夜の山近くの道 昨日襲撃があったその道に一人、若い金髪の男が闇に紛れていた。
アジア系の顔立ちに少し日焼けした肌は、この街に珍しい都会からの旅行客のように見える。しかし、そのにやついた表情と隠し切れない悪意は男の異質さを物語っていた。
(この場所はいい……下っ端だからってメンドーな仕事押し付けられたときはその場でバラバラにしてやろうと思ったが、いざ来て見みればアソビに困らない環境だ!
しかも一人の仕事で上からの余計な連絡もナシ! 期限までに一人始末すればいいんだからそれまでアソビ放題! さて今日もアソビますか!)
すると足音が男の敏感な耳に届いた。男は袖に隠してあった注射を腕に刺すと、まるで猫のような素早さで街灯の上まで飛び上がった。
(へえ…女か、Tシャツだしアソビやすそう……決めた!!!)
女が自身の真下に来た瞬間、人とは思えない爪をそろえた拳を突き出し飛び降りる。
「きゃああああああああああああああああああ ……っとこれくらいでいいか」
(今コイツ避け!?)
金髪の男の思考が一瞬停止しそうになる。
今まで外したことのない首狙いの拳を目の前のオモチャは軽く避けた。そして女声で大音量の悲鳴を出したかと思えば、急に低い声出して自分に拳を放ってきた。
今までにない突拍子のない出来事ではあるが、咄嗟に自身の能力で後ろに飛び退く。
「ほう……その手、動き……ネコ科系の能力だな」
「なんだお前、女じゃねえのか?」
Tシャツにセミロングの人物はため息を一つした。
「変装ってやつだ…お前を釣るためのな」
「おれ、別に男とか女とかどうでもいい」
「そうか……それじゃあこのスピーカー以外無駄だったか」
啓は心の中で呆れつつ、背後に迫る気配によって作戦の成功を感じていた。
なぜならば啓の背後、そこには茨のツタに覆われつつある高校生くらいの少年が慌てた様子で駆け寄ろうとしていたからだ。
「ダメだ君! は…ヤク……ゲ……」
「!? 来たなクソ野郎!!!昨日はよくも邪魔したな……約束通り首を持って帰るからな!!!!!」
さらに若い男へ接近しようとする少年を啓は右手で制す。
「あんたは戦わなくてもいい。ただ、そこにいてくれ…俺はあんたを保護するために来た」
「ド……テダ…?」
「……頼まれたからだ」
……それは20時間以上前に遡る
―――
「あの人は!? あの人が危ない!!」
事情聴取のために松口が病室に入ると、保護された少女である澪が先ほどまで眠っていたとは思えないほど焦った様子で何かを伝えようとしていた。
「君、大丈夫か?」
「早くしないとあの人が!」
「いったん落ち着いて……君のいう人がどうしたのか、話を聞きたいんだ。その人の助けになるから」
松口は、ゆっくりと優しい口調で澪に言い聞かせるように伝える。
「ほんとに…?」
「ああ」
松口の言葉に、少しずつ落ち着きを取り戻した彼女は事件に巻き込まれた当時の様子を語った。
彼女の話をまとめると、突然襲ってきた男の拳の一撃目は運よく避けられたものの、もう逃げられない状態だった。するとツタの束が自分に覆いかぶさった。その隙間から見えたのはツタに包まれていく少年の姿だった。
ダイジョウブカ?その声が聞こえた次の瞬間、目に映った光景は切り裂かれ宙を舞うツタだった。そしてそのあとの記憶はない。とのことだった。
「私を助けてくれたあの人を助けてほしい! でも、襲ってきた男は凄く強そうで…大きな爪とか…」
「わかった!俺が…俺たちがその人を助ける!」
「でも…」
「大丈夫だ! 俺も、それに俺の仲間も強いから絶対助けられる! そうだろ?」
それを部屋の外から聞いていた啓がドアを一回ノックする。
正体をバラす訳にいかないため、これが彼にできる精一杯の勇気づけであった。
「俺たちが絶対助ける。でもそのためにはできるだけ詳しい情報があったほうがいいんだ。なんでもいい、その人についてでも、襲ってきた男でも何かほかに思い出せることはあるかい?」
―――
(絶対助けるか……マツの奴、まだ犯人もわかっていないときに簡単に言ってくれたな……だがまあ…)
「あんた相手なら絶対助けられるな」
啓はまっすぐ見据えて呟く。その表情におごりはなく、確信に満ちていた。
啓の発した言葉が、見せた表情が、若い男をイラつかせた。
「はあ?調子ノんなよ? オマエもこれでバラバラにしてやるよ!!!」
若い男は腕を見せつける。指先には肉を切り裂けるほどに鋭い爪が、そして甲の部分からは長く伸び艶のあるエナメル質の刃が生えている。
「お前みたいな調子ノった奴はヨコクには使わないでもう首を切り落とす!!!」
男は右腕を構え啓へと走り出す。
啓の見立て通り、
ただし
「それが…」
それは相手が普通の人間であればの話である。
「それがあんたの全力か?」
「!?」
(なんだコイツ……首が固い!? しかもおれの爪が割れやがった!!?)
ダイダラボッチ……啓のM.O.能力の元であるこの生物は、深海でもとりわけ深く他の生物すら寄せ付けないほどの水圧に耐えうる鎧に身を包んでいる。
その強固な鎧に爪を立てたところでなんの意味もない。
自分の攻撃が通らなかったことに焦りつつ、男は後ろに飛び退き距離を取る。
「クソ野郎!!!」
「ところで…今お前の言った予告とやら……そのためだけにこの街の人を殺したのか?」
「それが何?オモチャでアソんで何か悪い?」
この夏石での狩りは、本部へ殺戮の正当性を持たせるため
「そうかよ………じゃあ決まりだ」
そう言うと一瞬にして男の目の前に啓が現れる。
「お前を駆除する」
素早い右の拳が放たれる。男はいつもの瞬発さで逃げようとするも、拳が当たった肋骨がボキリと音を立て痛みが走る。
その勢いのまま歩道を転がる。男には余裕も苛立ちも、ましてや怒りすらなかった。
「な…なんだよ…駆除って…」
「そのまんまの意味だ。 能力使って人間傷つけた時点でゴキブリ共と変わらねえ……ましてや自分の欲のために人を殺したとなればやることは決まっている
殺処分だ 害虫 」
目の前の存在、男にとってそれは未知の恐怖でしかなかった。
(なんだコイツなんだコイツなんだコイツなんだコイツなんだコイツなんだコイツなんだコイツなんだコイツなんだコイツなんだコイツなんだコイツなんだコイツなんだコイツなんだコイツなんだコイツなんだコイツ…)
「何なんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおうあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
冷や汗を流し、恐怖に顔を歪めながらも雄たけびを上げ立ち向かう。逃げることも叶わない…本能に従った行動であった。
全力の疾走、その勢いに乗せエナメルの刃を突き立てる。並大抵の相手であれば一撃で仕留めることができる、男にとって最大の攻撃である。
「あああああああああああああああ死ねええええええええええええええええええええええええええええ」
その一撃は…
「雑な技だ」
脆く砕けた
男のエナメルの刃は、啓の持つ白亜の刃の前に敗れ破片が宙を舞った。
男の絶望を無視し、その胸に白亜の刃を向け貫く体制に入る。
「見ていられないな」
その一言は銃弾を放ったが如く、周囲を静寂と重苦しい緊張感に包みこんだ。
茨の少年と男は凍り付いたかのように固まり、啓は攻撃の手を止めた。
暗闇の中を通り抜け、街灯に照らされ現れたのは高身長で黒髪の男であった。スーツ姿であるものの、左脇に差した黒く長い金属物が違和感と得体のしれない恐怖を与えていた。
「全く……それだけ戦闘特化の能力を貰っておきながら、脱走者の始末もできないとはな」
「たっ…たすけてくれ……あんたの腕ならコイツだって……それにまだおれには利用価値が うっ!!?」
黒髪の男は聞く耳持たないと言わんばかりに、若い男の言葉を無視しクナイのようなものを素早く投げ男の背中に命中させる。
「あああああうぐあああああがうがああああ か…カゲツてめええうげええええ ガハッ」
「今のお前に価値はない」
若い男は大量の汗と苦痛に歪んだ表情のまま息絶え倒れこむ。それを避けつつ啓は黒髪の男から目を離さず警戒する。
(こいつは手練れだな……これだけの威圧を出せる相手なんて実践では初めて見た…)
「さて………私は仕事をするためにここに来た。 大人しくそこを退いてもらえないか?」
男の視線は啓から外れ、奥にいる茨の少年を見る。その目つきは穏やか口調と大きく違い獲物に狙いをつけた猛禽のように鋭い。
「悪いがあんたの仕事はない 大人しく帰ってもらえないか」
啓は少年との間に立ち、男の視界を遮る。表情も口調も変えず対応するが、緊張は高まる一方である。
(手元のあれはおそらく日本刀……オレの姿を見ても態度が変わらないところを見るに甲殻型であっても切れる自信があるか、あるいはM.O.能力で補えるか……)
「そうはいかない… 退いてもらえないとなると切るしかなくなるがいいか? 女装男子」
「趣味でやってるわけじゃねえ… オレを切れると?」
「切れるな 少なくても今の状態であれば問題なく切れる」
「これを見て言い切るとはよっぽど腕に自信があるみたいだな それとも単なる無知か?」
「ほざけ 甲殻型程度なら能力を使うまでもない 見たければ今見せてやる」
男は左手で腰の鞘を引き抜き、右手を柄の部分近くまで持っていった。
(やっぱり能力持ちか……それにあの姿勢は居合、か……もっと情報が欲しかったが、待つ間にそれだけわかっただけ良しとするか)
「チッ………そっちがやるっていうなら相手してやる……」
「その意気や良し……いざまi」
「いずれな!!!!!」
男の左前方より突如として一発の弾丸が男の元へ一直線に向かう。
通常の人間であれば反応するのも難しい不意打ち、ましてや暗闇からの一発は容易に男を撃
目では捉えられない一瞬、しかし確かに刀は弾丸を捕えていた。
しかしそれと同時に起こったのは眩い閃光の炸裂だった。
(予定通り、流石だ マツ)
「走れ!!!」
「くそ……どこまで計算に入れていたのか……」
男の戻りつつ視界が捉えたものは、若い男の死体だけであった。
死体に残るクナイを抜きつつ、啓たちのいた場所を見つめふと考える。
(任務失敗か、正直に報告するしかない………あれが報告にあった駆除業者か
本気を出すまでもない相手だが……次は切らせてもらうぞ)
先ほどの戦闘が嘘かのように、現場にはカエルの合唱だけが響き渡っていた。
―――――
事件解決から数日
とはいえ表向きには事件は解決などしていないことになっている。そしてこれからも未解決のまま時は過ぎ去っていく。
失われた者は戻ってこない しかし助かった命もある。
「無事で本当に良かったです」
「ありがとう。こっちもあなたが無事で本当に良かった…」
命の危機を乗り越えて再び対面する二人。
そして遠くからそれを確認するのもまた二人。
「会わせても大丈夫だっただろうか」
「大丈夫だ、俺たち以外にも監視はいるし本部までは実力者が護衛に回る…」
「そうか……しかし本部で預かるとはな」
(薄々思っていたが、彼もまた本部の求める特異体質だったとはな)
とある組織によってM.O.手術を受けさせられ兵士としての訓練や実験体として使われる日々を送っていたが、ある日監視の目を掻い潜り脱走した。しかし彼には行く当ても帰る場所もなく、追っ手をやり過ごしながら身を隠して移動した結果、この夏石にたどり着いた。
保護された茨の少年…ソウスケはそう語った。
彼の情報を本部に送ったところ、M.O.能力に関わる特異体質でありそれ故に能力の異常発現が起こっている可能性があり、組織から匿うと同時に能力のコントロール訓練のため本部で保護したいとの返答が来たのだ。
「帰る場所もないからありがたい、か。彼にとってこの街は落ち着ける場所にはならなかったか…」
「いや、帰りたいと思う場所ではあるんじゃないか?」
啓が見つめる先、そこには頬を赤らめる二人がいた。
―――
「また、来てください。今度は街を案内しますから!」
「ありがとう、楽しみしてるよ じゃあこっちはお土産たくさん持っていくよ………ありがとう、また会おう」
「ずっと待ってます!……………体に気を付けてね」
「絶対ここに戻ってくるから 待っていてくれる…そう言ってくれてありがとう。 それじゃあ!」
―――
「若いねえ…」
「そうだな」
「いやお前はまだ16だろうが……どうも可愛げがない…」
「今更か………護送用の車も行ったことだ、仕事始めるぞ」
「了解…………組織の根城、早く見つけないとな……」
「ああ、他の被験者も助け出す」
(……もしかしたら、オレが探している
新たな問題に直面し気持ちを引き締める二人、そんなことはお構いなしと言わんばかりに5月の爽やかな風が吹き抜けた。
―お知らせ―
今回で【拝啓 歩む者へ】は終了となります。
読んでいただき誠にありがとうございます。
今後、今作の設定やキャラクターを生かしつつリメイクする予定です。
かなり時間がかかるとは思いますが、また読んでいただければ幸いです。
今まで本当にありがとうございました。