【完結】西行桜恋録   作:儚夢想

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第八話 桜と面影と

 ────数え切れない程の、見渡す限りの満開の桜。それは、桜の海とも呼べる光景だった。その中に一つ、樹齢数百年は下らない大樹であり、空を舞う花弁はさながら吹雪にも似ていた。

 

「これは……!」

 

 余りにも優美な存在の前に、年老いた男はただ立ち尽くすことしかできなかった。その大木は見る者を圧倒させる。風に乗る花弁は見る者の心を癒やす。冬を乗り越え、暖かな春の光の下に咲いた新しい命。その眼に映る世界は、今までに見てきた桜を凌駕する程に深く脳裏に刻み込まれた。

 彼の者は桜を求め、全国各地を旅して回った。結果、遂に辿り着いたのだ。この場所こそ、死に場所に相応しい────。

 

「願わくは 花の下にて 春死なむ その如月の 望月のころ────」

 

 感極まり、半ば無意識の内に詠った。桜との出会いを詠ったこの和歌は、約千年に渡り親しまれる。

 近い将来、彼は見事な桜の木の下で永遠の眠りにつくことになる。その死こそが全ての始まりということを、彼が知ることはない。

 彼の死後、死に場所に選んだ素晴らしい桜は、この世に二つと無い血染の花を咲かせたと言う。

 

 

 

   ※※※

 

 

 

 ────目が覚めた。それは、とある誰かの最期。桜のように儚く散りゆく者の夢。

 

(何でこんな夢を……)

 

 その夢は、妙に現実感があった。自分ではない、見ず知らずの誰かのことだというのに。このような夢を、義徳は今までに見たことがなかった。家族が死ぬ夢なら散々見てきたが、誰かの人生を追体験するような夢は彼にとって初めてだった。

 不思議に思いながら、身体を起こす。今は夢のことよりも彼女────西行寺幽々子のことが気になっていた。

 

(幽々子さん、幻想郷に帰ったんだよな)

 

 昨日の廃神社での出来事。八雲紫の出現によって目的であった幻想郷への帰還が叶った。ほんの数日の間だったが、幽々子と共に過ごした朝は非常に騒がしくて活気があった。彼女がいなくなった今、久しぶりに静かな朝を過ごすことになる────そんなことを考えながら身体を起こした時だった。

 

「……ん?」

 

 目を疑った。そこには、いる筈のない存在がいたからだ。昨日の出来事からして、このようなことは在り得ない。

 おかしい、まだ夢でも見ているのだろうか。そう思って頬を強く引っ張ってみる。

 

「痛って……!」

 

 痛覚をハッキリと感じた。つまり、目の前の出来事は嘘ではなく現実のことである。ならば、尚のことおかしい。

 

「何で……!」

 

 昨日、別れを告げた少女。死者の世界である冥界に住み、霊を統括する亡霊の彼女が何故────。

 

「幽々子さんが、ここに……!?」

 

 西行寺幽々子が、再びこの世界にいる?

 

「あの後何があったんだ……?」

 

 彼女は幻想郷へ戻り、同時に冥界に戻った。これは確実だ。この目で見たのだから間違いない。可能性があるとすれば八雲紫だが、幽々子の帰還を望む彼女がこのようなことをするとは到底思えない。だとしたら何が原因だ? 昨日の紫の言葉を思い出す。

 

『幽々子が外の世界に引っ張られたのも貴方の能力が原因だと考えてるわ。恐らく、義徳の能力は死を引き寄せることもできる。この点については謎が多いけれどね』

 

 幽々子がこの世界に来た原因は義徳自身の能力────紫は明確に語った。

 

「まさか、ただあっちに戻るだけじゃダメなのか……?」

 

 ここに幽々子がいるということは、昨日の方法では根本的な解決にはならないことを意味している。正規の方法で幻想郷に戻った筈だが、それが無意味となると完全に解決するためにはどうすれば────。

 

「今考えても埒が明かないな……」

 

 少なくとも、今考えた所で何も思い浮かばないことは分かっている。だから、今起こっていることに対してどうするかを考えることにした。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 静かで、穏やかな寝息。笑みを湛えながら、幽々子は寝ている。きっと、良い夢でも見ているのだろう。寝顔を見るのは趣味が悪いと思いつつも、目が離せない。幸せそうに眠る彼女を見ていると、心がズキリと痛かった。

 

(やっと帰れたのに……)

 

 彼女に起こった異変は、他ならぬ自身が原因である、その現実が義徳にとって辛かった。本来いるべき場所にいることができないのは、彼女にとって堪え難い苦痛に違いない。

 

「朝ご飯、食べるか」

 

 寝ている幽々子を無理矢理起こすのはばつが悪い。羽毛布団をそっと掛けて、自室を出る。 変な夢といい、幽々子の再訪といい、不可思議な出来事が立て続けに起きている。別のことをして少しでも気分を変えたかった。

 

 

 

   ※※※

 

 

 

「あら、義徳。久しぶり~」

 

 リビングの扉を開けると、声を掛けられた。締まりのない、どこか間延びした声。聞き間違える筈がない。

 

「……おかえり、母さん」

「ただいま~」

 

 清和(せいわ)(しずか)────それが義徳の母の名だ。

 静は実に多忙な生活を送っており、仕事の都合で日本各地を転々としている。義徳が普段から家で一人なのはそれが理由である。彼女は激務に追われているが、それは決して彼を軽んじている訳ではない。未成年である義徳に苦労させないようにという彼女なりの意思であり、寧ろ溺愛さえしている。事実、彼女はその労力に見合った多額の収入を得ている。義徳はその恩恵を受け、一人でも大きな不自由もなく暮らせている。

 

「義徳、私の分の朝ご飯も作って~」

「うん。丁度そのつもりで起きたから」

 

 帰ってくるなりいきなりの要求。だが、互いに目的は一致しているので断る理由は無かった。

 

(帰ってきちゃったか……)

 

 頭を抱えるような問題が立て続け起きていて義徳の思考が混乱気味だった。再びこの世界にやって来た幽々子や、家に帰ってきた母親に彼女のことがバレないように慎重に立ち回る必要がある。一旦情報を整理して、最善の方法を模索する時間が欲しかった。

 

「────ねえ義徳、最近女の子を家に入れた?」

 

 親の直感というのは、時として何よりも恐ろしい。義徳に考える隙など与えてくれる訳がなかった。

 

「……この家に入る女の子なんて若葉しかいないよ」

「いや、これは若葉ちゃんの匂いじゃないわ。他の誰かのものよ」

 

(犬かよ!)

 

 内心で思わず突っ込んでしまった。

 静は勘に優れている。何か考えていると、心を読んでいるのかと錯覚するほどに的確な問いを投げ掛けてくる。義徳が彼女を苦手とする要因である。

 

「義徳も意外にやり手ねぇ~」

 

(若葉も同じことを言ってた気がするな……)

 

 人はなぜ男女関係に敏感なのか。恋愛に興味が無い義徳には全く理解できない。

 

「とにかく、俺はそんなことしてないから! だからもう────」

 

 義徳が静の問いを否定しようと、言葉をひねり出した時。

 

『どうしてまたここにいるのぉ────!?』

 

 義徳の必死の努力は無情にも裏切られてしまった。目覚めた幽々子が、こちらにも聞こえるほどの大声をあげてしまったのだ。

 

「義徳? どういうことかちゃ~んと説明してもらおうかしら?」

 

「うっ……」

 

 これは流石に、弁解できそうにない。

 

 

 

   ※※※

 

 

 西行寺幽々子は困惑していた。昨日白玉楼に戻り、眠りについた。それははっきりと覚えているし、間違いない。だというのに、いつの間にか再び義徳の家にいた。何が起こっているのか訳が分からなかった。

 余りの衝撃に眠気はどこかへ吹き飛んでいった。気が付けば、周囲の状況も顧みずに叫んでいた。すると、足音が近づいてきた。誰かが階段を上っているらしい。足音が止むと、今度はこの部屋の扉を誰かがノックする。

 

「……あの、幽々子さん?」

 

 声を掛けてきたのは義徳だった。まさか昨日の冗談が実現するとは彼女自身も予想できなかった。義徳だって同じことを考えているに違いない。

 

「義徳! 何で私────」

「話したいことは色々ありますけど、それは後で。とりあえず今は一階に降りて下さい」

 

 どういう訳か、今の義徳は気まずそうな表情をしていた。

 

「一体何があったの?」

「リビングに来れば分かります」

 

 義徳に言われるがままに階段を降り、そのままリビングに入る。以前と何も変わらない、洋式の居間だ。違う所があるとすれば、目の前にいる女性。

 

「この子が義徳の……あ、どうも。私は清和静、義徳の母です。よろしくね」

「私は西行寺幽々子と申します。義徳にはいつもお世話になってます」

 

 義徳が母が帰ってくると言っていたのを思い出した。よく見ると、どこか義徳に似ている気がする。

 

「何かと手が掛かる子でしょう?」

「全く本当に。お母様もさぞかし苦労したでしょう」

 

 しかし、その雰囲気は似ても似つかない。生真面目な義徳と比べると、柔軟で奔放な印象を受ける。

 

「まあまあ義徳、そんな顔しないで。お母様が悲しむわよ?」

「私は義徳をこんな捻くれた子に育てた覚えはないのに……」

 

 表情がころころ変わる所は義徳とそっくりである。やはり親子、受け継ぐものはしっかり受け継いでいるらしい。

 

 

(だから会わせたくなかったんだよなぁ)

 

 盛り上がる幽々子と静をよそに、義徳は憂鬱な気分だった。 

 幽々子と静、想像以上に抜群の阿吽の呼吸である。二人が一緒になるとこちらにお構いなしにあることないこと勝手に喋るのが分かっていたから、絶対に引き合わせてはならないと思っていた。では、目の前の状況はどうか。考えるまでもなく好ましくない状況である。ここまで来ると溜息も出ない。

 

「そろそろ朝飯作りたいんで……」

「頼んだわよ~」

「久しぶりに貴方の料理が食べたいわ~」

 

 少しは自分でどうにかして欲しい、喉元まで出かかった言葉を胸の奥に引っ込める。起きてから少ししか時間も経っていないのに、数日分の疲労が一気に押し寄せている感じがした。このままだと過労で気絶でもしそうだと億劫になる義徳だった。

 

 

 

   ※※※

 

 

 

「じゃあ、話してもらうわよ。二人の関係を」

 

 朝食を終え、義徳と幽々子は静に事情を話すことになった。つまる所、三者面談である。義徳からしてみれば全く笑えない状況だった。

 

「幽々子さんは居候だよ。家出して途方に暮れてる所を拾ったんだ。金も無いし、宿も無いし、食べるものも無い。そんな人を放ってはおけないから」

 

 勿論、真実は伏せる。冥界からやって来た亡霊のお嬢様などと説明しても到底受け入れられない。一応見抜かれないように、幾らか真実を混ぜて話す。上手く嘘をつくには嘘と本当を混ぜると良いと何かの漫画で見た。

 

「で、その後は何かやった?」

「若葉含めて三人で幽々子さんの服を買いに行ったり、京都市で観光したり、その位だよ」

「それは実質デートじゃないかしら?」

「デート!?」

 

 予想もしない言葉に驚いてしまい、義徳は素っ頓狂な声を上げてしまった。あの時の状況を思い返してみれば、そのように受け取れなくもない。しかし、義徳にとってデートというのは、恋愛関係を抱いている人の行為を指すものだ。それが無いので、デートとは言えない。

 

「いや、これは幽々子さんの要望に付き合っただけで!」

「付き合った……やっぱり幽々子ちゃんとはそういう関係なのね?」

「だから違うって! 恋人として付き合ってるって意味じゃなくて、ただ一緒に行動するって意味の付き合うだから! 勘違いしないで母さん!」

 

 決して。決して、幽々子とはそういう関係ではない。ただ幽々子を手伝っているだけであって、それ以上でもそれ以下でもない。義徳は彼女との関係をそう解釈している。

 

「義徳、酷いわ。私とはそんな浅い関係だったのね、ぐすん……」

「幽々子さんも悪ノリしないで下さい!」

 

 しかし、幽々子のことを心の底から嫌だと思ったことは一度たりともない。少なくとも、事情を考えると浅い関係とは言えないと義徳は考える。かと言って、深い関係とも言い切れないのだが。何とも形容し難い複雑さがある。

 

「別に幽々子さんとはそんなに浅い関係じゃないし、少し特別っていうか……」

「やっぱり付き合ってるじゃない!」

「何でそうなるんだよ!?」

 

 静は意地でも義徳と幽々子の関係を恋愛に当てはめたいようだった。そうしようとする理由が、義徳には分からなかった。

 

「とにかく! 俺は幽々子さんのこと、嫌いじゃないです。どこか死んだ姉さんみたいで────」

 

 無理にでも話を終わらせようとして、思わず口走ってしまった。ハッとなって、すぐさま口を閉じる。しかし、言い切ってしまったのでその行為に意味は無い。すぐに冷静になって、義徳は後悔した。

 

「すいません。今のは忘れて下さい」

 

 慌てて謝り、訂正する。今の言葉は、親しく接してくれた幽々子に対する冒涜だ。死んだ人間の姿を重ねるなどあってはならない。

 

「少し、散歩でもしてきます」

 

 何故このようなことを言ってしまったのか、義徳自身が完全に理解できていなかった。一瞬にして冷え切ったこの空間にいたくなくて、急ぎ足で部屋から出ていく。

 

「義徳……」

 

 おもむろに部屋を去った義徳に掛ける言葉が見つからず、ただその背中を見ることしかできなかった。暫く二人の間に沈黙が訪れた。

 

「あれは本当に失礼だと思うけど、あの子に悪気は無いの。許してあげて」

 

 その沈黙を破ったのは静だった。その言葉は、義徳の擁護だった。

 

「あの子、小さい頃からずっとお姉ちゃんを慕ってるの。だから、無意識に幽々子ちゃんに対して姉の面影を見ていたんでしょうね。貴女って死んだ娘に似てるもの。雰囲気が特にね」

 

 義徳は他人をとても大切に思う人間だ。家族なら尚のこと大切だろう。故に、忘れられないのだ。大切な人間に似た存在が目の前に現れれば面影を見ることもある。

 

「でも、死んだ人の代わりなんていない。幽々子ちゃんは幽々子ちゃんであって、他の誰でもない。義徳はそれが分かってるからすぐに謝った」

 

 義徳は死者の霊が見える。恐らく、死んだ姉の霊を見たことがあるのだろう。だからこそ、幽々子と姉は別の存在だと明確に理解している。だからこそ、あのようなことを口走った義徳は戸惑っている。結果として、いたたまれない気持ちになって外へ飛び出した。

 

「義徳ってああ見えてナイーブなのよ。あまり人と関わりたがらないのは繋がりを失うことや拒絶されるのが怖いから。普段は表に出さないから分かり辛いんだけど」

 

 静の言う通り、義徳は誰かに弱みを見せない。彼はどんなに苦しい状況でも目的のために必死に頑張り、やり遂げる人間だ。その精神は逞しいが、意外に簡単に崩れてしまいそうな脆さがある。それは、今までのやり取りで薄々勘付いていた。

 

「でも、今日あの子はあの子なりに変わろう頑張ってる。今日のやり取りで確信したわ。前はもっと口数が少なかったのに、あんなに感情を剥き出しにしてるのは久しぶりだった」

「そうなんですか?」

「そうよ。口数どころが表情もあんまり変わらなかったんだから。それもこれも全部、幽々子ちゃんのお蔭」

 

 以前、若葉も同じようなことを言っていた。

 

「勝手で悪いけれど、幽々子ちゃんさえ良ければ、義徳のことをお願い」

「え……?」

「義徳が頑張ってるのは貴女のためでしょう? あの子って頑張り過ぎる所があるから心配でね」

 

 義徳の目的は幽々子を幻想郷へと帰すことであり、そのために身を粉にして頑張ってくれた。外の世界で最初に出会った人間が義徳で本当に良かった。もし彼以外の人間だったら────そんなことは考えたくない。彼に報いるためにも、ここは。

 

「はい。静さんの願い、聞き入れました。私がここにいる間、義徳が私を見捨てなかったように、私も義徳を見捨てることはしないと約束します」

 

 彼女の願いを無視する訳にはいかない。

 

「ごめんね幽々子ちゃん、本当に勝手なことで」

「いえ、私自身が義徳のために何かできないかと思っていたので」

 

 義徳に助けてもらった以上、恩返ししなければならない。再びこの世界に来たことで、不可能なことではなくなった。今度は自分の番であると意気込み、幽々子は立ち上がる。

 

「私は義徳を追ってきます」

「あの子なら多分近くの公園にいると思うわ。散歩するって時は大体あそこにいるから」

 

 近くの公園、というと心当たりがあるのは最初に外の世界に来た時の公園。それなら道に迷うこともない。彼とはまだ話したいことや、一緒に行きたい所が沢山ある。善は急げと思い立って、幽々子はすぐに外へ出るのだった。

 

 

 

   ※※※

 

 

 

「はぁ……」

 

 義徳はリビングを出た後、外着に着替えて外を歩き回っていた。行き先を決めず、適当に近所をぶらついたつもりだったが、足は自ずとある場所へと向かっていた。

 辿り着いたのは、初めて幽々子と出会った公園だった。あの雪の夜の時とは違い、晴れやかで明るく、より鮮明に桜を一望することができる。

 

「幽々子さん……」

 

 自身に親しく接してくれた人に向かって誰かの代わりと言うのは無礼極まりない。死んだ人間の霊を見れて区別できるのだから尚更である。死んだ人間の代わりなどいない。幽々子は幽々子であり、他の誰でもない。

 

「後でちゃんと謝らなきゃ……」

 

 素っ気ない謝り方をした上に、負い目を感じてここまで逃げてきてしまった。これでは納得できないし、彼女に申し訳ない。場を整えて改めて謝らなければならない。

 

「……!」

 

 ここで、一つの霊気がこちらに向かってくるのを感知した。それはいつも近くで感じている気であり、考えるまでもなく幽々子だと分かった。

 

「幽々子さん! どうしてここが!」

「静さんが教えてくれたの。義徳が用も無く外に出る時は必ずここに行くって」

「そうですか……」

 

 思い返してみると、この公園に来る頻度は高い。今まであてもなく外に出る時は、決まってこの公園に寄っていたことに気づいた。それが普段は家にいない母親に知られているとは思わなかった。

 何はともあれ、幽々子との会話の機会が訪れた。ここで先に話かけるべきは、自分以外に在り得ない。

 

「────さっきの失言、本当にすいませんでした。俺は幽々子さんに勝手に姉の面影を見て、姉のように思ってました」

 

 彼女に対してやらなければならないことは謝罪である。幽々子という少女は唯一の存在であり、誰の代わりでもない。

 

「幽々子さんは幽々子さんです。俺の姉じゃない。だから……」

 

 後に続く言葉が出てこない。

 

「俺って幽々子さんのことをどう思ってるんでしょうね。あはは……」

 

 友達、というのは何だか違う。恋人や彼女は当然論外。自身にとって彼女がどういう存在なのか必死に考える。しかし、どれだけ考えても当てはまるものが思い浮かばない。自分の気持ちが分からなかった。

 

「でも、決して悪く思ってないです。昨日も言いましたが、俺は幽々子さんと一緒にいるのが楽しいです」

 

 それは紛れもない事実である。心の底から思った、嘘偽りの無い本音。再び彼女と共にいることに嬉しさを感じる。その一方で、自身のせいで外の世界に縛り付けていることに罪悪感を感じている。何とかして完全な解決策を模索しなければならない。

 

「なんて言うかその、色々と迷惑かけてすいません……」

「どうして義徳が謝るの?」

「え? どうして俺が謝るって……?」

 

 返ってきた言葉は予想とは逆だった。てっきり説教でも喰らうのかと思い身構えていた義徳は、思わず聞き返す。

 

「負い目を感じることはないわ。誰かの面影を見ることなんてよくあるし、私が幻想郷に帰れないことを義徳のせいだと思ったことはないもの」

「それは────」

 

 違う。そう言おうと思ったものの、直前で口に人差し指を当てられて遮られた。

 

「みなまで言う必要はないわ。外の世界に来た時は不安だったけれど、今はとても楽しいわ。そう思わせてくれたのは他の誰でもない貴方。だから、私は外の世界をとことん楽しむって決めたの。それもこれも、全部義徳のお蔭。寧ろ私が感謝したいくらいよ」

 

 幽々子の言葉は義徳にとって衝撃だった。全ての元凶は彼本人だというのに、彼女はそれを悪いと思っていない。それどころか、感謝すらしてのけた。

 幽々子のどこまでも前向きな姿勢は、義徳にとって眩しいものだった。そんな明るい笑顔の彼女を見ていると────。

 

「……ふふっ」

 

 義徳はつい我慢できず、笑みを零す。自由気ままな幽々子を見ていると、悩んでいるのが馬鹿らしくなってきた。幽々子から目を離せない理由が何となく分かった気がする。

 

「どうして笑っているの?」

「すいません、余りにも幽々子さんらしいから……」

「どういう意味?」

「そのままの意味ですよ」

「それって褒めてる?」

「勿論、心の底から褒めてますよ」

 

 幽々子には気の向くままに振る舞う姿が一番合う。見ていて気持ちが良い。

 

「どうしたの? そんなに私の顔を見て。何か付いてるの?」

「い、いや、何でもないです!」

 

 こうして彼女のことを意識すると、顔が熱くなる。心が浮ついた感じがする。最近幽々子と一緒にいるとこうなることが多い気がする。どうしてだろうか。何だか心がモヤモヤする。

 

「何はともあれ、俺の行動が少しでも幽々子さんの助けになったのなら頑張った甲斐があります」

「少しじゃないわ。義徳にはとても助けになったわ」

「ありがとうございます」

 

 その言葉を聞いて、義徳は少し救われた気分になった。自分の行動で幽々子が喜んでくれた。自分のような人間でも、誰かの助けになれたことが嬉しかった。

 

「そうそう、義徳にお願いがあるの!」

「お願い?」

「私ね、探してるの。とても大きくて、美しい桜を」

 

 昨晩のことを思い出す。幽々子が求めているのは、巨大で美麗な桜。彼女が心の底から望むことである。

 その桜はどこにあるかも分からない。もしかしたら、そのようなものは存在しないかもしれない。しかし────。

 

「探し物くらいなら、喜んで手伝います」

「ふふ、改めてよろしくね、義徳」

 

 乗りかかった船なのだから、最後までとことん付き合おうと思った。彼女と共に乗る船は、きっと愉快な旅路になるだろう。それなら、悪くない。

 次の目的は死を引き寄せるらしい自身の能力の干渉を断ち切り、今度こそ幽々子を幻想郷に帰す。そして、幽々子の望む桜を探すこと。決して容易ではないが、それでも彼女のためならやり遂げようと思った。

 ────瞬間。

 

「あれ……?」

 

 視界が歪む。周囲の風景、幽々子の顔がぼやけて見える。続いて、金属音に似た不快な耳鳴りに聴覚を支配される。更には、全身が鉛のように重い。意識を保とうと必死に堪えようとするが、抗えずに幽々子の肩にもたれかかる。

 一体何が起こったというのか。唐突過ぎて理解が追い付かない。思考も上手くできず、ただ困惑することしかできなかった。

 

「義徳!?」

 

 微かに聞こえる幽々子の声。明らかに動揺していた。

 徐々に遠のいていく彼女の声を聞きながら、義徳は混濁する意識を闇に放り出した────。




 ここ最近はいつになく忙しかったので予定より少し遅れてしまいました。暫くこんな感じのペースでの投稿になりそうなので申し訳ないです。
 ここまで読んで頂ければ幸いです。
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