酒の席における珍事というのは非常に厄介なもので、その大半は当事者に記憶が残っていないが故、本人としては覚えのない失態を後々他の人間から指摘されるという何とも恥ずかしい結末を迎える。質の悪いことに、粗相の結果が恥ずかしいで済めばまだマシな方で、人は往々にして取り返しのつかないことをしてしまっているものであった。
アルトリア・ペンドラゴンの最近の悩みは、そんな彼女らしからぬ俗っぽいものだった。
「ん、どうしたんだ父上? 難しい顔して」
「……いえ」
アルトリアは質問の主と顔を合わせないように首を振った。そんなアルトリアのそぶりに何も疑問を抱かなかったのか、質問の主――モードレッドは「ならいいけど」と返して視線をテレビの画面に戻した。画面では筋骨隆々の男が機関銃を片手に大暴れしていた。
アルトリアとモードレッドはアルトリアの家のリビングで二人、朝からモードレッド一押しの映画の上映会を行っていた。モードレッドはローテーブルをはさんでテレビと向かい合わせにおいてあるソファにだらりと寝転がり、アルトリアはそのソファに背を預ける形でカーペットに直に足を伸ばして座っている。二人の間に交わされる言葉は少なく、リビングには専ら銃撃音と壮大なBGMだけが響き渡っていた。
アルトリアの悩みとは、概ねこの状況そのものと言ってよかった。
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事の始まりは、初夏に行われた円卓の集いであった。過去の清算をするとか、人間関係の修復だとか、参加者それぞれが違う思惑をもって集まった久方ぶりの会合は、結果だけ見ればとても良い会であった。少なくともアルトリアはそう聞き及んでいた。会の終盤には、バラバラになっていた円卓の騎士たちの心は、在りし日のキャメロットのごとく結束したと。
アルトリアとしてもその結果は望ましいものであったし、争う意味がないこの座において仲が良いことに越したことはない。しかし問題は、その結束した瞬間のことを張本人であるアルトリアが覚えていないことであった。
集まりの翌朝、アルトリアは自宅の玄関のたたきで目を覚ました。そして、自分があろうことかドアに寄りかかりながら地面に座って寝ていたこと、自分の足に縋りつくように乗っかって眠っている人間がいることに気が付いた。それはモードレッドであった。困惑しながらモードレッドをたたき起こそうとしたアルトリアだったが、その頬にうっすらと涙が伝った跡のようなものを見た気がして、思わず思いとどまってしまった。仕方なくアルトリアは、自分と同じ程度の背格好の人間をソファまでどうにか運ぶと、アグラヴェインに連絡を取った。(余談だが、アルトリアはこと状況把握能力においてアグラヴェインに絶対の信頼を置いていた。)
電話に出たアグラヴェインは、にわかには信じられないことを口にした。というのも、アルトリアは昨日の終盤モードレッドに「これからは
アルトリアは流石に頭を抱えてしまった。決断の良し悪しはひとまず置いておいたとして、そんな重大な決断を記憶がなくなるほど泥酔している状態で下してしまったことをアルトリアは酷く後悔した。その後、目を覚ましたモードレッドはぎこちなくアルトリアに朝の挨拶をし、昨夜の言葉が夢ではなかったかそれとなく確認してきた。普段通りの気丈な素振りも、この時ばかりはアルトリアには強がりのように見えてしまい、アルトリアは記憶がないなどとは口が裂けても言えなかった。彼女の脳裏には、先ほど目にした涙の後のようなものが焼き付いていた。
その日から奇妙な親子の共同生活はふらふらと始まった。ふとしたことで崩れかねないアンバランスな状態で、アルトリアは下した決断に覚えがないことをいつか伝えるべきか、それとも胸にしまい続けるべきか悩み続けている。そんな生活も気が付けば三か月が過ぎようとしていた。
ところで、アルトリアは記憶がない原因が、普段飲み慣れていない酒類を摂取したためだと考えていたが、実際は義兄の悪ふざけが原因であることは言うまでもない。
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映画が佳境に差し掛かってきたころ、アルトリアはちらとモードレッドを横目で盗み見た。その行為が何かを生み出すとはアルトリアも思っていなかったが、自身と同じような悩みを相手が抱えていないのか気になってつい意識してしまうのだ。アルトリア本人は気が付いていないが、その動作はここ最近の彼女の癖のようなものであった。モードレッドは目を輝かせて画面に食いついているかとアルトリアは思っていたが、予想とは違ってモードレッドの表情に感情を読み取ることはできなかった。
「……分からない」
相手の耳に届かない程度の小声で呟くアルトリア。
家族とは国のようなものであるとアルトリアは考えていた。自分たちを取り巻く状況や内情が複雑に関わりあって、広がったり狭まったり、時には分割したりする。それは自分を顧みてもそうであった。
ウーサーの子供として生を受け、養父のエクターの下で義兄のケイと育ったアルトリア。実姉としてモルガンがいたが、アルトリアにとってはモルガンとウーサーが家族かと問われればアルトリアにはそうとは思えなかった。彼らを家族と呼ぶくらいなら、修業時代の師であったマーリンの方が家族と呼ぶにふさわしいだろう。そして、たった二週間ばかりを共に駆け抜けた
ならばモードレッドはどうだ。確かな血の繋がりが有り、共に暮らしてもいる。しかし依然として互いの距離を測りかね、相互理解など到底出来てはいない。この関係はいったいどこを目指しているのだろうか。
「今日の夕飯当番は父上だったよな?」
唐突に口を開いたモードレッドに、アルトリアは首肯して返した。
「何か食べたいものはありますか?」
「んー何でもいい」
「それが一番困る返答だというのは貴女もわかっているでしょう……」
ため息をついてアルトリアは立ち上がった。一日中悩んでいても仕方がないと先ほどまでの思考をすっぱりと断ち切る。
「そうですね。少し季節としては早いですが、鍋にでもしますか。ベディも呼んで」
「オレはそれで構わないぜ」
モードレッドの賛同を得てアルトリアはすぐさまベディヴィエールに連絡を取った。アルトリアの予想通りベディヴィエールは快諾し、材料を買って急いで向かうと言ってきたのでアルトリアは急がなくていいと窘めた。ベディヴィエールとの通話が切れた後、アルトリアは買い物をするために外出の準備を始めた。ベディヴィエールは食材を買ってくると言っていたが、真面目でいてどこか抜けている彼の騎士が仕事を完遂できるとは考え辛かったのだ。
身支度を整えたアルトリアが財布の中身を確認していると、スウェット姿のモードレッドが玄関から声をかけた。
「早く行こうぜ父上」
一瞬何のことかわからず本気で首を傾げるアルトリア。少しだけ考えて、モードレッドが買い物に付き合おうとしていることに気が付いた。
「珍しいですね」
「まあな。……それと父上。あのヤロウに食材調達は任せない方がいい」
モードレッドに諭されてアルトリアも彼の騎士の偏食ぶりを思い出した。買い物のプランを見直した上でもう一度財布の中身を調べるアルトリア。
「そうでした。ゲテモノ食いで有名でしたね彼は……」
買ってくると言っていた以上、見たことのないケモノの聞いたことのない部位を持ってくる事はないだろうとはアルトリアも思ったが、万全を期す必要はあった。二人は生前のベディヴィエールを思い出して似たような渋面を作った。
アルトリアとモードレッドが過去に思いをはせていた時、家の呼び鈴が鳴った。
「ベディヴィエールか?」
「まさか、早すぎます」
そんなやり取りをしつつ、ドアに近かったモードレッドがつっかけだけ履いて外に出た。アルトリアが追って外に出ると、そこには先ほどまでの部屋着のモードレッドはおらず、鎧で完全に武装したモードレッドが
「失せな。ここはお前みたいなのが来ていい場所じゃねェ」
剣呑な声が閑静な住宅街に響く。どうやらモードレッドは呼び鈴を鳴らした相手を警戒しているようだった。アルトリアも静かに警戒しつつ相手の姿を捉えると、それはどこかで見たような配送業者の服を着た青年だった。しかしそれでアルトリアが気を緩めることはなかった。
「何用か?」
その配送業者の服を着た青年は、確かにモードレッドが警戒するに値するほどの邪な気配を放っていた。見た目もまた見るからに邪悪で、制服を除いた唯一の露出部分である顔は浅黒く、漆黒の刺青が生き物のようにうねっていた。
「オイオイ、ちょっと待ってくれよ。こちとらそんな物騒な対応される覚えねえぞ」
口を開いた青年は、二人が予想していたものより遥かに軽薄そうな声を出した。かといってそれで絆されるような二人ではなく、青年は自分の対応が一歩間違うだけで首を飛ばされることを予感した。しかしそれでも青年は萎縮することはなく、変わらずヘラヘラとどこか被害者めいた口調で続けた。
「俺だってねえ、こんなことしたくてしてるわけじゃないの! 辻褄合わせるために必死こいて走り回ってるってーのに」
「……何を言っている?」
本気で何を言っているか分からないアルトリアを気にせず、青年は自分の懐から茶封筒を取り出してアルトリアの前に突き出した。
「とにかくこれ。はい手紙セイバー宛ね」
「……私?」
手を伸ばそうとするアルトリアの背後からモードレッドの鋭い声が飛ぶ。
「気を付けろ父上、こいつ東の方の悪神に――」
「――連なるモノじゃねえから。あ、いや関りはあるっつーか」
モードレッドの言葉を遮る形で引き継ぐ青年。依然として警戒したままアルトリアが封筒を受け取ると、青年はすぐさま踵を返した。
「そんじゃ、俺の仕事終わったから」
「あ、待てテメェ!」
「追う必要はない、モードレッド!」
軽快に走り去る青年の尻に噛み付かんばかりのモードレッドをアルトリアが窘める。気配に気を取られてアルトリアも気づくのが遅れたが、今の人物からは少なくとも敵意や害意は感じられなかった。封筒を開きながらアルトリアは言葉を続けた。
「あの性質は恐らく純粋に彼の出自のみに依るのでしょう」
「……チッ」
不服そうなそぶりを見せながらも、モードレッドは武装を解いてスウェット姿に戻って見せた。そうしてアルトリアの下に戻ってきたモードレッドは、一枚の紙を凝視しながら困惑した表情で固まるアルトリアに気が付いた。その姿は、アルトリアとそれなりに時間を共にしてきたモードレッドにも見覚えがない表情であった。
「父上……?」
恐る恐る問いかけるモードレッド。その声を聞いてアルトリアは我に返ったのか、ゆっくりと手紙から顔を上げ、それを丁寧に折りたたんでコートの内ポケットにしまい込んだ。そうして何事もなかったかのように口を開いた。
「……さて、それでは行きますか。早く戻って来ないととベディが家の前で待ちぼうけを食らってしまう」
その様子は暗に手紙について聞くなと言っているようで、モードレッドもまたあえてそれに触れるようなことはしなかった。
「あんな奴待たせときゃいいんだよ。父上のためだったら待つのも喜ぶぜアイツ」
そうして二人は家に鍵をかけ、横並びで歩き始めた。アルトリアの頭の中はここ最近の例の悩みがナリをひそめ、代わりに先ほどの手紙の内容でいっぱいになってしまっていた。モードレッドが自分の様子に何となく感づいていることにアルトリアは気が付いていたが、自分から渡されたものについて口を開く気はなかった。
そんな、この二人にしては珍しい気遣い合いをしながら、二人は近所のスーパーへと歩みを進めていった。
「そういえばモードレッド。今日は何日でしたか?」
「ん、今日は10月4日だな」
まさか更新が丸一年空いてしまうとは……。すみません。
一応報告なのですが、Twitterで投稿報告垢のようなものを作りました。まるで機能していませんが……。
もし最新話すぐに読みたいと思って下さる方がいらっしゃれば、作者ページにリンクがあるので、よろしければ監視しておいてください。