【完結】西行桜恋録   作:儚夢想

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第六話 桜の過去

「どうしたの、義徳?」

 

 翌日。暖かな春の朝日の下。明るく輝く日光に対し、義徳は憂鬱だった。

 

「その、今日か明日に母さんが帰ってくるんですよ」

「それの何がいけないのかしら?」

「幽々子さんのこと、母さんには伝えてないんですよね……」

 

 義徳の懸念はそこにあった。というのも、彼は母親のことが少し苦手なのだ。

 母は茶目っ気の権化のような人間である。いい大人だというのに子どもらしい。家の中では徹底して自堕落でだらしない。一言で言えば、天衣無縫な振る舞いが幽々子と似ているのだ。一人でも抑えられないというのに、それが二人に増えたら? 考えると憂鬱なことこの上ない。根はしっかり者だから、余計に性質が悪い。

 そんな親だからこそ、義徳は幽々子の存在を隠した。バレた際に何を言われるか分かったものではない。面倒事が多過ぎる。あれこれ策を練っても、同じ屋根の下にいることになるので完全に隠し切ることは叶わないだろう。理由の説明のために少しでも時間を稼ぎたかった。

 

「その、どう説明しようかと考えてて」

「もしかして親が嫌いなの?」

「まさか、嫌いな訳ないじゃないですか。ただ苦手なだけですよ」

 

 断りを入れておくと、義徳の家族関係は非常に良好である。きちんと愛されて育てられたという自覚がある。何より、母親は唯一の肉親だ。無下にできる筈がない。こちらの都合を考えずひたすらに振り回してくる所が苦手なだけなのだ。

 

「なら、そんなのその時になってからでいいじゃない」

「そんなのって、それができたらどんなに楽か……」

 

 幽々子のように楽観的であれば。今日ほどそんなことを考えた日は無い。

 

「で、今日の予定は廃神社巡りだったかしら?」

「今日というか、当分の間はそんな感じですね」

 

 不確実な冥界の境界を探すより、確実に存在する博麗大結界の在りかを探す方向に変更した。しかし、不特定多数の廃神社の中からたった一つしかない博麗神社跡を見つけるという行為は困難を極める。故に、長期間の計画となる。

 

「そう言えば、もし博麗大結界があったとして、それを知る手段ってあるんですか?」

「結界は霊力で構成されているわ。強力な霊力があれば、近くにある可能性が高いということになるわ」

 

 強い霊力を感じることがあれば、そこに何かしらの結界があるということらしい。この計画は、彼女がどれだけ正確に感知できるかに掛かっている。

 

「手段があるなら一応問題無いですね。じゃあ、さっさと朝ご飯を食べて大結界を探しましょう」

 

 そうこうして、相変わらずの彼女の大食い振りに驚嘆しながら朝食を食べ終える。手短に食器の片付けをした後、二人は外に出た。

 

「最初に見た時からずっと気になってたけど……」

「これは車です。これなら広い範囲を移動できます」

 

 今回の移動に用いるのは義徳の乗用車である。特定の場所に長時間いることもなく、様々な場所を動き回るならばこれが最も適しているだろう。

 義徳は運転席に、幽々子は助手席にそれぞれ座る。シートベルトで身体を固定し、ミラーの位置確認等を済ませた。

 

「じゃあ、行きますよ」

 

 エンジンを掛け、サイドブレーキとレバーを所定の位置に動かし、車を発進させた。

 目指すは博麗大結界。どこにあるとも知れないが、これを探さないことには目的の達成はあり得ない。故に、可能性が低くとも義徳は行動を起こすのだった。

 

 

 

   ※※※

 

 

 

「はぁ……」

 

 思わず、溜息が出てしまった。

 

「分かってたことだけど、こうも手応えが無いと辛いわね……」

 

 気が付けば、太陽が西に沈みかけていた。茜色の空は徐々に藍色に染まりつつあった。

 

「時間的にもこれが最後ですね。ダメだったら家に帰りましょう」

 

 周囲は木々で覆われており、日差しが届かない。黄昏時ということもあり、殆ど夜と変わらない。これ以上の活動は難しいと判断した。

 

「階段か……」

 

 目の前に広がる階段を前にして、義徳は少し憂鬱な気分になった。ここからは光源を利用して進んだ方が安全だ。光源となる懐中電灯とスマートフォンのライト機能を駆使して進んでいくが、少々心許ない。油断は禁物である。

 細心の注意を払って階段を登り終えた。その先には、神社があった。朱色の塗装が剥げ、蔦が絡んでいる鳥居。木材の腐食が進み、崩れかかっている本殿。一目で分かる、疑う必要も無いくらいの廃神社。

 しかし、今まで見た廃神社とは一線を画する光景が広がっていた。

 

「これは……!」

 

 幽々子が言葉を零した。彼女の目に映るのは、境内に植えられた幾本もの桜。その一つ一つが大樹に相当するものであり、樹齢は相当なものだと理解できた。まだ満開ではないものの、その美しさは他の桜を凌駕している。

 

「凄い所を知っているのね」

「若葉ですよ。心霊スポット巡りでたらい回しにされた時、ここに連れてこられました」

 

 この場所を教えてくれたのはオカルトオタクの若葉である。京都周辺の神社仏閣の大半は彼女によって連れて来られた。故に、義徳も多少は知識がある。それらの情報がここで役に立つとは思ってもみなかった。

 

「凄く綺麗な桜ね……」

 

 その美しさに、自然と感嘆の言葉が零れた。周囲のことは気にも留めず、幽々子はただただ眼に映る桜を見上げていた。

 

「あと、この桜は?」

 

 優雅に咲き誇る桜の中で、一本だけ異彩を放つ桜の木が聳えていた。

 それは他の桜よりも一際大きく、注連縄が巻かれている。何よりも目を引くのは、春にも関わらず一切の花どころか蕾すら付けていないことだ。

 

「注連縄があるってことはご神体だったんでしょう。でも、見ての通りこの桜は枯れてます」

 

 注連縄が巻かれたこの木には恐らくは何らかの神が宿っていたのだろう。しかし、その機能は失われて久しい。この神社は長い間無人であり、存在を忘れ去られている。そのため、祀っていた神の信仰は消え失せ、存在そのものが消滅してしまった。故に、神木である桜も枯れてしまったのだと推測できる。

 

「義徳は、この桜が咲いている姿をこの目で見たいと思う?」

「咲いたなら凄く綺麗だと思います。でも、この桜はもう死んでいます。安らかに眠らせておくべきかと」

 

 神木としてきちんと存在していたならば。優雅に咲き誇る姿は想像に難くない。しかし、その姿を見ることは決してない。この桜は既にその生を終えている。枯れた桜も、人の命と同じく生き返ることはない。死んだ存在を蘇らせることはできない。安らかに弔ってやるのが道理だと義徳は考える。

 

「私は見たいわ。だって、咲いたらとても綺麗だと思うから」

 

 しかし、幽々子の考えは義徳と違う。互いに桜が咲く姿は綺麗だと思う点は同じだが、実際には見たいかどうかという点で食い違いがあった。

 

「……今から話したいことがあるのだけれど、いいかしら」

「はい。話したいように話して下さい」

「じゃあ、そうさせてもらうわ」

 

 幽々子は一呼吸して精神を落ち着かせる。彼女の顔から笑みが消え、真剣な表情になる。

 

「冥界には、同じように咲かない桜があるの。西行妖という名の桜よ」

 

 幽々子が目の前の枯れた桜を見たいと思う理由。それは、西行妖が関係している。

 

「私は西行妖を咲かせようとして、幻想郷から春を奪った。結果、幻想郷は五月になっても冬が続いたわ」

「春を奪ったって……?」

「西行妖を咲かせるためには必要なことだったわ」

 

 西行妖を満開にするために幻想郷中から春を集めた。それが唯一の方法だったからだ。しかし、それは大きな禍根を幻想郷にもたらす原因となった。

 

「……長過ぎる冬は人間を苦しめるには十分過ぎた。数は少ないけれど死人が出た。私は罪の無い人間を傷つけた。それを経て尚、私は西行妖が咲く姿を見てみたいの。それは決して叶うことのない願い。それでも望んでしまう。自分でもおかしいと思うわ」

 

 自らが愚かだと自嘲する。満開の西行妖を見たいと思い、他者の安息を破壊して強行した。結果、望みは果たされなかった。結局の所、彼女が西行妖の満開を見ることは絶対に無い。それでも尚、無理だと理解していても心の奥底では望んでいる。

 

「私は叶わない望みのために貴方の最も嫌いな人殺しをした。こんな私でも、義徳は認めてくれる……?」

 

 涙を浮かべ、震えた声で恐る恐る義徳に問う。普段の天真爛漫さは鳴りを潜め、暗く儚げな雰囲気を露わにしていた。気丈な振る舞いは無く、か弱い一面を隠すこともせずさらけ出している。そんな表情は────幽々子には似合わない。

 義徳は幽々子の手を握る。彼女は隠したいであろう過去を包み隠さず話したのだから、自身もそれに報いなければならない。

 

「確かに、幽々子さんのやったことは許されないと思います。でも、絶対に叶わないことを望む。その気持ちは分かります」

 

 幽々子は興味本位で桜を咲かせようと計画を立て、あろうことか実行に移した。それが大勢の人を脅かし、死人すら出した。そこまでは意図していなかったのかもしれないが、悪戯に命を奪ったということに変わりはない。彼女の行いは悪行であり、決して許されるものではない。しかし────義徳には幽々子の内心が理解できた。故に、糾弾せず、共感をもって自身の気持ちを示す。

 

「え……?」

 

 義徳の予想外の行動と言葉に、幽々子は驚きの声を上げた。

 

「十年前の今頃、俺は父と姉を失いました」

 

 若葉から聞いた義徳の過去。彼は良くも悪くもこの出来事に引っ張られている。死を嫌うようになったのも、能力を発現したのも、全ての切っ掛けは家族の死である。非常に辛いことを話しているというのに、彼の表情からは悲観的なものを感じない。赤い瞳には確かな覚悟が宿っている。有無を言わさない凄みに幽々子は圧倒された。

 

「それを機に俺は死を感じる力を得ました。誰かの死が分かるから、大切な人が死ぬ悲しみが分かるから、死なせないように必死に頑張りました。自分みたいな人を増やしたくなかったんです」

 

 大切なものが目の前で理不尽に奪われる。それが嫌で、可能な限り多くの命を救えるように努力をした。しかし────。

 

「でも、俺がどんなに頑張っても助けられないことの方が多かったです。助けると言って、助けられなくて。その度に人の死を目の当たりにして。ふざけるなと責められて。自分の理想を貫こうとすると、必ず誰かが傷つくんです」

 

 事を為せなかったら、罵詈雑言は当たり前だった。目の前で死んだ人間とは縁もゆかりもないが、他の誰かにとっては掛け替えのない大切な人だ。故に、失った際の悲しみは計り知れないものだ。やるせない気持ちは須らくその人を助けようとした自身に向けられる。「何故助けられなかった────?」と。

 

「それでも、一人でも多く助けたいと思って頑張ってきました。手が届く範囲なら、必ず助けたかったから。無理だと分かっていても、できるかもしれないと望むことを止めない」

 

 目の前で散る命を目の当たりにする度に心を痛め、それでも助けることを諦めない。確率が低いだとか、絶対に不可能だとか、そんなものは関係無い。ただ、目の前に誰かが死ぬことを決して見過ごす訳にはいかない。その一心である。

 

「幽々子さんは絶対に咲かない桜の満開が見たい。俺は手が届く範囲の人全てを救いたい。それが多くの人を傷つけることだと分かってても」

 

 咲かない桜を咲かすには、人間の平和な生活を奪わなければならない。目の前の人全てを助けるということは、助けられなかった場合に深い絶望を周囲に振り撒く。どちらも独善的な望みで、他者に決して小さくない傷を負わせる。

 

「俺も幽々子さんも、互いに叶わない望みを持っている。だから、俺は幽々子さんを否定しません。否定なんて、できません」

 

 互いに叶わない望みを抱いている。それを実行に移せば誰かが傷つく。それが分かっていても止めることができない。その気持ちは義徳も同じだった。故に、否定することができなかった。この二人は、ある種の同類なのだ。

 

「……ありがとう」

 

 義徳は優しい。優し過ぎる。優し過ぎて心配になる。しかし、その優しさがありがたかった。己の過去を知ったら嫌われると思っていたから、否定しないと言ってくれたことに感謝した。死に誘う存在である自身を肯定してくれたことが何よりも嬉しかった。そして、彼のことを思うとどういう訳か胸が熱くなった気がした。これはもしかして────。

 

「────話はこれで終わりかしら?」

 

 声が聞こえた。それは女性特有の透き通った声。しかし、それは幽々子ではない第三者の声だ。

 

「……紫?」

 

 声の正体に心当たりがあるのか、幽々子が名を口にする。すると、何もない空間から一人の女性が降りてきた。

 

「こんばんは、幽々子。あと、そちらの人間も」

「────あんたは!」

 

 美しく整った顔、長い金髪、胡散臭い雰囲気。服装はスーツではなくドレスだが、間違いない。昨日、トラックに轢かれそうだった女性である。

 幽々子の表情を見るに、二人は面識があるようだった。それは、金髪の女性が幻想郷に住む者だということを意味している。

 

「私は八雲(やくも)(ゆかり)。昨日ぶりね、清和義徳」

 

 八雲紫。彼女の介入は何がもたらすのか。予想外の人物の登場に、義徳も幽々子も呆然とする他になかった────。




 思った以上に文字数が多くなってしまったので分割します。後編は近日中に投稿します。
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