「私は八雲紫。昨日ぶりね、清和義徳」
「何で俺の名前を……!」
突如現れた金髪の女性────八雲紫。昨日のトラック事故の際に多少の会話はしたが、名を名乗った覚えは無い。一体どこで知ったというのか。
「何故かって、それは貴方を監視してたから」
「監視?」
「冥界から消えた幽々子を探しに外の世界に来たら、どういう訳か貴方が一緒にいた。幽々子に害を与える存在かどうか確かめたかったのよ」
紫は義徳を数秒ほど一瞥する。彼女の金色の瞳がこちらを射抜く。その爛々とした眼から放たれるプレッシャーに気圧されそうになった。そんな状態が続くのかと思いきや、紫は柔和な笑みを湛えて────。
「その点で言えば、貴方は合格。本当に、ありがとう」
感謝の言葉を告げた。先程の冗談めいた感謝とは違う、心の底からのものだった。彼女は得体の知れない人物だが、意外にも友達思いなのだろう。少なくとも、その点のみは信用できる。
「ねえ紫、いつから気づいていたの?」
「一昨日の夕方、貴女たちがやたらと服を買いに行った日ね」
「そんなに早く分かっていたなら……!」
「他にも調べることがあったのよ。だから、少し遅れてしまったわ。ごめんなさいね」
申し訳無さそうに謝る紫。義徳と接する時とは明らかに態度が違う。二人は非常に仲が良いことが分かる。
「にしても八雲さん、どうやって幽々子さんを見つけたんですか? 日本は広いし、たったの数日でなんて不可能に近いと思います」
これだけ広い日本の中からたった二日で正確に探すことができる筈が無い。余程の幸運か、何か仕掛けでもあるのか。
「貴方の能力が原因、私はそう考えている」
「俺の能力?」
「貴方の持つ能力は死を感じるもの。その所為か、貴方の周りだけ異常に濃い“死の気”が漂っている。昨日の一件で確信したわ」
昨日の一件。それがトラック事故を指しているのは明白だった。
「もしかして、昨日の事故はそれを確かめるために起こしたって言うんですか?」
「そうよ。貴方の能力を確かめるために、わざわざ変装をしてね。私は人間よりも強くできているけれど、流石に何十トンものトラックに轢かれたら一溜まりもないわ。貴方の到着がもう少し遅れていたら、私は死んでいた可能性がある」
「死んでいたって……」
「だからこそ、貴方の能力が作用した。そのお蔭で私は助かった」
「八雲さん!」
だったら、あんな自殺行為をする必要は無いだろう────そう言いたかったが、これ以上話を脱線させる訳にもいかなかった。喉元まで出かかった言葉を胸の内に閉まい、ただ八雲紫を睨むことしかできなかった。今怒りを剥き出しにした所で生まれるものは何も無い。
「話を戻すわ。異常に強い死の気を感知して来てみれば、その元は貴方たち二人だった。亡霊である幽々子ならまだしも、生きた人間である義徳まで死の気が強いから驚いたわ」
「死の気、ですか……」
「死の気とは死が近い人妖、或いは死者から放たれる気。貴方が感じている死は正確に言えば死の気よ」
死の気────彼女の言葉通り、死が近い生者や死霊などの死者から放出される気。義徳が感じる死はこの死の気のことを指している。
「あと、幽々子が外の世界に引っ張られたのも貴方の能力が原因だと考えてるわ。恐らく、義徳の能力は死を引き寄せることもできる。この点については謎が多いけれどね」
この能力は自身でも完全に把握できている訳ではないらしい。長い間この能力と付き合ってきたが、不明な点があるとは思わなかった。紫の言葉や表情から見るに、それが良いことだとは感じられない。これ以上何も無ければそれが良いのだが。
「これが私が話せる全てよ。納得できたかしら? ざっくり言えば、私が早く幽々子を見つけることができたのは義徳のお蔭ということよ」
「紫の言っていることに矛盾は無いわね。私が外の世界に来たのは義徳の能力が理由だったのね」
一通りの説明が終わり、幽々子が納得の姿勢を見せる。
「すいません。俺のせいでこんなことになって……」
「謝る必要なんてないわ。寧ろ礼を言いたいわ。だって、こうして義徳に会えたんだから」
義徳も一応の納得を示した。しかし、内心は穏やかではなかった。全ての元凶は他ならぬ自身だと懇切丁寧に言われれば機嫌が良くなる訳がない。
しかし、幽々子が見せた反応は予想とは異なるものだった。てっきり非難されるものだと思っていたが、実際に彼女が見せたのは感謝だった。
「貴方に会って、外の世界の美味しい料理を食べられた。美しい街並みを見せてくれた。友達もできた。全部全部、義徳のお蔭よ。だから、そんな辛そうな表情をしないで。貴方には笑顔でいて欲しいから」
「幽々子さん……」
義徳が返答に困っている時だった。
「────早く済ませなさいな。それくらいは待ってあげるから」
こちらの気持ちを知ってか知らずか、紫はそう告げて後ろに向いた。別れる前にしなければいけないことがあると察してくれたのだろう。彼女の情けに感謝して、改めて幽々子の方を向く。
「俺も、その……幽々子さんと会えて良かったと思います。一緒にいて楽しかったです」
今までうやむやにしたり、謝ったりなことが多かった。せめて最後くらいは本音を告げなければならない。昨日言おうとして言わなかった言葉だ。
「ふふっ、貴方も言うようになったわね」
「どういうことですか、それ?」
どういう訳か、彼女は笑った。その理由を知りたくて、義徳は幽々子に尋ねた。
「意思表示は大事、と言いたかったのよ」
「え? そんなの当たり前じゃないですか」
「……聞いた私が馬鹿だったわ」
幽々子は時々回りくどい答え方をする。何を言いたいのかさっぱり分からなかった。彼女の言っていることは当然のことであり、否定する点は何もなかった。返答が悪かったのか、珍しく困惑していた。
「……義徳、短い間だったけどとても楽しかったわ。貴方と一緒にいたこと、絶対に忘れないから」
「はい。俺も幽々子さんのことは絶対に忘れません」
きっと死ぬまで────否、死んでも忘れられないだろう。それ程までに西行寺幽々子は鮮烈で、眩しくて、絶対的な存在なのだ。忘れろと言われても、それはとても無理な話だ。
「また、貴方と会うことはできるかしら?」
「いつか、必ず会えると思います。何故か分からないけど、そんな気がします」
「私もそう思うわ。根拠は無いけれど、絶対に会えるって確信がある」
意外にも考えていることは幽々子と一緒だった。互いに根拠も無いのに再会できると確信している。ここまで彼女と通じ合ったのは初めてだった。
「案外、明日だったりして」
「ふふ、義徳が冗談を言うなんてね」
だから、ささやかな希望を言葉にする。渾身の冗談のつもりだが、きちんと伝わったようで安心した。その証拠に、彼女は満面の笑みを浮かべている。
「私は貴方の言葉を信じたいわ。だって、その方が希望があるもの」
「はい! 折角会えたのにもう会えないなんて嫌ですから」
尤も、次に会う時は死んで冥界に行った時かもしれない。それでも、もう会えないということは絶対に無い。それは余りにも救いが無い。義徳も幽々子も、全く同じことを考えていた。
「……じゃあ、そろそろ私は行くわ」
幽々子は義徳に告げる。その声は震えていた。
「終わったようね」
その声を聞きつけた紫が駆けつけた。
「今から幽々子と一緒に幻想郷に帰るけれど、それで構わないかしら?」
「はい。元よりそのつもりで動いてたので」
「もう言い残すことは無いわね?」
「言うべきことはもう言いました。問題ありません」
紫に念を押されたが、義徳に後悔は無い。彼は、幽々子が無事幻想郷に戻れることが分かって安心している。そこに後ろめたい感情は無かった。
「幽々子さん、ありがとうございました。お元気で」
だから、幽々子に対して心の底から感謝の意を込めて、最後の言葉を紡いだ。
「義徳もありがとう」
幽々子も義徳の行動に報いるため、笑顔を湛えて義徳に礼の言葉を返した。これで、互いに為すべきことは為した。これで後腐れ無く別れることができる。本当に短い期間だったが、心の底から楽しかったと胸を張って言える。
「また、会いましょうね────」
淀み無く、それでいて清らかな声。不思議と幽々子の声を聴くと心が安らぐ。しかし、この声を聴くのはこれで最後である。だが、それに対して心残りは無い。最初から分かっていたことだ。
幽々子のその言葉の後。紫は何もない空間に大量の目が付いた裂け目を発生させた。最後に幽々子は笑みをこちらに向けて、裂け目の中に入っていった。後に続いて紫も入り、やがて裂け目ごと消えた。
「二人とも消えた!?」
にわかには信じがたい出来事だった。しかし、今までのことを考えると納得するのに時間は掛からなかった。色々あったが、無事に目的を達成することができたのだ。
「これで良かったんだ。これで……」
傍にいた幽々子は帰るべき世界に帰った。それは彼女の望みであり、自身の望みでもあった。望みは見事に果たされ、嬉しいと思っている。それなのに。それなのに、何故────。
「何で俺はこんなに……!」
幽々子のことを考えると、どうしようもなく胸が締め付けられるのだろうか。
※※※
「数日経っても、ここは変わらないわね」
スキマの行き先は、幽々子ら死者の霊が住まう冥界だった。幾度となく見た風景。幾度となく感じた風。幾度となく咲く桜。何一つとして、変わりは無かった。
「幽々子様! この数日、どこに行ってたのですか!?」
途端に駆け付けたのは────庭師兼剣術指南役の
冥界を離れた帰還は決して長いものではないが、彼女との会話はとても懐かしい。こうして考えると、改めて帰ってくることができたのだと実感が湧いた。
「どこって、素敵でお腹いっぱいな観光旅行よ」
外の世界は本当に楽しかった。義徳に若葉、二人とも非常に魅力的な人間だった。幻想郷には無い様々なものに触れ、体験することができた。あの二人でなければここまで良い体験にはなり得なかっただろう。感謝する他に無い。
「あ、妖夢。早速だけど夕食を作ってくれるかしら?」
「嫌と言ってもダメなんでしょう?」
「答えは勿論“はい”か“イエス”よ?」
いきなり消えたり戻ったりして振り回した挙句、食事の命令だなんて踏んだり蹴ったりだ。このお転婆な主の突飛な行動を制御できる者がいるのなら、ここに連れてきて欲しい。妖夢は心の底からそう思った。
「はぁ、分かりましたよ……」
とぼとぼと白玉楼の方へ戻っていく妖夢。その姿には主への怒りや悲しみなど、複雑な感情がこもっていた。
「────幽々子、義徳のことだけど」
妖夢との会話が終わると、紫が話を切り出してきた。視線を彼女の顔を見ると、普段の飄々とした笑みは無く、重く厳しい表情で幽々子のことを見つめる。
「単刀直入に言うわ。彼は、清和義徳は────死に魅入られている」
※※※
紫と別れ、夕食を終えた後。幽々子は白玉楼の縁側に座って桜を眺めていた。改めて見る冥界の桜はやはり美しかった。これを超える景色は限られる。
『彼は、清和義徳は────死に魅入られている』
紫の言葉を反芻する。最初に会ったあの日から薄々勘づいてはいたが、やはり的中していた。義徳は死を嫌いながら、無意識に死に魂を引かれている。このまま死に魂を引かれ続ければ、彼の精神は耐えられず崩壊してしまうだろう。否が応でも死を見せ、感じさせるあの能力は呪いに他ならない。
「大丈夫かしら、義徳」
死に魅入られた生者の辿り着く先など────分かり切っている。故に、幽々子は義徳のことを考えると気が気でなかった。できるのならその行く末を見届けたかった。少しでもいいから傍にいたかった。しかし、彼女は冥界の死した亡霊であり、彼は外の世界の生きた人間である。文字通り、住む世界が違う。それでも、一時的ではあったが二人には明確な交流があった。本来はあり得ない事象が現実に起こったのだ。
「ふわぁ、疲れたわぁ……」
ここ数日は動きっぱなしだった。自らの居場所に戻れた安心感からか、疲労が一気に押し寄せてきた。妖夢に叱られるだろうが、今日はここで寝ることにした。夜風に当たりながら寝るのも悪くない。
「義徳……」
一人の青年に想いを馳せながら、幽々子は微睡む。恐らく、彼と共にいる夢を見るのかもしれない。もう会うことはないかもしれない。故に、忘れたくなくて、思い出を大切にしたくて、死してなお望みを抱き続ける。西行寺幽々子は、死者でありながらどこまでも人間的だった。
そして、彼女の望みは思わぬ形で────。
話が長くなったので前編と後編に分けて投稿しました。これからもこういう形で投稿することがあると思います。
ここまで読んで頂けたら幸いです。