【完結】西行桜恋録   作:儚夢想

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書けば出ると信じて


第二話 生者と死者

「着きました。ここが俺の家です」

 

 雪の中を歩くこと数分。二人は目的地の家に辿り着いた。

 義徳の家は取り分け目立った所も無い、一般的な二階建ての家である。家の周囲は芝の生えた庭に囲まれている。また、車が二台は停められる程のスペースの駐車場が設けられていた。そこには一台の黒い軽自動車が置かれている。

 

(やっと帰れた……)

 

 正直、彼は安堵していた。というのも、家に帰るまでの間、互いに考え事をしていて終始無言だったからだ。非常に気まずい雰囲気で苦しかった。公園から自宅まで五分も掛からない距離だが、何倍にも長く感じられた。漸くそれも解消されてホッとしたのだ。

 扉の鍵を開け、玄関へと入る。このままだと中は暗いので、廊下の照明を付ける。

 

「この家、電気が通ってるのね」

「今じゃどこの家も電気くらい通ってますよ」

「まあ、そうなの?」

 

 電気が通ってることに対して驚いた様子だった。このご時世に電気の無い家があることの方が珍しいと義徳は思った。ひょっとして、彼女の住んでいる場所は電気が通っていないのだろうか。もしそうだとしたら、外界から隔絶された場所から来たことになる。考えれば考える程謎だ。

 靴を脱ぎ、そのままリビングに向かう。やはり暗いので照明を付けた。

 彼の家のリビングは質素なものである。テレビ、炬燵、木製のダイニングテーブルと椅子、エアコンといったどこにでもあるような必需品で構成されており、インテリアといった装飾類は特に置かれていない。ダイニングキッチンと一体化しており、部屋は簡素だが広めに造られていた。

 

「俺は先に晩飯の準備してきます。あ、何か食べたいものあります?」

「えっと、そうね……」

 

 彼女は真剣な表情で思案する。

 

「私、この世界の料理が食べたいわ」

「この世界……?」

「幻想郷には無い、外の世界でしか食べられないような料理をね」

「あの、その前に幻想郷とか外の世界って?」

「あ、ごめんなさい。先のそちらの説明が必要だったわね。幻想郷というのはね、妖怪、妖精、神といった人々に否定された存在の楽園。百年以上前に博麗大結界によって義徳のいるこの世界と隔絶された世界よ」

「ん……?」

 

 情報量が多過ぎて理解が追い付かない。

 妖怪? 妖精? 神? そのような超常の者が実際に存在している世界? 急に色々な情報が流れ込んできて処理しきれない。

 

「えっと、その……つまりはこの世界とは別に幻想郷っていうもう一つの世界が存在してるってことですか?」

「その考えで概ね問題無いわ」

 

 混乱した頭で何とか情報をまとめ、彼なりの解釈を述べる。強ち間違いでもなかったようだ。

 

「……訊きたいことは山程ありますが、先に飯ですね。話はその後で」

「そうね、腹が減っては何とやらって言うものね」

 

 色々尋ねることはあるものの、色々なことが起こって疲れたので少し休憩したい。だから、一旦質問は切り上げて晩飯の準備をすることにした。彼女も似たようなことを思っていたようで、賛成してくれた。

 

(幽々子さん、一体何者なんだ?)

 

 身体を持つ霊であり、幻想郷という異世界から来た少女。益々謎が深まるばかりだ。

 幻想郷。未だ不明な点が多いが、同時に分かったこともある。電気が通る家は希少であり、人外が跋扈する世界であること。そして、外界との接触を絶ってから百年以上経っているということ。

 情報を整理し、義徳はキッチンに向かった。

 

 

 

   ※※※

 

 

 

「幽々子さん、できましたよー」

 

 暫くして、料理は完成まで漕ぎ着けた。リクエストが抽象的で何を作ればいいか迷い、あれこれ調べていたら予想以上に時間は掛かってしまった。取り敢えず完成したことを彼女に知らせ、椅子に座らせた。そして、完成品をダイニングテーブルまで持っていく。

 

「初めて見る……これはどういう料理なの?」

「シチューって西洋が起源の煮込み料理です。これは日本風にアレンジされたクリームシチューですね」

「“シチュー”……美味しそうね」

 

 テーブルに置かれたのは、白いクリームシチュー。中には一口サイズに切り揃えられた肉やジャガイモ、人参といったオーソドックスな具材が確認できる。

 彼女はそれを一瞥すると、微笑んだ。どうやら良い印象を得られたようだ。

 

「それじゃあ、頂きます」

「頂きます」

 

 食前の挨拶を済ませ、スプーンを手に取る。スプーンで掬い、口に入れる。特に問題は無い、シンプルなシチューの味。空腹と寒さで、普段よりも美味しく感じられた。生き返るようだった。我ながら頑張ったと、内心で自画自賛する。

 果たして────彼女の方はどうか。

 

「どうですか、美味しいですか?」

「…………最高よ、貴方の料理」

 

 余程美味しかったのか、彼女は満面の笑みを浮かべ、全身を小刻みに震わせていた。

 

「おかわり!」

「はい、まだまだあるので遠慮無く」

 

 その要求に対し、義徳は快く返事した。同時に、戦慄した。

 スプーンで掬ったシチューが、箸で掴んだ白飯が、口を開けた瞬間に消えるのだ。それは決して見間違いではない。目の前で起こっている確かな事実。電光石火の勢いで飯を平らげる彼女の姿を見て、義徳はただ呆然とする他になかった。この状況を冷静に、何事も無かったかのように見ることなど誰ができようか。いや、誰だって不可能に決まっている。

 

「あの、幽々子さん?」

「義徳、どうしたの?」

 

 美味しそうに食べてくれるのは嬉しいし、作った甲斐がある。しかし、これは言わなければならない────そんな決心が湧き上がった。

 

「少々食べ過ぎでは?」

「そうねぇ、私もお世話になっている身だし、今日はこの位にしておきましょうか。義徳、ご馳走様」

(これだけ食べておいてこの位……?)

 

 そう思わずにはいられなかった。明日の分も含めて多めに作っておいたシチュー、炊いた白米を全て食べておいてまだ余裕がある、彼女はそう言っているのだ。

 

(これは……ヤバいな)

 

 彼女の滞在期間によっては家の食料と食費が悲惨なことになる。底をつく可能性も大いにある。早急に対策を練っておかなければ、と心に誓う義徳であった。

 

「それじゃ、食べ終わったことだし話の続きでもしましょうか」

「そ、そうですね……」

 

 まだまだ言いたいことはあるが、彼女はこちらにお構いなしに話を進める。この少女、かなり天真爛漫である。

 

「貴方、家の専属料理人にならない?」

 

 いきなりの勧誘。予想外の言葉を投げ掛けられた義徳は反応に困る。

 

「さっきのシチューっていう料理、凄く感動したわ! 貴方が白玉楼に来ればもっと食事が楽しくなると思うの!」

「あ、ありがとうございます……」

 

 料理人として雇いたい程に自身の料理の味を気に入ってくれたようだ。ここまで褒められると悪い気はしない。料理が相手の口に合ったのならそれが一番良い。ただ、先を顧みずに食べ過ぎる点は改善して欲しい。食料と食費で家計が悲惨なことになる。白玉楼とやらで料理を作っている者はさぞかし胃が痛くなる思いをしているに違いない。

 

「まぁ、それは後で考えておきます」

「今じゃなくても、私が帰るまでに決めておいて頂戴。良い返事を期待してるわ」

 

 自身はまだ大学生だし、就職先も決めていない。幽々子がいる職場なら楽しそうだと義徳は思った。しかし、肝心の場所がどこにあるかも分からない異世界だ。無理難題も良い所である。

 ということで、うやむやにした。こういった態度が良くないことは分かっているが、現状はこれが最善の判断だろう。あたかも自然な風を装い、次の話に切り替えていく。

 

「で、その白玉楼って何ですか?」

「私の住んでいる屋敷よ。冥界にあるの」

「冥界!?」

 

 その言葉を聞いて、義徳は驚きを抑えられなかった。

 死後の世界は大きく分けて三つある。罪を犯した者が行く地獄、善行を積んだ者が行く天国、そして罪を犯していない幽霊が転生・成仏を待つ冥界。これらは俗に言うあの世と呼ばれている場所である。そのような世界に、彼女は住んでいるのか。

 

「私は亡霊、死んだ存在よ。そんな私が死者の世界たる冥界にいたって不思議なことではないでしょう?」

「亡霊……そういうことか!」

 

 基本的には死んだことに気づいていないか、死を認められず生への執着が強い者が成仏できずに現世に留まるのが亡霊だ。しかし、幽々子は何かしらの要因で亡霊であり続け、死を自覚し生への執着も抱いていない例外の存在だ。だから大きく安定した霊気を持つことができる。感情的な乱れも無い。

 彼女の霊気の異質さを漸く理解できた。数々の霊を見てきた義徳だが、亡霊は今まで一度も見たことがなかった。故に、その可能性を失念していた。道理で答えに辿り着けなかった訳だ。

 

「ごめんなさい。勝手に一人で納得して。思い返せば俺って質問ばかりで幽々子さんに自分のこと何一つ話してませんね」

「そうね、私は義徳のことを知りたいわ。教えてくれるかしら?」

「はい!」

 

 人の要望にはしっかりと応えようと、快活に返事をする。

 

(とは言っても何から話せば……あんまり秘密とか無いんだよな)

 

 威勢よく啖呵を切ったはいいが、正直の所人に話すような秘密など殆ど思い浮かばなかった。隠し事はあまり好きではないし、言いたいことはハッキリと言う性格だという自覚がある。強いて言うとするなら────。

 

「────俺、死者の霊が見えたり会話したりできるんです」

 

 

 

   ※※※

 

 

 

「────俺、死者の霊が見えたり会話したりできるんです」

 

 清和義徳の口から放たれた言葉は、想定外のものだった。

 

「外の世界では幽霊の存在も否定されてるものだと思っていたのだけれど……」

「そうですね。他の人はそう言いますが、俺からしたら割といるものだと思いますよ」

 

 人間に否定されたのは霊とて例外ではない。近代化していく流れの中で排斥され、現在ではもし見えたとしても見間違い、錯覚などと言われるのがオチだ。しかし、彼の言うように霊は確実に存在する。何よりも自らがその“霊”の類なのだから。

 

「幽霊……というか、地縛霊とか怨霊とか霊全般に言えるんですけど、こういった死者は霊気を持っているんです。生者の気とは決定的に違う、特有の気です。あ、霊気っていうのは俺が勝手にそう呼んでるものです」

 

 彼の言う通り、死霊は生者とは明確に異なる気を持っている。しかし、その気は微弱で不安定である。神秘を失った外の世界でそれを正確に捉えることができる存在は皆無に等しいだろう。幻想郷でも普通の人間が幽霊を認知して会話をするのは困難なのだから、尚更。

 

「幽々子さんの霊気は幽霊のものとは根本的に違うものでした。幽霊と違って強く、安定してるんです」

「私が亡霊だって最初から分かっていたの?」

「いえ、言われて気づきました。亡霊なんて見たことがないので最初は戸惑いました。亡霊だと知って全部納得しましたよ。だって亡霊は他の霊と違って体を持てる唯一の霊ですからね」

 

 幽霊と亡霊は同一視されることがあるが、実際は大きく異なる。亡霊は幽霊と違い身体を持つ。一目見ただけでは人間と判別がつかない。しかし、義徳はその違いを見抜いた。亡霊の存在を見たことがなかっただけであり、本質をしっかりと理解していたのだ。彼の能力は本物だと断言できる。

 

「凄いと言わざるを得ないわ。貴方程のレベルで霊に干渉できる人間は初めてよ」

「そういうものですかね?」

「そういうものよ」

 

 しかし、不可解な点も存在する。彼は生きた人間にしては異常な程に“死”と密接に関わっている。生者と死者が決して交わることはない。だが、義徳はその理から外れている。ならば、もしかすると彼は────。

 

「あ、それはそうと幽々子さんに言わなくちゃいけないことがあるんです」

「どうしたの?」

 

 義徳が唐突に話を切り替える。何故かばつが悪い表情をしていた。

 

「最初に幽々子さんに話しかけられた時です。あの時、俺は嘘つきました。困ってるように見えたって言いましたけど、あれは出任せです」

「でも、結果的には事実だったじゃない。あの言葉が無かったら私はこうして貴方の家にいないもの。貴方が謝る必要なんて全く無いわ」

 

 その嘘は救いだった。どのような形であれ、自身を助けてくれたことに変わりはない。それなのにどうして謝るのか。彼女には理解できなかった。

 

「だとしても、謝ります。嘘をつくのは良くないですから」

 

 そのような、特に気にする必要も無いことで理由で謝るのか。義徳は、かなり実直な性格なのかもしれない。どこかの庭師に似ていて、他人を見ている気がしなかった。

 

「でも、困ってる幽々子さんを見て、俺は貴方を助けたいと心の底から思いました。これは本当です」

 

 義徳の炎のように赤い瞳が、真っすぐこちらを捉える。その眼はただひたすらに純粋で、穢れを一切感じさせない。そこに嘘も偽りもないのは明らかだ。故に────。

 

「その目を見れば分かるわ、全部本当だって。私は義徳を信じるわ」

「……ありがとうございます」

 

 ────彼を、清和義徳という男を、信じたい。

 

「だから、貴方にお願いがあるの」

「お願いですか?」

「実は私、冥界から急にこの世界に飛ばされて……帰れないの。だから、帰る方法を一緒に探してほしいのよ」

 

 この世界にいる以上、どうしてもこの問題が付きまとう。早く帰らないと庭師や境界の妖怪らが心配するだろう。何より、冥界の管理者たる自らが不在では冥界がどうなってしまうか想像に難くない。サボりと見做されてあの説教臭い閻魔に延々と叱られる可能性だってある。そういった面倒事は是が非でも避けたい。

 

「はい。俺に何ができるか分かりませんけど、精一杯やってみます。ここで会ったのも何かの縁だと思うので。何より、ここで幽々子さんを見捨てるのは後味悪いし、きっと後悔するでしょう」

 

 即答。困っている者を放っておかず、全力で助けようとするその姿勢は、長い間世界を見続けた彼女ですら見たことがない。彼は一度でも誰かの問題の深入りしたら絶対に見捨ててはおけない、筋金入りのお人好しである。恐らく────否、確実に当人は自覚していない。

 

「ありがとう。ふふ、義徳ったら本当に面白い人ね」

 

 そんなことを考えていたら、不意に笑みが零れた。死者の霊との意思疎通を可能とし、どうしようもないくらいにお人好し。初めて見るタイプの人間に興味が湧いた。彼と一緒なら、外の世界で過ごすのも案外悪くないかもしれない。そう思えた。

 

「面白いって、俺はそんなんじゃないですよ……」

「褒めてるのよ、心の底から」

 

 溜息をつく義徳を見て、思わずからかってやった。やはりあの庭師に似て、この青年は非常に弄り甲斐がある。外の世界で最初に会った人間が義徳で良かったとつくづく実感する。

 

「とにかく! 今日は色々あったので早く風呂入って寝ますよ!」

「はーい!」

 

 自身でも驚く程朗らかな声で返事をする。想像以上に今、この瞬間を楽しんでいるということか。

 幻想郷に、冥界に帰るまでの時間がどれ程長くなるか分からないが、これもきっと何かの巡り合わせだろう。気を落とさず、外の世界を存分に満喫しようと心を躍らせるのだった。




 この話は前回と合わせて一話分だったのですが一万字を超えるレベルで長くなったので二話に分割しました。
 かなり忙しいので状況で書いているのですが、東方LWにて幽々子様の実装が確定したので色々と犠牲にして完成させました。本当に頼むから幽々子様出てお願い(心の底からの懇願)。
 次回も頑張って書いていきます。ここまで楽しく読んで頂けたら幸いです。
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