【完結】西行桜恋録   作:儚夢想

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第十一話 悪夢のように、華胥の夢ように

 次にやって来たのは、遊園地。これに関しては幽々子の計画ではなく、若葉の提案である。「男女が仲を深めるならやっぱり遊園地でしょ」とは彼女の弁である。当の本人は東京のオカルトスポットを回ると言って別行動となった。その行動の真意が“二人でデートしろ”ということを義徳は理解している。ここまでお膳立てしてくれた若葉には感謝の念を抱かずにいられない。

 改めて幽々子と二人きりになると、どうにも気恥ずかしさを抑えられない。好意を自覚してしまったためか、感情は今までにないほど激しく昂っていた。隣にいる幽々子に気持ちを悟られてないか心配だった。

 

「どうしたの、そんなに考え込んで」

「ん……どういう順番で回ろうかなって」

「基本は義徳に任せるわ。私はこの場所について何も知らないから。でも、私が興味を持ったものには付き合ってもらうわよ」

 

 直後、幽々子は顔を近づけて────。

 

「その時はエスコート、よろしくね?」

 

 甘い声で囁いた。吐息が耳に当たってくすぐったい。心地良い声色が脳に響く。いきなりのことなので驚いて背筋が震えてしまった。

 

「っ……幽々子さん!」

「ふふ、義徳ったら可愛い」

「止めてくださいよ! 可愛いだなんて言われても嬉しくないですよ……」

「私は事実を言ったまでよ?」

「あ~もう! とっとと行きますよ!」

 

 残念ながら言い合いで幽々子には勝てる気がしない。いつもいつも予想よりも斜め上の言葉が出てくる。これ以上は照れ臭いので無理やり切り上げる。ここで油を売っていても時間の無駄なので、とりあえず施設内を歩き回ることにした。

 

「義徳、あれは何かしら?」

 

 アトラクション施設を歩いていると、早速幽々子が指を差す。

 

「あれはジェットコースターですね。乗るとスリリングな体験ができるって一部の人には人気です」

「へぇ、面白そうね! 最初はあれに決めたわ」

 

 ほぼ直角に急降下するコースを見上げながら、これからのことを想像すると少し憂鬱だった。一目見てこのジェットコースターはヤバいと本能が警鐘を鳴らす。しかし、今日は幽々子とのデートである。率先して行動すべきは他ならぬ義徳自身だ。よって────

 

「じゃあ行きましょうか」

 

 否定は許されない。彼女の意向に従うのが最善手だ。しかし、この判断が間違いだということを義徳はすぐに思い知ることになる。

 少しして二人の順番が来た。他の同乗者と共に二人はジェットコースターに乗り込む。そのまま席に座り、備え付けられた安全バーを下ろした。

 

「こんな風になってるのね」

「凄いのはここからですよ」

 

 直後、ジェットコースターが動き出した。レールに沿ってゆっくりと上っていく。周囲に視線を移す。その先には澄んだ快晴の青空と都会特有のビル群があった。京都では絶対に見られないであろう絶景に軽い感動を覚えたが、それらが頭の中から消え失せるのに時間は掛からなかった。

 進んでいたジェットコースターが急に止まる。そう、頂上に着いたのだ。頂上に着いたら次に起こるなど分かり切っている。

 

「きゃああああああああ!」

「うわああああああああ!」

 

 ────急降下。それもほぼ垂直に。地面に激突しそうな勢いでジェットコースターは走る。間違いなく時速百キロ以上は出ている。真正面からぶつかってくる風が痛くて目を開けられない。そのあとは重力に逆らって急上昇、急カーブなど、縦横無尽に駆け巡る。

 

(思ったより、ヤバい……!)

 

 暴れ回るジェットコースターに振り回されているからか、頭が痛くなってきた。恐らく酔ったのだろう。油断すると意識を失いそうになる。義徳はジェットコースターを何回か経験しているが、ここまで高速で高低差があるものには乗ったことがなかった。予想よりもはるかに辛い。最早罰ゲームなんじゃないかとすら考えてしまう。

 少しして、漸くジェットコースターが止まった。乗っていたのは実時間にしてほんのニ、三分程度だが、体感的にはより長く乗っていたように感じる。非常に恐ろしい体験だった。

 

「楽しかったわ~!」

「……」

 

 存分にジェットコースターを楽しんだ幽々子。それに対して放心状態の義徳。今にも気絶しそうだった。

 

「確かにこれは今まで味わったことのない刺激だったわ。義徳は……」

「……」

 

 頭がガンガンと鳴り響いている。世界が回転しているように見える。この遊園地のジェットコースターは全国でも屈指の出来だと言われている理由を身を以って体感した。正直の所もう二度と乗りたくない。

 

「もう、しっかりしなさいな。今日はまだまだ回るんでしょう?」

「うっ……」

 

 デートはまだ始まったばかりだというのに早くも死に体である。この先気力を維持できるか不安になってきた。

 

「幽々子さん、とりあえず次行きましょ……」

 

 今にも消えそうな意識を根性で保ち、声を絞り出した。歩きながらめぼしい施設を探す。

 

「あっ」

 

 そんな中、義徳はあるものを見つけた。目の前に来て、ふと思い立った。

 

「幽々子さん的にどうなんですかこれ」

 

 二人はお化け屋敷の前に来ていた。しかし、ここであることに気づいてしまったのだ。

 西行寺幽々子は亡霊である。早い話、存在自体がお化けなのである。そんな彼女にとってお化け屋敷という施設は如何なものだろうか。

 

「私、実は一度外の世界のお化け屋敷に入りたかったのよ」

「そうなんですか?」

「だって、外の世界の人間がお化けをどう思ってるか知りたいじゃない?」

「意外です」

 

 お化けの正体なんて分かり切っているのだから興味は無いと思っていた。意外にも乗り気な幽々子に少しばかり驚きを見せる義徳。

 順番が来たので従業員に誘導されて屋敷の中に入った。喧噪に満ち溢れていた外とは打って変わって薄暗く、音も無く、気味が悪い。壁や天井にはお札や血痕が至る所に付いており、本格的に作られていることが分かる。本気で来場者を恐怖に陥れようという意志を感じた。

 道なりに少し歩くと、何の前触れも無く音がした。床を見てみると本が落ちていた。すぐ近くには机があることから、元はここにあったようだ。

 

「あら……」

 

 しかし、二人はこれといって大きな反応を示すことはなかった。説明ができないような、いわゆるポルターガイスト現象は普段から幽霊を相手にしていればよく起こることである。その正体を知っている彼らからしたら驚くことでもない。

 幽々子は本の埃を払うと、そのまま机の上に置いた。本来なら怖がる所なのだろうが、この二人には通用しない。

 

「ヴェアアアアアアアアア────!!」

「「……」」

 

 今度は長い黒髪を垂らした白服の女性が姿を現した。しかし、二人のリアクションは皆無である。驚くどころか、寧ろ哀愁を漂わせていた。霊に扮した従業員がこうして必死に人を怖がらせるようと叫んでいると思うと何だかいたたまれない気持ちになってきた。我ながら非常に失礼なことだと思う。

 確かに、お化け屋敷で出てくる女性の幽霊は定番だ。普通の人なら驚くこと間違いなしだが、この二人は例外である。

 

「……何か、すいません」

 

 気まずい雰囲気になってしまったのでとりあえず頭を下げて謝った。心の中で罪悪感が湧いてきた。本当に申し訳ない。

 その後もお化け屋敷を進んでいったが、二人は目立ったリアクションをすることはなかった。霊が見える義徳と存在そのものがお化けである幽々子にはまるで効果は無かった。

 

「……どうでした? やっぱりつまんなかったですか? 反応薄かったですし」

 

 お化け屋敷を出た後、少し離れた場所にあるベンチで義徳は幽々子に問う。こんなことが言えるのも、義徳ならではだ。

 

「いいえ、そんなことはないわよ。内装はこだわってて雰囲気で出たし、お化け役の皆も頑張ってたし。怖がらせようという努力はこれでもかってくらい伝わってきたわ」

「クオリティ高かったですよね」

 

 二人がノーリアクションだったのは決して安い作りだったからではない。二人がお化けの正体を完璧に理解しているからだ。人が最も恐れるのは未知である。分からないものは想像で補うしかない。極端な話、見えない視界の先には悪霊や殺人鬼がいて、断崖絶壁があるかもしれない。無音の世界ではどれだけ小さな音でも毒蛇が這う音に聞こえるかもしれない。未知であるが故に、想像してしまう。人間は無限の想像力を持つというが、それがかえって悪い方に作用する。

 

「それでも全然怖くなかったのは、何と言うか、俺達だったってのが理由ですかね」

「毎日のように幽霊とか見てるものね。既に耐性が付いてしまっているのよ」

「もし幽々子さんが本物の亡霊だって知ったら、お化け屋敷の従業員はどう思うんでしょうかね?」

「ふふ、それ面白そうだわ」

「絶対にやっちゃいけないんですけどね」

 

 まず間違いなく驚くだろう。亡霊がこんなフレンドリーだなんて信じられる筈がない。そんな談笑をしながら、次の目的地に向かうのだった。

 

 

 

※※※

 

 

 

 あれから、遊園地内の色々なアトラクションを回った。時には叫んだり、時には笑ったり、色々な体験をした。

 

「ねえ、あれには乗らないの?」

 

 幽々子が指差した先には、観覧車があった。

 

「そうですね。そろそろ頃合いですね」

 

 気が付けば時間は既に夕方に差し掛かっていた。楽し過ぎて時間など気にもならなかった。そろそろ若葉と合流した方が良い時間帯だ。でないと次の予定に間に合わない可能性が出てくる。アトラクションは殆ど全て制覇した。合流する時間を考慮した場合、乗れるとしたらこれくらいしかない。

 

「あ、でもすいません。少しトイレに行ってきますね。すぐ戻るんで。幽々子さんはそこのベンチに座って待ってて下さい」

 

 幽々子をベンチに座らせて、義徳は一人でトイレの方へ走る。

 

「ん……?」

 

 走り出してから少し経った後。トイレの前に来て、何か違和感を覚えた。人の気配が全く無いのだ。先程まで周囲には多くに人がいた。営業中の遊園地なのだからそれは当然のことだ。このような違和感は幽々子と一緒にいる時は全く無かった。違和感に気づいたのは幽々子と一時的に離れてからだった。 

 恐る恐る周囲を見回す。どういう訳か、自分以外の誰もいなかった。夕方で閉園時間が迫っているとは言え、人は決して少なくない。しかもここは一番人気の観覧車の近くにある。人がいないなんてことは在り得ない筈だ。一体、どうしてこんなことになっているのか。

 

「────どうしてって思っているでしょう?」

 

 背後から聞き覚えのある声。その正体はすぐに分かった。

 

「八雲さん……!」

「調子はどうかしら、清和義徳」

 

 八雲紫は満面の笑顔を湛えていた。しかし、目は笑っていない。表情こそ明るいが、身に纏う雰囲気は冷たく鋭い。それを察知した義徳は即座に警戒態勢を取る。今の彼女は何をするか分からない。あらゆる事態を想定しておく必要があると判断した。

 

「調子って、こんな所まで付け回してたら分かる筈ですけど。それよりこれは一体何なんです?」

「結界を張ったの。だから今この場所は私達二人だけしか存在しない異空間になっているわ。他の誰も近づけず、認識すらできない世界よ」

「話すだけならこんな回りくどいことしなくてもいいんじゃないですか?」

「私はお話に来たんじゃないの。今日は────」

 

 明らかに紫の様子がおかしい。嫌な予感がする────そう思ったのも束の間。

 

「────貴方を殺そうと思ってね」

「ッ!」

 

 どこまでも真っすぐに透き通る声。聞き入ってしまいそうな程綺麗な声色。しかし、その内容は最低最悪そのものだった。やはり予感は的中した。それも飛び抜けて嫌な予感だ。

 

「安心しなさい。せめてもの情けよ、一瞬であの世へ送ってあげるわ」

 

 紫は依然として冷酷な笑顔を絶やさない。決して嘘で言っているようには見えない。

 

(この人、やっぱイカれてる……!)

 

 彼女から放たれているのは純粋な殺気。目的のためなら殺人をも厭わない意思を持っている。確実に自身を殺すつもりだ。それもその筈、八雲紫は異世界の存在であり人間ではない。倫理観は違って当たり前。殺すという選択肢があっても何ら不思議ではない。言葉での説得など以っての外だ。考え得る中でも最悪な状況。義徳は苛立ちから思わず舌打ちした。とにかく、今考えるべきはこの場を乗り切ることだけだ。

 

(ッ!)

 

 直後、映像が頭に流れ込む。見えたのは義徳と紫の二人。紫が何らかの手段────恐らく手刀────を用いて自身の首を切断する。義徳は成す術も無くその神速の攻撃を受ける。直後、鮮血が周囲に飛び散り、斬られた首は重量に従って地面に落ちた。

 

(────)

 

 一瞬にして血の気が引いた。こういった映像が流れるのは決まって誰かが死ぬ時だ。しかし、自身が死ぬ映像は初めてだった。誰かが死ぬ瞬間を見た時はいつも不快な気分になるが、今回はそれが何倍にも増して強い。余りにも不快だからか何かが喉元へ迫り上がってくる。このまま吐き出したいが、そんな隙を晒してしまえば命が終わる。我慢して飲み込み、彼女との距離を空けるために走り出す。非常に情けないが、今は逃げることしかできない。

 

「逃げないでほしいわね。折角楽にしてあげようと思ったのに」

 

 直後に正面から裂け目が出現し、その中から紫が出てきた。その姿を視認すると同時にドクンと心臓が鼓動を打つ。冷や汗が止まらない。身体が震える。

 今、義徳は死の恐怖に囚われていた。驚愕、焦燥、嫌悪、苦痛────様々な感情が一挙に押し寄せる。初めての感覚だった。人は死ぬ直前にこのような考えを抱くのか。成る程、確かに身の毛もよだつ恐ろしい夢のようだ────と嫌なくらい冷静に受け止めることができた。

 そして、その時はやってきた。紫が構えを取り、攻撃の動作を取る。先程見た映像と同じように、手刀でこちらの命を絶つようだ。ならば────やりようはある。

 紫は義徳の首を目掛けて腕を振り下ろす。それと同時に、義徳は思い切り身体を反らす。目にも止まらぬ速さで向かってくる彼女の手は────すんでのところで命中し損ねる。不安定な状態で思考することもままならないながら、何とか回避することができた。一時的ではあるが死を免れることができた。

 

「……何とか、避けれた!」

「その明らかに分かっていたとしか思えない回避動作、貴方の持つ人の死を予知する能力は貴方自身も対象に含まれていたのね。流石に予想外だったわ。これでは確実に殺せない」

「八雲さん、何でこんなこと……!」

 

 感情のままに叫ぶ。できることなどありのまま思った言葉をを相手にぶつけるくらいしか残されていない。

 

「幽々子が私に頼んできたの。義徳を助けて欲しいと」

「幽々子さんは誰かの死を望むような人じゃない! 例え俺みたいな奴が死んだって幽々子さんは間違いなく悲しむ!」

「そうね、あの子はこんなこと望まないでしょうね。でも、貴方が生きている限り幽々子は幻想郷に、冥界に戻ることはできない。故に貴方は邪魔なの。申し訳ないけど、幽々子のためにも貴方には死んでもらう。これが事を終わらせるための最善策よ」

「ふざけるな! 俺は死ねない! まだやるべきことが残ってるんだ!」

 

 ここで殺される訳にはいかない。母親を一人にすることはできないし、まだ幽々子の望みも叶えていない。それを叶えるまで死ぬことは許されない。何が何でも生きなければならない。

 

「フフフ……死ねない、ね。本当にそうであればいいのだけれど」

「八雲さん、何言って────」

「今回はここで引いてあげる。でも、決して忘れないことね。近い内に貴方を殺してみせるわ、清和義徳────」

 

 紫の声はどこまでも冷たく、重く、耳の奥に突き刺さる。何があっても自身を殺すという明確な意思が籠められていた。

 彼女の言うことは尤もである。元凶は他ならぬ自分自身だ。故に、お前が悪いと言われても否定はできない。しかし、不自然な点もある。

 

(本当にそうであればいいのだけれどってどういうことだ……?)

 

 紫は自分が知らない重要な情報を隠している。そうでなければあのような意味深な発言をする必要はない。しかし、その真意も分からないのでどうすることもできない。

 それに、どう考えても紫は圧倒的に有利な状況だった。自分を殺すことなど造作も無かった筈だ。いくらこちらが死を予知できるとは言え、この能力は体力も精神力を削られるなど負担が大きい。連続で攻撃されていれば間違いなく殺されていた。想定外とは言っていたものの、切れ者の彼女ならばすぐに対応できていただろう。それなのに、見逃された。彼女は一体何を考えているのか。何一つとして理解できないのが歯痒い。

 

「……早く戻らなきゃ」

 

 少し時間が経って頭が冷静になる。今やるべきことを思い出し、義徳は幽々子が待っている場所へ戻るのだった。

 この時、義徳は疲労で鈍った頭で考えていた。八雲紫が本格的に行動を起こした今、時間はもう殆ど残されていないのかもしれないと────。

 

 

 

※※※

 

 

 

「もう! すぐ戻るって言ったじゃない!」

「すいません、長引いちゃって……」

 

 無事に戻ることができたものの、案の定幽々子の機嫌は悪かった。頬を膨らませて怒り心頭だ。紫に殺されかけたなんて口が裂けても言えない。二人は固い絆で結ばれた親友同士だ。真実を言って二人の仲に裂く訳にはいかない。理由が理由なので義徳は誤魔化すしかなかった。

 

「急ぎましょう。もう時間が無いので」

 

 義徳は申し訳なく思いつつも、気持ちを切り替えようと笑ってみせる。幽々子の手を引いて観覧車の待機列に並ぶ。 

 

「ん……」

「どうしたんです?」

「義徳の手、温かい」

「え……あっ!」

 

 視線を手の方へ向けると、幽々子の手を握っていることに気づいた。慌ててを手を離そうとすると、

 

「こ、このままで大丈夫よ……」

 

 幽々子はこちらの手を強く握り締める。死者特有の低い体温は火照った身体に丁度良い。ちらと幽々子の顔を見る。目が合った。照れ臭くなって思わず視線を逸らす。

 

「「……」」

 

 互いに気まずくなって無言になってしまう。二人は一言も喋ることなく観覧車に乗る。

 

「わぁ……!」

 

 茜色に染まる空を見つめる幽々子。幽々子に合わせて義徳も窓の外を見る。街の風景や夕焼けが美しい。

 

「これを最後にした理由が分かったわ。こんなに素晴らしい景色なら最後に取っておきたいと思うのも自然なことね」

 

 しかし、それ以上に夕日に当てられた彼女の横顔は美しい。いつも以上に輝いて見えた。思わず見惚れてしまう。ぼんやりと幽々子を見つめていると、こちらの視線に気づいたようで。

 

「……私の顔に何か付いてるのかしら?」

「いや、その……幽々子さんってとても綺麗だなって思って」

「綺麗……うふふ、嬉しい。義徳に言われると一段と嬉しいわ」

「そ、そうですか……」

 

 反射的に出た答えだったが、好意的に受け取ってくれたようで安心した。

 

「ねえ、一つお願いがあるの。いいかしら?」

「俺にできることなら何でも」

「キ、キス、したいの……」

 

 その言葉を聞いて、時間が止まったかのような衝撃を受けた。

 

「嫌、かしら?」

「い、いや! 全然そんなことはないです! ただその、凄く恥ずかしくて……」

 

 キスと言えば恋人同士がする行為である。観覧車の中でのキスは創作では定番だ。しかし、現実に起こり得る出来事だとは思わなかった。一生することはないだろうと興味を抱くことはなかったが、いざ直面すると気が動転してしまう。いきなり過ぎて心の準備などできる筈がない。

 

「────っ」

 

 あれこれ考えていると、唇に柔らかい感触が有無を言わさず襲ってきた。それが数秒程続いた後、口の中に何かが入ってきた。この状況で入ってくるものと言ったら一つ、幽々子の舌以外に無い。

 舌と舌とが絡み合う。幽々子は舌も冷たかった。しかし、内から湧き上がる情愛という名の炎を静めるにはまだ足りない。寧ろ、この冷たさを求めてさえいる気がする。ずっと、いつまでも、永遠にこの感覚を味わいたいと、この時が続けばいいと。まるで天国にいる夢でも見ているような気分だ。義徳は流されるままに幽々子の行為を受け入れる。

 少しして幽々子の口が離れた。同時に二人を繋ぐ糸状の液が垂れる。不思議なことに名残惜しいと思ってしまった。

 

「……どう?」

 

 幽々子が問い掛ける。上目遣いで、こちらの真意を確かめるように。

 

「…………良かった、です」

 

 初めてのキスは何とも形容し難いものだった。けれど極上のものであったことには違いない。義徳はただただ圧倒されるばかりだった。




 桜が満開の時期に投稿したかったのですが、ドラクエとかFFとかシャニマスとかゼノブレとか予想以上に楽しいゲームが多くて間に合いませんでした。春休みなので余ってるってくらい時間はあった筈なんですけどね。コレガワカラナイ。
 今回の話はこの小説を投稿し始めた当初はプロットに無かった話でした。そもそも本来は東京でデートする展開ですらなかったです。恋愛系なのに恋愛要素が無さ過ぎるだろって思って急遽追加したという流れです。何はともあれ話も進み、そろそろ終わりが見えつつある状況になりました。年内の完結を目指して頑張ります。
 ここまで読んで頂けたら幸いです。
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