信仰神話まほろみち   作:けっぺん

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迷い来たるはまほろばへの道 -4

 

 伸ばされた手はクヅハさんの眼前で停止する。

 シラベさんと俺を囲っているという結界が靄を受け止めた時と似ている。

 怪異から身を護るための鎧――あれに備えられた防御機能の類だろうか。

 

 動きを止めた靄を、クヅハさんは再び蹴り飛ばす。

 あのマテリアロアは、見たところ腕がない。

 巨大な足こそが、戦うための唯一の武器なのだろう。

 

 再び飛ばされた靄は、しかし今度は壁に激突するなんてことはなかった。

 瞬きの間に姿を消したと思えば、クヅハさんの姿を埋め尽くすほどの手の群れとなって殺到する。

 クヅハさんの姿が見えなくなり、バリバリと――恐らくは彼女を覆う護りを崩しているのだろう音が響き渡る。

 

「だ、大丈夫なんですか、あれ……」

「ええ。というより、これだけ本気を出してくれることは好都合よ」

 

 振り払うことが出来ず、体を地面に叩きつけることで手を落とすと、それを順次蹴散らしていく。

 しかし払った傍から次の手が現れ、寧ろ数を増やしてマテリアロア自体にも掴み掛かる。

 

「マテリアロア――あの白いのの名前なんだけど、代えの利かない結構な年代物でね。一応まともに動きはするんだけど、大事な機能がすぐ錆び付いちゃうのよ」

 

 それはまともに動くと言えるのだろうか。

 クヅハさん自体に大事は無いようだが、どう見ても有利に戦えているようには見えない。

 靄が作り出した手は執拗にクヅハさんに取り付き、殺意のままに唸りを上げている。

 あれが一瞬でも触れてしまえばどうなるか。恐らくはふと想像した通りの悲惨な結末しか待っていないだろう。

 

「メンテナンスとかって、しないんですか?」

『やってるわよ。防護呪層フィールドだけは何が何でもイカれないようにね。クヅハさえ無事なら、後の機能は現場でどうとでもなるわ』

 

 多分、ミチノさんが言った聞きなれない用語は今クヅハさんを護っている結界のことだ。

 現場に赴くクヅハさんの身を護るための機能を最優先とし、残る機能は後回しにする、それは分かる。

 だが、現場でどうとでもなるとはどういうことだろうか。この場で動作する修復機能か何かが……?

 

「結構無茶な方法なんだけどね、怪異の攻撃でダメな部分を直すの。新鮮な、生きた呪詛で錆を落として、無理やり正常な状態に戻す。あれは、それが出来るものなの」

 

 つまり――あの攻撃を受け続けている状態は、錆を洗い流しているのと同じ?

 一切安心を感じさせない状況だが、シラベさんは不気味なまでに笑みを崩していないし、当のクヅハさんも想定外に焦っている様子はない。

 これは、これから始まる本当の戦闘のための準備に過ぎないかのように。

 

『 ??■? ■?■■■■■ ■? ■■?■■■■■■?? 』

『何言ってるか知らないけどさ、あたしからはありがとうって言っとくよ。これだけ呪ってくれりゃあ十分だ――後腐れなく、ぶっ飛ばせるぜ!』

 

 空気を軋ませながら何かを叫ぶ靄に対して、クヅハさんは感謝を述べた。

 満足の行く状態にまで仕上がったらしい。

 クヅハさんが吠えた直後、掴み掛かっていた手が一斉に吹き飛ぶ。

 マテリアロアの表面の黒はいつの間にか消え、汚れのない白の姿を取り戻していた。

 

『ミチノ!』

『はいはい。位置確認、フラグ指定。接続可能状態(マテリアライズ)実装完了(コンプリート)の二秒後、直上よ』

 

 散り散りになった靄は再び一つに集まり、細長い形を作っていく。

 対して、クヅハさんはそれに迫ることもなく、腕を組んで待機していた。

 マテリアロアは足を開いて立ち、修復された機能を起動させる。

 

「……何が始まるんですか?」

「常識の冒涜にして、弱肉強食。アレに対する、本当の狩りを始めるのよ」

 

 開いた蓋のようになっていたマテリアロアの背中部分が前に展開し、クヅハさんの体を隠していく。

 すると、完全に彼女を覆った白い巨体の上に何かが現れた。

 マリオネットを思わせる、二つの十字に繋がれた少女の人形。

 それは半透明な鳥かごの中で浮いており、人形自体は力なく首を下げている。

 

「……もう随分と昔の話になるけど。クヅハちゃんが初めて担当した信仰奇譚はね、持ち主に棄てられた人形だったの。想われていたものが想われたまま棄てられて、やがて忘れ去られると、人形に込められた想いだけが独り歩きするようになった」

「……それって……」

「愛に飢えた人形は持ち主の下へ帰ろうとした。……彼女がまほろみちへの扉に間に合ったのは奇跡ね。結果として――クヅハちゃんは持ち主から人形を正式に受け取り、手懐けた上で相棒にしたの」

 

 持ち主に見放されてしまった人形が発端となった怪異。

 都市伝説としてもメジャーなものに、その話が存在する。

 

「もしかして……あれが?」

「ええ。だからこそ、あれは私たちの切り札の一つ。クヅハちゃん専用の、信仰奇譚を倒す信仰奇譚」

 

 電話のない場所、繋がる筈もない状況から持ち主に居場所を知らせにくる異常。

 着実に持ち主に迫る、動く筈のないもの。

 その結末は、人形が抱いていた想いは都市伝説としては語られないことが多い。

 だが、そういうものは確かに過去に存在して、彼女が解決したのだ。

 

 鳥かごが砕け散る。人形は自由になり、ゆっくりと顔を上げた。

 ――同時に、靄という存在が放っていた殺気の冷たさが体から引いていった。

 あの人形が抑え込んでいるのだろうか。

 力の差を理解したのか、靄が僅かに後退する。

 

『さあ、来いメリー! ――憑着(ポゼッション)!』

『 ――――――――! 』

 

 叫ぶクヅハさんの招きに応じ、喜びを露わにして、メリーと呼ばれた人形はクヅハさんに突っ込んだ。

 ――全身をマテリアロアと同じ、鋼鉄の巨体に変化させた上で。

 

 ピンクを基調とした、無骨な上半身。

 体は小さく、十字が装飾された突き出た肩が特徴の両腕が体積の大部分を占めている。

 ――ようやく、あのマテリアロアに腕がなかった理由を理解した。

 こうなることで、ようやくあれは一つとして完成するのだ。

 

 マテリアロアの真上から突き刺さるように接続され、マテリアロアに不足している上半身を構成する。

 一拍遅れて落ちてきたのは、二本の得物。

 中華包丁の如き幅広の刃物。それを受け止めると、勝手を確かめるようにクルクルと回転させる。

 

『無理に対さば道理に背き、怪奇の果てまで追いかける! 惑う想いの穢れを濯ぎ、まほろの道を指し示す!』

 

 その片方を靄に突き付け、高らかにクヅハさんは吠える。

 

 

信仰伝機(しんこうでんき)――クヅハメリーッ!』

 

 

 三メートルは超える威容だった。

 白とピンクで構成された、怪異と戦うことに特化した人形。

 クヅハさんが乗ったマテリアロアという体に、都市伝説――『メリーさんの電話』の人形が憑依した姿。

 

「信仰伝機。マテリアロアに信仰奇譚を憑依させた、私たちが怪異に対して取れる最大の対抗手段よ」

「……すごい」

 

 感嘆は、零れるまで気付かなかった。

 オカルトという枠組みではあるのだろう。だが、少なくとも目に映っているその世界は紛れもないSF。

 合体ロボットという――正義の象徴であった。

 

『 ?■? ???■? ■■?■■■■■???■? 』

『さぁて。メリーは勿体ぶるのは好きじゃなくてな。とっとと観念してもらうぜ!』

 

 ――一歩踏み出す。先程までよりも弱弱しく感じる靄の呻きが、重みのある足音にかき消された。

 危機と感じたのだろう。靄は再び姿を消すと、無数の手となってクヅハさんに襲い掛かる。

 

 しかし、今度はマテリアロアに触れることすら叶わなかった。

 先のクヅハさんを守っていた結界は、今度は巨体全体を覆っているらしい。

 己から近付いてきた怪異を迎え撃つように、両手の刃物が振るわれる。

 

『 ?????■■?■■■■■■?■? 』

 

 手の幾つかが両断され、霧散していく。

 慌てた様子で離れ、集束した靄は――ハサミで切り取ったように一部が削られていた。

 

「……あれで斬れば、再生出来ないんですか?」

「紙片なら大体は、ね。力を蓄えているような奇譚レベルであれば再生できなくなるまで斬ったりするけど」

 

 当然のように数に任せたごり押しの戦法を呟くシラベさんは、至極真面目だった。

 それが、彼女たちが戦ってきた中で見つけた最適な手段だったのだろう。

 そして、今回のアレはそれをするまでもない、弱い存在に過ぎない。

 クヅハさんがマテリアロアに乗り込んでしまった時点で、アレの命運は決まってしまったのだ。

 

 苦戦の色すらない。反撃に伸ばされた腕らしきものは、真っ二つにされて消える。

 自棄になったような攻撃を、クヅハさんは躱す素振りすら見せず斬り落としていく。

 

 つまりは、これが力の差というものなのだろう。

 片や、世界と世界の間を彷徨っていた名もない何か。片や、多くの人々に知られた高い知名度を持つ都市伝説。

 怪異としての格は、あまりにも違い過ぎた。

 

『悪いな。死ぬほど怨んでくれ。それを受け入れるしか、あたしはあんたにしてやれないからさ』

 

 体の大部分を失った靄は、元々曖昧だったそれを更に散らしながら後退していく。

 そこには怯えがあった。子供にでも分かるような、哀れなほどの恐怖があった。

 

 元々、馬鹿なことをしたのは俺だ。

 俺が普通ではない手段でアレのいる場所を通ってしまい、アレがそこから出られるのではないかと希望を抱き、結果として訳も分からないまま退治されようとしている。

 アレ自身に悪意はないらしい。だから、ここまでされる理由も理解できていないだろう。

 

 申し訳ないという気持ちを、内心抱く。

 謝罪を口にしたクヅハさんが決着へと踏み出したその時、靄は己に向けられた感情を一つだけ感じ取ったようだった。

 声に出されたものではなく、沈黙のままに向けられたものを。

 靄に空いた白い目が、此方を向く。

 たった一秒にも満たない間、視線を交わした。

 それでも、言いたいことは分からないまま――体の真ん中から上下に断たれ、靄はそれより小さな塵となって何処へともなく消えていった。

 

 

 

 それから暫くして、当たり前のようにマンションの周囲に人が戻ってきた。

 クヅハさんが乗っていたマテリアロアは掌大の正二十面体に姿を変えている。

 どうやら、戦いが始まる前に彼女が握り潰したように見えたあれこそ、マテリアロアの待機状態であるらしい。

 元の姿に戻った人形もミチノさんに回収され、辺りには戦いがあった形跡など何一つ残っていない。

 

 シラベさん曰く、特殊な眼鏡を掛けていなければ見えなかったあの戦い。

 基本的にあれでこの世にあるものが表面的に傷つくことはないらしい。

 物体を踏み潰しても、殴りつけても、擦り減るのは物体の寿命そのもの。

 即時で影響が出るのは生物くらいなのだそうだ。

 

 夕暮れなりの活気が戻ってきたことを確認した後、シラベさんたちに続いて扉の先へまた赴く。

 シラベさんは書斎机に備え付けられた椅子に、クヅハさんはソファにどっかりと座り込み、息を付く。

 

「とりあえずは、お疲れ様。これでキミに憑いていた怪異は取り払われたわ」

「……ありがとうございます」

 

 知らないうちに蝕まんとしていた怪異は、もういない。

 だが、それはひとまずの命拾いでしかなかった。

 まだここに訪れた本来の理由である、異世界に来てしまったという問題は何も解決していない。

 

「さて。ここからの話だけど。さっきも言った通り、元の世界に戻る手段については私たちは知らないわ。手段の逆順なんてありきたりなおまじないは通用しないし、他の方法を試すにも元の世界に戻れる保障が無い」

「……はい」

 

 結局、これまで一切崩れていないシラベさんの笑みは、話にその先があるかのようだった。

 だからこそ、絶望感を押し殺して、言葉を待つ。

 

「ただまあ、キミみたいな特例へのアフターケアもやっていなくはないわ。つまりは、私たちがすぐに解決できない場合、目途が立つまでのサービスね」

「……どんな、ですか?」

「この場所、まほろみちを拠点とすること」

 

 願ってもないサービスを口にしながら、シラベさんは机の引き出しから一枚紙を取り出し、それを見せびらかすように揺らす。

 

「期限は怪異の影響が無くなるまで、もしくは怪異が完全に解決するまで。契約履行中は依頼時と同じように、怪異に相対したら保護の対象とする。ただし優先度はその時の依頼者の次点」

 

 先のように付きっ切りで守る、ということはないまでも、彼女たちの保護下に置かれる、ということか。

 怪異の解決手段を模索するのに、他の怪異が関わってしまう。多分そういう可能性もなくはない。

 その可能性が完全になくなるまで、面倒を見てくれる。優先度を考慮しても、十分すぎるほどの内容だった。

 

「で、ここからが重要」

 

 既にシラベさんは、俺の答えを確信している。

 だからこそ、一番重要な、その条件を最後に説明したのだろう。

 

「ここにいる間は、まほろみちの助手として働いてもらいます。基本的な仕事は雑用全般、依頼時には場合によっては怪異にも関わってもらいます。ちゃんと給金は出るから、そこは安心して」

 

 ここの一員として、更なる怪異、更なる危険に飛び込む可能性に手を掛けること。

 それは勿論、命の――或いは、もっと大きな危険を伴うものだろう。

 一瞬だけ、答えを躊躇った。

 だが、それでも選択は変わらない。俺は既に一度、知らないうちに死にかけたのだ。

 そしてこれを断って外に出ても、明るい未来は待っていまい。最初から、返事はたった一つだった。

 

「――やらせてください。俺、元の世界に帰りたいです」

「――百点満点。パーフェクトな解答よ」

 

 シラベさんは笑みを深める。

 ソファを立って此方に走ってきたクヅハさんは、尖った歯を見せて笑いながら背中を叩いてきた。

 

「いいぜ、躊躇しないなんて度胸あるじゃん! これからよろしくな!」

「それじゃ、こっちに来て、契約書にサインしてもらえる?」

 

 叩いた流れで背中を押されながら、シラベさんのところまで歩いていく。

 差し出された一枚の契約書。そこには、今彼女が説明したことが箇条書きで書かれていた。

 その他、説明のなかった項目はない。軽く眺めて確認した後、ペンを持つ。

 

 まだ、飛び込んでしまったこの異常から脱することは出来ないらしい。

 だがそれでも、幸運にも一筋の命綱を掴むことは出来た。

 だからこれを何としてでも離さないように、俺はこの白い世界の居候となった。

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