逃げてきた。
正直、この子を助けなければ私が生き残れる可能性はかなり大きかったと思う。実際この子を連れて今まで生き残れたことがその証拠だし。
いっそここで見捨ててしまおうか?いや、ダメだ。この子を肉壁として使えるのはほんの一瞬だけ、その程度の時間じゃ逃げ切れっこない。
この状況を打破するために頭を回す。けれどどんな手段を選ぼうとも、行きつく結論は一つだけ。
死。
私は今日死ぬ。他人なんて助ける気などさらさらなかったというのに、全く知らない女の子を助けてしまったばかりに死んでしまう。
でも、それもいいかも……。
別に生きたいわけじゃなかった。生き残ったから、生かされてしまったから生きてきただけだ。目の前のヤツらは、今度こそ私を殺してくれる。
私はそっと、目を閉じた。
『――――本当に?』
「えっ?」
突然、声が聞こえた。それは懐かしい声。2年前までは毎日のように聞いていた声だ。
目を開ける。目の前にはあのライブ会場が広がっていて、そこに未来が立ってた。
『響は本当に生きたくなかったの?ここまで必死に逃げてきておいて?』
「本当だよ。未来がいない世界で生きたくなんてなかった。今まで生きてきたのは、あの日生きたくても死んでいった人がいるのに、生き残ってしまった私の罪だから。
ここまで逃げてきたのは……、生きる努力を
『ふーん……。そしたらなんでもう
「!?でも、もうこんなのどうしようもない!ノイズは迫ってるのに身体は動かないし、今は足手まといだって抱えてるんだ!どうやったって逃げ切れるわけない!」
『でも、まだ響は生きてる。それなら
「そんなことできない!できるならとっくにやって――」
『できるよ、響なら。あとは響が覚悟するだけでいい』
「覚……悟……?」
『そう。戦う覚悟。生き抜く覚悟。それさえあれば、きっと応えてくれる』
「……みくは、」
『うん?』
「みくは私のこと、恨んでる?」
『……うん。恨んでる。私を置いて行ってのうのうと生きてる響が憎くてたまらないよ」
「……」
『だから、響がどんなに絶望的な状況でも、諦めて死ぬなんて絶対許さない。私の分まで生きてもらう。それが私から響に与える罰』
「………………そっか。そしたら、死ねないなぁ……」
――いつの間にか周囲の景色はもといた場所に戻っている。ノイズはずいぶんと近づいてきていたようだ、この距離では逃げ出すより先にノイズに灰にされてしまう。だとしても、私はもう生きることを諦めることはできない。
胸に浮かんできだ詠を、そのまま口ずさむ。
「
瞬間、私の中から何かが飛び出した。
「ぐうぅぅぅ!!!?」
あまりの激痛に蹲る。飛び出した何かが私の中に戻ってきて、そして再び飛び出す。その度に私が作り替えられていく感触。名状しがたい不快感が全身を駆け巡る。
「ううぅあああぁぁぁ!!!?」
そしてそれがようやく収まったとき、私はぴっちりと身体のラインを浮かび上がらせるスーツのようなものを纏っていた。頭にはヘッドフォンのようなものを装備していて、マフラーみたいな布が首に巻き付いている。
「お、お姉ちゃん?」
思い出すのは、あの日ノイズと戦っていたツヴァイウィングの二人。あの時の二人が纏っていたものによく似ている。ということは……。
私はノイズの群れに突っ込み、手ごろなノイズを殴りつける。ノイズはあっけなく灰となった。
「……はは」
さらに一体殴る。そいつも灰に還った。
「……あはは」
複数体纏まっているところに回し蹴りを食らわせる。まとめて灰と消えた。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!」
この日初めて、私はガングニール装者として覚醒した。
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「Balwisyall nescell gungnir tron」
ふと、夜空に響き渡る詠。それは響が紡ぐ、
もしかしたら特に見せ場もなく終劇かと思ったけど、そうはならないようで一安心。
力尽きて倒れるまで、ずっと見守ってあげるからね、響。