明けない夜が明けたなら   作:にんにく大明神

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お久しぶりですが短いです……。


after days 1

「それじゃあ、ほんっとーに遠坂さんとロンドン行っちゃうの?」

 

「だから、別に遠坂は関係ないって言ってるだろ。ただ進むところが一緒なだけで――」

 

「同じことじゃない! ……あのね、私は別に反対してるんじゃないの。ただ、士郎の選択にはどうにも士郎の意思が感じられない気がして……」

 

「……なんだよそれ」

 

「もしそこに遠坂さんが関わっているなら、事情をきちんと把握しておきたいの。私は士郎が心配なのよ」

 

「あのなぁ、藤ねえ。俺だっていつまでも子供じゃないんだ。自分のことくらい自分で決められるし、その選択に責任くらい持てる」

 

「そんなこと言ったって、士郎はまだ社会に出たこともないじゃない! どうしようもなくなったときにはもう遅いんだから。そしたら私切嗣さんに顔向けできない。ちゃんと士郎の面倒見るって約束したもの!」

 

「……切嗣は関係ないだろ」

 

「とにかく! 私を納得させないと、ロンドンだろうがエジプトだろうがどこにも行かせないんだから!」

 

 藤ねえは話を強引に切り上げると、湯飲みに残ったお茶を一気に飲み干し勢いよく立ちあがった。

 そしてそのまま、話はもう終わりだと言わんばかりにドタドタと居間から出て行った。去り際に障子を音を立てて閉めるのも忘れない。

 俺は玄関側の扉から様子をうかがっている遠坂に見せつけるように、平静を装って湯飲みに静かに茶を注ぐ。

 とまあ、ここまではいつもの流れだ。もはや藤ねえがどんな顔をして俺の横を通り過ぎるのか、どちらの手で障子に手をかけるのか、そんなことすら見なくても分かる。

 

 このやり取りはもう何回繰り返されたのか見当がつかない。

 藤ねえに俺が遠坂とロンドンに渡ることを最初に告げたのが確か夏前だったから、かれこれ二、三か月同じ話をしてきたことになる。

 話の内容としては至極単純で、俺は自分の未来を見据えて時計塔に籍を置くことにしたが、肝心のロンドン行きを藤ねえが納得しないとごねているというだけだ。

 それまで法政方面の進路を志望し続けていた俺が、急に遠坂とロンドンに行くと言い出したのだから、藤ねえが遠坂関連で訝しむ心情は分からなくもない。形だけ見れば、女に誑かされて考えなしな行動をするバカな男と表現されても文句は言えないだろう。

 まして遠坂の裏の顔をある程度知っている藤ねえならばさもありなん。保護者を自称する彼女が認めるはずもない。

 さらに事のややこしいところは、藤ねえには魔術関連の話を伏せなければならない点だ。

 時計塔と言えば、魔術協会の総本山。魔術師なら知らない者はいない大学府であるが、一般人の藤ねえからすればそんなの知ったことではない。弟がよくわからない外国によくわからない女と旅立つとなれば、心配するのが当然である。そしてそんなことは俺もよく分かっている。

 しかし俺とて引くことは出来ない。

 正義の味方になる。

 俺の目標であり、決定事項だ。俺は正義の味方になって救われないはずの誰かを救わなければならない。

 あの大火災で俺の代わりに死んでいった人たちのため、養父との月下の誓いを守るため。

 

 ――――そして、こんな俺を愛していると言った彼女を裏切らないために。

 

 そのためには時計塔に赴くことが最短の道だと思った。

 だから俺は根気よく説得を続けなければならない。いや、仮に納得されなかったとしても俺は海を渡ることになるだろう。それでも、ここまで――これを認めるのは何となく照れくさいのだが、ここまで育ててくれたあの人には、最後までできるだけ誠意を持って相対していたいのだ。

 

 

 

 

 

 うだるような夏の日差しの下で、揺れる湖水をひたすらに見つめる影があった。

 船着き場の桟橋から水面を食い入るように覗き込んでいる。はたから見ればおかしな光景だが、しかしこの『池』においてはそう珍しい風景ではない。この人物もまた、すでに自分には届かない遠い現実の世界を見守っているのだ。

 金糸のような頭髪が、時折風を感じてサラサラと広がる。

 

「たしか、……衛宮士郎、でしたよね?」

 

 水面を眺める少女に、後ろから隻腕の青年が声をかけて尋ねた。

 その声色には、この青年にしては珍しく好奇の色が混ざっていたが、少女――アルトリアは気にせず返答した。

 

「ええ」

 

 アルトリアは名残惜しそうに最後に水面を一瞥してから、青年――ベディヴィエールに振り返った。

 

「ベディ、私に何か用ですか?」

 

「いえ、ただ通りかかっただけです。そうしたら王の姿が見えたので、失礼を承知でお邪魔させていただきました」

 

 申し訳なさそうに目を伏せる目の前の青年に、アルトリアは笑って返した。

 

「かまいませんよ。私とて暇を持て余していただけなので」

 

「…………」

 

「ベディ?」

 

「――あ、いえ何でもありません。お気遣い感謝します」

 

 慌てて取り繕ったベディヴィエールに怪訝そうな目を向けたアルトリアだったが、そこは深く追求せず、すぐに何でもないような世間話を始めた。今日は天気が良いだとか、来月に開かれる馬上槍試合がどうだとか、生前からは考えられないような平和な話題。表情豊かに語るアルトリアを見て、ベディヴィエールは静かな喜びを感じていた。

 生前は終ぞ見られなかった、この少女の年相応の笑顔。理想の王として在り続けねばならなかったアルトリアが、ようやくその責務から解放され自由に笑うことができている。ベディヴィエールの先ほどの沈黙はその深い感慨によるものだった。

 アルトリアの世間話に適度に相槌を打ちながら、ベディヴィエールは考える。彼女を変えた一人の少年について。

 衛宮士郎。

 聖杯戦争において王のマスターをしていた、一人の未熟な魔術使い。

 なにもかも半人前だった彼が見せた一つの武骨な生き様に、座から観戦していたベディヴィエールも少なからず心動かされた。

 アルトリアの話に耳を傾けながらも、ベディヴィエールはチラと『池』の水面を盗み見る。そこには赤銅色の髪をした少年が、困ったような仏頂面を浮かべてせわしく動き回っていた。

 おそらく彼の人生は辛いものになる。そうベディヴィエールは考えていた。

 どこかで見たような筋金入りの頑固者で、自分に嘘をつくことができない人間。そんな衛宮士郎の将来に、一筋の報いがあることをベディヴィエールはひそかに祈っていた。

 

「……私は、駄目な人間です」

 

 ベディヴィエールの視線に気が付いたアルトリアが、声の調子を落として呟いた。その視線は再び水面に向けられている。

 

「自分への区切りとして士郎の返事を待たずに消えたというのに、この『池』の存在を知ってからはたびたび様子を見に来てしまう。士郎が新たな歩みを進めようとしている影で私はいつまでも未練を断ち切れないのです」

 

 自重するかのような、悲しげな目をするアルトリアだったが、ベディヴィエールはその感傷を押しとどめた。

 相も変わらず真面目すぎる王に、どこか懐かしさを感じながら。

 

「それは、いけないことでしょうか?」

 

「……はい?」

 

 ベディヴィエールの予想外の反応に、思わず顔を上げるアルトリア。

 

「愛する者を見守ろうとすることは、人として何も間違っていないと思います」

 

「あ、愛するというのは……っ!」

 

 顔を赤らめて手をバタバタと振って慌てるアルトリアだったが、ベディヴィエールの冷静な様子を見て、ひとまず動きを落ち着かせた。しかし気恥ずかしさは消えないのか、顔は赤らめたまま俯いた。

 

「……いえ、確かに私は士郎を愛しています」

 

「彼の征服王も、前回の聖杯戦争で得たという一番新しい臣下の様子を見守りに、よくこの『池』に訪れているのを見ます。誰だって大事な人の行く末は見守りたいものですし、それは別に停滞でも何でもありません」

 

「そうなのでしょうか……」

 

 物憂げに呟くアルトリアを見て、ベディヴィエールは最後の一突きとばかりに、アルトリアには聞き逃せない言葉を発した。

 

「まして王と彼は肌を重ね合わせた仲、所謂恋仲なのですから!」

 

「……は?」

 

 アルトリアの動きが止まった。

 先ほどまでの頬の紅潮もどこ吹く風、石のように凍りついた表情でベディヴィエールをまじまじと見つめる。

 

「待ってくださいベディ。肌を重ねた、というのは?」

 

 自身の王の変化に気付かないまま、ベディヴィエールは返答する。

 

「そのままの意味です。王と衛宮士郎が性行為に及んだということです。私は見ていませんでしたが、ガウェイン卿からそう聞きましたよ? 一度目はアインツベルンの城から逃げる際魔力補給のために、二度目は英雄王との決着前夜にコトに及んだと」

 

「ガウェイン……。…………あなたは見ていないのですか、ベディ?」

 

「はい。一度目は、私は城に残ったアーチャーとヘラクレスの戦いを観ていたので知りませんでした。二度目は、コトに及ぼうとしていることに気が付いたのでさすがに遠慮しましたけど……。ガウェイン卿は嬉々として見守っていましたね。そういえばランスロット卿が『王も女になられましたか』とかなんとか言っていたらしいことも聞きました」

 

「…………」

 

 ベディヴィエールの報告を聞いている間アルトリアの表情はピクリとも動かなかったが、代わりにその小さな右こぶしが小刻みに震え始めた。

 しかしベディヴィエールがそれに気付く様子はない。ある意味鈍感だからこそ、彼のような真面目な人間が円卓の騎士という人間関係に難がある職を勤め上げることができたのかもしれない。

 

「ああ! そういえば、あのアーチャーとヘラクレスの戦いは大変見事でしたよ。実況組の端に紛れ込んでいたのですが、大盛り上がりでした。当初の皆の予想としてはヘラクレスの圧勝でしたが……、まあ当然でしょうね。狂化しているとはいえギリシャにおける神話の大英雄と、誰とも知れぬ無名の守護者。結果は火を見るより明らかです。かくいう私もその口だったのですが、蓋を開けてみれば手に汗握る名勝負。結果はまあ、ヘラクレスに軍配が上がったわけですが……、それでもあの聖杯戦争のベストバウトだったと私は思います!! 征服王に至っては臣下にするといって今も勧誘しに――まあほとんどの英雄にそうしてるわけなんですが、とにかくあの戦いがほかの守護者達のモチベーションに――」

 

 武人としての血が騒いだのか、やたら熱く語るベディヴィエールだったが、アルトリアはすでに彼の話を半分も聞いていなかった。気付けば服装は鎧姿に変わっており、右手には光り輝く黄金の剣が握りしめられている。

 それこそが聖剣エクスカリバー。星に編まれた神造兵器。その黄金の輝きは持ち主に約束された勝利をもたらすと言われているが、今回は持ち主の尊厳を守るためだけに働くこととなるだろう。

 

「ベディヴィエール、ガウェインとランスロット以外に私と士郎の性行為を見たという人を知っていますか?」

 

「ええ、たしか――」

 

 一分後、忘れないようにしっかりと名前を書きとめたアルトリアは、鎧姿のまま全速力で駆け出した。

 その時の表情を見たベディヴィエールはふと、一つの戦いに勝利するために村を干上がらせた時の王の横顔を思い出した。

 

 その日、『座』のいたるところで光の柱が立った。




かなりの不定期更新で大変申し訳ないです。

次は今まで出てない人たちになるかと。
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