【完結】無惨様が永遠を目指すRTA   作:佐藤東沙

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最終話・上 「珠世」 大正~令和(西暦1915~2020年頃)

(なが)(いとま)を、頂きたく存じます」

「何だと?」

 

 あまりにも唐突な珠世の言葉に、無惨は眉根を寄せる。

 

「どういう意味だ?」

「無惨様。私と無惨様が初めて会った時の事を覚えてらっしゃいますか?」

「……覚えている。それがどうした」

 

 かすかに微笑みを見せて珠世は続けた。

 

「『私の子供が大人になるところを見届けられるようにする。代わりに日光克服薬を作る』というお話でした。それはすでに、果たされたものと思います」

「……そうだな。お前は日光克服薬開発に当たって、大きな力となった。お前がいなければ完成しなかっただろう。だから下弦の壱としたが……不満でもあったのか?」

 

 珠世はゆっくりと首を横に振る。

 

「いいえ、いいえ。とてもよくして頂きました。ですが、日光克服薬の開発が成った以上、もはや私の役割は終わったものと存じます。懸念であった鬼狩りも片付きました。ですので人間に戻り、これからは静かに暮らして行こうかと」

 

 その珠世の言葉に無惨は黙り込む。しばらく沈黙が続いたが、それは無惨が重い口を開いた事で終わりを告げた。

 

「……そういう理由なら、日光克服薬が出来た時に言い出してもおかしくはあるまい。何故今になって言い出した?」

「ふふ……無惨様はごまかせませんね」

 

 無言で先を促す無惨に向かい、少し嬉しそうに珠世は言う。

 

「嘘ではありませんよ? 日光も鬼狩りも解決しましたから、もう私がいなくても大丈夫だと思ったのです」

「だがお前の力はこれから先も役に立つ。それが分からぬ訳でもあるまい」

「ええ……。ですが、こう、何と言いますか……気が抜けてしまいまして」

 

 珠世の表情が、どこか懐かしむようなものになる。その目は今ではないいつか、ここではないどこかを見ているようであった。

 

「この間入社した、五条という方をご存じですよね?」

「当然だ。医者の家系だというから薬作りの方に回してみたが、それなりに上手くやっているようだな」

 

 獪岳以外にも人間の社員は増えて来ている。珠世が口にしたのはその中でも珍しい、薬の開発が出来るであろう人材だ。彼は医者の家系ではあるが三男であり、家そのものはすでに長男が継いでいるため、無惨の会社に入る事にしたのである。

 

「あの方は、私の子孫です」

「ほう」

「驚きました。何百年も経っているのに……分かるものなのですね。思っていたより感慨深く……そして、私の血が今に繋がっていると思うと、何と言いますか……安心してしまいまして」

「それで(いとま)などと言い出したのか?」

 

 無惨には血族だから特別に思うという気持ちは分からない。何しろ無惨の血族は産屋敷だ。特別と言えば特別だが、どう考えても良い意味ではない。むしろ消えてせいせいする類の特別である。

 

 だが、血族に思い入れを抱き特別に思う、そういうものがあるとは無惨も知っている。

 

「それだけではありません。あの子たちは、本当に立派になりました」

「……下弦か」

「ええ。馬酔木(あしび)は芯が強いですから、他の皆を引っ張ってくれるでしょう。鳥兜(とりかぶと)は私の医者としての腕を継いでくれました。堕姫は少々心配ではありますが、兄の妓夫太郎がついていれば大丈夫です。(しきみ)は少し気が弱いですが腕は良いですし、馬酔木がいれば何とかなるでしょう」

 

 まるで遺言のようだった。いや、真実遺言なのだ。人間に戻り、鬼をやめようとしている珠世の、鬼としての、無惨の部下としての、最期の言葉。

 

「そして空木(うつぎ)です。この間、会社を作ろうと提案したところを見て、確信しました」

「何をだ」

「私は今まで、軍師……と言うと大仰ですが、そのような事をする時もありました。戦略を立てる、と言った方が良いかもしれませんが、空木にはそれが出来ます。私よりもよほど上手く。きっと、そのような才があるのでしょう」

 

 要素や材料を知識や経験によって組み合わせ、望む未来を引き寄せる力。

 アイディアを現実に昇華し、理想を叶える力。

 社会(人間)と対立する事なく、社会(人間)を利用し、現実的な最適解を見出す力。

 それは本来誰もが持つ力。明日を掴む力。

 

「無惨様ならあの子を使いこなす事が出来ます。だからもう、私がいなくても大丈夫。皆は私を、私の想いを継いでくれました。上弦の皆さんもいます。きっとこれからも、立派にやっていける」

「…………お前も、産屋敷と同じ事を言うのだな」

「え?」

 

 目をきょとんとさせる珠世に向かい、無惨は続けた。

 

「産屋敷が言っていた。『永遠とは、人の想いそのもの。想いこそが永遠であり、不滅なのだ』とな。珠世、お前も同じ事を言うのか」

「想いこそが永遠、ですか……。無惨様はそれに何と返されたので?」

「『人の想いなど人が滅べば共に滅ぶ、儚いものでしかない』と言った」

「ふふ……無惨様らしいです。でも無惨様」

「何だ」

 

「鬼は、無惨様は、不滅なのでしょう?」

 

 無惨はその言葉に、大きく目を見開き珠世を見つめた。言葉の出ない無惨に、珠世は言葉を重ねてゆく。

 

「私の想いはすでに継がれました。それは下弦や上弦だけにではなく、無惨様にも。無惨様が永遠だというのなら、私の想いも永遠です。私はそう、信じています」

「…………だが」

 

 何かを言おうとした無惨に向けて珠世は柔らかな微笑を浮かべ、静かに首を左右に振った。

 

「もう良いのです。私は託す事が出来ました。ですから、長かった鬼としての生を、終わりにしても良いと思えたのですよ」

「………………託すと言うが、そこにお前はいない。それでもか。ようやく日光を克服し、永遠が目の前に来たというのに、手を伸ばさぬというのか」

「はい」

 

 澄んだ声だった。一点の曇りもない、水晶で出来た鈴のような声だった。

 

「もう思い残した事はありません。夫と子もあちらで待っているでしょう。これからは人間として生きて、そして死にたく存じます。ですので、どうか……」

 

 珠世は深々と頭を下げ、無惨はそれを無言で見つめる。物静かだが、濃密な沈黙だった。無惨と珠世が共に過ごした七百年の歳月が、沈黙となって降りてきたようだった。

 

「…………いいだろう」

 

 その沈黙を破ったのは、やはり無惨の声だった。低く重いその声は、永遠を目指すその声は、重ねた年月の重さなど感じさせずに沈黙を切り裂いた。

 

「ありがとうございます、無惨様」

「だが…………いや、いい」

 

 無惨は何かを言おうとしたが、それは喉の奥から出て来る事はなかった。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

「よろしかったのですか……無惨様……」

 

 黒死牟が無惨に問う。六つの目がどこか心配そうに、社長室の椅子に座る無惨を見る。無惨はそれに、鼻を鳴らして応えた。

 

「ならばどうしろと言うのだ。四六時中呪いで思考を縛れとでも? 何故私がそんな面倒な事をせねばならん」

「ですが……」

「それにだ、珠世が抜けても仕事に支障はない。珠世が何を言ったか知らぬが、下弦がやる気を出しているからな」

 

 彼らは一時期落ち込んではいたが、馬酔木が『託されたのなら応える事を考えなさい!』と一喝して気力を取り戻した。それからは遅れを取り戻すように鬼気迫る勢いで働いている。

 

「日光克服が成った以上、珠世は必ずしも必要という訳ではない。だが……分からぬ」

「何がで……ございましょう……」

「永遠が目の前にあるというのに、何故掴もうと考えぬのだ? 生きているのだから、死にたくないと考えるのは当然ではないのか? 何故わざわざ寿命のある人間に戻りたがる? ……やはり、分からぬな」

 

 初めてかもしれない、『他人の心情を考える』無惨に向け、黒死牟が口を開いた。

 

「無惨様……。意見を述べる事を……お許し頂けますか……」

「何だ、言ってみろ」

「では、恐れながら……。鬼の生は、人間にとっては長すぎるのではないでしょうか……」

「…………人間か」

「はい……。珠世殿は鬼の身ではありましたが、ずっと変わらず人間でありました……」

 

 その言葉に無惨は、珠世と初めて会った時の事を思い出す。病で死の淵にいながらも、“人を喰ってまで生き永らえたいとは思わない”と言い切った女の顔を思い出す。

 

 鬼になってからも人を喰う事なく、様々な要素が絡み合ったとは言え、ついには無惨に人喰いを止めさせるまでに至った。確かに珠世は鬼ではなく、人間であった。

 

「また……長く生きるには、何か心に期するものがなければ……難しいのではないかと考えまする……」

「……心に期する、か……。黒死牟。お前は、剣の道と言っていたな」

「はい……。猗窩座なら強くなる事、玉壺なら芸術といったように……皆、長き生で成したい事がございます……。それがない……いや、果たされた以上……終わりにしても良いと考えたのではないでしょうか……」

 

 その言葉に無惨は、黒死牟を見上げた。

 

「お前も剣の道を極めれば、そういう日が来るのか?」

「分かりませぬ……。四百年ほど生きましたが、剣の道は未だ半ば……。今は弟子を増やし、高め合えるような者を探してはおりますが……我が領域に届く者も出ず……」

 

 様々な事情があり、黒死牟は現在、江戸時代の剣の弟子が起こした“三日月流剣術”道場で剣を教えている。もちろん単なる趣味ではない。理由は二つ。

 

 一つ目は無惨の眼鏡に適うような強者の発掘。とは言え鬼殺隊も産屋敷も消えた現在、その必要性は低下している。黒死牟並みの強者でも現れれば別だろうが、可能性は低いだろう。

 

 二つ目は門下生を増やし、警察や軍に送り込む事で、黒死牟を通して間接的に無惨の影響力を発揮できるようにする事。情報収集にも役立つ事が期待されている。迂遠で時間もかかるが、鬼なので時間があり、今は特に焦る理由もないため採用された。なお発案者は空木である。

 

「そうか……まあそれは急ぐ話でもない。私の役に立てば良いのだ。気長に続けるが良い」

「はっ……」

 

 そこで何となく会話が途切れ、薄絹のような沈黙が落ちる。その沈黙を破ったのは二人のどちらでもなく、扉をノックする音だった。素早く黒死牟が人間に擬態し、無惨が入室許可を出す。

 

「入れ」

「失礼します」

 

 入って来たのは獪岳だった。彼は自らの師匠の姿を認めると、驚いたように声を上げた。

 

「師匠! 来てたんすか」

「ああ……。……忙しいのは分かるが、鈍ってはおらぬか……?」

「うっ」

「……後で稽古をつけてやろう……」

「うす……」

 

 一瞬で沈んだ獪岳に無惨が顔を向ける。

 

「それで、何の用だ」

「あ、そうでした社長、この間任された件なんですけど――――」

 

 獪岳が書類片手に説明を始める。そこに珠世が抜けた事への感情はない。彼からしてみればほとんど関わりのない相手だ、それも当然と言えよう。

 

 人間も鬼も生きている。生きているが故に、生きてゆかねばならない。いなくなった者にいつまでも心を割いている訳にはいかないのだ。

 

 だがそれは、いなくなった者が消え去ってしまうという事を意味しない。人も鬼も、何かを残すのだ。それがどのような形であれ。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

 時は止まらず過ぎてゆく。二度の世界大戦や冷戦といった激動を経て、世紀末に生まれた子供が大人となり、年号が平成から令和に変わる。だが鬼たちは変わらない。年を取らない彼らは、早々変わる事はない。

 

 

 そして無限城にて。()()()()たる玉壺は、出来上がった『作品』を眺めていた。

 

 それは死体だった。胸に刀を突き刺されて仰向けに倒れ、口から血と共に断末魔を吐き出している、若い男の死体だった。その表情は憎悪と無念で歪んでおり、今にも力尽きそうな手は仇を逃がすまいと死力の限りを尽くして差し伸ばされていたが、何も掴めず虚しく空を切っていた。

 

 玉壺がそれを満足げに見ていると、机の上に置かれているスマホが着信を知らせた。玉壺はその内容を確認すると口角を吊り上げ、布やウレタンを使って『作品』を梱包して紐で固定してゆく。単なる布でありながら血がにじむような事もなく、紐によって『作品』の形が変わる事もない。

 

 そう、この『作品』は、陶磁器なのだ。いつぞや珠世に熱く語った『新境地』。それこそが、こうして磁器で人の死体を模した『作品』を作る事だったのである。

 

 玉壺は自身のホームページを開設し、そういった『作品』を販売している。一番の売れ筋は変わらず壺だが、磁器人形や絵等の死をテーマにした作品も意外と売れており、最近では海外からの発注もある。今の玉壺は、自他共に認める『芸術家』であった。

 

「これでよし。……それにしても、珠世殿にも私の作品を見てもらいたかったものだ」

 

 玉壺は独り言をこぼすと、最後に作品を巨大な段ボールに詰め込み、それを持ち上げ障子を開ける。その先には上弦の陸、鳴女が座ってスマホをいじっていた。これは隣の部屋に鳴女がいたという訳ではない。鳴女の血鬼術が成長し、本物の障子や襖同士なら、空間を歪めて繋げたままにする事が出来るようになったのだ。

 

「鳴女殿、またよろしくお願い致す。場所はここです」

「分かりました」

 

 玉壺がスマホを見せ、鳴女が琵琶を取り出して鳴らす。作品は一瞬で指定された住所に送られた。この異常な配送の速度も、話題になった一因である。

 

「いやいや、いつも世話になって申し訳ありませんな。そうだ、今度材料の仕入れのついでにお土産でも……確かケーキの新作が出たと、馬酔木が……」

「いりません」

「そうですか……」

 

 一刀両断された玉壺が少しへこむ。鳴女は今に至っても、食事へのトラウマが抜け切れていなかった。

 

「そういえば聞いておりますかな? 鳥兜が――――」

 

 人気(ひとけ)の少なくなった無限城で、鬼二人の語らいは続く。変化の少ない鬼の中でもとりわけこの二人は、昔とやっている事が変わらないようであった。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

「うおおおおおぉぉぉ!! 猪突猛進猪突猛進!!」

 

 宗教組織、万世極楽教の施設の廊下を、十歳くらいの子供が騒ぎながら走り回っていた。大人たちが捕まえようとはしているが、巧みにすり抜け手を逃れている。それを見た教祖が楽しそうに笑っていた。

 

「あっはっはっは、いやぁ元気だねえ」

 

 木と紙の扇子で口元を隠した、二十歳くらいの男。言わずもがな、上弦の弐の童磨である。万世極楽教とは、童磨が教祖を務める宗教なのだ。

 

 大丈夫かと思われるかもしれないが、これでもう二百年以上続いている歴史ある宗教だ。『教祖が年を取らない』という神秘性も手伝い、小規模ながら固い結束を持ち得ていた。

 

「うおおぉぉぉぉおお!!」

「おっと」

 

 子供が童磨に向けて突進してきたが、童磨はそれをひょいっと持ち上げる。鬼であり上弦の弐である彼にとって、この程度は目をつぶっていても出来る簡単な事だ。

 

「も、申し訳ありません教祖様!」

「いいよいいよ、子供は元気なのが一番さ」

 

 後ろから追いついて来た親と思しき大人が慌てて頭を下げるが、童磨は朗らかにそれをあしらう。子供は釣り上げられたカツオのようにじたばたと暴れた。

 

「うおー、放せ放せー!!」

「いやあ、君は本当にひいおじいちゃんにそっくりだねえ」

「ひいおじいちゃん?」

 

 子供らしく一瞬で興味の対象が移り変わる。それを見て取った童磨が、笑顔のまま話し始めた。

 

「そうそう、君のひいおじいちゃんの嘴平(はしびら)伊之助(いのすけ)。あの子も小さい時は、君と同じように猪突猛進って叫んでそこらを走り回ってたよ。遺伝かな? 顔はそこまででもないけど、性格がここまでそっくりになるなんて不思議だねえ」

 

 一説によれば、人間の人格形成は遺伝四割、環境六割であるそうだが、伊之助が猪突猛進と叫ぶのは四割の方に入っていたらしい。もはやここまで来ると本能の域である。

 

「いや、不思議と言えば琴葉もかな? 伊之助の母親で、君からするとひいひいおばあちゃんなんだけど、これがまた顔以外伊之助には全然似てなくてね。どっちかって言うと、君のおじさんに似てたね」

「おっさん!」

「おっさんじゃなくておじさん。名前は確か……青葉だったかな。ほら、研究所に就職したっていう」

 

 何の研究所だったかと童磨が思い出そうとしていると、表から罵声が響いて来た。童磨は持っていた子供をぽんと親に預ける。

 

「じゃあ俺行って来るから」

「え!? 駄目ですよ教祖様、危ないですよ!?」

「大丈夫大丈夫、先に警察呼んどいて」

 

 指示を残すと童磨は玄関の方へと向かう。そこでは、プロレスラーと見紛わんばかりの筋骨隆々の大男と信者が押し問答をしていた。

 

「だから!! ここに京子のヤツが来てるんだろ!? とっとと出しやがれ!」

「そのような方はここにはおりません」

 

 万世極楽教は宗教組織だが、同時に駆け込み寺もやっている。となれば当然、駆け込んだ者を取り戻さんとする者もやって来るのだ。それが乱暴な手段に訴える事もしばしばであった。

 

「んだとこの野郎!」

「おおっと危ないなあ」

 

 振り上げられた男の拳を、童磨がひょいと掴む。男は反射的に振りほどこうとするが、童磨はこゆるぎもしない。

 

「んだてめえ! はなっ……放せ! 放せっつってんだろ!」

「うわあ十歳児と同じ事言ってるよ。その三倍以上は生きてるはずなのに、なんて頭が可哀そうな人なんだ。でも大丈夫、どんなに可哀そうでも俺は見捨てたりしないぜ。随分荒れてるけど、何か悩みでもあるのかな? 聞いてあげるよ話してごらん」

 

 あの決戦から百年以上経っているが、童磨の煽りスキルは衰えを見せず、むしろさらに磨かれていた。当然頭に血の上った男は、空いている手で童磨を殴ろうとする。が、あっさりと反撃の拳を胴体に受けて地に沈んだ。

 

「おお……ありがとうございます、教祖様……」

「教祖様のお手を煩わせ、申し訳次第も……」

「つえーなきょーそさま!!」

 

 どうやったのかあっという間に親の手から抜け出た子供が、目をキラキラさせながら童磨を見上げていた。

 

「いやー、君は本当に伊之助そっくりだねえ。昔の人が生まれ変わりなんてものを考えた理由がちょっと分かるよ」

「どうやったらそんな強くなれるんだ!?」

「そうだね、いっぱい食べれば強くなるよ。ほら、もうすぐお昼だから食べに行こう」

「うおおおメシだー!! 猪突猛進猪突猛進!!」

 

 子供はどたばたと足音を響かせ食堂に向かい、その親はぺこぺこと頭を下げ、童磨は笑いながらそれを許す。無惨に殺人を(基本的に)禁止された童磨は、実に真っ当に教祖をやっていた。

 

 

〇 ● 〇 ● 〇

 

 

 上弦の壱たる黒死牟。彼は今、銃を構える迷彩服姿の男たちに向かって、技を放っていた。

 

 ――――月の呼吸 拾肆ノ型 兇変・天満繊月

 

 その手にあるのは四支刀どころか、血鬼術で作ったものでもない、単なる刀だ。ゆえに威力も範囲も落ちてはいたが、それでも折り重なる三日月は、横向きの巨大な渦となって地形ごと迷彩服を巻き込んでいた。

 

「うおおっ!?」

「ウッソだろ!?」

「怯むな撃て!!」

 

 攻撃範囲から辛くも逃れた、もしくは最初から入っていなかった者たちは、黒死牟に向け銃を撃ち放つ。百年前とは異なり、個人でも雨霰のように間断なく弾を放てる高性能の銃だったが、それでも黒死牟には一発たりとも当たる事はなかった。

 

「当たんねえ!」

「どうなってんだ!?」

 

 視線と銃口の向き、引き金にかけられた指の動きから、銃弾の飛んでくる方向とタイミングを読み、呼吸法によって高められた鬼の身体能力がそれを避ける。結果として5.56ミリの銃弾は、一発たりとも黒死牟に触れる事さえ出来なかった。

 

 躱せる攻撃は躱し、躱しきれない攻撃は刀で弾いて防御する。黒死牟は鬼でありながら、その戦い方はどこまでも人間のようであった。

 

 ――――月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾

 

 横薙ぎの大きな三日月が残りの迷彩服を飲み込み、戦いは終わりを告げた。倒れていた彼らは三々五々立ち上がると列を作り、黒死牟に向けて声を揃えて頭を下げた。

 

『ありがとうございました!』

 

 迷彩服の彼らは自衛隊員だ。撃っていた銃弾は当たれば砕ける特殊なプラスチック弾で、黒死牟の技は斬撃ではなく加減した衝撃波である。これは訓練だったのだ。

 

「今日はありがとうございました、師範代。こいつらも達人というものを少しは理解できた事でしょう」

「いや、構わぬ……。これだけの数の銃と戦う機会は……滅多にない……」

 

 今日の訓練をセッティングした三日月流門下生の自衛官が、黒死牟に向けて嬉しそうに声をかける。彼は黒死牟の言葉を謙遜かそれに類するものと捉えたのか、少しトーンを落として続けた。

 

「しかしそうは言いますがね、師範代は剣に長けた相手をお望みでしょう。今日の事はこいつらにとっていい勉強になりましたが、師範代にとってはお遊びと変わりないはずだ。事実として、一発たりともかすってすらおられないのですからな」

「買い被りだ……。私にも、全く勝てぬ相手というのはいる……」

「そりゃ前にも聞いた事がありますが、全く信じられんのですがね……」

 

 男は大きく息を吐くと、居並ぶ隊員たちに何か言葉をかけてくれないかと頼む。黒死牟はそれに首肯すると話し始めた。

 

「先程見せたのは……呼吸法というものだ……。身体能力を上げ、技に何らかの幻が現れる……。呼吸の種類によっては、実際に攻撃方法にもなる……」

 

 黒死牟が教えられるのは月の呼吸だけだが、『呼吸を自身に合わせて変化させる』という概念を教えた結果、門下生の中には他の種類の呼吸を修める者も出て来ていた。そして実体のある攻撃が出来る風の呼吸と混ぜ、三日月に攻撃力を持たせる者も少数ながら現れている。

 

 それを見るたび黒死牟は、縁壱の言葉を思い出す。親の顔も、妻や子の顔も忘れた中、忘れたいのに唯一鮮明に記憶に残る弟の言葉を思い出す。『道を極めた者が辿り着く先はいつも同じだ』。

 

 極めた先には何があるのか、それとも誰かがいるのか、黒死牟には分からない。だが縁壱に未だ届いていない事は分かる。故に彼は歩み続けるのだろう、弟の言葉を(よすが)に。

 

「興味のある者は……三日月流道場に来るが良い……。場合によっては、こうして教えに来る事もあるだろう……。呼吸法の習得には年単位の時間がかかるが、それでも確実に強くなれる……。私はその中から……優れた戦士が現れるのを待っている……」

 

 人間に擬態している黒死牟は二つの瞳を細め、居並ぶ若人たちを眺めた。

 

 

 そしてその頃、無惨達は――――。

 




今日の主な獲得トロフィー

「欠ける弓張月」
 十二鬼月が一人でも欠けた時、その制定者と同僚に贈られる。
 

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