1人が視聴中 XXXXXXX 時間前にライブ配信開始   作:暁刀魚

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俺の幼馴染は、異世界で配信者をしている。

幼馴染、有間美月は配信者をしている。

 異世界の土地で、俺、神埼五木を唯一のリスナーとして。常ならば最大一万人はいた同接も、今では常に一人きり。

 

 そのことに、少しだけ優越感を覚えながらも、俺は……俺たちは、今日も異世界で奮闘していた。

 

『聞いてくださいカンちゃん! ついにアイテムボックスが無限ストレージに進化したよ!』

 

ジュピター 月:詰め込みすぎで草。

 

『とりあえず、大体のスキルはスキルマしたと思うんだよ……』

 

ジュピター 月:もう一ヶ月も経ってるからな……

 

 一ヶ月、その間。美月は一人でモクモクとスキルのレベル上げに勤しんでいた。毎日一時間は、俺と会話する時間を取っているとはいえ、一人でずっと同じ作業を続けていられるのは、さすが引きこもり配信者の才能というやつか。

 ともあれ、美月の持っているスキルは森での戦闘や色々な異世界転移的工夫の中で進化して、そのほぼ全てがこれ以上上はないだろう、というスキル名になったところで、美月はスキル上げを一段落とした。

 

 その間に、俺も動物の皮のなめし方などを調べ、美月のスキルを応用しつつこれを実行。無事に革を手に入れることに成功した。美月の服を着替えさせることに成功したのだ。

 他にも雨風をしのげる住居を建造したり、食料をアイテムボックス(一度入れれば入れている間はその状態が持続する効果付き)に放り込んで貯蓄したり、などなど。

 

 美月の異世界生活は順調と言ってよかった。

 

 それもこれも異世界チートスキルと、きちんと現代知識を参照できる立場のおかげだろう。俺も鼻高々である。

 

『あー、楽しかったぁ』

 

ジュピター 月:楽しかったのか。ずっと一人だから、退屈じゃなかったか? そっちにはアニメも漫画もゲームもないし。

 

『そりゃまぁ、カンちゃんに見てもらえますし、一人なのは、引きこもってるときから変わらないよ』

 

 それに、と美月は続ける。

 

『私、カンちゃんに見てもらえるなら、他は何もいらないもん』

 

 俺は何も言えなくなった。

 言って美月も恥ずかしくなったのか、画面の向こうでもじもじと体を揺すっている。そんな時間がひとしきり続いてから、ふと美月が口火を切った。

 

『……えっと、そっちの方は、どうなってるの?』

 

ジュピター 月:ああ、えっと……

 

 ――一ヶ月。

 美月が現実で失踪してから、一ヶ月が経とうとしていた。

 失踪した当初は大々的にされていた報道も、いつの間にか鳴りを潜め、世間は美月のことを忘れていた。それどころか――

 

ジュピター 月:……アルミのご両親も、今はもとの生活に戻ってるよ。

 

『……そっか』

 

 俺に見てもらえれば、とすら言い切る美月でも、流石に両親が気にしていないのは、堪えるだろう。とはいえ、二人の間に隠し事はなしだ。

 もちろん、美月にこっちの世界の異常な状況は伝えてある。こうなることは、想定できた事態で、美月も覚悟はしていただろう。

 

『……ならよかった。心配させたくないもんね』

 

 そして、その上で。

 美月にとっては、それが本当に心の底からの本音だろう。

 

ジュピター 月:俺は忘れないからな、ずっと見てるからな、アルミ。

 

『うん! それなら、大丈夫。カンちゃんが見ててくれるなら、私は大丈夫だよ』

 

 なんだか、お互いその言葉は、お互いに自分に言い聞かせているようで。

 でも、それはそうだろう。

 美月は一ヶ月、この森で一人生活した。それは、一人でいたかったからだ。周りと関わることを怖がっていたから。

 でも、もうそうは行かない。美月自身、今の生活に限界を感じているだろう。なにより、この森に人が通らないわけではないのだ。いつまでも、ここにいて隠れて生活していられるわけではない。

 

 だから――そろそろ、決断しなければいけなかった。

 

『だから……私、決めたよ』

 

ジュピター 月:そっか。

 

 

『――この森を出る』

 

 

 それは、数年間の間、リアルでの人との接触を避けてきた美月にとって、とても高い、高すぎるほどに高いハードルだった――

 

 

 ◆

 

 

『だめでしたーーーーー』

 

ジュピター 月:だめだったかぁーーーーー

 

 それから数日後、美月はうなだれていた。

 結論から言って、美月は人里に降りることに大失敗していた。原因として考えられることはいくつかあるだろうが、まず言葉は通じた。これに関しては俺たちはそんなに心配していなかった。美月の取得したスキルの中に、翻訳に使えそうなスキルがあったからだ。

 

 ただ、人里には警備兵がいた。コミュ障極まった美月に、成人男性との一対一の会話は不可能だった。最終的に何も言えずにあたふたしたまま逃げ出した美月は今、不審者として兵士に追われていた。

 

ジュピター 月:このまま別の街を目指そう……警備の番兵がいないところか、いても大丈夫なように何度か特訓して……

 

『それしかないかぁ』

 

 と、会話をしていると、遠くから兵士の声が聞こえてくる。

 

ジュピター 月:そのまえにこれを撒かないとな……

 

『うん……大人の人怖い……』

 

ジュピター 月:大丈夫、今は俺がついてる。

 

『うん…………』

 

 心細いのか、球体をぎゅう、と抱きしめる美月。一人でいるときはこんなことはしなかったから、本当に人前に出るより、一人でいるほうがよかったんだな。

 まぁ、わかっていたことだ。

 

『ただね、ちょっと気になるんだけど……』

 

ジュピター 月:あーうん、俺もなんとなく聞こえる。

 

『……うん、明らかに兵士以外の声も聞こえるよね。反対方向からなんだけど』

 

 そう言って、俺に背を向けて反対方向を見る美月。どうやら、美月が兵士に追われている以外にも、ここでは何かが起こっているらしい。

 聞こえる音は――獣の遠吠えと、女性の悲鳴だ。

 

『流石に放っておけないし、勢いで行動すれば口数すくなくてもなんとかなるかも!』

 

ジュピター 月:お、おう……

 

『というわけで行ってくるね! 今日は日付変わる前にもう一回いいかな!』

 

ジュピター 月:わかった、またな。

 

『またなー』

 

 今は八時、日付が変わるまで5時間ほど、まぁ事態を収めるには十分だろう。

 まぁ、失敗して泣きついてきてもそれはそれでよし。美月の泣き顔はカワイイからな、とにかく、何があってもいいように、俺は一度配信画面から離れるのだった。

 

 そして――

 

 

『…………』

 

 

 5時間後、美月は明らかに宮殿と言った様子の場所で、豪奢すぎるベッドに腰掛けて、困惑に瞳をぐるぐるさせながら、俺の方を見ていた。

 

ジュピター 月:どうしてそうなった?

 

『悲鳴、お姫様。私、救援呼んできた、思われた。ここ、お礼』

 

ジュピター 月:把握。

 

 なんとまぁ異世界な展開か。

 どうやら美月は、兵士に追いかけられた結果、その兵士達の国のお姫様が、獣――モンスターに襲われているところに乱入する形になり、結果として姫のために名も知れぬ戦士が救援を呼んで駆けつけてきた、と思われたらしい。

 獣は森でよく戦っていたモンスターの一種で、これ相手に美月は無双したらしい。

 

 そして、結局恩人として、国の宮殿に通され歓待を受けている、というわけか。

 

『…………どうしよ』

 

ジュピター 月:どうするもなにも、このまま黙ってここを去るのか?

 

『意味ないよね……』

 

ジュピター 月:だったら、何かしら行動は起こさなきゃな。

 

 やはりここまで来ても、美月は周囲の人間と関わることが怖いようだ。ずっとそうしてきた習性は変えられない。

 俺は昔、それでもいいと美月に言ったことがある。だから、美月は配信者をしているのだが、今の美月は配信者ではなく、異世界転移者だ。

 もし、人と関わるのが嫌なら、ひと目を避けて、スキル上げに集中すればいいだろうが、さすがの美月もそれでは限界があった。

 だから美月はここにいるわけで、

 

『……何か、しないといけないよね』

 

 少し落ち着いてきたのだろう、美月は冷静に、けれどテンションの低い声音でそうつぶやく。まぁ、いきなり上げていけるような要素もないし、そこはしょうがない。

 

ジュピター 月:とりあえず、何か気になることはあるか。

 

『お姫様……かな』

 

ジュピター 月:そりゃあ、まぁそうだよな。王都の近くで、その王都の姫がモンスターに襲われる? 普通じゃない、何かある。

 

『多分、厄介事に巻き込まれる……よね』

 

ジュピター 月:転移者の常だ、あきらめるしかない。

 

『あうぅ……』

 

 そこで、やれやれと言いながらも関わっていけるほどの行動力は、美月にはない。縮こまってしまって、それでも周りと関わらざるを得ないから、諦めてそれをやるタイプだ。

 美月が他人とコラボして配信をしたのは、配信業を始めてから二年経った後のことである。

 

『ん……やってみる。王女様には明日呼ばれてるから、頑張って話、聞いてみる』

 

ジュピター 月:向こうにとっては恩人だ、そうそう無碍にされることもないだろ、当たって砕けろの精神でやってみればいいさ。

 

『うん……!』

 

 俺に、失敗を恐れるなと言われたからか、そこでようやく美月は決意とともにうなずいた。やる気になったのはいいことだ、なにはともあれ。

 もう夜も遅い、俺は美月を促して、自分も寝床についた。

 

 

 ――次の日の配信は、泣きべその美月から始まった。

 

 

『失敗しました……』

 

ジュピター 月:草。

 

『わらわないでよぉ!』

 

 昨日とほとんど変わらない文言で始まった配信に、俺は思わず苦笑してしまう。完全に想像通りだった光景に安堵もいだきながら、それで、と続きを促してみると――

 

ジュピター 月:つまり全部ぶっちゃけたと。

 

『はいぃ……』

 

 ――思った以上にやばいブローが飛んできた。

 どうやら、美月は自分の内情をほぼほぼ勢いでボロってしまったらしい。喋っていないのは俺と約束した配信をしているということだけ。

 

 それも、向こうと仲良くなってからぽつりぽつりとではなく、いきなり唐突に、一方的に。姫様は最初困惑していたが、やがてその表情はドン引きへ変わっていったそうだ。

 さもありなん。

 

 しかも、一方的にまくし立てた後、向こうが何かを聞いてきてもまともに返せなかったそうだ。

 

『ち、ちがうよ! ちゃんとちょっとは返事できたよ!』

 

ジュピター 月:具体的には?

 

『アッハイって言ったし、スゥーって深呼吸もして心を落ち着けたし』

 

 ほぼ会話をしていないと同義だった。

 いやこれは、想定以上。ギリギリ想定の範囲内、ただし想定していた最悪の中で下限ギリギリといったくらいの想定内。

 

 姫様の反応は……

 

『えっと、すごくキツイ感じで言われて、頭に入ってこなかった……』

 

ジュピター 月:そっかぁ……

 

 引きこもりになるようなヤツが物臭なわけないので、美月は肝心なところでものぐさを発揮することがよくある。配信的には撮れ高になることが多いが、転移者だとまずいかもしれない。

 基本的に転移者ってミスしないし。他にリスナーがいたらイライラで指示厨大量発生かもな。

 

『で、でもね。途中で怒るの止めて、色々話してくれたの!』

 

ジュピター 月:えっ、マジで?

 

 いやいやそんなはずは、と思うが。美月が途中の内容をあまり頭に入れてないために、想像するしかないが、単純に可愛そうな人だと思われて、諦められただけじゃないか?

 美月は頑固だ、良くも悪くも。それが今回は、向こうのあきらめを引き出した。

 

 それは……さて良かったのか、悪かったのか。

 

『それでね……』

 

 そこから、美月はお姫様の内情を話し始めた。

 

『お姫様、お母さんが普通の人なんだって』

 

 ――――内容は、それはもう厄厄しいほどに、厄介きわまるネタの宝庫であった。

 

 曰く、美月が助けたお姫様は、少しまえに崩御した先代の国王の娘で、国王が市街でお忍びの末に生まれた落胤なのだそうだ。

 母は娘の親が国王であることを周囲には明かしておらず、母が女手一人で娘を育て上げた。そんな母が、数年前に流行り病に倒れ、亡くなり。直後に先代国王がこの娘のことを見つけた。

 

 母の忘れ形見とひと目見れば解る容姿で、王はすぐに彼女を王宮へ連れて行ったそうだ。まずこれが一つ目の火種。つまるところ王様はその庶民の母を心底愛していたようで、娘にもかなりの愛情を向けていた。

 いきなり庶民から王族の仲間入りを果たした娘は、当然ながら敵を作りまくる。それを解っていない王様ではなかろうが、王様自身も若くなかったために、暴走してしまったのだろう。

 

 しかもその王様が、王位継承権を正式に宣言する前に急な病で亡くなってしまうから、さぁ大変。正当な王位継承者が決まらない中、王以外に後見となるものがいないが、代わりに王の寵愛を一身に受けていた落胤の娘は、格好の餌である。

 邪魔として排除するものもいれば、利用して担ぎ上げたい者もいる。

 どちらにせよ、彼女の周囲はそれはもう大変なことになっているようで、今回の襲撃もその一つだったのだろう。

 

ジュピター 月:そりゃあまた、大事だな。

 

『いきなり、国の跡継ぎとか言われても、私よくわからないよ……』

 

 そりゃそうだ。

 転生モノならいざしらず、転移してきていきなり王族に関わるのは、結構レアなケースではないだろうか。大抵の場合、そういうのはそのまま国の政治に干渉して内政ルートに移行するものだが……

 

 内政できる?

 

『ムリ!』

 

ジュピター 月:俺だってムリだ。

 

 ――というわけで、それはない。

 じゃあ、どうするか。

 

『――でも、ね。私思うんだけど』

 

 うん、と続きを促す。

 

『お姫様、すごいいい子なんだよ。私が思いっきり大ミスしちゃった後の、第一声が“あなた、大丈夫です?” だったんだ。まず私のことを心配してくれて、それは本音だったと思う』

 

ジュピター 月:そっか。

 

『それに、ほとんど顔も知らない、半分しか血の繋がってない王族の人達が困ってるって。それは自分のせいだって』

 

 自分がいなければ、変に欲をかいて、このゴタゴタで立ち回ろうとする人間は、少しは減っただろう。というのだ。そりゃあ、正当な後継を指名せず亡くなってしまった以上、国はどうやって荒れるけど、その一因が自分なのが、申し訳ない、と。

 

 なんというか、自己犠牲の激しい子だ。

 俺や美月とほとんど年の変わらない子供が、誰かを慮って、自分さえいなければとすら考える。俺たちは、自分さえよければ、と考えるような自分勝手の塊なのに。

 

ジュピター 月:もし、助けられずに死んでいれば、それはそれでよかった、とも思ってたのかな。

 

『……多分、そうだと思う。でも、私に対しては言わなかったよ、一言も』

 

 なんだそりゃと、パソコンの前で大きく息を吐く。呆れとか、侮辱とか、そんな感情ではなく、それは単純に未知に対する感情だ。

 人は、そんなふうに割り切れるものなのか?

 

 それが多くの人のためになる、自然なことだからと、嫌がる美月を日の下に連れ出せるか? 答えは言うまでもない。美月もそれは同じこと。

 

『…………』

 

 そんな俺の沈黙を、美月は当然のように読み取ったのか、画面の向こうで難しそうに顔を伏せる。この世界で、初めて関わった相手は、自分とは正反対の、それでいてどうしようもないほど、重苦しい背景の相手だった。

 どうしたものか、と考える。

 とにかく今日は一度打ち切って、明日また結論を出そうか。しかし、彼女の状況にあまり余裕はないように思える、すぐにでも何か手を……思考をめぐらして、タイピングの速度が著しく低下して。

 

 完全に煮詰まった。そんな時、

 

『――でもね』

 

 意を決したように、美月が口を開いた。

 

ジュピター 月:どうした?

 

『……あの子も、同じだと思うんだ』

 

 誰と――と打ち込みかけて、気がつく。

 そういえば、そうか。正反対ではあるけれど、

 

『……私と。周りに誰も味方がいないって、意味では同じだなって』

 

 俺がいなければ、引っ込み思案な美月に、味方をしてくれる人はいないのだ。

 

 美月が引きこもる事を選んだ時、周りにはそれを心配してくれる人はいても、肯定してくれる人はいなかった。いじめっ子たちは確かに悪い、誰かを守るために行動した美月は正しい。

 

 だから引きこもらないで外に出て、胸を張るべきだ。

 

 美月の周りの人間は、当たり前の価値観で、美月に対してそう促した。美月にとって、それは好ましくない対応で、俺だけが美月の引きこもりを肯定したのだ。

 

 俺がいなければ、引きこもりの美月と、孤立無援の王女様は、同じこと。

 

『私、カンちゃんがいてくれたから、どれだけ周りに味方がいなくても、やれることをやろう、って思えたよ。でも、そうじゃなかったら諦めてたと思う』

 

 親の説得、学校への説得、配信者としての活動。どれも、美月が本心からやりたいことではないだろう。本当の美月は、ずっとあの部屋の中に引きこもって、何もしていないことが幸せなのだ。

 それを、その幸せを守るために行動できたのは、それを正しいと言ってくれる人がいたから。

 

 だから――

 

 

『私、お姫様の味方になりたい。今度は私が、お姫様にいいよって言ってあげたいんだ』

 

 

 そこで、美月は初めて自分から、誰に言われることもなく、俺が諭すこともなく。自分のやりたいを、自分の口から、自分の意志で言葉にした。

 

ジュピター 月:いいと思う。

 

 色々付け加えて、美月のそれを肯定したかったけど、なんだか気恥ずかしくて、少し悩んでそう送った。美月は苦笑して、解っていると言わんばかりに頷く。

 こちらの顔色がバレバレだといった様子で、少し悔しい。

 

『……それにね、今の私のやりたいは、私がずっとやりたかったことに近いから』

 

ジュピター 月:うん?

 

『ううん、なんでもない。秘密じゃないけど教えない。カンちゃんは自分で考えて!』

 

 どういうこったと首を傾げるこちらをさておいて、美月はぐっと伸びをして大きくあくびをする。そろそろ時間もいい具合だ。

 配信を終えようか、という雰囲気の美月に、ちょっとまった声をかける。

 

ジュピター 月:ただし、一つ条件がある。

 

『うん?』

 

 ――その一言に、美月の警戒度数が少し上がったのが見えた。

 夏休みの宿題と同じ気配を察したのだろう。正解だ。

 

ジュピター 月:多分、お姫様はこの状況を抜け出したいと考えてる。正直なところ、お姫様がこの宮殿にいると多くの人に迷惑がかかるのは事実で、お姫様がいなくなれば、少しは宮殿の混乱も落ち着くだろう。

 

『……うん、誰も悲しまないよね』

 

ジュピター 月:お姫様自身、いきなり庶民の生活から宮殿の生活に変わって、色々疲れているようにも思える。でなけりゃさっきのアルミみたいな変人に、内情全部バラしたりはしないだろう。

 

『うっ、ごめん』

 

ジュピター 月:でも、“それ”をアルミの方から提案しちゃダメだ。向こうが、やりたいと言ったときに、初めてアルミはそれを肯定していい。

 

『…………』

 

 それは、つまり。

 俺の言っていることは、お姫様と仲良くなって、お姫様の方から、お姫様の本音を話してくれるように美月が働きかけなければいけない、ということ。

 はっきり言って、今の美月にはあまりにもハードルが高い。

 

 それでも、

 

『わかった、やってみる』

 

 美月は、それを了解した。

 

『――カンちゃんの言うことだもん』

 

 理由はただそれだけで、俺は少しだけ苦笑して、嬉しくもなりながら、

 

ジュピター 月:がんばれ。

 

 そう一言、打ち込んだ。

 

 

 ――それから。

 

『カンちゃん! 全然ダメだったよ!』

 

ジュピター 月:嬉しそうに報告するな!

 

 ――数日。

 

『カンちゃん! ちょっとだけ会話できたよ!』

 

ジュピター 月:どんな?

 

『スゥー、イイテンキッスネ……って!』

 

ジュピター 月:殆どできてないじゃねぇか!

 

 ――美月とお姫様の交流は続き。

 

『お姫様と一緒にでかけてきたよ! 楽しかった!』

 

ジュピター 月:それはよかったけど、会話できた?

 

『暗殺者さんが現れて、撃退したらお礼いわれた!』

 

ジュピター 月:護衛だよねそれ。

 

 ――続き?

 

『お姫様にお菓子もらえたの!』

 

ジュピター 月:餌付けされてるだけじゃ……

 

 ――続いて……

 

『お姫様に頭と首なでてもらったの! きもちよかった!』

 

ジュピター 月:ペット扱いされている!

 

 ――まぁ、続きはした。

 

 何やかや、ペット扱いされているだけあって、向こうもそこそこ美月に対して心をひらいているのだろう。多分、理由は美月が未だにまともな会話ができていないからだと思う。

 ただ口下手なだけ、というのも向こうは解ってきているだろうが、それ以上に自分とは別の生き物だから気兼ねしなくていいのでは、という意識があることも読み取れる。

 

 何にしたって、美月は美月なりに、そこそこ上手くお姫様とやっているようだった。

 

 宮殿内の様子も、美月という異分子が未だにお姫様に張り付いているからか、少なくともお姫様の周辺は穏当なようだ。美月の出自がわからず、裏を測りかねているというのもあるだろう。

 そういう意味では、外では口数少ない美少女戦士として、姫様の護衛に専念している今の美月は満点の対応と言えるだろう。

 

 この辺りは、まぁ意識はしてないだろうけど、俺がそのままでいいと言ったから、そうしているだけだ。

 

 とにかく、交流はしばらく続き、お姫様が美月に慣れて――そんなに親しくなっては、いないと思う――来た頃のことだった。

 

 

『お姫様からね、話しかけられたの』

 

 ぽつり、といった様子で配信を始めた美月が切り出した。俺はそれで? と促す。

 

『“貴方、何か嫌なこととか、ないんですか?” って』

 

ジュピター 月:何も考えてないアホだと思われてるっぽいな。

 

『もー!! 茶々いれないでよ!』

 

 ごめんごめんと謝罪しつつ、

 

『――それに、思わずぽろっと答えちゃったんだ。大切な人に会えないのが、少し嫌って』

 

 正直に、そうこぼした美月の言葉に、俺は少し答えに詰まった。

 そりゃあ、毎日こうしてチャットと配信という形でお互いに交流はしているけれど、こちらはともかく、向こうは俺の顔をみれない状況にあるのだ。

 そりゃあ不安になったりすることも、あるのだろう。

 

 ただ、それに対してのお姫様の反応は、なんだか納得したという様子だった。

 異世界からやってきた、ということは話しているから、ようするにそちらの世界に恋人を置いてきてしまったと思われたのだろう。

 実際に信じられているのかはともかく、それまでの話しから矛盾していない内容を、正しいと仮定して。お嬢様は続けた。

 

 なら、帰ろうとは思わないのか、と。美月はこれのいいえと答える。正確には『どっちでもいい』だ。こっちの世界における最大の未練である俺は、今もこうして美月の姿をみているし、次の未練である両親は、美月のことを気にしない状態にある。

 異世界には美月が自由に生きていける舞台があり、こちらの世界には美月の好きなアニメやゲームがある。ケースバイケースではあるが、どちらかを優先するほど美月はどちらかに偏った愛着を持っていない。

 

 少なくとも、俺が配信を見ている限り、美月の答えはいいえだ。積極的に、帰り道を探そうというほどではない。

 

 そしてお姫様は続ける。自分もそれは同じだと。庶民の生活は貧乏で、困窮していて。宮殿での生活は贅沢に満ちていた。庶民だった頃は母が自分のことを愛してくれて、王族として迎え入れられてからは、父が自分に思い出を語ってくれた。

 その代わり、毎日命を狙われて、ここにいるだけで誰かに迷惑をかけてしまう。

 

 どちらにも善い点があり、どちらにも悪い点がある。

 

 そう考えてみると、美月とお姫様の状況は確かに似ていた。

 

『それで、同じだとおもったら、なんだかちょっとだけ嬉しくなっちゃって、思わず笑ってたの』

 

ジュピター 月:うん。

 

『そしたらそれは、お姫様も同じでね? 一緒におかしくなって笑っちゃって』

 

ジュピター 月:うん。

 

『――ああそれで、ようやく初めて二人で会話ができたんだなって。そう思ったら自然と話しがはずんでね?』

 

ジュピター 月:なら、それは良かった。

 

『これで、明日から仲良くなれるかなって』

 

 ――嬉しそうに語る美月。

 俺以外の誰かと、身の上話をしたことなど、美月にとっては初めての経験だろう。両親にすら本音でものを語ったことは数えるくらいしかないだろうに、ましてや一人で自分から、など。

 

 ただ、俺にはこの後の光景が手にとるように解っていた。

 美月はどこまで言っても陰のもの。当然、ここで仲良くなっても――

 

『……あれ、でも私って、もしかしてすごく失礼なことしてない?』

 

 ――こうなる。

 

『っていうか、最初の行動からしてありえないことしてるし、ましてや今回だって、向こうが合わせて気を使ってくれただけで、私全然向こうに気を使えてなかったし……』

 

 そう、

 

『――――むしろ、嫌われちゃってない?』

 

 好感度の、リセットだ。

 週末の放課後、思ったよりもあまり交流のない相手と会話が弾み、仲が良くなったと思ったが、色々気にしてしまって週明けには、元の好感度へのリセットが行われてしまう現象。

 気にしいな美月は、当然これに陥る。

 

 これまでも、何度かあったことだ。

 今回も案の定、といったところ。普段なら、ましてやそれが男なら絶対に放置するところだが、流石に今回はそうも言っていられない。

 

ジュピター 月:そこで日和ってどうする。盛大に自爆かました時点で向こうの抱いてるイメージなんて決まってるんだから気にすんな。

 

『う、うん……ってカンちゃん酷いこといってない!?』

 

ジュピター 月:気の所為だよ

 

『そっかー』

 

 騙されないぞ、という眼で美月はこちらをにらみつつ、心底納得した様子でうなずいた。

 どっちだといえば、どっちもだ。心の壁は分厚いが、俺に対してはすべてがノーガードなのである。

 

ジュピター 月:とにかく、ここまで来たんだ。結果として、深いことにぐいぐい踏み込んでいけてるから、成果は出てる。そのままためらいなく踏み込んじまえ、ただし自分から指摘はするなよ。

 

『うん……』

 

ジュピター 月:大事なのは、昨日と同じように話をすることだ。まずは勢いよく挨拶、それから会話。もういっそ天気デッキでもいいから突っ込んでいけ、あとは当たって砕けろだ。

 

『うん……!』

 

 これくらい言っておけば、美月も頑張るだろう。

 極力俺からのアドバイスはなしで切り抜けたいが、ここは踏ん張りどころなのでそうも言っていられない、なので美月の背を全力で押して、後は任せる。

 というわけで、行って来い美月。あとはなんとかなるってきっと。

 

 

 ――という流れから、数日。

 

 

『やったよカンちゃーーーーん!』

 

 ついに美月は成し遂げたようだ。

 結局、翌日好感度が若干リセットしてしまったようで、一旦数歩戻ることとなったが、いい加減外の状況もまずいと説得し、なんとかその後のアタックで成功したらしい。

 早速、どうやったのか聞いてみた。

 

ジュピター 月:そいつはすごいな、どうやったんだ?

 

『え? ええっと……』

 

 数秒の沈黙。少しの嫌な予感。俺は改めて美月に問いかける。

 

ジュピター 月:……どうやったんだ?

 

『…………しゃべるまでずっと横にすわって、じっと見つめてました』

 

ジュピター 月:おバカ!

 

 そりゃしゃべるわ! 美月がそういうヤツだってのは向こうも解っているだろうし、根負けしないとわかれば、向こうだって折れるだろう。

 これ、かなり条件的にはグレーじゃないか? 認めるべきではないんじゃないか? 俺の中の審判は答えてくれない。

 

 ちなみに見つめてました、とはいうがどこを見つめていたかは明言していない、こいつは絶対眼を相手に合わせていられなかったぞ。俺には解る。きっとちょっとズレたほうを見ていたはずだ。

 

『で、でもちゃんと本音だって言ってるし、セーフ……だよね?』

 

ジュピター 月:まぁ、言わせた以上認めざるを得ないだろうな。

 

『やった!』

 

 恐る恐るといった様子で、こちらの顔色を伺っていた美月が、目に見えて瞳を輝かせて飛び上がった。

 そういった反応をされると、こちらとしても少し弱い。

 

ジュピター 月:他の人相手に、そういう反応できるんじゃん。

 

『え? あ……! うん! 一番はカンちゃんだけど、ミアちゃんも、特別だよ』

 

ジュピター 月:そういえば、お姫様の名前初めて聞いたな、ミアっていうのか。

 

『あ、いやちょっと複雑で……お姫様の名前は別にあるんだけど、使えなくなるからって、別の名前を考えたんだよ、由来は――』

 

 語る美月は楽しげだ。友達と、そういった話をするのは美月にとっても初めての経験で、新鮮なのだろう。美月にとっては、絶対にすることはないだろう、と思っていた経験でもある。

 だから、そうやって美月が笑ってくれると、俺は嬉しい。

 

『ミアのお父さんが、お母さんに対して、二人だけの間で使ってた呼び名、なんだって』

 

ジュピター 月:……二人合わせて、アルミ缶、か。

 

『そういうこと!』

 

 そういうところで、なんだかシンパシーを感じるつながりを覚える。ミアも、俺たちと相性が良かったんだな、と。これも偶然だというのなら、粋なはからいもあったものだ。

 誰の差配かは、俺の知ったところではないが。

 

『だから、やるよ。明日は準備に使って、明後日決行、の予定。今日は準備に必要なもの、色々考えよう』

 

ジュピター 月:わかった。じゃあまずは……

 

 それから、二人であーだこーだと案を出し合う。やるべきことは山積みで、それに対する解決策も一つではない。主に考えるのは俺で、美月は聞き手。それはこれまでもそうだ。

 けれど、今回は異世界にやってきて、おそらく最初の山場といえる状況。これに成功するかどうかで、人一人の命運が変わってくるのだ。

 

 だから、俺達は手を抜けないし、長く考えていると、美月はいよいよパンクしてしまう。

 

『うう、やることいっぱいだぁ。私、やりきれるかなぁ?」

 

ジュピター 月:大丈夫だよ、光はときに時間よりはやいからな。

 

『……???』

 

 打ち込んでから、ヤバイと思うが後の祭り。少しカッコつけた物言いをしたが、美月に伝わらなかったようだ。俺も美月もオタクだが、お互いに少し興味のある方向がズレている。俺は中二系のラノベとか大好きだが、美月はその辺りの造形が疎い。

 

ジュピター 月:ああいや、光の速さで動くと時間を超越するっていうか、ほら、浦島太郎が龍宮城で数日過ごしたら、外では何年も時間が経ってたみたいな。

 

『なるほど?』

 

ジュピター 月:それでほら、美月の能力と合わせて、な?

 

『なるほど…………なるほど?』

 

 伝わらなかったようだ。なんだかギャグの解説をしているようで気恥ずかしい。

 

ジュピター 月:とにかくだな! 明日は忙しくなる、今のうちに寝よう。

 

『そ、そうだね!』

 

 気を使わせてしまった。ああ、なかったことにしたい……

 でもそうはならない、過去は変えられないのだ……それこそ、そういうチートでもない限り。

 

ジュピター 月:というわけで……

 

 美月が、俺の呼びかけに答えて、勢いよく宣言した。

 

 

『うん――ミアちゃんの死を偽装して、二人でこの王宮を抜け出すんだ!』

 

 

 こうして、俺と美月、そしてミアの三人による、脱出劇は、こうしてはじまったのである。

 

 

 ――――といっても、作戦事態は非常にスムーズに行った。美月とミアの行動は、他の王族にとっても、大変ありがたい行動なのだ。

 ミアをそこらの貴族に利用されるわけにはいかない。かと言って、父が愛した忘れ形見を、むざむざ殺すのも忍びない。

 

 ミアが勝手に、一人で自分を死んだことにして、どこへなりとも行ってくれれば、王族にとってもこれほど都合のいいことはないのだ。

 だからか、準備をしようと決めて動き出した直後、他の王族からそれとなく支援があった。美月とも一応の面識があった、この国の第一王子で、最有力の後継と目される人物。

 そうして決行の当日、ミアは少ない護衛を連れてでかけていって、突如として発生した襲撃のさなかに崖から落ちて死亡した。

 捜索の末、ミアが身につけていた衣服の一部に、血痕が付着して発見されたことから、生存は絶望的とされ、王女としてのミアは死亡が断定された。

 

 一応、血痕については予め採取して、無限ストレージに放り込んでおいたものを使用したのだが、まぁこの世界の科学力を考えれば不要な工作だっただろう。

 ともかく、王族としてのお姫様――ミアは公式には死亡して、表舞台から姿を消した。後に、王国はミアの逃亡を手助けした第一王子が、政争で周囲を黙らせて即位したそうだが、風のうわさだ。

 

 とにも、かくにも。

 

 美月の最初の冒険は、こうして終わりを告げたのである。ミアという現地の協力者、友人を得て、美月はそれから行動範囲を広げていった。

 口下手で、人付き合いが苦手な美月に、積極的で、人付き合いがうまいミアは非常に相性のいい相棒だった。

 

 二人は冒険者となり――この世界には、当然の権利のごとくギルドがあった――各地で冒険を繰り広げていく。

 

 俺は、それを一番の特等席で聞き届ける観客となったのだ。

 

 そんなわけで、人気配信者「MayLia」、有間美月は、色々な事情の末、紆余曲折を合って配信なんて事をしている彼女は、今――

 

 

『はい、というわけで、今回はね、“ゴブリン退治”の依頼を完遂したんだ』

 

 

 ――俺の幼馴染は、異世界で配信者をしている。

 

ジュピター 月:変なことはされなかったか。

 

『この世界のゴブリンにそういう性質はないよ! 基本的に他種族同士の子供はできないんだって』

 

ジュピター 月:それはよかった。どんな感じだったんだ?

 

『まず洞窟の外から煙を……』

 

ジュピター 月:やめーや!

 

 ――その間、俺は美月の配信を毎日楽しみにして、美月の冒険を毎日喜んで聞いていた。ミアという友人を得て、一人ではなく、友と旅をする面白さに目覚めた美月は、世界各地を回るのが楽しくて楽しくて仕方がないようだ。

 最初の一ヶ月で、野宿やなにかの抵抗がなくなっていたことも大きいのだろう――若干乙女の尊厳もなくしてしまったが――美月はそれこそ未開の地と呼ばれる場所にもでかけていった。

 

 ときには――

 

『今日は新種のスライムを発見したんだよ! 今まで誰も行ったことのない場所で、スライムの新種が発見されるのは千年ぶりなんだって! 歴史に名を残しちゃうよ!』

 

 なんてことを、実物をみせられながら語られたり。

 

 ときには――

 

『うえええ、今日はタカマガハラクジラの中から配信だよー、暗いよぉ、くさいよぉ』

 

 東京ドーム一個分ほどの巨大な鯨に飲み込まれたことを、胃の中から配信して教えられたり。

 

 ときには――

 

『他の冒険者パーティと協力して、ダンジョンを攻略してるんだ! 新しい友達ができたんだよ! 天気デッキは強いねぇ!』

 

 それ友達になれてないだろ、と突っ込むと涙目になったり――

 

 ときには――

 

『二百年前に封印された太古の魔獣の討伐隊に参加してます! 二百年前って太古かなぁ?』

 

 平均寿命が短い世界なら、太古って言ってもいいと思う、ってことがあったり――

 

 ときには――

 

『最近おきてる、各地での魔力異常の調査をしてるんだ! なんか不思議なんだよねぇ、魔力がどこかに行っちゃってるみたいで』

 

 結局、原因はわからずじまい、俺も首をかしげるしかなかった事件に遭遇したり――

 

 時間は、あっという間に過ぎていった。世間でもう、「MayLia」、有間美月を覚えている者はいない。最初からいなかったかのように社会は周り、俺もそれに合わせて生きている。

 

 美月の配信を眺めながら、他の視聴者たちと一緒になって彼女に突っ込んで、

 ときには一緒にゲームをしながら、あの配信はどうだった、今季のアニメはこうだった、と言い合ったり。そんな事をする生活も、今では遠い昔のようで。

 

 気がつけば――

 

 

 ――俺たちが、今の生活を始めてから、一年が経とうとしていた。

 

 

 ◆

 

 

『カンちゃーん、聞いてよ。昨日まで調査してた事件の原因は、夢を食べる怪物の仕業だったんだ』

 

 開口一番、美月は今日の成果を報告してきた。

 昨日までで事件の概要を掴み、真相の一歩手前までたどり着いていた美月は、きっちり今日で事件を終わらせたようだ。

 

 そうして出てきたのは、夢を食べる怪物。

 

ジュピター 月:夢魔とか、そういった感じか。

 

『そうそう、と言っても寝てる間に見る夢じゃなくて、おきてる間に見る夢を、そいつは食べちゃうんだけど』

 

ジュピター 月:つまり、未来への目標を食べるのか。

 

 これからやりたいこと。例えば今日の夕飯の献立だったり、来週の休日の予定だったり。もっと言えば数年先を見据えて、目標としていることだったり。

 それこそ、夢と言えるほど大きなモノから、ごくごく当たり前な、少し先の展望であったり。そういったものを、そいつは無差別に食べ尽くしてしまうのだ。

 

『酷いよね。夢って大事なものなのに。私にだって夢があるんだよ、おっきくはないけど、大事な夢』

 

ジュピター 月:それはそうだな、誰にでもあるよ、夢ってのは。

 

『うん……でもね、夢って誰にでもあるし、いくらでもあるんだ。人が持てる夢って一つじゃないでしょ?』

 

 そりゃあそうだ。俺の将来の夢はいくつかある、プロのサッカー選手だとか、消防士だとか。そういう子供の見るようなものだけでなく、現実的な、例えば教師だったり、会社員だったり。消防士も現実的と言えば現実的か。

 そしてそれは美月の言う通り、一つじゃないし、これからいくらでも変わりうるものだ。

 

『最終的に、怪物はそれはもういっぱいある夢を食べきれなくって、お腹がパーンってなっちゃったの』

 

ジュピター 月;oh...グロ画像……

 

『むしろ夢がシャボン玉みたいになってて、キレイだったよ』

 

 それはそれで見てみたい、となるような光景を聞かされつつ、話を一通り聞き終わって、俺は一つ伸びをした。

 同じタイミングで、美月も深呼吸をして柔軟をしている。

 

『それにしても――一年かぁ』

 

ジュピター 月:一年だよ。

 

『……あっという間だったねぇ』

 

ジュピター 月:ああ、本当にあっという間だった。いろんな配信をしたよな。

 

『うん、やっぱりカンちゃんはすごいよぉ、一日待てば、いろんな解決方法を見つけてくるんだもん』

 

ジュピター 月:現代の叡智ってやつだよ。

 

 ――俺たち二人の配信は、まず今日何があったかを聞いた後、それに対する感想。そして次に何をするべきかを考える。これがまた楽しいのだ。

 現代知識をうまく使えた時は、特に楽しい。

 

 そんな事を思浮かべながら、くすくすと美月は笑って続けた。

 

『――私、すごい楽しかったよ。ミアちゃんや、他の冒険者仲間の人達も、いい人で、無口な私を認めてくれるし。カンちゃんも、すごい楽しそうに話を聞いてくれるし』

 

 そりゃあ、異世界からやってきた美月は強い。色々な場所を旅するようになって、その強さは更に磨きがかかっている。今では、冒険者としては最高のランクを授与される予定もあり、名実ともにこの世界でも最強クラスの人間の一人だ。

 それだけのことができたのは、美月が真面目に能力の練磨に努め、それを実践を使う機会を設け、成長させていったからで。

 

 もっと言えば、美月の能力のチートじみた使い方もあってこそだろう。

 

ジュピター 月:次はどこに行くんだ?

 

『次はねー、西の方。ミアちゃんの国の近くで、大きな龍が出たんだって。今回の夢魔みたいに、見たこともない新種で、ミアちゃんの国が手を焼いてて』

 

ジュピター 月:……ってことは、里帰りか?

 

『そうなるかも……まぁ、ミアちゃんもうあの国のことは良くも悪くも気にしてないけど』

 

 そういう美月も、あまり気にした様子はない、一年があっという間すぎて、濃密すぎて、気にする余裕もなかったのだろう。

 

『それでも、今その龍と戦える中で、すぐに行けるのは私くらいだから』

 

ジュピター 月:便利だもんな、美月の能力。

 

『えへへー』

 

 ともかく、頑張れよ、と送って少し考える。

 

 ――ここに来て、ミアの故郷か。

 

 美月は気にしていないけれど、少し思うところが俺にはある。

 ここ最近の、美月の冒険の流れだ。美月の冒険は、少しずつであるが規模が大きくなっている。他のチームと組んでダンジョンに潜る程度ならよくある話だろうが、その最奥には、これまで噂でしか語られてこなかった伝説のモンスターが待ち受けていたし、

 討伐隊は、国が軍を出すほど大規模なものだ。

 

 そして、今回の夢魔も、複数の国で被害がでており、美月はそれを解決したことになる。間違いなく、今度も冒険もそれくらいに大規模なものとなるだろう。

 ならば、当然ミアの故郷にも関わりがあるだろう。まるで、ミアの因縁が収束していくように、事件が繋がっているのだ。

 

 一年の間で、そういった何かに引き寄せられるかのような、いうなれば運命というやつを、俺は何度か感じたことがある。

 俗な言い方をすれば、主人公補正とでも言うような。

 そういう流れの変化の仕方を、俺は何度か感じたことがある。

 

 それを、今度も否応なく感じるのだ。

 

 きっと美月はその龍と対峙するだろう、そして、事件を解決するのだろう。

 異世界ラノベの主人公――そんなことが、美月の身にも起こりつつある。じゃあ、だとすれば、その行き着く先はなんだ?

 

『――ねぇ、カンちゃん』

 

ジュピター 月:なんだ?

 

 考えながらも、返事は迅速に。

 この思考は美月にとっては不安になりかねない、ただの奇遇である可能性であるほうが高いのに、口にしてもしょうがない。というか、不安になるようは語り方をしてはいけない。

 するにしても、何気なく、だ。

 

『私ね、今がとっても、とっても楽しいんだぁ』

 

 ――そこで、思考が止まる。

 

『ミアちゃんと一緒に冒険して、色々なところに行って。色々な事件を解決して。人から感謝されるって、こんなに気持ちいいんだね』

 

 美月の顔は、屈託のない、あまりにも朗らかなもので。

 

『でもね、一番楽しいのは、私の話をカンちゃんが喜んで聞いてくれること!』

 

 ――幸せそうなもので、

 

『私、話をするのって、とっても大変で辛いことだと思ってた。配信をしてても、あんまりコメントとお話をするってことはしてこなかったかな』

 

 それは、俺が心の底から、見たかったものなんだ。

 

『でも、好きな人と、好きなことの話をするのはとっても楽しいって気づいたの! カンちゃんに冒険のことを話したり、ミアちゃんと美味しいお菓子の話をしたり!』

 

 ――――少しだけ、美月が画面の向こうにいることが恨めしくある。

 直接あって、美月の顔が見たい。美月と顔を合わせて話がしたい。それができない。きっと、永遠に。その事が、どうしようもなく辛くなる。

 

 でも、それ以上に、

 

『だから、私とっても幸せだよ!』

 

 ――そうやって笑う美月の顔が、どうしようもなく愛おしくて。

 

ジュピター 月:よかったな。

 

 胸が苦しくなるほどに思いがこみ上げて、それでも俺はたった一言しかそれを返せなくって。

 

『こんな日が、永遠に続けばいいのにね。ミアと一緒に冒険して、カンちゃんと一緒にお話して』

 

ジュピター 月:ああ。

 

『――カンちゃんが、笑ってくれるなら、他に私はなにもいらない。だから、今私に願いがあるなら』

 

 そうだ。

 夢魔は願いを貪り尽くすと言った。

 でも、人は願いをいくつでも持てると、願いを叶えれば、次の願いを抱くものだと。俺と美月はそう話をした。

 昔の願いは、今は叶いそうにない。でも、その代わりに新しい願いを俺たちは手に入れた。

 

 だから願う。

 

 

『どうかお願いです。このまま、こんな風にカンちゃんと笑い合う日々が、永遠に続きますように――』

 

 

 ――どうか美月が、この笑顔で、日々を過ごしていけますように。

 

 そんな願いは、わがままじゃあないはずだ。

 

 だからどうかお願いだ。

 運命というやつがいるなら祈る。

 美月の願いを、俺の願いを奪わないでくれ。

 

 俺たちの、ちっぽけな、それでいて俺たちにとってどこまでも手放し難い、そんな願いを――――奪わないでくれ。

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