【完結】西行桜恋録   作:儚夢想

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第十二話 究極の真実(アルティメットトゥルース)

「あれがお父様の眠る……」

 

 他の桜とは比較にもならない程巨大な桜だった。今までに見たどの桜よりも美しく雄大だった。そして、何よりも目を引いたのは────。

 

「赤い、桜……」

 

 その桜は薄紅に非ず。赤く、紅く、朱く、緋く、赫い血染の桜だった。花は人間の血のように鮮やかで、まるで生きているようであった。

 

「私に来いって言っているの?」

 

 周囲には沢山の死霊が漂っていた。恐らく父の後を追ってこの桜の下で死んだ者達だ。彼らは少女を巨大桜へ導く。

 

「温かい……」

 

 死霊に導かれるままに幹に触れる。桜からは人の体と同じ温かさを感じる。瞬間、一つの事実に気づいた。

 

(この桜は、人の命を吸っている────)

 

 周囲に漂う沢山の死霊、人の体温と変わらぬ温かさ、血の花弁。そして、この桜の木の下には父と同様に死んだ者達が埋まっている。

 これらの要素を持つ血の桜に対して恐怖と同時に、感動を覚えた。咲き誇る姿は必死に生を全うしようとする人間のように美しい。春風に舞う花弁は生のしがらみから解放された霊のように自由に踊る。それだけを見ると、この桜に魅了されて最期を迎えた者達はある意味報われたのかもしれないと思える。しかし、眼前の桜は人の精気を吸った桜であり、人智を超えた魅力に恐ろしさを抱かずにはいられない。これ以上死者が増えたならばどうなるか、少女は危機感を覚えた。

 彼女が危惧した通り、美しく咲く血染の桜はやがて墨染の桜へと姿を変えた。人の命を吸い続けた桜は咲く度に人を死に誘う妖怪桜として覚醒したのだ。同時に、少女の持つ死霊を操る程度の能力は人を死に誘う程度の能力へと変貌を遂げる。

 歌聖の死によって、最愛の娘と桜は人を死に誘うだけの呪いと化した。遂に悲劇は始まった────。

 

 

 

   ※※※

 

 

 

「うーん……」

 

 東京から帰ってきた翌朝。義徳はぼんやりとした状態で目が覚めた。昨日の溜まった疲れが抜けきってないからか十分な睡眠を取っても尚身体が重い。目を開けると窓から差し込む朝日が眩しい。思わず腕で日光を遮った。身体を起こす気も湧かないので、感覚がはっきりとするまでの間は何も考えないようにぼうっと天井を見つめることにした。

 

(昨日の、遊園地……)

 

 しかし、何も考えないというのは彼の性分が許さなかった。幽々子と東京の遊園地でデートした光景が頭の中で再生される。中でも鮮明に映し出されるのは、やはり。

 

(キ、キス……!)

 

 彼女の柔らかや唇の感触が未だに忘れられない。幽々子は普段から積極的ではあったが、それは悪戯やからかいが殆どである。昨日のように直接的な接触を求めることは稀だ。幽々子はどういう意図があってあのような行動を起こしたのか。相変わらず彼女の頭は読めない。

 

(いや、それよりも!)

 

 閑話休題。今はキスのことよりも重要なことがある。今回で四回目となる夢のことだ。今日は父の眠る桜に辿り着いた生前の幽々子。人を魅了する血染の桜と人を死に誘う墨染の桜。誰よりも愛した娘と桜が人を死に誘う呪いを背負うことになるとは何と皮肉なことか。これでは幽々子と西行妖の行く末は────

 

「……もうこんな時間か!」

 

 ふとした拍子に目に入った時計は九時半を示していた。予定より二時間も遅れている。今までに無い程の寝坊だった。義徳は慌てて飛び起きるのだった。

 

「おはよう、義徳。寝坊するなんて珍しいわね」

「疲れてるんでしょう。最近ずっと動きっぱなしですし」

 

 リビングに入ると、ソファに座っている幽々子が話しかけてきた。心配してのことだろう。

 ここ数日は一日中外に出て動き回っている。知らないうちに疲労が溜まっていたのかもしれない。ここまで来るといよいよ無視できない状態になってきた。

 

「でも、歩みは止めません。今日も行きますよ、桜探し。今日の目的地は────」

 

 しかし、休んでいる暇は無い。桜の満開はもうすぐだ。それを過ぎてしまえば、幽々子の望みを叶わない。一年も待っている余裕など無い。一刻も早く見つけ出さなければならない。だから、今日も義徳達は桜を探しに行くのだ。

 

 

   ※※※

 

 

 

「ここが弘川寺……」

 

 車で走ること二時間ほど。二人は目的の場所に到着した。

 弘川寺。大阪と奈良の県境近くにひっそりと立つ寺。敷地に植えられた千本もの桜は隠れた桜の名所として人気があるらしい。そして────

 

(西行法師終焉の地……)

 

 これが一番大事な要素である。西行寺幽々子、西行妖と同じ“西行”の名を冠する存在。幽々子の父親であり、全ての始まりとも呼べる人間。彼と関わりが深いこの場所にはそれらの謎を解く何かが必ず見つかるに違いない。今日ここに来た目的である。

 

(ここならきっと、何かが分かるかも────)

 

 と、幽々子の方を見ると。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 熟睡していた。

 

「起きて下さい、着きましたよ」

「あと五分だけぇ……」

 

 起こそうと肩を叩いてみるものの、起きる気配は全く無い。

 

「……今起きないと今日の晩飯抜きにしますよ」

「ひゃっ!?」

 

 幽々子に効果抜群であろう宣告を喰らわせる。寝ていながらもはっきりと聞こえていたのか、驚くべき早さで飛び起きた。

 

「それが人間のすることかしら!?」

「冗談に決まってるじゃないですか」

「だとしても酷いわ! 暴力反対! ぶーぶー!」

「別に手を出した訳じゃないんですけど!?」

 

 子供のようにまくし立てる幽々子を宥めつつ、車から出る。

 

「目は覚めましたか?」

「ええ、それはもう凄く……」

「嫌だったらもう寝坊はしないことですね」

「義徳だって今朝寝坊したじゃない!」

「だって何もしてこなかったじゃないですか」

「後で絶対やり返してやるんだから~!」

 

 下らない言い合いをしながら境内に上がる。その先には一つの桜の木があった。周囲の今にも満開になろうとしている他の桜と比べると少々物悲しく感じる。

 

「桜……でも、少し足りない」

「これは隅屋桜ね。枝垂桜の一種よ」

「枝垂桜って染井吉野より開花が遅いんでしたっけ」

「品種によって早かったり遅かったりまちまちよ。これは遅い品種ね」

「詳しいんですね」

「冥界には多種多様な桜があるのよ」

「へぇ……」

 

 隅屋桜の周辺には人がいない。まだ見頃ではないからだろうが、だとしても寂しく感じてしまう。

 

「今までずっと聞きたかったのだけれど……義徳、貴方は桜が好き?」

「え……」

 

 幽々子の問いを、義徳は純粋な気持ちで受け止めることができなかった。思い出してしまったのだ、十年前のあの日のことを。死臭と血が混じった強烈な悪臭。鮮血に塗れたひしゃげた肉体。いずれも昨日のことのように明確に思い出せた。あの時体験した大切な人の死は、散っていく桜と同じように見えたから。

 

「うーん、そうですね……桜は好き……にはなれないですね」

「と言うと?」

「咲いている姿はとても美しいと思います。それを見るのはとても好きです。でも、散り際を思うと心の底から好きにはなれないんですよね。死んでいく姿を見て美しいとは、とても思えません」

 

 その生が終わる瞬間というのは須らく辛くて苦しい。見ていて悲しくなる。それが嫌だから今まで必死に足掻いてきた。しかし、こうして問題に直面すると何も言えなかった。

 少しの間、両者に沈黙が訪れる。しかし、その沈黙を断ち切るように。

 

「────散る桜 残る桜も 散る桜」

 

 幽々子は詠う。

 

「どんなに美しく咲き誇る桜でも必ず散るものよ。だから、受け入れないと。それを含めて愛さないと。死んだらそれまで、なんてそれこそ救いが無いわ。散っていく姿は笑顔で見届けてあげなきゃダメよ」

「そう……ですかね」

「そうよ。そして、暑い夏や寒い冬の間に桜のことを想い続けるの。何があっても、その咲いて散る美しい姿を忘れないように。義徳が今までに経験した人間の死を忘れないのと同じように」

「っ……!」

 

 死んで時が経てば、やがて忘れ去られる。これは当然のことである。しかし、本当にそれでいいのか? 辛いだけではないか? 余りにも酷くて悲しくないか? これが当たり前だという事実に納得できるか? いや────

 

「確かに幽々子さんの言う通りですね。死んだらそれまで、なんて嫌です。死んでいった人達のことは忘れたくないし、霊達だって忘れられたくないと思っている筈です。桜も、同じことだったんですね」

 

 散っていく桜を思うと心が痛い。しかし、そうやって目を背けるのは桜に対して失礼だ。今まで人の死を受け止めて背負ってきたのと同じように、桜が散る姿も受け止めて、背負っていく。美しさを忘れないように。

 

「ありがとうございます。本当の意味で死を背負いきれてなかったって気づけました。今はまだ、心の底から美しいと思えるようになるかどうか分からないですけど、努力します」

「信じてるわ、義徳ならできるって」

 

 不意に、幽々子が笑みを湛える。それは桜のように美しく、それでいて太陽のように輝いていて。その姿に、義徳は心を打たれる。やはり、幽々子は笑顔が一番似合っている。

 

「あ、今照れたわね?」

「この雰囲気でいきなりそんな顔されたら、照れるに決まってるじゃないですか……!」

「うふふ、してやったり~♪」

「ッ~! そろそろ行きますよ!」

 

 いたたまれなくなって、強引に話を切る。一応ここで時間を浪費するのは勿体ない、なんて言い訳を考えながら山の上へ登る。

 

 

 

   ※※※

 

 

 

「~♪」

「ご機嫌ですね、幽々子さん」

 

 舞う桜の花弁を見上げながら、二人は石畳の山道を登る。閑静な空気、鶯のさえずり、時折頬を撫でる風。全てが心地良く感じる。それが理由なのか、疲れは無く足取りも軽い。幽々子に至っては鼻歌を歌いながら歩いている。余程楽しいのだろう。

 暫くして。意気揚々とした様子の隣の幽々子を眺めながら歩いていると、遂に山道を登り切った。

 ────西行墳・似雲墳。細々とした道から一転、広場になっていた。右手奥には西行法師の墓が、その対角線上には似雲の墓がそれぞれ存在するだけの、なんてことない広場。

 

「とても静かな場所ね」

「そう、ですね……」

 

 しかし、一帯は違和感を覚える程の異常な静謐で覆われている。人や動物の気配は一切無い。二人以外に誰もいない、まるで時が止まったかのような空間。狭い場所に閉じ込められた気分になる。

 

「これは……石碑かしら? 何か文字が書いてあるけれど」

「崩し字ですかね。見ただけ何て書いてあるか分からないですね」

 

 西行墳にある石碑。見た目では意味の分からない言葉である。恐らく『願わくは 花の下にて 春死なむ その如月の 望月のころ』辺りが妥当なところか。西行法師を象徴する和歌だからという何の根拠も無い推測でしかないが。

 

「とりあえず、山頂に行きましょうか」

 

 見るものは全て見たので、次なる目的地の西行桜山周遊路へ向かおうと一歩踏み出す。その瞬間────

 

『おいで』

 

 どこからか、声が聞こえた。

 

「幽々子さん、何か言いました?」

「いえ……どうかしたの?」

「何か声が聞こえた気がして。すいません、気のせいだったかもしれません」

 

 聞き間違いだったかと流そうとするが。

 

『おいで』

 

 ────否。間違いなく、今度は確実に聞こえた。声の主は一体どこだ、どこにいる。

 

「うあぁぁぁッ────!」

 

 今度は耐え難い頭痛と金属音に似た甲高く不快な響音に襲われる。思わずその場でうずくまる。何かに干渉されている。この状況で身体に干渉できる存在がいるとすれば、それは霊以外にいない。あの嫌な程の静けさは周囲が生者を拒む死の気で覆われていたからだ。だとしたら、何故気づけなかったという疑問が残る。

 

『おいで』

「来るな、俺の心に、入って来るな……!」

 

 鳴り響く『おいで』という声に抗い続けるものの、相手は夥しい数の死霊であり、それぞれの力は強大である。強靭な精神力を持つ義徳と言えど、それは難しかった。

 己の思考に反して身体がひとりでに立ち上がる。そして、歩き出した。正面には、西行墳。

 

「義徳!? 大丈夫!?」

 

 幽々子の問い掛けに応えたかったが、身体の命令権を掌握された義徳には何もできなかった。そして、西行墳の眼の前で足が止まる。

 

「あぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁ────」

 

 足の次は手。それが向かう先は、自らの首。爪が食い込む程の強烈な力で絞められた。気道が圧迫されてまともに呼吸ができない。想像を絶する激痛で意識が飛びそうだった。

 

『この綺麗な桜の下で眠れば幸せだよ』

『歌聖のようにここで気持ちよく眠ろうよ』

『眠れば嫌なことなんて一切無いよ』

『だから一緒に眠ろう』

 

(桜の下? ここに桜なんて────)

 

 一見意味不明の幽霊の言葉だが、それは違う。ここには一つの揺るぎない事実がある。それは、この下で西行法師が眠っているということだ。これが何を意味するか、唯一正常な思考を全力で回転させることで義徳はその結論に辿り着いた。

 

(元々この場所には、西行妖があった!)

 

 西行妖────それは人を死に誘う妖怪桜。西行法師の死後、見る者を例外なく魅了した美しくも忌々しい墨染の桜。幽々子が「西行妖は冥界にある」と語っていたこと、今までに見た夢からしてこの推測は間違いなく正しい。

 ここに漂う幽霊は全て西行妖によって死んだ者達だ。()に魅入られた彼らは義徳を死に誘おうとしている。理由も言葉通りだろう。しかし、ここに妖怪桜は存在しない。それなのに行動を起こすのか。

 

(もしかして、死ぬことが良いことだとか思ってるのか……?)

 

 西行法師は桜の木の下で死ぬことを望んだが、死そのものを良いものとは捉えていない。しかし、西行法師の後を追って死んだ彼らはどうか。死に対して恐怖や苦しみを感じるどころか、幸せだと言い切っている。きっと、死に誘う能力の本質はただ人を死に至らしめるのではなく、()に対する負の感情を正の感情に改変すること(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)なのだ。死が恐怖や苦しみを伴うのではなく、これ以上ない幸福や快楽を伴うものならば喜んで実行してしまうかもしれない。そうして西行妖は人間の精気を吸い取るのだ。

 

(死ぬことが幸せ? 救い? 気持ちいい?)

 

 しかし、義徳には断じて納得できなかった。彼にとって、死は辛くて悲しいことだ。死んだ者は辛い思いをして死ぬ。残された者達は嘆き悲しむ。それのどこに幸福や救済があるというのか。

 

(ふざけるな……! 死が良いことであって堪るか!)

 

 内から怒りが湧き上がる。人の死のあり方を捻じ曲げ、弄ぶ西行妖を許してはならない。憎むべき存在とも呼べる。

 

「うぅぅぅ、あぁぁぁぁぁぁぁ────!」

 

 憑りついた死霊を跳ね除けようと、今にも圧し潰れそうな喉から唸り声を絞り出す。喉が内側からボロボロに裂けそうな程の激痛が走る。どうにかなりそうだ。だが、それでも声を出すことを止めない。止めてしまうということは、負けを認めるようなものだ。だから、何が何でも止めることはしない。

 

「ガッ、ゲホッ……!」

 

 身体がフッと軽くなる。重力に逆えず地面に倒れ込んだ。何とか幽霊の支配を解放された。しかし、疲労と酸欠で上手く立ち上がることができない。

 

「義徳! 大丈夫!?」

「はい……ギリギリ」

 

 幽々子に無事を伝えて、笑顔で取り繕う。

 

「良かった、本当に……!」

 

 彼の笑う姿を見て、幽々子は心の底からの感情を吐露する。いつもなら何故この状況で笑っていられるのか、と問い詰めているだろう。しかし、彼が生きていて、笑顔でいるという事実が幽々子にとって何よりも嬉しかった。

 

「早く帰りましょう、もうこんな所にいても意味無いわ」

「そう、ですね……」

 

 幽々子の手を取り、義徳が立ち上がる。

 

「────いいえ、貴方にはここで死んでもらう」

 

 どこまでも冷酷で、それでいて透き通る声。この声の主は────。

 

「八雲、さん……!」

 

 彼女を見て、義徳は昨日の出来事を思い出した。今放った言葉からして、自身を殺しにやって来たのは確かだ。しかし、不可解なことがある。隣に幽々子がいる状況で何故やって来たのか。あれだけ幽々子に見られることを警戒していたというのに、ここまで大胆な行動を取る理由が分からなかった。

 

「紫、どういうこと? 義徳に死んでもらうって!」

「そのままの意味よ」

 

 紫の言葉の意味を理解できなかった幽々子が問い掛ける。

 

「八雲さん、分かってるんですか!? ここには幽々子さんがいるんですよ! なのにどうして!」

「そんなこと、今となっては最早どうでもいい。私は早急に貴方を殺さなければならない。これが最善で最良の選択────」

「紫、義徳を殺すなんて、そんなことは絶対にさせない。例え貴女でも、許さない。だから、理由を話して頂戴」

 

 幽々子が義徳の前に立ちはだかる。その眼差しは怒りに満ち溢れていた。今まで見たこともない表情だった。対する紫は冷徹な表情を崩す。親友の怒りを目の当たりにして面食らった。それから、少し間を置いて。

 

「……清和義徳。貴方が取るべき道は二つある。一つはここで私に殺されて楽になるか。もう一つは……真実を知って絶望するか。私は前者をおすすめするわ」

 

 相も変わらず、紫の言葉は無機質的である。まるで人の心を持たない────彼女はそもそも人間ではないのだが────機械を相手にしているようだった。しかし、だからと言って気圧されることはない。己の意思は曲げることもない。

 

「そんなの、決まってるじゃないですか。俺は真実を知りたい。絶望するかしないかは、その後です」

「……そう」

 

 すると、こちらを睨んでいる紫の表情が一瞬だけ揺らいだ。悲しむような、そんな表情だった。

 

「────結論から言うわ。貴方はもう、普通の人間として生きることはできない」

「……どういうことですか?」

「貴方は西行妖に魅せられた死霊に憑かれた。その際に聞いている筈よ。死に喜びや救いを見出す声を」

「どうして……!」

 

 何でそれを知っている? と言おうとしたタイミングで。

 

「何で西行妖が出てくるの? あの桜は冥界にあるのよ。おかしいわ」

「いいえ、それが全くおかしい話ではないの。何故ならここは、元々西行妖が存在した場所なのだから」

「え……?」

 

 紫の言葉に強い反応を示したのは幽々子だった。

 

「いいえ幽々子さん。八雲さんの言う通りです。ここには元々、西行妖があったんです」

「義徳までどうしちゃったのよ……私、何が何だか分からないわ」

 

 義徳まで何を言っているのだろうか。意味が分からなかった。自分だけが置いてけぼりの状況。しかし、今の幽々子にはこれ以上喋る気力が無かった。自分ではどうしようもないことを察してしまったからだ。

 

「話を戻すわ。通常、生者が死を理解することはあり得ない。しかし、例外がいる。義徳のように死者と繋がることを可能にする能力を持つ人間がそれに該当するわ。そして、そういう力を持つ者は────死の本質を理解してしまう。そうなった場合、周囲の人間を死に誘う。西行妖と同じになるのよ」

 

 紫の言葉を聞いて、義徳は今朝見た夢を想起した。

 人の命を吸う墨染の桜、西行妖。それと同様に人を死に誘う存在と化した生前の幽々子。ここで、彼女の能力が変化した理由を把握した。彼女は、生きた人間でありながら死を理解したのだ。先程の自身と同じく、西行妖によって死んだ死霊の声を聞いてしまったからだ。“死は救済”────それが、死の本質なのだ。

 

「────」

 

 紫の言葉を否定したかったが、声が出なかった。何故なら、それが嘘偽りの無い真実だと納得できてしまったから。自身が憎き西行妖と同じ存在になってしまうことを確信できてしまったから。何より、この世で最も忌み嫌う理不尽な死を撒き散らす存在と化すことを認識してしまったから。

 

「……やはり、こうなると思っていたわ。だから死ぬべきだったのよ。何も知らずにいた方が幸せだったでしょうに」

 

 紫は吐き捨てるように義徳に言葉を投げ掛けた。

 そうだ、確かに彼女の言う通りだった。こんなこと、知りたくなかった。知らなければどれだけ楽だったか。死んだ方がマシとさえ思える。しかし、今となってはもう遅い。全て、知ってしまったのだから。彼女の言葉に抵抗する気などまるで起きなかった。

 

「他に……他に道は無いの!?」

 

 幽々子が紫に問う。しかし、普段の爛漫さは鳴りを潜め、非常に弱々しい雰囲気だった。

 

「第三の道は無いわ。もしもそのような道があったなら、今こういう状況にはなってないの」

「そんなの、そんなのって!」

「残念だけど、これが真実なの。幽々子も薄々理解していたでしょう? 死に魅入られた人間は碌な結末を迎えないって」

「でも!」

 

 幽々子もまた、義徳がいつかこうなってしまうことは理解できていた。死と密接に関わることは良い事ではないと。そうだとしても彼から離れたくなかったし、傍にいたいと思った。その想いが、今このような惨状を引き起こした。

 

「……とりあえず、貴方達は家に帰すわ。そんな状態では家に帰ることなんてできないでしょう」

 

 これはきっと、配慮だろう。紫なりに二人に気を遣っているのだ。彼女としてもこの状況は不本意なのだろう。その気持ちを察したところで、最早どうにもならない。真実を知った二人の心は、諦観と絶望に覆われていた。

 

 

 

   ※※※

 

 

 

 紫の力によって義徳と幽々子は自宅へ帰還した。重苦しい空気が二人を覆っていた。

 

「……義徳。貴方、これからどうするの?」

「ははは、どうなんでしょうかね」

「何で笑っていられるの? 一番辛いのは義徳なのに……」

「いやぁ、あそこまで言われるといっそ清々しいなって」

 

 あれだけのことがあったのだ、前向きでいることなどできなかった。この微笑みは、苦し紛れの微笑みだ。

 

「ごめんなさい。私が、桜を見たいだなんて言ったばかりに。あの場所に行かなければ、貴方はこんなことにならなかったのに……」

「いえ、幽々子さんは悪くないです。俺が、こんな能力を持ってた所為でこうなったんです。全部、全部、俺が悪いんです」

 

 この能力が無ければ、幽々子がこの世界やって来ることも、西行妖の真実に辿り着くことも、人を死に誘う存在になることもなかった。彼女はただ巻き込まれただけの被害者である。こんな事態に巻き込んだのは他の誰でもない自分自身だ。

 

「……すいません。少し、一人にしてくれませんか?」

「……ええ、私も」

 

 偶然にも幽々子と同じことを考えていたようだ。ならばと思って二階にある自室に逃げるようにして入る。

 

「……これから、どうすればいいんだ?」

 

 布団に寝転がって考え込む。自分はもう普通の人間として生きることはできない。近い内に人を死に誘う存在になるからだ。その時が来てしまった場合、自分は。

 

「────それなら、私がアドバイスしてあげましょうか?」

「八雲さん! まさか俺を殺しに……!」

「全てを知った貴方を殺しても手遅れ。貴方の最期は貴方次第よ」

「やっぱり俺が死ぬ前提なんですね……」

「仕方ないでしょう。解決方法がそれしか無いんだから」

「そう、ですか……」

「殺してほしいなら殺してあげるけど」

「……」

 

 いきなりやって来て我が物顔で振る舞う紫に少しの苛立ちを覚えた。しかし、彼女の言葉を否定できるだけの力は今の義徳には残っていなかった。

 

「────清和義徳。貴方は己の為すべきことを為しなさい。心の内に秘める望みを叶えるために最善で最良の選択を導き出しなさい。この先の道を決めることくらいならできる筈よ。まだ、貴方は生きているのだから」

「っ!」

 

 その言葉を聞いて目を見開く。そうだ、まだ全てが終わった訳ではない。暗闇で覆われていて見えない状態ではあるが、その先に道が無い訳ではない。見えないのなら、切り開けばいい。進むべき道を、自らの手で。

 

「……まさか、八雲さんに感謝する時が来るとは思いませんでした」

「何よその言い方。これでも私、貴方のことを何度も助けたつもりなのだけど。感謝されるのは当然のことでしょう」

「心底不服ですけど、そうですね」

「ホント、貴方って嫌な奴ね」

「八雲さんに言われたくないです」

 

 それぞれ嫌味を言い合う。正直のところ嫌いだと信じて疑っていなかったが、心の底では何だかんだ信頼していたらしい。それが可笑しくて、二人は互いに見えないようにフッと微笑む。

 

「……八雲さん、本当にありがとうございます。少しは落ち着きました。後は俺が本当にやるべきことを見つけるだけですね。後悔しないように」

「精々頑張りなさい、一応期待はしておくわ」

「えぇ、期待してて下さい。最善で最良の選択、考えてみせます」

 

 僅か、ほんの僅かだが気力が湧いてきた。予想外の人物によって助けられる形にはなったが、今はそれがありがたかった。

 今のままでは未来は無い。自身が本当にやるべきことは何なのか。それさえ分かれば────義徳は今までの記憶を辿り、自身の気持ちを整理するのだった。




 自分でもビビるくらい超展開になりました。本来のプロットとかけ離れすぎて自分でも驚いてます。キャラが勝手に動いていくのを制御できない……
 この話では西行妖や死に誘う程度の能力の解釈が非常に難解になってしまって凄く苦労しました。一応自分で納得できるように極力分かりやすく書いたつもりなのですが、それでもしっかり伝わっているかどうか非常に不安です。この小説では、西行妖や死に誘う能力は食虫植物と同じように甘いもので対象を釣って死ぬように誘導する能力なんじゃないかと解釈しています。多少に違いはありますが。
 次回はいよいよ最終回となります。投稿ペースが遅すぎてここまで来るのに一年かかってしまいましたが、しっかりと完結できるように頑張って書こうと思います。
 ここまで読んで頂けたら幸いです。
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