こんな話にするつもりではなかったのですがなぜかこんなことに……。
少し見苦しい点がありますがスルーしていただければありがたいです。
――何故だセイバー。
ディルムッドは顎の衝撃を感じて、まもなく意識を失っていた。
普段の彼なら造作も無く避けられたであろう一撃。それをアルコールと動揺が妨げたのだ。いや、おおよそ動揺の方が割合は高いだろう。それだけショックだったのだ。
自らが生きた時代とは遠く離れた未来で、生前出会ったことのないような強者と合見えることが出来た。加えてその精神性は非常に好ましい。出会ったのが戦場でさえなければ良き友人、良き好敵手となったことは疑う余地も無い。
そんな一人の人間。セイバーことアルトリアに対して、ディルムッドは友情とはいかないまでも一定の信頼を抱いていたのだ。彼女ならば今の自分にも真摯に相対してくれると、そう信じていたのに。
――なんだ貴様は。知らん消えろ。
嫌われてはいるかもしれないと思ってはいた。当然だろう。自分は去り際に何と言った?
――聖杯に呪いあれ! その願望に災いあれ! いつか地獄の釜に落ちながら、このディルムッドの怒りを思い出せ!
酷い、酷すぎる。いくらセイバーに向けた言葉ではないにしても、流石に軽蔑するだろう。彼女が主と上手くいってないことは知っていたが、それを鑑みても自身の主を呪われて黙っている騎士はいまい。
だから嫌われている可能性は考えていた。しかしそれが、
――なんだ貴様は。知らん消えろ。
知らんと言われた。
ディルムッドには大層な衝撃であった。それほどまでに彼女は自分に怒りを抱いているのだ!
実はというかなんというか、これが見当違いであることは言うまでもない。そも、本来のディルムッドであればあの時の彼女が通常の状態ではないことはすぐに見て取れたはずである。
しかし今の彼にはそのような冷静さは備わっていない。
人の恨みを買ったのならそれは自分に非がある。自己嫌悪からくるネガティブな発想は地上ではありがちな精神的病気ではあったが、『座』の修復機能において心という修復項目は無い。当然そんな現代病のことなどディルムッドには知る由もない。
刈り取られた意識の中、彼は自分のことを苛み続けた。
――なんだ貴様は。知らん消えろ。
酷薄なセイバーの顔が浮かび上がってくる。
その視線が自らの至らなさを責めているように思われてディルムッドは思わず呻いた。
次いで新たな顔が現れる。思い出したくもない、聖杯戦争における主。ケイネス・エルメロイ・アーチボルト、そしてソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。彼らもまた何も口にはしなかったが、その佇まいだけでディルムッドを苦しめた。
ケイネスは令呪で以て自身のサーヴァントであるディルムッドを自害させた。敵マスターにケイネスの婚約者であるソラウを人質に取られたのだ。そのエミヤという敵マスターの非道な行いに彼は激昂した。およそ人であるなら守るべき最低限の道徳、矜持は持つべきだ、と。
しかし、本当にそうだろうかとディルムッドは落ちた意識の中自問する。
そもそも主の負傷を防げなかった自分が悪いのではないか。万全の彼であれば婚約者を人質に取られるような下手は打つまい。既にケイネスの誇り高い性格は知っていたのだ。彼が一人戦いに向かうことを予想するのは容易だったはずだ。ならば常に主の動向に気を配り、その危機には駆けつけようとするべきだった。たとえそれで彼との関係がさらにこじれることになったとしても、だ。
加えてエミヤというマスターについてもまた然りだ。
ディルムッド、そもそもお前が騎士道を謳う自身に酔っていたせいでそこに付け込まれたのではないか。敵は魔術師、手段を選ばないのが魔術師という人種であるのは自分だって分かっていたはず。しかし自分の都合を敵にも押し付けた結果、自身の守るべき主すら守れなかった。
主への忠義を貫く、というのがお前の願いだったなディルムッド。しかし実際はどうだ。結局は自身の譲れないものを守っただけで――――
「やめてくれえええええ!!」
自責の思いに耐えきれずディルムッドは跳ね起きた。同時に鈍い音を立てて天井に頭をぶつける。その反動で再び床に叩きつけられたディルムッドは、床が思ったより柔らかいことに気が付いた。
ゆっくり体を起こしてみればそれはソファのような腰掛けである。さらにはそこが暗く、密閉されたような空間であると確認できた。
「お目覚めか。
いや、気分はどうだとは聞くまい」
荒い動悸を押さえようとしていると、意外なほど近くから彼に声がかけられた。それはディルムッドの前方からであり、ここまで来てディルムッドはようやく自分が座っている場所をがどこなのか理解した。
どうやら自動車の後部座席のようである。自動車というモノについて、彼自身乗ったことは数えるほどすらなかったが、知識としてそういう物が存在していることは知っていた。
「どうやら私は余計なことを言ってしまったようだ。重ね重ねすまなかった」
声の主が居酒屋の店主であることはすぐさま分かった。店主がこの車を運転しているようで、後部座席から覗き込んだバックミラーからは眉間に皺を寄せた彼の双眸が窺える。
窓ガラスの向こうでは夜の街並みが流れていく。等間隔に並べられた街灯が規則正しく現れては通り過ぎ、光と光の合間の暗闇に、窓は外の風景の代わりにディルムッドの面貌を映し出した。
その風景の明滅を彼はぼんやりと瞳に捉える。
この車はどこへ向かっているのか。そんな事はどうでも良かった。彼の頭にはただ過去への悔恨のみが泥のように張り付き、息をするのも億劫なほど身体が重たく感じられた。
シートからわずかに伝わるエンジンの心地よい鳴動がディルムッドを再び眠りに誘う。しかし、目を閉じればまた嫌な夢を見るように思われて、彼はその誘惑に抗おうとした。
結果、起きているのか眠っているのか分からないような状態を彷徨い、それはしばらくしてディルムッドが車が停車したことに気が付くまで続いた。
その間店主は無言を貫き通した。かける言葉は見つからず、かといって自分に何かできるようにも思えなかったのだ。
「着いたぞ」
「……」
店主に促されてディルムッドが外に出てみれば、そこは彼も良く見知った場所であった。
背の高い針葉樹に囲まれた少し開けた土地。小さな公園ほどの広さで、地面には砂利が敷き詰められている。木々の合間に作られた小道を行けばすぐに『池』の湖畔に出るはずだ。池なのに湖畔、というのはおかしく感じられるが、そもそも『池』というのは通称であって、その実態は広大な湖なので表現としては正しい。
店主が車を停めた『池』への入り口には、店主の車の他にもさまざまなものが停められていた。車数台に馬車、馬、戦車、はたまた大きな亀までもが整然と並べられている。
ディルムッドはそれらを一瞥してからふと空を見上げた。
雲一つない暗闇に燦然と輝く星々。見慣れた光景であるはずなのに、今日はどうしてか目に焼き付いた。
太古から変わることのない光景、きっとちょっとやそっとではその輝きは失われない。こうして下から見上げる自分達が何を考え、何をしようともあれらには何の影響も与えることが出来ないのだ。
ただ、そこに在り続ける。変わらぬ姿のまま。
自分と比べるわけではないが、ディルムッドには何故だか星々のその在り様がひどく尊いものに感じられた。
そうやって夜空に心を飛ばしていたディルムッドだったが、店主の砂利を踏みしめる音で我に返った。見れば店主は林道へ入っていくところである。
「……ついてこい、ということか」
ディルムッドには従う理由も必要も無かったが、かといって一人引き返したい訳でも無い。結果、先を行く店主の背中をゆっくりとした足取りで追った。
石畳の林道に入って間もなく辺りは闇にのまれる。ここでは星々の光は遮られ、頼りとなる光源は道の脇に定期的に置かれる灯篭の橙だけ。横を見やれば、近くの木々がぼんやりと照らし出されるのみで、数メートル先は既に闇である。前方もまた然り、さながら劇場のスポットライトのように灯りが点在するだけであった。
店主は既に遠く、その背中も灯篭が無いところでは完全に闇に溶けてしまう。しかしディルムッドもそれで歩調を早めるということはしなかった。置いて行かれたのなら、その時はその時だ。
時間の感覚が薄らいでいく。ここに距離という確かなものは存在せず、彼はいつもこの道にただ漠然とした遠さを連想した。
向かう先は、この死後の世界において唯一現世と接点を持つ特異点。名を知る者も知らぬ者も、皆ただ『池』と呼んでいた。
幾時間を費やしたか、はたまた数分の事であったか、ディルムッドの視界は急に開けた。
一面に広がる星空。それは見渡す限りの絶景である。大気汚染などという無粋なものは存在せず、星々の輝きを遮る物は無い。加えて、このどこまでも広がる水面はまるで鏡のように空を映していた。
石畳の道はいつの間にやら板張りのボードウォークに変わる。一瞬足を止めてその光景を一瞥した後、ディルムッドは湖の淵に沿って再び歩き出した。
岸辺にはちらほら人影が見え、すでに夜も遅いというのにそれなりのにぎわいを見せていた。
しばらくして店主が立ち止まった。
ディルムッドもほどなく彼に追いつく。店主は何やら四角いものを耳にあててそれに向かって話しているようであった。その四角いものの正体は携帯電話であるのだが、十年穴熊を決め込んでいたディルムッドにはそれがどういう物なのか知る由もない。
しばらくして電話を耳から話す店主。それをぞんざいにスボンのポケットに押し込んだ後、ディルムッドに振り返って口を開いた。
「すまない。ここでしばらく人を待つ。十分もすれば戻ってくるらしいから、我慢してくれ」
「ああ、別に俺は構わない」
戻ってくる、という表現に首を傾げるディルムッドだったが、すぐにここが船着き場であるということに気が付いて納得した。彼の待ち人は小舟でこの湖へ漕ぎ出しているのだろう。
なぜ自分がここにいるのか、という疑問は湧いてこなかった。あの暗い林道を抜けてくる過程ですでに心は落ち着いている。さすがにこのやけにお節介な店主が自分のために動いてくれていることはディルムッドにも理解できていた。
ただ、何故そこまで自分に付き合ってくれるのか、それだけはディルムッドには理解できなかった。関わることはあまりないとはいえ、この人物は悪人でこそないがそんなに人当たりの良い性格ではなかったようにディルムッドは記憶している。セイバーを薦めてしまった結果、ひどい目に遭った自分に対する罪悪感からだろうか、という推察も出来た。
しかし、どの道ディルムッドにはその判断を下すに足る根拠を持っていなかった。かつての彼ならば、それが人の善意というモノだ、と納得できたのだが、今の彼はそのようななことは到底できない。
ちらと店主の顔を窺うディルムッド。しかし彼の身体はこちらに向いておらず、湖の方に腕を組んで佇んでいる。その瞳はただ、湖の向こう岸を見据えようとしているように見えた。
それに倣ってディルムッドも湖に向き直る。その見事な自然の鏡を目に入れて、ディルムッドはふと口を開いていた。
「…………なあ、『池』の対岸には何があるのだろうな」
現世の様子など知ろうとも思ったことが無いディルムッドだったが、『池』が湖であることは彼とて聞き及んでいる。しかしその確証を得たことは無い。
何分、この湖は広すぎるのだ。湖が円形である必然などはどこにも無いのだが、それにしたって岸部がほとんど海岸のように永遠と続いているのはいかがなものか。ディルムッドは、案外この湖は実は海で、世界の果てでその水を延々とこぼしているのではないかと密かに思っていた。
「ふむ、この湖の向こう岸、か。……君はどう思うんだ?」
しばらくして店主がその口を開いた。その目は相変わらず『池』に向けられたままである。
質問に質問を返す、というまったく返答になっていない言葉だったが、ディルムッドは気にせず言葉を投げ返した。
「どうだろう。本当はそんなもの無いんじゃないかと思っていたりもする」
「……ほう。ならばその先はどうなっているんだ?」
続けて質問してくる彼にディルムッドは世界の果ての話をして見せた。馬鹿にされるかと身構えたディルムッドだったが、店主の方はさらに落ちた水の行き先を聞いてきた。
「それはもう、消えてなくなるんじゃないのか? 水でもなんでもなくなる。無になるのさ」
投げやりにそう答える。同時に、グラニアに世界は球体であると教えられたときなかなか信じなかった自分を思い出した。その際、彼女は世界の果て理論を展開するディルムッドに対して、ならば水はどこから供給され続けるのかと返してきたのだが、ディルムッドとしては、球面にいる自分達が世界から落っこちないという論を通すくらいなら水が永遠に湧き続ける方が現実的だと思ったのだった。
その時の議論を思い出して自然と口が緩むディルムッド。店主も水の出所についてもう一度聞いて来るかと思ったが、店主の方は一言「それはいいな」などと心底感心した様子で呟いただけであった。
会話はそこで途切れた。
二人の間を生ぬるい風が通り抜ける。夏の虫の合唱に紛れて遠くの人のはしゃいだような声が時折耳に入ってきた。
ディルムッドは自分がなぜこのような話題を持ち出したのか見当もつかなかった。そんなことは本当にどうでも良かったというのに。
「…………セイバーのことはあまり気にしない方がいい」
唐突に店主が口を開いた。ふと思い出したのか、それともずっとタイミングを窺っていたのかディルムッドには分からなかったが、不思議と落ち着いてその人物の名前を受け入れることが出来た。
「気にしてはいないさ…………いや、気にしてはいるんだろうな。ただそれ以上に自分に幻滅している。ああ、今回でようやく分かった。
――――俺は、愚かだ」
ディルムッドは途中からこれが店主に向けた言葉だということを忘れていた。自分のことがとにかく嫌でたまらなかったのだ。
上手くいかないこと、どうしようもないこと、どうしようもなかったこと、そしてその中にはどうにかなったこともあった。その全てが己の欠陥が原因であるように思えた。
ここに来て、自分が今まで積み重ねてきた自分というモノが崩れていくようにディルムッドは感じていた。その顔は開き直ったかのような自嘲にまみれている。
しかし、店主はそんな言葉に対してあくまで冷静に返答した。
「それは違う」
確かな否定、しかしそれがディルムッドには受け入れられない。
「いいや、違わないさ。俺は騎士道というモノを盾に自身を正当化しようとしていただけの阿呆だ。他を受け入れるような顔をして、心の中では何一つ理解しようとしなかった。終には大事な何かを失って自分の無力を嘆く。ハッ、嘆いただけで同じことを繰り返していたら世話は無い。…………これを愚かと言わずなんというのだ」
「違うさ」
ディルムッドは顔を上げて隣の男を睨む。相も変わらず湖を見つめる店主に、彼はだんだんと腹が立ってきていた。
「大体貴方に俺の何が分かる。俺は、俺はこんなにも――!!」
言葉を続けることが出来なかった。
――こんなにも、何だろう?
自分が自分の何にこんなに落胆しているのか、いざ言葉にしようとしてみると言葉が見つからなかった。そして同時に、自分が店主に八つ当たりをしようとしていることに気が付いた。
「――――――いや、すまない。…………すまない」
目を伏せるディルムッド。また一つ自分の嫌なところを見たような気がして思わずため息をついた。
およそ自分のためにこんなところまで来てくれている人に対する行動では無い。どうして穏やかに言葉を返すことも出来ない? このディルムッド・オディナはそんなにも落ちぶれているというのか。
そんな、呆れを通り越した悲しみにディルムッドは包まれた。
その時、うなだれるディルムッドに店主が向き直った。
「オレには、君のことは何も分からないし、正直分かることが出来るとも思わない」
店主は静かに口を開いた。
「オレはそういった悩みとは無縁な、いや、そういうモノを徹底的に無視した生涯を送ってしまったからな」
「………………ハハ、それは羨ましいな」
顔を上げて乾いた笑いを浮かべるディルムッド。しかし、そんなディルムッドに対して店主の方は静かに首を振った。
「良いことなどないさ。オレは理想のために生きて、生き抜いた。結果、
ディルムッドは彼が何を言いたいのかがさっぱり分からなかった。
英霊というのは世界と契約して死後を売り渡した者達のことだ。中でも守護者というのはその信仰の低さから世界の掃除屋のような役割を持つが、裏を返せばそうまでして成し得たい何かを成したということなのだ。そこには確かな価値がある。
しかし、ディルムッドには店主の口ぶりからそういった誇りの類は感じられなかった。むしろ、
「…………後悔しているのか?」
そう、後悔。苦い顔をして吐き出された言葉には、それがにじんでいるような気がしてならなかったのだ。
そんな微かな驚きを含んだディルムッドの問いかけに対して、店主は否定も肯定も示さなかった。
「自身の行動に疑問を持たず、ただひたすら理想を追い求めて、結果得たものは空虚だけだった」
「……」
静かに話に耳を傾けるディルムッド。その真っ直ぐな瞳から逃れるように、店主は再び湖の向こうへと目を向けた。
少しだけ蒸し暑い七月の夜。本日の『座』における気象設定は日本、店主の出身地である。
似ても似つかない光景ではあるが、奇しくも月はあの夜と同じ満月。店主は、こんな日にまさか自分の過去を否定しようとは、なんとも皮肉な話だと感じていた。
「土台無理な話だったのだ。人を救おうとする者が、その救う相手をちっとも理解していないなどというのは、全くのお笑い草さ」
「…………しかし、それは――」
ディルムッドは彼の言葉を否定したかった。
たとえどのような形であれ彼に救われた人間は存在する、その事実はこの男がいくら否定しようとも無くならない。ならば彼の行いには、誇りこそすれ後悔するような点はどこにも無い、そう思ったのだ。
しかし、ディルムッドは結局否定しなかった。
今の自分に彼をどうこう言うことは出来ない。今はただ、彼の言葉の行く先を見届けるのだ。
「余計な自分語りに随分と回りくどい言い方で申し訳ないのだが――」
そう前置きをする店主に、ディルムッドは一言気にしなくて良いと告げて、その言葉の先を促した。
「そう、だからディルムッド・オディナ、フィオナ騎士団の一番槍にして魔貌の英雄。そんなどうしようもない私だからこそ言えることだが、君の悩みは人としてとても正しい。そして、その悩みの存在そのものが君が英雄であるに足ることを証明している」
店主はディルムッドの反応を待たずして続ける。
「君はオレに問うたな、オレに君の何が分かるのか、と。……もう一度言わせてもらうが、オレに君のことは分からない。ただ――」
そこで店主は言葉に詰まった。自分の中にある感情を整理した結果、出てきたものがなんとも子供らしい羨望や嫉妬に似た何かだったのだ。店主はそれに気が付いて思わず顔に自嘲の笑みを浮かべたが、諦めてそれを言葉にして見せた。
「――フッ。すまない。……そう、オレはただ、自分を卑下する君を見ていられなかっただけなんだ。
過去を後悔するオレから見れば君の悩む姿は眩しく映った。その苦悩はオレがついぞ持ち得なかった、いや持とうとしなかったものだからだ。そして同時に思った。この男はどうしてそこまで苦しむのか。
もちろん君にとってはただ事ではないのだろう。しかし少し考えすぎではないかな?」
「そんなことは――」
「物事を判断することは難しい。Aという事象がBに見えたとしても、Cという要素を知っていれば全く違うDという解が導き出せたりする。そうだな、例えば先程のセイバー。君はあれにどういった感情を抱いた」
「どうも何もない。彼女は俺のことを知らないと拒絶した。つまりは彼女はそれだけ俺に腹を立て幻滅したということだ。そして俺はそれだけのことをしたという自覚が全く無かった」
目を逸らして乾いた笑いを浮かべるディルムッド。それを見て店主は深く息を吐いた。
どうにもこのディルムッドという男は間が悪すぎる。生前の逸話からして怪しいとは思っていたが、神とやらは彼のことがあまり好きではないのかもしれない。
「なるほど君は、彼女が君のことを関わりたくも無い人間だと判断した、そう思ったのだな?」
妙な物言いをする店主に首を傾げながらもディルムッドは首肯して返した。
「しかし私はそうは思わなかった」
「何?」
この男は何をおかしなことを言うのだろう、間をおかずに問い返したディルムッドの顔は、本人が思う以上に雄弁に彼の心境を示した。
その顔を見ながらも店主は調子を変えずに言葉を続ける。
「実は私は彼女と少し交友があってね、……いや交友と言ってもそんな大したものでは無いのだが、少なくとも君よりは彼女について知っているはずだ」
「何が言いたい」
「まあ聞け。…………さて、そんな私からすれば君の所感は全く間違っていると言える。本来の彼女はそんなことを言う人間ではないし、そもそもあの時は状況が状況だった」
ディルムッドとてアルトリアがあのようなことを言う人間だと思ってはいなかった。しかし事実言われてしまった以上、自分があの温厚な少女をそこまで怒らせてしまったと判断するしかなかったのだ。
「私の先程の例を引用するならそれがB、見せかけの事実だ」
「貴方はCという要素を知っている、と?」
胡散臭そうに店主を見つめるディルムッド。そんな都合の良い話が存在するとは到底思えなかった。
「ああ。……あまり言いふらすことではないが、彼女には人格がもう一つ存在する」
「……は?」
思わず気の抜けた声を出すディルムッドに店主は苦笑しながら話を続けた。
「二重人格、というほどのものでは無い。ただ、彼女の中の普段使われていない破壊衝動が、ある要因によって表に出てくることがある。それがアレだ」
「はぁ……?」
「とにかくあの状態の彼女は普段とは違って非常に攻撃的だ。加えて小さなことにあまり頓着しない。あの時は円卓内部でも修羅場だったようだし、十年前の戦いで数回顔を合わせただけの人間だ。すぐに思い出さなかっただけだろうよ」
ディルムッドには到底信じがたい話だったが、それなら全てに説明がつくと妙に納得できる自分も自身の中に認めていた。
「ハハ、何だそれは……」
「もちろん君の問題すべてにこの論理が通用するとは言えない。ただ、もう一度言うが君は少し考えすぎではないのか? そんな狭い視野では見えている筈の物も見失ってしまうぞ」
ディルムッドは返す言葉を探し出せなかった。
今の一連の話は大分この店主の主観が入っている。探せば粗などいくらでも見つかるだろうし、否定することはいくらでもできる。
しかし、ディルムッドは彼の言葉を素直に受け止めていた。
「考えすぎ、か。…………ああ、そうだな。そんなこと、とうに分かっているつもりだったんだがな」
小さく呟いてから自身の手のひらに目を落とす。
細かな傷が数多く刻まれた武人らしいゴツゴツした掌である。
戦いを乗り越えるたびに擦り切れ、傷がつき、血を流した。しかし、それでもこの手は槍を、剣を握ることを止めなかった。
その積み重ねの先に、今のこの
「……どの道いつまでも立ち止まっているわけにはいかないんだ」
少し踏み出してみるのもいいかもしれない、素直にそう思えていた。
身勝手な話だとはディルムッドも感じていた。『座』にいるフィン達はともかく、ケイネス達はもうどうしようもないのだ。ディルムッドの至らなさから命を落とした二人、彼らはどうあがいたとしても救われることが無い。
「すまない。ケイネス殿、ソラウ殿…………」
ディルムッドは亡き二人を思い、膝をついて顔を伏せた。
人の死という物は、その職業柄生前から縁が深かった。だが、それは数をこなせば慣れるということは無い。
近しい者の死という物はそれだけで心の枷となり、その後の人生について回る。コールタールのような後悔の沼に足を止めそうになったことも幾度もあった。
――――あぁ。しかし、その度に自分は再び歩き出したのではなかったか。
人を信じられないなどと言って自ら閉じこもってしまった。きっと『座』に来てそういう物から距離を置きすぎてしまったのだ。向き合うことすら出来なくなっていた。
だが、いつまでもそんな甘いことを言っていられない。聖杯戦争を理由に、ケイネス達を理由に逃げてはいられない。
「俺は――――」
ディルムッドは顔を上げた。その疲れたような瞳には、しかし在りし日の小さな意志の炎が灯っている。
もう一度。
向き合ってみよう。
「なんだつまらん。俺が来るまでも無く立ち直ってるじゃないか」
こんな話にするつもりではなかった(二回目)
この人はこんなにペラペラ話す人じゃないのに……。