「ぐ、ぅ……!」
「ようやく喰らったなぁ」
血刃の攻撃範囲が広がった事と、妓夫太郎の身体能力が上がった事により、杏寿郎はついに刃を受けてしまっていた。傷そのものは大した事はないが、毒はすでにその身体に入っている。耐性も解毒法も持たない以上、勝負はすでに決まっていると言えた。
「……チッ」
妓夫太郎は小さく舌打ちする。杏寿郎には聞こえないほどの音量だったが、それでも自分だけはごまかせない。
黒死牟の月の呼吸を見様見真似で覚え、自身に合うように変化させたが、それでもまだまだ未完成。未だ全集中・常中の呼吸――四六時中呼吸法を使い続ける事――は出来ず、血鬼術との融合も途上である。血刃に纏わりつく鎌状の刃は、実は半分ほどが幻影なのだ。黒死牟のように、全てに実体を持たせる事は出来ていない。
呼吸を先に覚えてから、それを強化する形で血鬼術を使う、という事であればもう少し形にはなっていただろう。しかし先に使えるようになったのは血鬼術だったため、まずはそちらのみを磨く事を優先したのだ。
血鬼術と呼吸を完全に融合させるには、未だ時間が足りていない。薬の研究に時間を使っていたせいだ。本来ならば、まだ実戦レベルには程遠い。黒死牟を知る身としては、それが痛いほどよく分かる。こんな不完全な代物、恥ずかしくて人目に晒せない。
それでも、そんなものでも使ったのは、ここで負ける訳にはいかなかったからだ。妓夫太郎の原点は『もう二度と奪われない』事。人に奪われる前に人から奪い、取り立てる。故にこそ彼は“妓夫太郎”なのだ。
その妓夫太郎の本能が言うのだ。決してここで負けてはならぬと。負ければ再び奪われると。あの冬の日のように。妹は焼かれ自身は斬られ、全てが奪われんとした、あの牡丹雪の夜のように。
とは言え焦る必要はない。すでに毒は打ち込まれている。あとは時間を稼げば良い。故に妓夫太郎は、杏寿郎に話しかけた。
「……良い事教えてやるよ、ソイツは河豚の毒を血鬼術で改良したモンだ。河豚の毒にやられると、
フグ毒テトロドトキシンは、神経の伝達を阻害して麻痺を起こす。結果、脳からの呼吸に関する命令が届かなくなり、呼吸が止まって死に至る。
呼吸が止まる。それは、呼吸法を武器にする鬼殺隊士にとって、致命傷である事を示していた。
「関係、ないな!」
――――炎の呼吸 陸ノ型 朱雀
燃え立つ鳥の如き突き技が妓夫太郎に向かう。妓夫太郎は鎌で弾くが、眉を顰めた。毒で死にかけている者が出せる威力ではなかったのだ。
「俺は俺のなすべき事をなす! 毒も死も、関係ない!」
杏寿郎の脳裏に、亡き母の声が色鮮やかに蘇る。『弱き人を助ける事は、強く生まれた者の責務です。責任を持って果たさなければならない使命なのです』。彼はその言葉の通りに生きて来たし、そうありたいと思っている。
だからこそここで退く事は出来ない。たとえ数分後に失われる命だったとしても、その数分で敵を倒す。そうすれば、他の場所でまだ生きているだろう隊士は殺されない。勝たねばならぬ、その後に自分が生きておらずとも。
「死んだら何も出来ないだろうが。やっぱお前、頭悪いなぁああ」
「それは、違う! 俺が、死んでも、俺を受け継ぐ者はいる! 俺の継子は、弟子は、優秀だ! 必ずや、俺の想いを継いでくれる!」
毒で息が浅くなり始めているが、杏寿郎はそれでも目に力を込めて言い切る。妓夫太郎はそれに、嘲笑を以って応えた。
「やっぱお前前向きだなぁ。幸せそうで妬ましいなあ羨ましいなあ、でも無駄なんだよなぁああ」
「無駄では、ない!」
「いいや無駄だなぁ。その弟子も鬼狩りなら、この城のどっかに落とされて、他の誰かに殺されてるだろうからなぁああ」
杏寿郎の瞳が一瞬揺れたが、すぐに力を取り戻し妓夫太郎を見据えた。
「ならば! 君を倒した後に、助けに行くまで!」
「毒でフラフラのその体でかぁ? 教えといてやるが、俺を殺せたとしても毒は消えねえ。血鬼術の影響が消えたって、元の毒に戻るだけだ。河豚の毒に解毒法はねえし、他の毒も混じってる」
現代ですらフグ毒には、胃を洗浄して人工呼吸器をつけ、体内で毒が分解されるのを待つという対症療法しかない。人工呼吸器がなくとも、肺に空気を送り続けられれば助かる可能性はあるが、現状では到底不可能だ。
「だからどうやったってお前は、ここで死ぬしかないんだよなぁああ」
「関係ないと、言った! もう、誰も、死なせない!!」
(呼吸が上手く出来なくなって来ている! おそらく次の一撃で最期! ならば! 極大の威力で! あの鬼の、身体そのものを! 消滅させる!!)
――――炎の呼吸 奥義 玖ノ型 煉獄・三連
人生最後。その覚悟をもって杏寿郎は身体への負担も顧みず、炎の呼吸最大威力の技を三つ重ねて放つ。毒で弱っているはずの身体でそこまで出来たのは、一重に日頃の修練と才能の賜物だ。炎の螺旋は重なり渦巻き、横薙ぎの巨大な竜巻と化した。
――――鎌の呼吸 参ノ型 蟷螂機先
炎の竜巻を、妓夫太郎は鎌を×の字に交差させるように振り下ろす技で迎え撃つ。その軌道に血刃が生成され、無数の鎌の刃を伴い杏寿郎へと殺到した。
奇しくも先程までの焼き直しのように、両者は激突する。衝撃波が辺りにまき散らされ、床がめくれ上がり破片となって飛散する。それが治まった時、そこにあったのは、二丁の鎌で刀を完全に受け止めた妓夫太郎の姿だった。
「
戦いの中、成長するのは人間だけではない。人間が変じた鬼もまたしかり。まして妓夫太郎には黒死牟が認める程の戦いの才がある。杏寿郎が天才ならば妓夫太郎もまた天才。その才は、この土壇場で確かに妓夫太郎を成長させていた。
「無、念……!」
毒が回り切った杏寿郎が、ずるりと地面に倒れ伏す。それを見下ろす妓夫太郎の顔は、嘲りではなく苦渋に歪んでいた。
苦い勝利だった。毒に気付かれたのは仕方ないとしても、かすり傷さえ与える事が出来ず、あまつさえ一度は頸を斬り落とされ、奇襲は躱され使う予定の無かった呼吸法まで使わされ、それでようやくだ。
特に呼吸を使わざるを得なかったのは我ながら無様だったと、妓夫太郎は苦虫を噛み潰す。一番最初は黒死牟に使って、そして勝ってやると決めていたのだ。だからこそ鎌の呼吸壱ノ型は飛刃“砕月”なのである。決して誰にも言う気はなかったが。
妓夫太郎が黒死牟に向ける感情は複雑だ。恩を感じてはいるしその強さに憧れもする。だが同時に妬ましいとも思うし引き摺り落としたいとも思う。それら全ての感情が混じり合い出した差し当たっての結論は、まずは一勝を収める事だった。
「…………クソ」
なのにこの体たらく。不格好さに悪態をつかずにはいられないが、勝ちは勝ちだ。人間の頃、夜の底を這って日々をどうにか生きていた妓夫太郎は知っている。死ねばそこまでだが、生きてさえいれば何とかなると。苦かろうが納得に程遠かろうが、生き残らねば何も始まらないのだと。
それでも不快感が消える訳ではない。妓夫太郎は苛立ち紛れに杏寿郎にトドメを刺すと、無惨の命を果たすべく、死体に背を向け人間の気配のする方へと向かった。
◇ ◇ ◇
こっちも決着つきましたね。妓夫太郎が呼吸を使うとは、これはかなり珍しいパターンです。鬼が呼吸を使うルートはあるにはあるんですが、結構条件が厳しい上、呼吸を使ってもそこまで強化される訳じゃなくて微妙です。
まず、呼吸のメリットと言えば身体能力が上がる事ですが、人間ならともかく鬼だと大して上がりません。人間が数倍から数十倍だとすると、鬼は精々一~三割増しって程度です。少なくともこのゲームでは。
元が高いせいで上がり幅が小さく設定されてるようなんですが、それでも強い事は強いです。
とは言え、鬼なら人間をたくさん食べれば身体能力は上がります。ついでに血鬼術も強化されてお得だし、何より楽です。普通の鬼ならそうします。
呼吸の他のメリットは、技にエフェクトが出る事ですね。でもこれはあくまで幻なので、それだけだとほとんど意味がありません。黒死牟のように、血鬼術を併用して実体を持たせて初めてメリットになります。
ただですね、そんな面倒な事をするくらいなら血鬼術だけでいいじゃん、って事になっちゃうんですよね。血鬼術の方が楽に使えるようになりますし、出来る事も多彩です。玉壺や鳴女のような血鬼術が発現すれば、呼吸で身体能力を上げる意味もほとんどなくなります。
また、鬼の多くは自己中で傲慢で努力しないので、呼吸に必要な長期間の修練が性格的に出来ません。原作の無惨様みたいですね。
話をまとめると、鬼にとっての呼吸はメリットが薄く、そのメリットも他で代替が利くものである、という事です。原作で呼吸を使う鬼が少ないのもそんな感じの事情なんじゃないかと思います。
呼吸を使う黒死牟はクソ強いですが、あれ人間だった頃から強いですからね。最低でも柱級の実力はあったはずです。それを血鬼術でさらに強化してるから強いんです。呼吸を使う鬼が強いと言うより、黒死牟が強いと言った方がいいでしょう。縁壱と同じですね、さすが兄弟。
んで妓夫太郎の話に戻りますが、さっきちょっと出たように月の呼吸の派生です。と言っても黒死牟が手取り足取り教えたのではなく、見て盗んだものです。黒死牟なら教えてくれっつったら教えてくれるでしょうが、妓夫太郎は性格上そういう事を言うとは思えませんからね。
強さの方はさっきの話と矛盾するようですが、強いです。今ルートの妓夫太郎は薬の開発で時間足りないせいで大した事がなかったんですが、完成させれば上弦でも上位に食い込みます。
まず、飛び血鎌の当たり判定が倍くらいになります。さらに、月の呼吸後半並みの広範囲攻撃をぽんぽん出してきます。円斬旋廻のように、出すまでにタイムラグが発生する欠点もありません。呼吸で生まれる刃にも毒が含まれるので、耐性がなければ柱でもかすっただけで死にます。
ただ、血鬼術だけでも似たような境地には至れたんじゃないか、という疑問は残るんですよね。血鎌は強力な血鬼術ですし、妓夫太郎も戦いの才能があるので、可能性はあるはずです。
まあここの妓夫太郎は呼吸と血鬼術の融合ルートに入ったので、将来的には強くなるでしょう。とは言え最終決戦が終わったら戦う機会は激減するので、戦いの道に進むかは不明です。薬開発も兼任していたように、戦闘以外で才能を発揮するかもしれません。その辺は今後の展開次第ですね。
>「まだまだあるからいっぱい食べてね!」
>「………………………………ハイ」
>堕姫に肉と野菜を口に突っ込まれ、食べる機械と化している鳴女。
>鳴女ならぬ泣女になりそうな彼女だったが、ふと表情が変わった。
>「あれ、どうしたの鳴女さん、なんか顔が硬いけど……。そっか、肉が足りなかったのね!」
>「いえ、そういう事ではなく……」
>「じゃあ野菜? ネギ? しらたき? あっ、牛鍋じゃなくておでんの方が良かった?」
>「食べ物から離れてください。そういう話ではなく、急いで伝えなければならない事があります」
>硬い声に、ただ事ではないと覚った堕姫の表情も硬くなる。
>「どうしたの?」
>「柱が二名ほど、こちらに向かっています」
ファッ!? い、いや、まだ慌てるような時間じゃないです。原作でも鳴女は柱二人と戦ってましたからね。ここには玉壺もいるんですから、何とでもなるはず。…………原作より実戦経験が少ない上、ただの戦闘ではなく守るべき者がいる防衛戦ですが、何とかなるでしょう。……きっと!
◇ ◇ ◇
「柱が二名ほど、こちらに向かっています」
その言葉に対する反応は素早かった。下弦の面々は即座に鍋や食器を堕姫の帯の中に放り込み片づけてゆく。あっという間に物が減っていく中、珠世が鳴女に顔を向けた。
「ここに来ないようには出来ませんか?」
「――――難しそうです。妨害はしていますが、まっすぐこちらに向かって来ます。何らかの方法で私達を捕捉しているようです」
「あとどのくらいで着きそうですか?」
「あまり猶予はありません。精々あと数分かと」
「という事ですが、どうしますか玉壺さん?」
「ヒョッ?」
珠世のキラーパスに変な声が出た玉壺だが、思い返せば当然である。玉壺は上弦の肆であり、この場では最も序列が高い。彼が決定しなければ何も始まらないのは道理であった。
とは言え悩みどころでもある。柱とは言え、一人だけなら下弦を守りながらでも勝てる自信が玉壺にはある。だが、二人となると判断に迷わざるを得ない。単に戦うだけなら柱三人でも勝つ自信はあるが、傷つけられてはならない対象がこの場にはいるのだ。最終的に勝てても、万一下弦の誰かが討ち取られでもしていれば敗北である。
「ぬぬぬぬ……」
全員で別の場所に移動する、というのは無理だ。鳴女がこの場を離れてしまえば、再び無限城を操作出来るようになるまで時間がかかる。従って鳴女だけは動かせないし、その護衛でもある玉壺もここを動けない。
ここで取り得る選択肢は概ね三つ。
一つ目はこのまま戦う事。
二つ目は鳴女に頼んで下弦の六名を避難させ、玉壺と鳴女だけで戦う事。
三つ目は下弦はこのままにして、誰か増援を呼ぶ事。
一つ目は、最も無難な選択肢だ。ただし、下弦が死ぬ可能性がある。鳴女がいる以上防御は硬いが、それでも決して無視できない可能性だと言える。
二つ目は、下弦の安全はほぼ確保される。だが万一にでも移動先に柱級の実力者がいた場合、かなりまずい事になる。もちろん鳴女の“眼”で確認はしてもらうが、それも完全という訳ではない。
また、“下弦を守れ”と命じられているのに避難させるのでは、玉壺では守り切れないという証明のようでとても面白くない。要するにプライドに傷が付く。
三つ目は、安全性で言うなら最も高いだろう。だが、他人の手を借りるというのはやはり面白くない。それに、上弦の誰も手が空いていなければ取れない選択肢になる。だが立場上、確認しておかない訳にもいかない。
「……鳴女殿、どなたかこちらに呼べそうな方はおりますかな?」
「――――今は猗窩座殿が手隙のようです」
正確には童磨も今は戦っている相手はいなかったが、鳴女はスルーした。結晶ノ御子の維持に手を取られているだろうという気遣いであって、決して他意はない。正直あまり顔を見たくないなー、などという考えは存在しないのである。
「あ、あの、私も戦います!」
声を上げたのは堕姫だ。確かに彼女の血鬼術“帯”なら戦う事は出来る。だがそれは戦う能力があるというだけで、柱に及ぶかと言えば全くそんな事はない。
“帯”は射程が長く手数が多く範囲攻撃も可能で、幾重にも重ねれば防御にも使える優れた血鬼術だ。だが如何せん、それを扱う肝心の堕姫に戦いの才能がない。
また、戦闘訓練もほとんどしていない。兄以上に日光克服薬の研究に集中していたからだ。結果として今の堕姫には、鳴女にも遠く及ばない程度の戦闘能力しかなかった。
「いや、それは無用。下弦の方に戦わせては上弦の名折れですからな」
その辺りの事情を知っている玉壺はやんわり断った。見た目によらず、気遣いの出来る男であった。とは言え完全な出任せという訳でもない。守れと言われた対象に戦わせるなど、本末転倒甚だしい事は確かだからだ。
「ではどうしますか? もうすぐ来ます……いえ、来ました」
鳴女がその一つ目を向けた先には、二人の男がいた。まだ遠いが、それでも鬼たちには気配で分かった。柱だ。
「……鳴女殿、猗窩座殿を呼んで下され」
気配から強さを見て取った玉壺は、プライドよりも無惨の命令を優先した。内心忸怩たるものはあったが、それでも優先順位は変えられない。
玉壺は、無惨の信を裏切りたくはなかった。叱責されるのは良い、首をもがれるのはむしろ良い、殺されるのはとても良いという業の深い男だったが、失望だけはされたくなかった。
その覚悟を知ってか知らずか鳴女は何も言わず、べべんと琵琶を打ち鳴らし、猗窩座を呼んだ。玉壺は内心の懊悩を隠し、現れた猗窩座に顔を向けた。
「見ての通り、柱が二人来ております。勝つだけなら私だけでも造作もないが、万一にでも下弦の面々を守り切れなければ無惨様の失望は免れぬ。申し訳ないが、ここは一つ、力を貸してはくれまいか」
猗窩座は心ここにあらずといった様子だったが、守るという言葉にぴくりと反応した。だがそれだけで動きを見せなかったので、不審に思った玉壺が首を傾げた。
「猗窩座殿?」
「わかった」
平坦な声で返事を返すと猗窩座は消えた。いや、消えたと見紛うばかりの高速移動で柱たちの許へと移動し、瞬く間に片方の柱の頭を殴り砕いていた。
それに驚いたのは玉壺だ。彼の知る猗窩座とは一線を画す動きと強さだったのだ。だが救援に全て片付けられてはそれこそプライドに傷が付く。玉壺は慌てて自らの血鬼術を発動させた。
――――血鬼術 一万滑空粘魚
残る柱の傍に壺が短距離転移で現れ、そこから一万匹の魚が湧きいでる。
――――雷の呼吸 肆ノ型 遠雷
柱はそれを、広範囲を薙ぎ払う技で全て斬った。粘魚には液状の経皮毒が含まれており、斬られるとそれが飛散するようになっているのだが、嫌な予感でもしたのか大きく跳んで躱していた。
(速い! やはり、相当な実力者!)
その速度を目にした玉壺が瞠目する。雷の呼吸は速度が特長なのは知っていたが、ともすれば転移して避ける前に頸を斬られかねない速さだったのだ。猗窩座と二人がかりとは言え、これは気を引き締めてかからねばならぬと思ったが、そう思った次の瞬間にはその柱の胴体に穴が開いていた。
「は?」
柱には一瞬の隙もなかった。なのに猗窩座は、あっという間に屠ってみせたのだ。これには玉壺も目を丸くせざるを得ない。戻って来た猗窩座に言いたい事もあったが、とりあえず礼儀を見せる事にした。
「……まずは礼を。お手間を取らせましたな」
「ああ」
そっけない返事に玉壺の傷付いたプライドが刺激され、顔に青筋が僅かに浮く。不穏な雰囲気を感じ取ったのか、後ろから珠世が割って入った。
「その、玉壺さん、ありがとうございました。取りにくい選択肢を取って頂いて」
「い、いえ、無惨様の命を果たす事こそが肝要ですからな」
珠世が頭を下げた事で、玉壺はどうにか機嫌を直す。自分を誤魔化したとも言えるが、ここで怒って争っても何もならない事は分かっていた。
「猗窩座さんも、守って頂いてありがとうございました。下弦を代表して御礼を申し上げます」
「守……る…………?」
珠世の言葉を聞いた猗窩座が、呆然とした顔で珠世を見つめる。戸惑う珠世だったが、その横から空木が顔を出した。
「本当は私も戦いたかったですけど、そうしていれば負けてました」
下弦の弐、空木に戦いの才はない。“稀に見る才能の無さだ……”と黒死牟が認めるほどに才がない。努力はしていない訳ではないが、薬の開発が本業であるため、その時間は全く足りていない。
そして鬼としての才もない。彼女はもう百年くらいは生きているのだが、それでも血鬼術の一つも使えない。稀にそういう者は存在すると無惨が言っていたので、今後使える見込みもおそらくない。
戦いというものにとことん向かない女は、代わりに戦ってくれた相手に頭を下げていた。
「ですから、ありがとうございます猗窩座さん。私達を守るために戦って下さって」
「俺は……守れたのか……?」
「え? ええ、もちろんです、私達がこうしているのがその証でしょう?」
「そう、か……………………」
それきり猗窩座は沈黙した。誰が何をどうしても反応しないので、玉壺たちは顔を見合わせ困惑の表情を浮かべるしかなかった。
◇ ◇ ◇
音柱の煽りめっちゃ効いてますね猗窩座殿。記憶が戻った訳じゃなさそうですが、“守る”って言葉が出る辺り、思い出しかけてるってとこでしょうか? ちょっと不安定な感じですかね。
その割にはえらく強かったですが、ひょっとして“透き通る世界”に入れたんでしょうか? そうであっても自覚なさそう……というかそんな精神的余裕はなさそうですが。
この後どうなるかは分かりませんが、まあ猗窩座がどうなってもこの段階まで来ちゃえばトロフィーにはほぼ関係ないんで、どうでもいいと言えばどうでもいいです。珠世辺りが何とかするでしょう。
にしても、玉壺はいぶし銀に活躍してましたね。一体どういう事なのか。おかしい、そんな予定は一切なかったはずなのに……。いや別にいいんですけどね、防衛失敗するよりは。
玉壺はここ百年くらいは無限城に引きこもっておぞましいセコムやってたので、実戦経験は少ないです。でも血鬼術が強力なタイプなので、やりようによっては言ってた通り柱三人に勝つ事も不可能ではないでしょう。毒も使いますしね。
それでもあそこで、増援を呼ぶという選択肢が出て来るようになっていたとは驚きです。かなりプライド高い性格だったはずなんですが。それだけ無惨の言葉が重かったのか、それとも多少は情でも湧いてたのか……まあどっちでもいいですね、玉壺だし。
>「弱いな」
>鬼殺隊士を細切れにしながら、無惨はぽつりと呟いた。
お、無惨様が出ました。何だかとても久しぶりな気がしますが、まあ無惨様なら負ける事はないでしょうきっと。原作と違って弱体化してませんし。これは勝ちましたね、パインサラダとステーキ用意してきます。