明けない夜が明けたなら   作:にんにく大明神

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燃えろ円卓 アーサー王物語

 

 

 

 その場をなんと形容するべきか。

 

 仲の悪い兄弟が父の葬儀を機に一堂に会したかのような。あるいは、もう何日も水を変えてない金魚鉢の息苦しい澱みのような。例えることならいくらでもできるだろう。しかしただ一つ、とても『同窓会』などといった明るい雰囲気を持つ場でないことだけは確かだった。

 

 掘りごたつに足を入れ、長方形のテーブルを挟んで互いに向き合う男性達。上座は空席のまま。ただ一人隻腕の青年だけは席につかず、忙しく動き回って食事の場を整えている。

 張りつめたピアノ線のような空気の中、出されたお冷とおしぼりに手をつけるものはおらず、それぞれが思い思いの体勢で周囲を警戒している。

 食の場にあるまじき緊迫感だ。

 加えて言うならば、この場にいる者は皆腕に覚えのある猛者ばかり。多少の敵、いや軍勢が攻めてきたとて、彼らは容易くそれを打ち破ってしまうだろう。

 しかし、この時彼らが警戒していたのは決して外敵などではない。いや、むしろ目の前で腕を組む男が、隣で目を閉じて瞑想する者こそ外敵と言える。

 

 

 

 簡潔に述べると、彼らは仲が悪かった。

 

 

 というか、円卓の騎士団だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、本日はよろしくお願いします」

 

 店主と最後の打ち合わせを終えたベディヴィエールは、改めて室内を見回して満足気に頷く。

 準備は順調である。今のところ暴動も起きていない。

 

 ふと彼は目の前の光景に既視感(デジャブ)を覚えた。

 メンバーは大分足りないが、この緊迫感はかつての円卓会議を彷彿とさせるのだ。彼とて彼らの相変わらずの不仲には辟易していたが、それ以上にこの光景に一種の懐かしさを感じていた。

 そう、これが円卓の騎士団。彼の王を縛り付けていたもののありのままの姿だ。

 

 実は、最近までこの集まりにはこのような光景は見られなかった。それは別に王が不在であったからとかそんな理由ではなく、純粋に王座に剣を向けた者たちが参加していなかったからである。

 そのため、それまでは今回のように入室の際武器を取り上げたりする必要もなく、協調性があり仲も特に悪くない騎士達の飲み会、という平和な雰囲気がそこにはあった。

 しかし、それも数回前からは違う様相を呈している。

 その回とは、ベディヴィエールが招待文に、彼らの王が参加する可能性があることをにおわせる一文を付け足した回である。

 招待状を出した本人としては、気まぐれで来たり来なかったりする親王派の騎士達をしっかりと呼び寄せるために付け加えた文言だったのだが、それが予想外の効果を発揮してしまった。

 具体的に言えば、数百年前に一度だけガレス卿に連れられ顔を出しただけのランスロット卿と、一度も出席どころか返事すら寄越さなかったモードレッド卿が参加するという返事を寄越したのだ。

 ベディヴィエールはそれを見てたいそう驚いた。そして同時に不安になる。

 彼とて、別にカムランの丘の闘いの焼き直しがしたかった訳ではないのだ。

 かといって、招待した本人が参加者を追い返すわけにはいかない。彼に出来ることと言えば、万が一に備え武装しておくこと。そして神に祈ることだけ。

 この時ばかりは彼も自分の律儀な性格を恨んだ。

 

 当日。戦々恐々として待ち構えるベディヴィエール。彼を除いた一番乗りは、きっちり十五分前に姿を現したランスロットであった。

 宴の席だというのにビッチリとダークスーツを着こんできたランスロットを見て、彼は思わず苦い顔を浮かべた。

 大変よく似合ってはいたのだが、居酒屋には致命的なほど場違いな服装。ベディヴィエールの脳内でインテリヤクザという言葉がグルグル回る。

 

 対するもう一人の反逆者はなかなか姿を現さない。しかし、かといってベディヴィエールも彼を待つということはしなかった。

 そもそも本当に来るかも分からないのだ。いつまでも待つわけには、というか普通に来ないでほしかった。

 当然ながらそんなベディヴィエールの願いは叶わない。

 モードレッドは、体制への反逆だとでも言わんばかりにアポなしで一時間ほど遅刻してきた。ベディヴィエールはその姿を見た次の瞬間、迷わず携帯を取り出して通報しようとした。

 それもそのはず。彼の目がとらえたのは、店の扉に横幅で突っかかりそうなほどの全身鎧。顔すら覆う仰々しい鎧を着て食事の席に乱入してきた彼――本当は彼女なのだが――を、最初は誰なのか判別できなかったのだ。

 

 そして事態は収拾がつかなくなり始める。

 鎧男の居丈高な名乗りを聞いて、ランスロットを除いた他の騎士が一斉に武器を取ったのだ。そもそも彼らはランスロットの登場から既に一触即発の雰囲気であった。

 ベディヴィエールともう一人の騎士が慌てて取り成そうとするが、それに聞く耳を持つ者はいなかった。そしてモードレッドもそれに嬉々として応じる。

 

 こじんまりとした居酒屋で紡がれる伝説の再現。

 死という概念が無い彼らが決着を付けることなど出来るはずもなく、一通り店をめちゃくちゃにして気が済むまで戦った彼らは、残されたベディヴィエールの心労も顧みることなくその場で解散した。

 ちなみに店は出禁になった。

 

 だが、それで彼も諦めることは無かった。

 

 生前あれほど望んで、ついぞ見ることのかなわなかった王の素顔。そして本心。

 『池』を通して見た第五次聖杯戦争で彼はそれを知ってしまったのだ。その、王であろうとするあまり孤独を貫いてしまった一人の少女の苦悩を。

 初めはそんな彼女を慰労するために会を開こうとした。だが、王の心を疑って離反した者達も来ると知って主催者たる彼の心持は変わる。

 今ならきっと王は、いやアルトリアは、きちんと彼らと折り合いを付けられるはず。もうかつてのことを苦い顔で思い出さなくて済むようになれるはずなのだ。

 もちろん、ベディヴィエールも彼らの行いを無かったことにはしないし、許した覚えもない。だが、自分達が追い詰めた彼女の救いのため、そしてその彼女がこれから笑顔で過ごしていけるようにするためならば、この程度の苦労勝ってでもやってみせよう。彼はそう思ったのだ。

 そんな意気込みから、彼は王から良い返事をもらうまでこの会を開き続けようと決意した。

 

 

 右奥からランスロット、ガレス、モードレッド、アグラヴェイン。対する左サイドは奥から、ガウェイン、ケイ、ブルーノ、そして自分の席。

 ガウェインから漏れ出す憤怒を交えた殺気。その瞳は射殺さんばかりに向かいの席にいる者達――器用なことに中央にいる自分の末の弟以外――をねめつけている。

 視線の先のランスロットは目を閉じて黙り込んでいる。それを見て苦笑するガレス。もう一人、ガウェインの視線に気付きながらもモードレッドは彼に目を向けることは無い。その代わりに、こっそりブルーノにちょっかいを出して遊ぶケイを憎々しげに見据える。ちなみに今回も武器以外は完全武装。ところどころ甲冑から角が出ているので迷惑この上ない。

 モードレッドに着いて来たアグラヴェインは、自身の仇であるランスロットに対して敵意を抱いてはいるがいかんせん視界にいない。仕方ないのでお冷に映ったちょっと歪んでいる仇敵を睨んでいる。

 ケイのちょっかいにいちいち反応しているブルーノは、心中では周囲の殺伐とした空気を居心地悪く思っている。もしかしたらもう帰りたいと思っているかもしれない。

 と、まあ現在の室内の情勢はこんなところだろうとベディヴィエールは推測する。

 なんだ、何も問題は無いではないか。

 武器は取り上げてあるし、そもそも喧嘩が始まるなら既にこの店は半壊しているはず。

 今回はついに主役が現れてくれることだし、きっと万事上手くいくだろう。なんて甘い見通しを持っていた。

 

 それにしても、少ない。

 改めて室内を見回して嘆息するベディヴィエール。

 ここ数回の失敗を経て乱闘騒ぎは収束させられるようになったものの、なかなか参加しない王と回を重ねるごとにグレードダウンしていく店に不満を漏らす参加者も多かった。その度に参加者は減り、折角良い返事をもらえたというのに集まったのはこんな人数になってしまっていた。 

 だが、店に関しては自分に非は無い、とベディヴィエールは主張したかった。なにせ仲裁を振り払って戦ったのはその参加者達なのだから。

 

 さて、集まるたびに店を壊していれば流石に他の店に警戒されるのは当然である。

 都合三回も店を全壊させたともなると、その悪名は飲食店業界に響き渡った。ついには店の扉に『円卓お断り』なんて張り紙をする不埒な店まで現れる始末。

 そんな店をどうして責めることが出来ようか。聖剣の錆にしてくれる、と息巻くガウェインをなんとか諌めることは出来たものの、実際ベディヴィエールは困ってしまった。これでは会を開くことすらままならない。

 そこにはこちらの世界における飲食店事情が大きく関わっている。

 そもそもここは座なのだ。召し上げられるのは偉業を成した英雄達ばかり。当然のことながら、生前料理に精を出したなんて者は非常に少ない。

 料理家として祀り上げられた者もいることにはいるのだが、彼らはその希少価値から大変重宝されている。簡単に言えば、彼らの店はたいてい高級店であるので、『円卓お断り』組筆頭なのだ。

 個人経営の居酒屋とて、その規模の小ささから店の損壊を、というか普通の店はそんな店を壊す輩にいい顔はしない。

 そんな折であった。

 ベディヴィエールが無駄とは知りながらケイ卿に相談してみると、意外なことに見事打開策を提示してくれたのだ。

 それがこの店。終点駅から徒歩十分ほどのビル一階。

 守護者がやっている場末の小さな酒場と聞いて、彼も最初はあまり気のりはしていなかった。いくら場所が無いとはいえ、王を迎えるのだ。最低限の品格がある店でなければ王に失礼というものだろう。

 しかしその不安も、一度下見に来てみるとすぐに払拭された。

 店の雰囲気も悪くなく、個室もある。当然『円卓お断り』組ではない。これまで味という物にさして重要性を感じてなかったベディヴィエールの認識を改めるほど料理の出来もよかった。

 そして、何よりそこの店主。ケイのつてとして紹介された人物だが、ベディヴィエールは彼のことを知っていた。

 そう、第五次聖杯戦争において、王と同盟を組んだサーヴァント。アーチャーだったのだ。

 本人は知っているかどうか分からないが、実は彼は聖杯戦争観戦組達の間ではちょっとした有名人である。

 とにかく、同盟を結び、窮地に身を挺して救ってくれた人物ならば、多少の気まずさはあっても嫌悪感は無いだろう。

 そう思ったベディヴィエールは、迷わずこの店を選ぶことにした。

 

 テーブルはあえて円ではなく長方形なものがしつらえてある部屋を選んだ。人数の変更にも対応しやすいし、なにより生前との差別化を図ったのだ。

 もう自分達と対等な王である必要はないという意味をこめて。

 

 

 

 

 準備は整った。あとは主賓の到着を待つばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後六時四十五分。

 夕日は稜線に消え、空も端の方から徐々に暗くなり始めたという頃。

 『創作喫茶「贋作」』の前に、アルトリア・ペンドラゴンは重い足取りで姿を現した。

 ここ数日は、今日この日がだんだん近づいてくることに頭を悩まされてきたが、それもあと十五分というところまで迫ってきている。重い心持とは裏腹にきちんと余裕をもって到着するあたり、彼女の律儀な性格を如実に表してはいるが、彼女はまだ知らない。他の騎士たちは一時間前の六時に集合をかけられており、既に全員集まって牽制し合っているということを。

 

 服装はさんざん悩んだ挙句、Tシャツシャツとジーンズという簡素なものにまとまっていた。相談した兄から言われた通りのラフな服装。他の参加者もいつもそんな服装だと言うが、本当だろうかと彼女は心配になっていた。

 一人だけ適当な服で浮いてしまうことは無いだろうか。いや、そもそもTシャツにジーンズって私服としてもどうなんだ。なんて、考えれば考えるほど店との距離が遠くなっていく錯覚をしていた。

 その時であった。

「王!」

 突然発せられた鋭い声にドキリとするアルトリア。声の方を見やれば、店の扉の前から一人の男が駆け寄って来ている。

「久しいな、ベディヴィエール」

「はっ、王こそお変わりなく」

 反射的に昔のような反応をしてしまったアルトリアに、迷わず膝をついて頭をたれるベディヴィエール。孤独な少女を王という重荷から解放しよう、なんて決意は既に忘却の彼方にあった。 

 Tシャツの少女に跪く隻腕の青年、というなんとも不思議な構図が店の前に出来上がっている。

 ベディヴィエールの服装が現代的であったことにひとまず安心したアルトリアは、慌てて彼を立ち上がらせた。

「あ、いや。立って下さいベディヴィエール。私はもう王ではない。自らの過去を否定すらしようとした愚か者なのです。

 ですから、もう貴方が私にそんな態度を――」

「いいえ、決してそんなことはありません」

 ゆっくり立ち上がりながら言葉を遮るベディヴィエール。そして彼は、まるで兄が妹に諭すかのように優しく思いを伝えた。

「…………確かに国はないかもしれません。そして、王が王ではないのかもしれません。ですが、貴女は私が尊敬するに値する人物だという事実にはなんら変わりがありませんよ」

「それは――」

「聖杯戦争でのご雄姿、拝見させていただきました。ご優勝、おめでとうございます」

 そう言って微笑を浮かべるベディヴィエールに返す言葉が無いアルトリア。しばらく見つめ合ったあと、一つ溜め息をついたアルトリアは、そういえば彼はこんな人物だったと思い出しながら苦笑した。

「分かりました。そういうことにしておきます」

「はっ!」

 心のつかえがひとつ無くなったような解放感を感じながら、アルトリアはベディヴィエールを促した。

「行きましょう、いつまでも店の前にいては店に迷惑です」

「はい。

 そうだ、王以外は既に集まっていますよ」

「もしかして、私は遅刻を――」

「いえ、こちらに遅刻する者がいるので、王以外の集合を早めました」

 言葉を交わしながら店に入っていく二人。空にはポツポツと星が見え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 店の中は空調が効いており、外の蒸し暑さと比べると幾分涼しかった。

 カウンター奥に立つバーテン姿をした男を見咎めて、アルトリアは口を開いた。

「お久しぶりです、アーチャー。

 店をやっているというのは本当だったのですね」

「ああ、この通り狭い店だがゆっくりしていってくれ」

「はい。凜から、アーチャーの料理は絶品だと聞いていたので楽しみです」

「フ、それは光栄だなセイバー。

 部屋はそこの奥だ」

 礼をしてから店主の指差す先の部屋に向かうアルトリア。ベディヴィエールもまた、店主に確認を取るように視線を合わせて頷いてから、アルトリアに従って店の奥を目指した。

 

 靴を脱いで一段上がる。下駄箱に入っている他の靴を見てアルトリアは呟く。

「七人、ですか」

 つまりは自分達を入れて九人ということだ。これは多いのか少ないのか分からないな、と彼女は一人心中で思う。そんな王の様子を見て、ベディヴィエールはフォローを入れる。

「都合がつかない者もおりまして……、申し訳ありません。自分の段取りが――」

「ああ、いや。貴方のせいではありませんよベディヴィエール。私がなかなか参加しなかったのがいけないのです」

 頭を下げようとするベディヴィエールを慌てて押しとどめるアルトリア。自分も今まで参加してこなかったのだから、他人のことは言えない。

 

 さて、改めて扉を開けようとしてもアルトリアは引き戸に手をかけたままなかなか動きだせなかった。どんな顔をして入って行けばいいのか、まずは挨拶をするべきだろうか、などという小さな思考が動きを鈍らせるのだ。

 しばらく悩んだ挙句、とりあえず少しだけ開けて中の様子を見ることに決めた。

 音を立てないようにゆっくりと引き戸をずらす。そして開いた二センチほどの隙間から覗き込んだ。

 まず彼女の目に入ってきたのは甲冑だった。

「ちょ、何ですかあれはベディヴィエール!?」

 囁くような声で臣下に問いただす。その言葉に苦い顔を浮かべてベディヴィエールは返答した。

「あれは…………モードレッドです」

「え? ええ!?」

 思わず声をあげるアルトリア。反逆の徒筆頭であり、この手でとどめを刺した人物が、まさかこんな会にまで顔を出すとは思っていなかったのだ。

「……心中お察しします。

 実は、奴めは三回前から毎回姿を現すようになりました。それまでは返事さえしてこなかったのに」

「なんと……」

 つまり自分がこの会に誘われ出してからだ。間違いなく自分に物申すために参加してきているのだろう。

 うめき声を上げながら再び室内に目を戻す。

「ふむ、奥からガウェイン卿で、兄にブルーノ卿ですね。反対は、アグラヴェイン卿、鎧、おお。ガレス卿。そして――」

「ランスロット卿」

「……のようですね」

 室内には見るからに険悪な雰囲気が漂っている。

 ランスロットの姿を認めてから、早くもアルトリアは帰りたくなり始めた。胃がキリキリと痛む。

 

 彼女はランスロットとは第四次聖杯戦争で顔を合わせていた。狂気のサーヴァント、バーサーカーとして召喚されていた彼の騎士と。

 その時の彼の怨嗟の声を思い出してさらに気が落ち込むアルトリア。本当にこのまま引き返そうかな、などと考え始めている。しかしベディヴィエールはそれを許さなかった。

「では、参りましょう」

「……はい」

 アルトリアはしっかりと立ち上がって居住まいを正す。この先で何を言われるかは分かったものじゃないが、それでもいつまでもこうして停滞しているわけにはいかない。起きたこと、起こしたこと、全てを受け入れて新しく前へ進まないといけない。それがあの少年との誓いであるような、アルトリアはそんな気がしていた。

 引き戸を一気に開いて、一歩中に入る。

 突然開いた引き戸に室内の中の全員の視線が集められる。一瞬の逡巡の後、それ込める思いは異にしながらも皆が同じ言葉を発した。

 

「「「王!」」」

 立ち上がって一斉に寄ってくる騎士達。ただ一人、座ったまま動こうとしない者を除けば、この場にいる皆が一人の少女に向かって跪いていた。

「王」

「お久しぶりです、ブルーノ卿。彼女とは変わらず仲良くしておられますか?」

「喧嘩中です」

「王」

「アグラヴェイン卿、息災そうで何より」

「王、お言葉遣いが」

「兄上……、分かっていてそのようなことに口を出すのは止めて下さい」

「これは失敬」

「王、お久しぶりでございます」

「ガウェイン卿、先日はありがとうございました」

「はっ」

「聖杯戦争お疲れ様でした、王」

「……あなたも見ていたのですか、ガレス卿」

「はい、感動いたしました」

 そして最後に、長身に暗い面差しの青年が思いつめたように口を開いた。

「王、……私は――」

「ランスロット卿、お久しぶりです。……申し訳ありませんが、その話は後でも――」

「はい」

 

 順々に挨拶を済ませていく騎士達。その途中、彼らがわざと肩をぶつけたり足を踏んだりしあっているのがチラチラ見えたが、そこからさらなる暴動に繋がる様子も無かったのでアルトリアは見て見ぬふりをした。

 そして最後に、座ったままの鎧の騎士が頭も向けずに一言。

「オレは、今も自分が間違っていたとは思っていません」

「モードレッド、貴公の言わんとすることは分かっているが、そもそも今の私はもう王などでは無い」

 その言葉に激しく動揺を見せるモードレッド。

「そ、それではオレは――」

「はいはい。積もる話もあるかもしれませんが、とりあえずは乾杯してしまいましょうね」

 動き辛い鎧だったため、立ち上がろうとしてもなかなか抜け出せなかったモードレッドは言葉を途中でベディヴィエールに遮られてしまった。

 それでも引き下がろうとしないモードレッドをアグラヴェインがたしなめる。自分に見向きもせず上座へ連れて行かれるアルトリアを最後まで何か言いたげな目で追うモードレッド。

 しかし鎧に隠されていて他の騎士達には知る由もないが、その瞳は怒りというよりむしろ一抹の寂しさをたたえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは皆さんグラスをお持ちください」

 ベディヴィエールの声が静まり返った室内に響く。その言葉に反応して、眉間にしわを寄せる者、気まずそうに口元を歪める者、そもそも顔が出ていない者、皆等しく目の前にある自分のコップを手に取る。

 そして、主催者は全く盛り上がっていない雰囲気から目を背けるように号令をかけた。

「乾杯!」

「かんぱーい!」

「か、かんぱい」

「…………」

 声をあげたのは二人。周囲など気にせず陽気にグラスを持ち上げたケイと、空気を読んで言うつもりが無かったにもかかわらず、隣の人物につられて思わず声をあげてしまったブルーノである。他の大多数はちょっとだけグラスを持ち上げただけであった。当然コップを重ねるということはしない。

 そんな、通常の人なら逃げたしたくなるような重々しい空気の中、『第1258回 円卓、同窓の集い』は始まった。

 

 

 

 しかし始まってみると、意外なことに話は盛り上がっていた。

 

「よー。それでどうなんだよー、かみさんとは」

「どうもなにも、喧嘩中ですよ」

「はぁ? でもこの間会った時も――」

「それとは違う喧嘩らしいですよ。ね? ブルーノさん」

「……ええ。なんでも、今回は買って帰った消臭剤の種類が違うとかなんとか。なんでもいいと思うんですがねぇ……」

「潮時なんじゃないのか? お前達も生前からの付き合いだろう。そんな縁を保っている奴は(こちら)にはそんなにいないぞ」

「そうやってすぐ悪い方向へ持っていこうとするには悪い癖ですよ。アグラヴェイン卿」

「ベディさんの言う通りです。ケイさんなんてもう三桁超えましたよね離婚回数」

「残念、まだ二桁だぜガレス。……まぁ結婚回数は越えたが」

 

 あぁ、あちらのグループに入りたい。話す内容はどうしようもないことだが――というか兄は何をしているんだ――、それでもこちらの空気よりは余程ましだ。

 開始から十分、既にアルトリアはそんな考えに囚われていた。

「王、サラダをお取りします」

「あ、あぁ。ありがとうございます」

 トングを使って取り皿に分けてくれるガウェインに頭を下げるアルトリア。それに箸を付けようとすると、反対側から声をかけられる。

「王、酒を――」

「貴公は下がっていろランスロット!」

「ま、まあ落ち着いてくださいガウェイン。ランスロットも、まだ酒は残っていますから」

「クッ……」

 先程からずっとこんな調子なのだ。耐えきれないといったように手元のミートソーススパゲッティに目を落としながら、アルトリアは心中で嘆く。折角のアーチャーの御馳走だというのに、味わう心の余裕が持てない。

 かつてこんな状況を前に会議をしていたのか自分は……。いや、それともあの時よりひどくなったのか。箸からフォークに持ち替えて、スパゲッティを巻きつける。

 

 自分で取れる、と言っても甲斐甲斐しく世話を焼いてくるガウェイン。そして、黙々と食事をしながらもさりげなく気を遣ってくるランスロット。事あるごとに衝突する二人を荒事に発展しないようになだめる、というのが先程からのアルトリアの役割だった。

 ――本当にあちらのグループに行きたい。

 アルトリアが顔を上げると、彼女のサイドとは正反対の明るい雰囲気が漂っている。

 ケイとブルーノ、ベディヴィエールとアグラヴェイン、そしてモードレッドを挟んでガレス。五人は先程からブルーノ卿の家庭の話で盛り上がっていた。しかしアルトリアがそこに混じろうにも、間にランスロットとガウェインという一触即発の冷戦地域が広がっているため、なかなか身動きが取れない。

 結果としてアルトリアは、驚異的なスピードで目の前の皿を平らげていくしかなかった。

 

「洋ドラっつったらアレでしょう。アレ、……えーと。なんでしたっけアグラヴェインさん」

24(トゥエンティーフォー)か?」

「そう! それです!」

「うわ、俺あれ無理なんですよねー。嫁さんグロいの苦手だし、俺もああいう心臓に悪いのはちょっと………」

「俺もシーズン3から見てなかったわ」

「ええーなんでですかケイさん」

「いや、あの。俺録画派なんだけどさ。実況組の奴らがネタバレしてきてよ。ほら、作家連中」

「ああー、いますね。つまんないとか言いつつ、いっつもボート出してわざわざ見に行く人達」

「そ、たまたま通りかかった時に大声で最終回の批評してやがったの。それで萎えちゃってさ」

 

「クッ、私も24(トゥエンティーフォー)ならこの間シーズン1からファイナルシーズンまで一気に見たというのに……!」

「ん? 何か仰いましたか王?」

「……いえ、別に」

 トングを持ったまま尋ねてくるガウェインに、肩を落としながら首を振るアルトリア。

 ベディヴィエールはこういう時に意外と気が利かない。というより、いつも大事な時に期待を裏切ってくれる。というか、なんだかんだ仲がいいのか彼らは――!

 柄にもなく心の中で悪態をつくアルトリア。時折上がる笑い声に行き場のない怒りが込み上げてきたが、彼女は、それでもモードレッドよりはマシだと心の中で言い聞かせて平静を保っていた。

 

 そう、モードレッドは酷いものだった。

 フルフェイスの兜を取らないがため、飲み物どころか食事すら口に出来ていない。そして、たまに振られる会話にも黙して微動だにしない。

 まさしく孤にして独り。いっそあれほど開き直れたら今よりましかもしれないとアルトリアは嘆息する。 

 今現在、この部屋には三つのグループが出来上がっていた。

 

 

 

 

 

 






あまりにも長くなり始めたので分割しました。
原作に出ていない騎士達は、マロリー版ベースに性格を考えていますが、大本の原作だとこんな騎士じゃないよ! という方も、この作品は別物だと割り切って下さい。
次話に人物紹介的なものを付けようと思うので、あまり気にせず読んでいただけたらありがたいです。
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