何気ない日常が崩れるのは一瞬だ。
何の変哲もない歩道橋に変死体が見つかれば、それだけで周囲は異様な光景へと姿を変える。
ましてこんな傷だらけの変死体、警察官として長く携わっている者であってもそうそう遭遇するものではないはずだ…
現場検証に関わる若い警察官は着実に仕事をこなしつつ、頭の片隅にそんな考えをふとよぎらせていた。
歩道橋の階段途中、スーツ姿の若い男性が大量の刺し傷にまみれ物言わぬ死体となっていた。推定死亡時刻は昨日の夜10時、殺害現場は血痕からこの場所から20mほど離れた駐車場であると判明した。
深い胸の刺し傷、被害者が死亡した後でも構わずつけたと思われる大量の刺し傷、そして被害者の首を一周するように付けられた傷跡、おぞましく奇妙な点が多い今回の事件……しかし警察官たちが注目しているのはそこではなかった。
「物騒な……まるで怪物に襲われたみたいだ……それもこれで三件目だ」
そう、これで三件目。一週間も経たずこの犯行……普通の犯行ではない……
これは彼らに流すべき情報だろう、人外にも対抗できる街の守護者たちに
M.O.手術被験者であり、この夏石及びその周辺の守護者の一人
そして高校生でもある
彼は緊急時でない限り、日中はここ
「それでは今日はここまで 次回までにさっき言ったページを読み込んでおくように」
この日の授業は終わり、席を立ち友人と話をする者、部活に向かう者の声で廊下まで賑やかさが広がっていく。そんな中、啓はやれやれ終わったと窓側の席であくびを一つする。
そして考え事をする。周囲の同級生たちが思いもしない、日常に潜む大きな影について。
(昨年までテラフォーマーが町に現れるなんてほとんどなかった……それが今年だけで5件も目撃情報がでるほどになるとはな。 例の組織が本格的に動き出したからか? あるいは他の危険な連中の間でも所有するようになったか………まさかとは思うが自然個体がここまで?)
「何を考えこんでいるんです?」
茶色寄りの黒髪に黒ぶち眼鏡をかけた男がにこやかに話しかけた。
「いや… ところで何か用か、ジム?」
彼はこの高校における啓の数少ない友人であり、情報屋であるため街の些細な情報やテラフォーマーに関する手がかりを掴むのに重宝されている。
いつもなら授業が終われば所属しているオカルト研究部に直行しているはず……しかしこうして来たということは何かしらの情報を掴んだか……そんなことを思いながら彼に声をかけたのだった。
「不思議な話がありましてね……啓は『きりとり事件』のことは知ってますね?」
「ああ、今この街で起きている連続刺殺事件だろ? 全く酷い話だ」
きりとり事件とは2週間ほど前からこの街で発生している死者五名を出している連続刺殺事件である。
なぜこの事件がきりとり事件と呼ばれているかといえば、被害者全員に残る傷跡にあった。
被害者の首には連続した刺し傷が残された。それは一周するように細かに刺し傷であった。丁寧に、まるで切り取り線のように。
マスコミが大々的に取り上げたこの猟奇的事件は、高校生たちの間でも騒ぎになるほどの影響力があった。さらに、致命傷はどれも深い刺し傷であるが合致する凶器が一切見当たらずシミュレーション結果でも人間の力では不可能であるという啓たちの協力者から得た非公開の情報もあり、テラフォーマーやMO手術被験者の可能性を考慮し犯人の捜索活動を行っていた。
しかし推定犯行時間がすべて深夜、目撃者もおらず被害者の共通点も見つからず、捜索は難航していた。
「ほんとですよ、そしてここからが本題」
向田は人差し指を立て、少し胸を張り言葉を続ける。
「この事件のせいか知りませんが最近、怪人の目撃情報が出回るようになりましてね」
「怪人…?」
「ええ、その名も茨怪人! 何でも全身に長い茨が垂れ下がっている緑に覆われた怪人だそうで。 いやあ、これはひょっとしたら今まで報告のない未確認生物かもしれないんで興味深いんですが……ただ、今起きてる事件の犯人はこいつじゃないかなんて話も多くて」
「何?」
「こいつに付いてる茨の棘がかなり鋭いって目撃情報がありましてね。だからその茨で捕まえて刺し殺して回っているんじゃあないかって話も」
「なるほどな…」
啓は少し考えると向田に尋ねた。
「もっと詳しい情報を聞きたい。それとお前さんの意見も……いいか?」
「ふうむ…タダで教えるのは……流石に啓であっても……」
わざとらしく困った表情で見てくる向田に、ため息一つつくと啓が口を開いた。
「クラウンクロックは知っているよな?」
「ええ、それはもちろん! 時計や文具の有名な海外ブランド……知らないわけがない」
「それの新作……まだどこにも公表されてない奴の情報でどうだ? ガセじゃないと保証する」
「いいでしょう……ではこちらが持っている関連する情報を教えましょう」
―――
「それで今起きている事件の犯人はその茨を生やしたM.O.能力者であると?」
「可能性はある。現状そいつほど怪しい存在がいない」
夕食後、テーブルをはさみ啓と松口がそれぞれ黒皮のソファに腰かけ話し合う。
啓が高校で仕入れた情報を聞き、松口は少々いぶかしむように確認をする。
「確かに一般的な人間の力では不可能な点がある以上、M.O.能力者が関わっている可能性は否定できない。しかし情報の出所が協力者以外となると…」
「そう思うのは仕方ない。しかし、あいつの情報収集能力は確かなものだ。今回の情報も信憑性が高いものに関しては、現地の地形の情報や防犯カメラの位置などから判断した結果まで細かく記載されている。犯人が見つからない以上、茨の怪人に注意を払いつつ協力者を通じて情報収集にあたるべきだと思うが?」
「そうか…」
「……どうしたマツ、変な顔して」
まるで息子の成長を実感した親のような、若干口角を上げた表情の松口に質問を投げかけた。
「いや……高校では誰であっても深く関わらないって言っていたあんたに信用できる友人ができたってのがうれしくてな…」
「マツ、急に親目線になるな…… そもそも、あいつは友人と呼んでいいかわからない。ただ気付いたらあった関係だ…」
話す啓の表情に照れや戸惑いはなかった。なぜかその表情は何かを思い出し
「啓…」
「とりあえず、俺たちは見回りをしよう。相手は深夜にしか動かない上に常人ではない殺人鬼だ…人間以外を相手できるのはここには俺たちぐらいしかいない。それに襲う相手を選ばないなら俺たちを標的にするかもしれない…そうなれば探す手間も省ける」
「…冗談きついな そんなヤバい相手じゃあ俺なんてすぐにお陀仏じゃねえか」
「フッ… あんたをやれる奴なら、そいつは歴史に名を遺すほどの怪物だな」
「そうなれば有名になる前にとっとと処理しないとな 協力者と連絡を取って数名で見回りを行おう。一応M.O.能力者やテラフォーマーとの遭遇を頭に入れておくように伝えておく」
「よろしく頼むぜ マツ」
こうして事件現場各地や茨の怪人目撃例付近を重点に見回りが行われることとなった。
しかし数時間後、事態が大きく動くほどの決定であったとはこのとき、誰も気付いてはいない。