「
遙前方、眼下に捉えた豆粒のような人影を確認した少女は呟く。
『こちらオペレーター、ターゲットを確認しました。ファントムは対象が取引を完了する前に速やかに処理を実行して下さい』
首元に付けられた超小型の無線機から返ってきたオペレーターが無機質に、冷酷に、迷わず、指示を下す。
差もありなん。
本作戦におけるターゲットの脅威度はDランク相当、つまりは一般人。
戦闘能力は皆無であり、本来ファントムと呼ばれた少女が出張るような任務ではない。
ただ、”学院”の保有する戦力、とりわけ”裏仕事”を専門とする者は少なく、間の悪い事に急遽リークされた本案件に関して、即座に対応出来るのが少女のみであったにすぎない。
裏方に徹する黒子はいつもいつもと人手不足に喘いでるのだ。
「了解っす。10分掛からず終わらせるっすよ」
『はい、いいえ。本案件における作戦優先度はCマイナス相当です。学院はファントムの生存を優先致します。我々は貴女方を死地に送り出すことはあっても、見捨てることはありません』
「だと、いいんすけど、ね」
少女にはそれがこのオペレーターの建前なのか、あるいは本音なのか判断がつかなかったが、それなりに長い付き合いから後者だろうと見当をつける。
そして、
ーーーー甘いですね。
と、心の中で呟いて通信を切る。
「暗影モード起動、ステルス機能始動ッス」
呟きと同時、光学迷彩により姿を消していた少女を取り囲むように待機していた化学武装が姿を現し、その秘められた力を遺憾無く発揮する。
リングの両端が分離し、一対のサイバー地味たダガーへと変貌したかと思えばその小さな手に収まり、更にはその身に宿した血を糧に兵装は瞬く間にその身を周囲と同化させていく。
戦闘準備完了。
トンッーーと、軽やかな音を奏で少女は一大遊園地たるその場の高所、観覧車の骨組みから飛び降りる。
物理に従いその細身は地に向かい落下を初め、形容し難き重力の圧がその小さな身体を襲う。
このままでは十秒経たずにその柔らかな肢体は悲惨な末路を辿るだろうと思われた刹那、朱に塗られた形良い唇が何かを小さく囁いた。
瞬間その身は重力の鎖をいとも容易く食い破り、物理をあざ笑うかのように滑空に近い形で飛行を成し遂げる。
遥かな太古より世界を支配してきた超越種”龍族”。
その血を継いでるとされる混血種と呼ばれる人種は、まさに超常とも呼べる力を振るうことができる。
飛行、あるいは驚愕的速度で行われる疾走などもそんな竜の血が生み出す異能の力だ。
時速にして数百キロに達する速度。その生み出す圧力を生身に晒しながら少女はなんら痛痒すら見せずにターゲットの隣に着地するーー一瞬。
さようなら。
心の中でだけ囁いて右手のダガーが高速をもって着地に先駆けその無防備に晒された首を斬り落とす。
くるくる、くるり、と。
いっそ笑えるくらいに穏やかな表情を浮かべた中年の生首は数メートル先のベンチにぶつかり転がり落ちる。
同時、斬り口より侵食した
「こちらファントム。ターゲットの死亡を確認したっす。十分どころか、五分もいらなかったっすね。堕武者はもちろん、敵生体の反応もないっすから、コンプリートっす。後始末は任せるっスよー」
『お疲れ様です、直ぐに処理班を向かわせます。それにしても流石ですね。飛空滑空中の兵装使用は、相当な干渉力を求められる筈なのですが』
「あーしの
『……それは』
あっけらかんとした物言いに対し、含まれた意味は実に重いものだとオペレーターは自身の職位上理解していた。
一見幼さを残しどこか爛漫とした空気を感じさせる少女がその実、非常に辛い過去を経験し今に至るのだと初見で誰が考えられるだろうか。
“死活問題”とは文字通りの意味だ。
コールサイン、ファントムにとって竜血の操作はまさに生きるうえで必要な技能であり、ゆえにその緻密かつ精密な操作能力は学院でも最上位に位置するだろう。
「はぁ……ルォランのその担当に対する感情移入はオペレーターに向いてないっすよ?」
『そんな事言われなくても自覚しています、ファントム。いいえ、レティーシア。そもそも貴女以外にはもっと淡々と職務をこなしていますので』
それは言外に、コールサインファントム実名レティーシアを特別視しているとカミングアウトしてるいるようなものではないのか。
(まぁ、ルォランの初担当があーしで、あーしのオペレーターと云えばルォランっすから、分からないでもないっすけど。あーしの生い立ちも関係してそうっスしね)
ルォランの事は嫌いではない。
実際日取りと時間があえば共に食事をする程度には仲がよいのだ。
しかし同時にその優しさをどうにも甘さと認識してしまうのは、自身の心根が不に偏り過ぎているが為だろうかとも思う。
「自認してるならまぁいいんすけどね……任務は無事完遂、あーしは帰るっすよ。深夜の一時半、寝不足はお肌の大敵っス。あーし、美少女っスからね、お肌の荒れは避けたいっスよ」
自分でいいますか、普通? まぁ、事実でしょうが、なんてオペレーター、ルォランの言葉を最後に通信を切断、手早くその場を立ち去る。
周囲に人の気配がない事は確認済みだが万が一があってはいけない。
少なくとも任務ランクにおいて下位に位置する、今回の案件では情報統制による遊園地の閉鎖ブラフなどは行われていないのだ。
いついかなる理由で一般人が紛れるかわかったものではない。
「さって、早く帰って寝るッス。下位任務とは言え、裏方の案件すから、多少小金も入るっすし、明日は新作のゲームでも買いに行くっすよぉ」
今頃学院では獅子新会の長ソ.シハンと自治会会長シーザー.ガットゥーゾ、それに奇妙な気配を纏ったロ.メイヒ達が学院の日本支部に向かっていることだろう。
まぁあーしはただ学長たアンジェ、あの生ける伝説、ドラゴンスレイヤーとの契約を守るだけだと一人ごち、ふぁあっとあくびを一つ、我が家たる”カッセル学院”へと足を向けるのであった……
まぁあーしには若きし