※
金剛さん進水日おめでとう!
ということで、三年寝かせて発掘し、そのあと半年熟成させた、ウォー金小説です。
三年半前に構想して、書きかけで三年放置し、半年前に発掘したものの、その後再び熟成させて今日ようやく完成したウォー金百合小説です。
「ねえ、あなたはどうして、私の国に来たの?」
多分、彼女からの最初の言葉は、そんな感じだったと思う。
私は祖国期待の新鋭戦艦として、この世に生を受けることを許された。けれども当時の祖国には、私の艦体を造り上げるだけの技術がなかった。だから私の艦体は、祖国が師と仰いだ彼女の国で造られることになった。
彼女の国で建造された私のノウハウをもとに、私の妹たちは日本で造る。いわば私は、彼女の国から技術を盗むために、やって来たんだ。
彼女の国は、昔から礼節を重んじる、誇り高き紳士淑女の国。その国に生きる艦娘たちもまた、誇り高い方たちばかりだった。
極東の田舎娘でしかなかった私は、どんなに着飾っても、どんなに華やかに振る舞っても、同じには扱ってもらえなかった。
私は一人、寂しいまま。祖国で待つ妹たちへの手紙には、いつも強がった言葉を並べていた。
だから彼女からの問いかけも、きっとそうした、私を小馬鹿にした問いの類だろうと思った。
幼いながらに虚勢を張り、仮面の笑顔を張り付けて。私はこう答えた。
「わたしの国と、あなたの国の、懸け橋として、ここに来ました」
定型的なこの答えに対する反応は二通り。鼻で笑われるか、目を見開かれるか。
前者は「何もわかっていない小娘が」という意味、後者は「小娘らしからぬ回答に驚いた」という意味。
彼女の反応は後者だった。けれどもその意味合いは、それまでとは少し違っていた。
「まあ、素敵!あなたは懸け橋になるのね!」
キラキラと輝く瞳を、私は初めて、ちゃんと正面から見つめた。
背格好は私と同じくらい。多分、あっちも新造ほやほやか、もしかしたら建造途中。周りのお姉様方に負けじと、少しばかり背伸びしたドレスコーデまで、私とそっくりだった。
「ねえ、あなた、名前はなんていうの?……あっ、わたしはウォースパイトよ。クイーン・エリザベス級二番艦なの」
何とも軽い調子で名乗った彼女――ウォースパイトの、畳みかけるような言葉に圧倒されるばかりの私だった。
「私は、金剛。金剛型の一番艦よ。生まれは日本」
それが、彼女との出会い。祖国から遠く離れた、異国での出来事。
私が、今みたいに明るく、社交的な性格になったのは、あの時の彼女との出会いに影響されるところが大きい。
異国で初めてできた友人。歳の頃が近かったこともあって、よく話が合った。お茶をして、散策をして、時にはお泊りも。お目付けの士官の目を盗み、こっそりオーケストラのコンサートに忍び込んだこともあった。
「あなたの国は、どんなところなの?」
そう聞かれて、自分の国の話をした。季節のこと、花のこと、食べ物のこと、姉妹のこと。彼女にせがまれて、童謡を歌ったこともある。
「私の国のことも、たくさん教えてあげるわ」
そう言って、彼女もたくさんのことを教えてくれた。紅茶のこと、歴史のこと、艦娘のこと。澄んだ歌声で、古い民謡を教えてくれたこともあった。
二年ほどの時間を共に過ごした彼女。だからこそ、やってきたお別れは、想像以上に辛いものだった。
お互いの手を取り、泣きじゃくり。せっかくおめかしした晴れの衣装が台無しになるくらい、お互いの別れを惜しんだ。
「また、会いましょう、コンゴー」
「オフコース!絶対、絶対もう一度、会いに来るデス!」
そんな言葉を交わして、私は祖国へ――日本への帰途についた。
◇
それから二十数年。昭和一六年の暮れ、私や妹たちを含めた日本海軍は、謎の艦艇群、深海棲艦との戦いに身を置いていた。
太平洋を活動の拠点とする深海棲艦との戦争は、その最前線を日本とアメリカが支えている。戦線は拮抗状態。日本もアメリカも、これ以上の侵攻を阻止するので手一杯で、戦線を押し戻すだけの力はまだなかった。
本格的な反攻作戦は、マル四計画艦が出揃う昭和一八年末以降になるとの見方が強かった。それまでは、南方航路を守り、インド洋方面への深海棲艦侵入を阻むのが主要作戦となっている。
日本海軍の基本戦術は、長らく本土近海での決戦、つまり守りを想定している。こうしたことはお手の物だった。
それでも、手が足りているわけではなかった。特に、私が身を置いていた比島(深海棲艦の出現後、アメリカの了承を得て日本海軍が進駐。陸空はアメリカ陸軍が、海は日本海軍が指揮権を持つ)は、長大な南方航路の中間点に位置する要衝でありながら、常に戦力不足にあえいでいた。
国際連盟内で組織された、連合海軍議会は、その比島に、戦力の増強を行うことを決定した。
議会派遣艦隊は、イギリス艦隊を中心として編成されていた。フランス・ドイツを中心とした艦隊は、アメリカ側に派遣されている。航続距離が短く、太平洋で使い物にならないイタリア艦隊は地中海でお留守番。
比島に入港してくる、ロイヤル・ネイビーの軍艦たち、艦娘たち。
彼女たちの中に、私は見知った顔を見つけた。
錦糸のようにサラサラとした長髪。柔和な顔立ちと、上品なたたずまい。落ち着いた着こなし、身のこなし。
ロイヤル・ネイビーで、艦隊旗艦を仰せつかった艦娘だけが、国王陛下から贈られるという王冠を頭に乗せている女性は、紛れもなく、あの日別れを惜しんだ彼女だった。
「ハロー、ジャパンの皆さん。イギリスから参りました、ウォースパイトです」
片言の日本語と、一礼。よくはしゃいでいたあの頃とは違って、穏やかな所作が、とても雅に感じられた。
「……ウォースパイト」
だから、だろうか。よく見知った仲なのに。仲良くしていたはずなのに。最初の一言をかけるのに、少しばかりの勇気が必要だった。
金髪を揺らして、振り向いた彼女。驚きと、それから無邪気な喜びに染まっていく表情。
あの頃と変わらない、鮮やかな
「コンゴー!貴女、コンゴーなのね!?」
いつかと同じように、喜色に満ちた声。自己紹介の時とはまるで別人だった。
飛びかからんばかりの勢いで、彼女は私に抱き着いてきた。これまでの年月分、大きくなった彼女の体を受け止めた私は、その反動でバランスを崩しかける。
暖かい。あの頃と変わらず、抱き留めた彼女の体は、とても温い。心の奥底を確かに温めてくれる体温。
ただ。あの頃と違ったのは。
柔らかな感触。甘やかな香り。きめ細かい手触り。
心臓が、ドキリ、と鳴った。
私が抱き締めたのは、魅力的に成長した昔馴染み――一人の女性だった。
「嬉しいわ!また、こうして、貴女に会えるなんて!」
そんな私の内心など、知らないのだろう。いつぞやのように無邪気な彼女の声が、私の耳をくすぐる。吐息がかかる耳たぶ、抱き留めた胸の辺りが熱い。
「……まさか、ウォースパイトの方から会いに来てくれるなんて、思わなかったデス」
妙な鼓動を打つ心臓をごまかして、何とか言葉を口にする。ようやくハグを解いてくれた彼女は、満面の、そして花のような笑顔で、こう答えた。
「まさか、とは思っていたけれど……こんな偶然って、あるものなのね。きっと、神様がめぐり合わせてくださったんだわ」
一八年の春を迎える頃になると、インド洋へと至るべく、比島の防衛線を食い破ろうとする深海棲艦たちの圧力も強まり始めた。必然的に、比島に配備される艦艇数も増加。それに比例するように、戦闘で傷ついたり、あるいは失われる艦も多くなっていった。
マル四計画が完成する前に、南方航路が崩壊するのでは。そんな懸念まで囁かれ始めた頃だ。
比島へのヒット・アンド・アウェイを狙った深海棲艦機動部隊の攻撃隊により、〔ウォースパイト〕が大きな損害を受けた。撃沈までは至らなかったものの、缶室の半数をやられ、長期の修復が必要なのは明白だった。
這う這うの体で泊地まで戻ってきた〔ウォースパイト〕から、彼女は降りてきた。担架に乗せられたその体は、真っ赤な鮮血に染まっていた。ずたずたに引き裂かれた彼女の服から、傷だらけの肌が覗いている。
「ウォースパイトッ……ウォースパイト……っ!」
無力な私は、ただ彼女の体にすがって、その名前を呼ぶことしかできなかった。いつだって、呼べば振り返って微笑んでくれた彼女は、私の声に応えてはくれなかった。細く、小さく、弱々しい彼女の手を、私は力の限り握っていた。
――幸いにして、彼女は一命を取り留めた。
治療を終えた彼女は、翌々日には意識を取り戻していた。面会の許可が下りたのは一週間後。私は身支度もそこそこに、彼女の病室を訪ねた。
手当てを終えた彼女は、ベッドに体を起こして、私を待っていた。せめてものお見舞いにと花を携えて来た私に、彼女は
「起きてて大丈夫なんデスカ?」
「ええ。体は何ともないの。ドクターも、二週間ぐらいで退院できるだろう、ですって」
「それは何よりデス」
花瓶に花を入れて、私は彼女の隣に腰を降ろす。艦隊旗艦だけあって、病室は広々と一人部屋。静養にはいいかもしれないが、賑やかな英国艦隊のことを思い出すと、寂しい気持ちもする。
「外はいいお天気デスヨ」
窓の外を目線で示す。比島は美しい陽気だ。病院の近くでも小鳥がさえずる。散歩日和だ。
「少し外に出ませんカ?きっと気持ちいいですヨ?」
「素敵ね。お願いしてもいいかしら、コンゴー」
「オフコース!ドクターに許可もらってくるネ」
部屋に来るなり、すぐさま飛び出していく、慌ただしい私。彼女はそんな私に、穏やかに手を振っている。
ドクターに許可をもらった私は、車椅子を伴って病室に戻った。ベッドの上の彼女を、お姫様抱っこで車椅子に移す。女性らしく、柔くて暖かい彼女の体からは、香水とは違う独特の甘い香りが漂ってきた。頭がくらくらする。
車椅子を押して、彼女を病棟の外へ連れ出す。すぐ近くには、よく手入れされた庭園がある。丁度花の季節だった。花壇には色とりどりの花々が咲き乱れている。赤、黄、青、可憐な花々に彩られた様は、まるで絨毯のよう。
敷き詰められた花の絨毯を、私たちは歩く。
「もう花の季節なのね」
車椅子から辺りを見回して、彼女は呟く。思えば、この半年ほど、戦いに忙殺される日々だった。花を愛でることも、鳥のさえずりに耳を澄ますことも、悠大な海を眺めることもなかった。
艦は傷つき、娘もまた心をすり減らしてきた。
「……桜を見れないのが、少し寂しいデスネ」
「チェリーブロッサムね。写真を見たけれど、とっても綺麗で感動したわ」
「いつかウォースパイトも、見に来るといいネ」
車椅子の彼女は、私を見上げて微笑んだ。
「ええ。その時は、エスコートしてね、コンゴー」
「任せるデス」
胸を叩いて答えると、彼女の笑みは益々大きくなる。それが嬉しくて、自然と頬が綻んだ。彼女の笑顔は、無条件で私を幸せにしてくれる。
しばらく花壇を眺めてから、私は車椅子を進めた。花壇の側には芝の敷き詰められた広場がある。日向ぼっこをするにはうってつけだと思った。
芝の上を駆けた風が彼女の髪を揺らす。翻る金髪が昼下がりの陽光を受けて輝いていた。
「気持ちのいい場所ね」
芝生の広場に両手を広げて、彼女は大きく伸びをした。ああ、大丈夫、いつもの彼女だ。私がそう確信するには十分だった。
私はブーツと靴下を脱ぎ去り、素足で芝生の上に立つ。大きな解放感とともに、足裏が直に芝生の感触を掴む。青々とした草たちはひんやりとしていて、サクサクと軽快な踏み心地を返していた。
「ウォースパイトもおいでヨ。裸足だともっと気持ちいいヨ」
芝の上でワルツの真似などして見せる。舞踏会ではよく、二人でダンスの真似事などしたものだった。あの時の感覚は、今でも消えずに、この体に残っている。
彼女はぱちくりと瞬きをした。
「えっと、でも、私は……」
珍しく困惑した彼女の声に、首を傾げる。彼女は車椅子から動こうとせず、空中に視線を惑わせていた。
ドクターからは絶対安静を言づけられている。それを気にしているのだろうか。
「大丈夫。ちょっとだけデス」
躊躇う彼女の手を、私は少し強引に引いた。彼女の体は簡単に車椅子から浮いて、私の手に委ねられた。
瞬間、彼女の体は、支えを失ったように、私の方へと倒れて来た。身構えていなかった私は不意を突かれ、彼女の体を支えきれずに芝生へ倒れこむ。私が下でよかったと、倒れるまでの短い時間で、私はそんなことを思った。
私を下にして、彼女が覆いかぶさるように倒れる。彼女の体と私の体、ぴたりと密着して、不意打ちの柔らかさにドギマギする。だけど――それ以上に、私は彼女の体に、違和感を感じていた。
「……ごめんなさい、コンゴー」
左耳の側で、彼女の声がする。この島で初めて聞いた震える声。別れのあの日を思い起こさせる声。けれど今の彼女は、寂しさを義務と責任で押さえつけ、諦観を装って声を絞り出す。
彼女が体を起こす。私の頭の両側に着いた手で、その腕力だけで、上体を起こす。その間、私の足ともつれた彼女の足は、ピクリとも動いていなかった。
「足の感覚が、ないの」
色褪せた
「芝生を踏んでも、何も感じないの。自分の力では、立てないの。――あなたの、」
あなたの隣に、立てないの。
最後に呟いて、彼女は再び、私に体重を預ける。肩口に押し付けられている彼女の顔。浮かんだ雫は、小刻みな震えのせいで隠しきれていなかった。
かける言葉がなかった。喉の奥が貼り付いたように声が出ない。そもそも言葉が思い浮かばない。私はただ黙って、背中を撫で続けるしかなかった。嗚咽を伴わない、掠れ声すら漏らさない、彼女の涙。声と雫を堪えるほど、彼女は強く、私の首を抱きしめる。息が詰まって、苦しいくらいだ。
……一週間。彼女は一人の病室で、思い知らされてきたのだ。足の感覚がないこと。もはや立つこともできないこと。
もしかしたら、誰一人いない病室で、枕を濡らしていたのかもしれない。そう思うといたたまれなかった。なぜもっと早く、彼女の側にいられなかったのだろう。
「……ウォースパイト」
絞り出すように、私は彼女の名前を呼んだ。錦糸の髪を揺らして、彼女はもう一度、上体を起こす。少し乱れた前髪の奥に、煌めきと揺らめきを宿した瞳があった。雫をこぼしそうにしながら、それでも彼女はまっすぐ私を見ていた。
……理由なんてなかった。必要なかった。
遠い国で、彼女の笑顔が、私を救ってくれたように。
私は彼女へ、一杯の笑みを向ける。いつも彼女ににそうしていたように、いつか彼女にそうしたように。私は、その限りで、微笑む。
寂寥と悲嘆に染まりつつあった彼女は、拍子抜けしたようにキョトンとした顔を見せた。
「ちょっと失礼しマス、レディ」
一言断ってから、彼女の腰に手を回す。そのままくるりと、私と彼女の位置を入れ替えた。今度は私が、彼女を見下ろすようになる。
芝生に寝そべった彼女に、私の影が落ちる。
「……こうすれば、全身で芝生が感じられマス」
彼女はハッとして、小さく頷いた。
「気持ちいいでショウ?」
「……ええ、とっても」
「それはなによりデス」
笑った私を、彼女はぼうっとした目で見つめる。
……これが、私にできることだ。私ができる精一杯だ。
彼女が――彼女に、足がないというのなら。
「大丈夫デス。私があなたの足になります。あなたが行きたいところ、やりたいこと、私も一緒に――隣にいマス。だから、絶対絶対、大丈夫デス!」
彼女が一層、目を見開いた。彼女の体に覆いかぶさる私を、エメラルドグリーンの瞳が、真っ直ぐに見つめている。
彼女の瞳が歪む。細く長い睫毛が震えて、目尻に再び雫が溜まる。けれど、大粒の涙は、頬の川を零れることなかった。彼女はいつもと同じに、柔らかく、温かく、優しく、太陽のように微笑んだ。
「ええ……そうね。――そうよね。ありがとう」
寝転ぶ彼女は嫋やかに腕を伸ばし、私の首を絡め取って、強く、抱き締めた。ふわりと漂う彼女の香りが、緩やかに咲き始めた花々の香りなのだと、その時やっと気がついた。
◇
昭和二一年の春は、とても穏やかに訪れた。深海棲艦との戦争が終わって、初めての春。戦勝に浮かれる空気もすでになくて、人々はゆっくりと、今まで通りの生活を取り戻そうとしている。
私はといえば、随分と久しぶりに、日本で春を迎えることができた。
春を歌う川のせせらぎに沿って、人の行き交う土手を歩く。弾む心と足取りに任せて、懐かしい歌を口ずさむ。私たちを見守るように咲く桜が、旋律に合わせて揺れて、七分咲きの花をはらはらと合わせる。それが嬉しくて、私は益々、まるで幼かったあの日のように、春を歌う。
「素敵な歌。コンゴー、歌がとっても、上手ね」
私の歌を褒めてくれる声がした。ゆっくり押していく、車椅子に座る人。錦糸を揺らす淑女。陽向を咲かせる貴婦人。春の訪れを唄う、彼女。
振り向き、見上げて、彼女が笑う。
私も彼女も、もう、艦娘を引退した身だ。彼女は、あの時の損傷が原因で。私は、つい先日、無事に解体の日を迎えた。
……お互いに、色々とあったけれど。本当に、語りつくせないほど、色々あったけれど。
こうして、二人で、一緒に桜を、見れたのだから。それが無上の喜びだと、今は思う。
「イギリスにいた時、貴女に散々鍛えられマシタ」
「ふふ、そういえば、そんなこともあったわね」
懐かしい日々を思い出したのか、彼女はころころと、細い肩を揺らして笑った。劇場に忍び込んだ次の日、私にイギリスの民謡を教えたのは、彼女だ。
「コンゴー、あの頃からとっても、綺麗な声をしてたから。歌が歌えたら、素敵だと思ったの」
「それを言ったら、ウォースパイトもデスヨ?オーケストラのヴィオラみたいで、美しい声デス」
「ありがとう。貴女に褒められるなら、私も自信を持ってよさそうね?」
彼女はそう言って、また、桜を見上げた。
七分咲きで、散るにはまだ早くて、今が一番見頃の、桜。もう少ししたら、この土手も、満開の桜で一杯になる。そうして、ゆっくりと、春の風に散っていく。美しくも儚い花。でも、散って、人々の足元に花びらの絨毯を敷き詰めるその日まで、桜たちは一生懸命、力強く咲き続ける。
その咲き方に、私たちは魅入られ、淡い恋心を抱く。
「ねえ、コンゴー。さっきの歌、私にも教えてくださる?」
「オフコース!」
彼女のリクエストに、私はすぐ応える。旋律を最初から。まだ日本語が片言な彼女に、一つ一つ、発音を丁寧に。いつか、彼女がそうしてくれたように。
「ハールノー、ウラーラーノー」
「そうそう、上手デス」
「うらら、ってなあに?」
「今日みたいな日のことデスヨ」
「コンゴーと一緒なら、楽しい、ってことね?」
嬉しいことを言ってくれる彼女に、私は頬を綻ばせる。
淑女と歌を口ずさみ、うららかな陽気の土手を、桜に囲まれ歩いていく。温かな風に包まれて、お揃いで短くした髪をなびかせながら、歩いていく。
一番を歌い終え、頬を染める桜の歌姫は、うららかな木漏れ日に、楽し気に微笑んだ。
金剛さんもウォースパイト様も、昔はお転婆だったらいいなあ、という妄想駄々洩れです。
小さい二人の冒険譚、みたいなお話も面白そうですね。