明けない夜が明けたなら   作:にんにく大明神

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大変ご無沙汰しております。
久しぶりなのに短いです。


舞台準備 メディアと小次郎の場合

 10月になり木々も少しずつ色付き始めた頃、川辺に居を構える玉藻の前の館に二人の客が訪れていた。といっても、一人は付き添いとしてついてきただけであるので、玉藻に用事があったのは一人だけである。

 和風の庭に面した和室に、玉藻は客を通していた。客の出身は西洋だったが、特に文句も言わず正座して玉藻と向き合っていた。

 

「それでね、そこで宗一郎様は仰られたの。『それは優しくか、それとも――」

 

「激しくか? ですよね。もう何度も聞きました」

 

「キャー恥ずかしいわ!!」

 

 両手で顔を覆ってじたばたする妙齢の女性を見て、玉藻はげんなりとため息をついた。もうこの話は何度聞かされたか分からない。

 もともと理想の伴侶と添い遂げたいという、俗物的な願いをもとに意気投合した二人だったが、女性――メディアが聖杯戦争を経験してからというもの、二人の間の話題はもっぱら、メディアの素敵な(・・・)マスターの話になってしまっていた。

 

「もう半年になるっていうのに、初々しいですねぇこの方」

 

「やだ、あんまり大きな声で新妻なんて言わないでちょうだい玉藻さん。恥ずかしいわ」

 

「誰も言ってねえですよ」

 

「あら、そうだったかしら」

 

 ――いつまでも初恋をした少女みたいなキラキラした瞳をしちゃって、今日日中学生の方が大人な反応見せますよこれ。

 

 再びため息をつきながら玉藻はメディアの様子を眺める。

 玉藻とてメディアの気持ちはよく理解できた。死後、奇跡のような出会いをしたメディアのことが羨ましくすらある。

 玉藻もよくは知らないが、そもそも彼女の逸話からして、生前ろくに恋愛などしていないのだ。聞けば、暦が西暦になってから生前の伴侶であるイアソンとは一度も顔を合わせたことは無いらしく、たまに遠距離から魔術で洒落にならない嫌がらせをするくらいのようである。玉藻も何度か手伝ったことがある。

 

「そんなに気になるなら見にいけばいいじゃないですか。他のサーヴァントの方たちも結構行ってるみたいですケド」

 

 玉藻はあまり利用したことは無かったが、座には現世の様子を窺い知ることが出来る『池』と呼ばれる湖がある。現世にテレビが登場してからは、本来の用法から離れて、地上で放映されている番組を覗いたりすることに使われることの方が多いが、現世を覗くという本来の用法で使っている英霊もいる。玉藻も『池』を食い入るように見つめるセイバーの姿を遠目に見かけたことがあった。

 

「で、でも」

 

「私この前一旦神霊区に戻ったんですけど、その時ヘラクレスが『池』を眺めてるのを見かけました。あの幼いマスターのこと、結構気にかけてるみたいですよ」

 

「いやだ、あんな筋肉ダルマの話は止めてちょうだい。ついにロリコンの気まで発症したんじゃないの? ……これだからギリシャは」

 

 やだやだと汚いものを退けるような仕草をして見せるメディア。そのまま思い出したかのように庭に目を向け、庭を鑑賞していた自身の連れに八つ当たりをした。

 

「ちょっと佐々木! 人の家の庭先で棒振りなんて始めるんじゃないわよ!」

 

「刀を持っていない相手に刀を振るなとは、それは何かの謎掛けか女狐」

 

 庭で松の木を眺めていた男、佐々木小次郎はゆっくりと振り返ってからかうように返答した。言われてメディアは、玉藻の家に入るときに小次郎から長刀・物干し竿を取り上げたことを思い出す。

 八つ当たりに思わぬ反撃をもらって歯噛みするメディア。

 

「というか小次郎さん。その女狐って言うの止めて頂けません? 分かっていても一瞬反応してしまうじゃありませんか」

 

 不満げに尻尾を揺らす玉藻に「これは失敬」と返してから、小次郎は再び庭の鑑賞に戻った。その様子を見て、メディアはイライラしながら不満を口にする。

 

「あぁ、もう本当に鬱陶しいわ。こんなことになるって知ってたら、あんなちんちくりん召喚しなかったのに」

 

「不正の代償という奴なんですかねぇ……」

 

 第五次聖杯戦争で敗退した後、メディアが座に戻ってみればそこには自身が召喚したサーヴァントである佐々木小次郎が付いてきていた。

 この佐々木小次郎は厳密には本物の英霊ではないただの亡霊であるので、本来ならば英霊の座にはいないはず存在である。

 

「それがちょっと調べてみたら、どうにも私と同じ存在として扱われてるっぽいのよね。たぶん小聖杯に取り込まれたとき、私の霊核にアレが混ざったんだわ。下手に離れて行動することもできないし、忌々しいったらありゃしない」

 

「その代わりにこき使っているんでしょう。なんだか得してません?」

 

「まさか。玉藻さんもあれと三日と言わず三時間も一緒にいてみなさい。すぐにこう、肋骨をバキィってやりたくなると思うわ」

 

 ”肋骨をバキィ”を大仰な手振りで表現するメディアに苦笑しながらも、玉藻は小次郎の存在はメディアにとって良い影響を与えているような気がしてならなかった。なんというか、メディアは以前より明るくなったような気がする。

 自分もいつか、そういった新たな出会いをすることが出来るのだろうかと玉藻は少し考えてみた。しかし、どう転んでも、自分が出会いたいようなイケ魂(イケてる魂の意)を持っている主人と出会うには、聖杯戦争並みのビッグイベントが必要だという結論に至ってしまう。聖杯戦争などそう頻繁に開かれるものではない上に、これまでは聖杯に興味が無かったためにスルーしてきた。

 

「私決めました。もし聖杯戦争が今後開かれるようなことがあれば、この玉藻全力で自分を売り込んでいきます!」

 

 玉藻は畳に音を立てて立ち上がり、こぶしを突き上げた。盆に乗った湯呑が一瞬宙に浮く。

 突然のことに思わずメディアは目を丸くしたが、すぐさま平静を取り戻して玉藻に現実を教えた。

 

「あら、どうしたの急に。……でもまあ少なくとも冬木の聖杯はもうダメよ。システムがたがただし、次の回が開かれる前に大聖杯が崩壊するように誰かに仕組まれてるっぽいもの」

 

「うっ」

 

 早くも自身の計画が崩れ去りそうになって衝撃を受ける玉藻。

 

 ――というか私の一尾の性能じゃどの道勝ち残れませんね。

 

 弱くても(それでも)良いと言ってくれる主人など見つかるはずがない、と玉藻はがっくりと肩を落とした。

 

「まあ、あの時代の魔術水準じゃちょっと難しいかもしれないけど、それでもあの聖杯戦争っていう発想は魔術師にとって悪くないし。いずれどこかで再現されることもあるんじゃないかしら。ほら、お茶でも飲む?」

 

「これは珍しい。女狐が人を気遣うとは」

 

「お黙りなさい!」

 

 主従の漫才のようなやり取りを横目に、玉藻が若干気を落としながら再び座布団の上に腰を落とそうとしたとき、玉藻の館のインターホンが鳴った。

 

「はーい、ちょっとお待ちになってくださいましー」

 

 お中元をもらうような時期ではないし、通販で何かを頼んだ記憶は無い。そもそも座では郵便物をもらうことが自体がまれなので、玉藻は怪訝に思いながら門まで歩いた。歩きながら改めて自身の住まいが大きすぎることを思い知った。

 

「そもそも個人の家なのに館っていう表現はおかしいですよね。いっそ私も小次郎さんみたいな執事でも雇いましょうか、いえ、というよりそろそろ引っ越しますかね。庭の枝垂桜が見事なので手放すのは惜しい気もしますが……。そもそも素敵なご主人様さえいればそれこそ四畳半でも――」

 

 玉藻がぶつぶつと独り言を言いながら早歩きをしている最中、再びインターホンが鳴った。

 

「はいはい今行きますよーっと」

 

 その後も玉藻が向かうまでの二分ほどの間に三度、四度とインターホンは鳴らされた。次第に間隔は短くなっていき、玉藻もその度にイライラしていった。もはやこれはただのいたずらなのではないかと玉藻が思い始めたとき、ようやく玉藻は門までたどり着いた。

 そうして玉藻が門扉に手をかける瞬間、極めつけに最後の一回が鳴らされる。とうとう堪忍袋の緒が切れた玉藻は、苛立ちのままに門扉を思い切り押し開けた。

 

「そんなに何度もピンポンピンポンされて聞こえてないわけねーでしょうが!」

 

「メディアさんと佐々木小次郎さんに速達でーす。あ、規則なので本人にしかお渡しできませーん」

 

 門の外に立っていた郵便局員は、特に悪びれも釈明もせず軽い調子でそう言った。

 玉藻は一言二言文句を言ってやろうかとも思ったが、そうした場合この空気の読め無い郵便局員は、さらに自分の気分を逆なでするようなことを言ってきそうだったためぐっとこらえた。そうして、精一杯の眼力でにらみつけてから、玉藻は大人しく怒りに肩を震わせながら元居た茶室に帰った。もしもその間に、またあのふざけた郵便局員がインターホンを鳴らそうものなら、平手打ちでも食らわせてやろうと玉藻は思ったが、その時は訪れなかった。

 

「というかあの郵便局員は何ですかまったく。人前に出る仕事なのに顔にまで入れ墨入れちゃって。ケッ」

 

 玉藻が茶室に戻ってみれば、客人二人は玉藻が出て行った時と同じような配置で留まっていた。メディアがいったい何が訪ねてきたのか聞いてきたので、たった今見聞きしたことを玉藻は郵便局員への罵倒を織り交ぜながら伝えた。

 外出先まで郵便が届いたと聞いて二人は不思議そうな顔をしたが、大人しく郵便を受け取りに行った。

 

「ほら女狐、さっさと行くぞ」

 

「ちょっと待ちなさい。足が痺れて……あ、こんなところにちょうど良い棒っきれが」

 

「お、お前武士の魂をいったい何だと……」

 

「でも貴方農民じゃない」

 

 

 二人が郵便を受け取りに行っている間、玉藻は荒ぶった精神を落ち着けるためにひたすらお茶を飲んだ。

 しばらくして、頭から腹立たしい郵便局員のことを追い出すことに成功した玉藻は、庭で餌を探してヨチヨチと歩く雀を眺めながらぼんやりとつぶやいた。

 

「それにしても、本当に珍しいですねえ。郵便が来るってだけでも珍しいのに……」

 

 地上の郵便と違って、その気になれば対象の場所などすぐさま見つけられる座においては、本人が外出していようが関係無しに郵便物を届けることが出来る。しかし、そもそも座にいる限り基本的に急ぎの用事は発生しないため、わざわざ出先まで追尾する必要はない。身内や恩人の訃報が届けられることもなければ、新しい命が誕生することもないのだ。

 それが二人同時に速達とは、いったいどういった風の吹き回しだろう。

 

 ――まあメディアさんと小次郎さんに来るあたり、たぶん聖杯戦争がらみなんでしょうけど。

 

 サーヴァント達で集まってご飯でも食べに行くんですかねえ、などと暢気なことを考えながら玉藻は茶を啜った。

 

 はたして玉藻の聖杯戦争がらみという予想は的中した。

 数分後、メディアは玄関からそのまま茶室の向かいの庭に駆け込んできた。

 

「ちょ、どうしたんですの?」

 

 予想外の事態に面食らう玉藻。それもそのはずで、現れたメディアの様子は、普段は淑女然とした振る舞いをしている彼女のものとは似ても似つかない、野を駆け回る少女のような軽やかさだったのだ。

 メディアはそのまま、後ろから苦笑しながらついてくる小次郎の目も憚らずその場でくるりと一回転して見せ、天に祈りを捧げるように指を組んで呟いた。

 

 

「ああ、カミサマ。まさかもう一度宗一郎様にお会いできるなんて……!」

 

 

 神を嫌っている自分がいったいどの神に祈っているのかは、張本人のメディアとて分からなかったが、この時ばかりはそんなことはどうでも良かった。

 その様子を見て小次郎は、

 

「やれ、普段からそのくらいの可愛げを見せてほしいものだ」

 

 そう呆れるように呟いた。

 

 

 




これくらいの分量をコンスタントに投稿出来たら……。
次もいつになるか分かりません。
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