苦手な分数の割り算。
得意な国語。
大好きな音楽。
大嫌いな体育。
クラスから浮いている僕は、体育や学活の時間が苦痛でしかない。
だけど、学校の授業で一番嫌いな時間は……。
「おーし、服着替えたら席につけー。 給食係りは用意始めろよー」
引き戸を開けて、先生が指示を出した後、何処かへと歩いていく。
――給食。
僕の、一つ目の地獄。
「……っ」
「皆さん、手を合わせてください」
教室に手を合わせる音が響く。
「いただきます」
日直に続いて、皆がいただきますと声をだす。
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら早食いを競うもの、おかわりの話をするもの、そして。
「ねえ、多田くんクリームシチュー無いよね?」
「ほんとだあー」
「言わないといけないのにいー」
女子特有の甲高い声が耳をさす。
ふざけるな、そんなの、言い出せるわけ無いじゃないか。
苛立ちからか、悔しさからか。
よくわからない感情が込み上げてきて、目頭があつくなる。
……食べたくない。
結局今日も、五口六口手をつけて残してしまった。牛乳だけは飲み干しているが。
「コータ。 何にも食べてないじゃないか」
食べなさい、と先生に注意を受け、席へと引き返す。
昼休み終了を告げる予鈴がなるまで、なんとか耐えなければない。
こんな苦痛を味わう方が幸せなのか。
それとも……。
「コータ、鬼ごっこしよーぜ」
肩が震える。
「大袈裟だよなあ」
「すんげえビビってやんの」
始まった。
僕の、二つ目の地獄。昼休みが。
「早く給食片付けろよ」
「俺ら先に逃げてっから!」
何が、先に逃げているだ。
捕まえれやしないのに。
まともに鬼ごっこをしても、タッチ寸前にバリアーを張られる。
僕は校内を糞真面目に走って奴等を探す。
この間、あいつらは教室に居るんだ。
僕は知ってる。
昼休みが終わるまで、教室に帰れないから。
僕は気付いてる。
皆が馬鹿にしてるのを。
だけど。それでも。
苦しい、辛い、疲れた。
弱虫な僕。泣き虫な僕。
大っ嫌いだ。
自分も、あいつらも、何もかも――。
鬼ごっこに飽きると、今度からは昼休みに男子トイレに連れ込まれて、ゲームが始まった。
簡単に言えば、息を止め続けろというもので、よーいスタートの合図で息を止め、僕が息を吐いたり吸ったりしていないか確認するため、鼻と口の前に手を出される。
苦しい。嫌だ。やめて。
息をすると、笑われる。
どうして?
ねえ、どうして――?
中学生になったら、もっと辛いんだろうか?
もっともっと、今よりも辛くて苦しくて、地獄のような時間が待っているんだろうか……。
それでも僕は生きた。
生き続けた。
死ぬ勇気なんて持ち合わせていなかったから。
なのに。
僕は死んでしまった。
幸か不幸かわからない。
だけど僕の地獄は漸く閉ざされたんだ。
母親の虐待によって。
学校は苦しい、辛い。
だけど家は……?
違う?いや、そんなことない。
家も地獄だ。
基地外のような母親。
無関心な父親。
ヒステリックを起こして水の中に僕の顔を何十秒間も沈めては引き上げて、沈めては引き上げの繰り返し。
辞書で頭や体を殴られる。
家に居ると、体が震えた。
でも、死ななかった。
あの日までは。
寒い雪の降る夜に、外へ出された。
よくある躾の一つだったのに、あの日は何だか僕の体が可笑しくて。
気が付いたら死んでいた。
インフルエンザを悪化させたのが原因らしい。
わざとらしい母親の涙を見ながら、僕は冷めた目で見下ろしていた。
「どうして、お外へ出ちゃったの? コータ……」
泣きながら母親は嘘を吐く。
医者の口から出た、「タミフルの副作用」
僕はただただ、静かに泣いた。