1人が視聴中 XXXXXXX 時間前にライブ配信開始   作:暁刀魚

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俺の幼馴染は、異世界で配信者をしていた。

 俺の幼馴染は、異世界で配信者をしている。

 その配信を見ることができるリスナーは、世界で俺ただ一人。俺が眺める幼馴染の配信枠。そこには、今もそれが刻まれていた……

 

《1人が視聴中 XXXXXXX 時間前にライブ配信開始》

 

 ――多くの冒険をくぐり抜け、あちらの世界で名を知られるようになった幼馴染、有間美月は、光の勇者なんて異名で呼ばれるようになり、世界各地で起きる事態を解決するために、奔走していた。

 それは美月には、それを解決するための力があり、美月がそれをしたいから、という理由なのだが、

 

 ここ最近、その事件の規模と頻度が大きく、頻発するようになってきているように感じられた。そんな折、まるで運命が美月と、その仲間であるミアを引き寄せるかのように、ミアの故郷である国の近くで大陸を脅かす規模の龍が発生。美月はこの解決に向かったのだった。

 

 そして、今日はその最後の報告を聞く配信。

 駆けつけた美月とミアは、結果としてミアの腹違いの兄である、ミアの故郷の現在の国王と再開した。大陸全土を荒らす龍にたいして、大陸最大の国家であるミアの故郷が先陣を切り、その旗頭として国王は活動していたのだ。

 

 お互い、若干意識はしたものの、あくまでミアとミアの故郷の、不幸にも命を落とした前王の忘れ形見は別人である。美月たちは協力して事にあたった。

 結果、龍はミアの故郷にまつわる、ある伝承から生まれたことが判明し、この伝承を利用して、龍を鎮めることが美月たちの目的となったのだ。

 

 それにしても、この伝承というのが厄介だった。どういうわけか、その伝承は暗号のようになっていたのだ。ゲームの迂遠な言い伝えのようなその内容を、俺は苦心して読み解くことになった。

 もちろん美月たちもそれに挑んだのだが、現代的な知識を使える俺が、その伝承の解釈をより正確にすることのできる人材だったわけだ。

 

 なお、美月経由でミアから聞いた話だが、こういった解釈の必要な伝承は各地に残っており、他に有名なもので言えば『祝祭の巫女の祝詞』と呼ばれるものがそうであるらしい。

 なんでも、宗教的にそういった複数の解釈が必要な、迂遠な言い回しが昔から好まれてきたのだとか。

 ともあれ、もう二度とやりたくないと思わせる伝承の解釈を完了させて、その上で浮かび上がってきた事実は、けれども決して好ましいとは言えない内容だった。

 

『……なので』

 

 画面の向こうで、それを報告する美月の顔も暗い。当然だ、俺たちがミアに伝えた内容、龍を鎮めるために実行しなければいけない内容。それは――

 

『予定どおり、国王様は“贄”として龍に殺されて、龍はそれに満足して、消えていったよ』

 

ジュピター 月:……そっか。

 

 ――国の指導者を、生贄として差し出し、殺させる方法だった。

 

 龍は、ミアの故郷……その前身にあたる国がかつて大陸で版図を広げる際、滅ぼしたモンスターの怨念で生まれた存在だった。かつて、これは幾度か出現したことがあり、その際に、一度目は国そのものが滅ぼされたことで消滅し、

 次は国を守るために先頭で戦った王が戦死した際に、消滅。

 

 これにより龍を鎮める方法を悟った国の賢者が、その方法を後世に残すために伝承を作ったのが、そもそもの始まり。

 

『……ねぇ、カンちゃん』

 

ジュピター 月:どうした?

 

 ――しかし、贄として指定されたのが、国の主導者というのは問題だ。ミアの故郷では、最後まで会議が紛糾したそうだ。

 当たり前である、悪い言い方ではあると思うが、これが例えばミアのような、政治的に影響力の無い存在なら、それも許容されるのだろう。

 

 けれども指定されたのは、国王様だ。正直なところ、ミアの故郷はこれからまた混乱するだろう。前王の死で揺れていたのが、まだ一年前だというのに。

 

『他に、方法はなかったのかな』

 

ジュピター 月:今回は、なかったと思う。

 

 伝承をどう読み解いても、解決方法はそれしかなかった。俺一人がそう結論づけたわけではなく、ミアの故郷でもそれが結論であると答えを出したのだ。

 おそらく彼らは俺がいなくても、同じ結論に至っていただろう。

 

 ……美月がいなければ、そもそもその結論に至る前に国が滅んでいたかも知れないが。

 

『……』

 

ジュピター 月:気に病むのはしょうがないと思う。でも、アルミ一人で背負い込むのはダメだ。それに、アルミにできることがある場合も、いつかある。

 

『…………でも、今じゃないんだよね』

 

ジュピター 月:今じゃない。だから、いつかを考えないとダメだ。過去を悔やむなとは言わないけど、悔やんだまま終わったら、アルミはそこで止まっちゃうんだよ。

 

『……うん』

 

 それから、二人でひとしきり話をする。今回の件は、美月にとって大きな失敗として残るだろう。美月にできることがなかったとしても、美月にとっては違う。

 俺はこの自体を俯瞰して見ているが、美月は自分の目線でしか見れないのだ。

 

 そう考えると、俺は神にでもなったかのようだが、だったら俺は国王様を救えたはずだ。何もできないだけの無能を神とは呼ばない。

 俺は無力だ。

 

 だが、それは言葉には変えない。俺まで暗くなっては仕方ないし、そうする必要もないからだ。

 

『――ねぇ、カンちゃん。どうして伝承は持って回ったような、面倒くさい言い回しをしたんだろうね』

 

 ふと、話題がそれる。

 

ジュピター 月:わからない。伝承を作った賢者が何を考えていたのか……とはいえ、解釈はできると思う。

 

『解釈?』

 

ジュピター 月:推測って言ってもいいけどな。例えば、「正確に伝えちゃいけなかった」とか。

 

 龍は、指導者を殺すたびに消滅するが、存在事態は連続したものだろう。だから、例えば正確に龍のことを伝えて、出現を予め予測した上で、お飾りの指導者を据えて待ち構え、それを殺させた場合。

 いずれ龍はその事実に気付くのではなかろうか。

 

 その場合、龍は国の誠実さを疑い、指導者を殺しただけでは満足しなくなるのは、想像に難くない。

 

ジュピター 月:簡単に言えば、伝承を曖昧にして、敢えて人々に意識させないことで、回り回って超常の存在に真意を知らせないためだ。

 

『……う、ごめんよくわからない』

 

 美月が申し訳無さそうに言うが、自分でも簡単に言ったつもりで全然そんなことはなかったと思う。反省だ。

 

ジュピター 月:俺達の世界でも、台風とかの災害が起こらないように、お祈りとかするだろ? この世界だと、そういう災害は実際に意識を持ってるんだよ。そして、これを鎮めるためにお祈りが必要なんだ。

 

 今回が、もろにその事案にあたるだろう。

 だが、他にもそういった解決方法を取った冒険が、過去にはいくつか合った。

 というより、直近前回の事件がそうだろう。

 

『……あ! 特定の方法で倒さないと行けないギミックバトルってことか!』

 

 そこで、オタク兼ゲーマーの理解を発揮した美月が言う。そうだな、RPGで、通常では倒せないけど特定のアイテムを使うことで弱体化するボスや、撃破できるボスはいるな。

 原理はおおよそ同じだ。

 

『そういえば、前の夢魔も普通じゃ倒せなくって、夢を食べさせ続けて破裂させて倒すって方法で倒したね』

 

ジュピター 月:そういうことだ。

 

『……なんだか、面倒くさいね』

 

 現実とはそういうものだろう、と言ってしまえばそれだけだが。

 この世界の現実は現代のそれとは違う、同じにしていいものか、とは悩みどころだ。

 

『とにかく解ったよ。ギミックかぁ、変なの』

 

 まぁ、変だというのには同意だ。

 この辺り、世界の違いというやつだろうか……

 

『それと……ありがと、お話聞いてくれて』

 

ジュピター 月:それが俺の役目だ、こっちこそ話してくれてありがとな。

 

 そこまで話をして、一度話題がそれたからか、美月も少しスッキリしたのだろう。礼を言って、配信が終わる流れになった。

 

『明日からは、また色んなところに行くから。ミアも明日には元通りって言ってたから』

 

ジュピター 月:ああ。

 

『……おやすみ、また明日』

 

ジュピター 月:また明日。

 

 少しだけ、ムリをした笑顔で美月は言って、今日の配信を終えるのだった。

 

 

 ◆

 

 

 先の一件は、美月にとってもミアにとっても、負担の大きい事件だった。事を収めた二人が、一度冒険から離れて体を休めようというのは、至極当然な成り行きで、要するに二人はリフレッシュの休暇のため、休養地として知られる場所にやってきたのだ。

 

 どれだけ精神的にキツかろうと、二人には相応の場数を踏んだ経験がある。一度気持ちを切り替えれば、また次はこれまでと変わらず冒険ができるだろう。

 少なくとも、二人はそのつもりだった。

 

 ーー休養のために訪れたその場所でも事件が起きて、それに巻き込まれるまでは。

 

 危うくミアの命を落とすところまで深刻化した事態を、美月は休むことなく奔走し解決に尽力した。そして、ミアに関しては大事に至らなかったが、その結末は決してスッキリとしたものではなく、どこかしこりが残るものだった。

 

 事件が起きた原因が、黒幕である人物にふりかかった理不尽なまでの不幸が原因となれば、美月としても納得が生き難い。

 なにか別の方法があったのでは、と思っても、答えは出ない。結局、最後まで黒幕は周囲に呪詛を吐き散らし、美月の言葉に聞く耳も持たず、己の命を対価に怪物を召喚し、それを美月によって滅ぼされることになるのだった。

 

 ――敵が厄介だったわけではない。

 怪物が強敵であったわけではない。

 ただ、起きたことのすべてに、どこか理不尽がつきまとっただけ。ただそれだけだが、美月にとってそれは、休養という目的を果たす気をなくさせるには十分だった。

 

 改めて気持ちを切り替えようか、とミアも俺も声をかけたが、美月はふてくされるままで、それでも何とか日常に戻ろうと、美月自身が行動に移して。後は時間が美月を癒やしてくれるのを待てばいいだけ、だったが。

 

 そこに、間髪入れずに次の事件が舞い込んだのだ。美月でなければ解決できない規模の事件、世界はどこまでも美月に対して厳しかった。

 

 それでも、文句を言わずそれをやりとげた美月は、立派なものだ。

 だが、もしもその事件が、一度や二度で終わらず、何度も連続して起きたとしたら? それだけでなく、同時に複数の場所で事件が起きたとしたら?

 

 いくら美月にだって、体も心も限界がある。特に心は、美月の心は決して他人より強いわけではないのだ。だから、美月はまたたく間に疲弊していった。

 

 時間はあっという間に過ぎていって、美月は対応に追われ、対症療法は限界を迎え。休みと言える休みはなく、ただ歩みとしか言えない足の進みで、前に進むしかなく。

 そうこうしているうちに――

 

 

 一年がたった。

 

 

 後ろを振り返って、気がつけば。

 そこには世界を揺るがす大事件の数々、休む間もなく襲いかかるそれを鑑みて、解る。どうやら世界は――悪い方向に狂ってしまったようだった。

 

 そんなときだ、この世界の一番大きな宗教の神殿に、“信託”が下ったのは。

 

 曰く、世界の理が乱れ、崩壊が近づきつつある。今より二度ほど年を跨いだ時に現れた、『祝祭の巫女』を贄に捧げよ。

 

 『祝祭の巫女』。それが何であるかは、俺も美月もよくわかってはいなかった。しかし、ただ一つ言えることは、間違いなく。

 二年前にこの世界に現れた巫女。それは――美月のことである、と。

 

 ――祝祭の巫女。

 

 この世界に時折現れる、時代の変革に立ち会う巫女。数千年に一人の単位で現れ、その巫女が現れた時代、世界は大きく揺れ動き、その原因は巫女にあるという。

 今回の件をみれば分かる通り、巫女が現れれば世界が危機に陥る事件が頻発する。そして巫女とは異世界からの転移者だ。

 

 転移者は災厄の前兆。そして、転移者が“贄”となればその災厄は収まり、世界は正常に戻るという。

 つまり、美月に死ねというわけだ、字面通りに受け取れば。

 

『…………あの』

 

ジュピター 月:……何だ?

 

『怒ってる?』

 

ジュピター 月:アルミには、怒ってないよ。

 

『だよね……』

 

 美月には、怒っていない。少なくとも、美月は何も悪くないのだから怒る理由がない。俺が憤りを感じているのは世界の理不尽に対して。

 当たり前だろう、それこそ美月に落ち度はないわけだから。

 

『でもね、祝祭の巫女の祝詞ってあるでしょ?』

 

ジュピター 月:知ってるよ。内容は聞いてないけど、でも今回無関係じゃなくなった。聞かないと行けないな。

 

『うん。ただね? それによれば――祝祭の巫女は神様に願いを叶えてもらえるんだって』

 

ジュピター 月:願い?

 

 ――不思議な話だ、願いを叶えるなら、贄にする必要なんてないだろうに。

 巫女の祝詞の概要事態は既に聞いている。なんでも、この贄として差し出される巫女の、初代に当たる巫女が神に奉じた祝詞らしい。

 

 その巫女は、当時聖女と呼ばれた傑物で、世界のために率先してその身をなげうって、世界を救ったのだとか。その巫女の祝詞は、やはり神に祈りを捧げ、世界の安寧を祈るものらしい。

 今では、世界最大宗教の聖典とされ、各地の教会に行けば、牧師が説教をしてくれるのだとか。

 

『えっと、概要しか覚えてないから言ってくね。最初は神よ、この地にこの身を導いたことを感謝します……』

 

ジュピター 月:祝祭の巫女は、神に会いに行くんだな。

 

『うん。次の文が神がいるって言われる大陸の北にある山脈で、世界の切れ端って呼ばれてる場所で、そこに神がいるって話で』

 

ジュピター 月:前に行ったな、今は聖地になってるんだったか。世界の切れ端と呼ばれる由来は、その巫女の祝詞だったよな?

 

『そうだよ、大陸宗教の総本山。で、そこから巫女は神に対しての祈りを語っていくんだけど、宗教での解釈は、これは神様の姿を伝えてるっていうね』

 

 曰く、神に特定の形はない。ただ神はそこにいて、対面すれば確かに在ることを理解できる。形を捉えることはできないが、敢えて表現するなら、人の形に近いとも。

 

『神はすべてを見ています。神はすべてを理解しています。ただ、神は人の心までは覗けません、故に人々は神に疑いを抱いてはいけません。真に信ずる心こそが、神に奉ずるべきものなのです』

 

ジュピター 月:今も、神は世界を見ていて、俺たちをみているのかな。

 

『多分、そういうことだと思う。それで、祝祭は神のために行われ、神はその祝祭に答えるべく恵みを与える。それは――慈悲、なんだって』

 

ジュピター 月:慈悲ねぇ。

 

 要するに、神は責任を取れといいたいらしい。この世界を混乱させた責任を、巫女はとらなくてはならない。巫女が贄となることで、世界は神によって救われる。

 故に巫女は祝祭を行う義務がある。

 

『だから、その代わりに巫女の願いを一つ叶える。その願いは何でもよくって、過去あらゆる時にさかのぼって、神はそれを叶えるだろう』

 

ジュピター 月:過去すらも思いのまま、か。

 

『それが完了した後、神は世界の修復を開始する。巫女はその慈悲を一新に受け、世界の礎として旅立つ……っていうのが、巫女の祝詞の概要かな』

 

 なるほど、と背もたれに体を預けて俺は考える。

 巫女によって歪んだ世界の救済。まったくもって神の慈悲というのは素晴らしい、世界のためにこれほど尽くす神を、人々はより一層信仰することだろう。

 

 ――――ふざけるな。

 

『……あの、カンちゃん?』

 

ジュピター 月:どうした?

 

『う、ううん……カンちゃんって怒ると物に当たるタイプだから……』

 

 手元にあった空のペットボトルが、派手に床に叩きつけられたことを美月は察知したらしい。心配をさせてはいけないと、軽くごまかす。

 まぁ否定はしないし、美月のことだから全部お見通しなのだろうけれど。

 

『それでね、少し不思議な事があって、この巫女って、これまで何人かいるらしいんだけど、記録に残ってないんだって』

 

ジュピター 月:どういうことだ?

 

 それは少し不思議だ。巫女の記録が残っていないのは、少々おかしい、美月のように世界各地を飛び回って事件を解決するほどのやつはいなくても、ある程度各地で活躍した形跡があってもおかしくないだろうに。

 仮にも異世界転移してきた現代人だぞ? これがラノベならチートの一つや二つある、っていうか美月自身、彼女が頑張って鍛えたのもあるが、元からそこそこチートな能力を得ていた。

 

 それなのに記録に残らない。そもそも、この国の聖女として崇められている初代の巫女ですら、具体的に何をやったのか、記録に残っていないそうなのだ。

 ただ、巫女の祝詞と、存在だけが残されている。

 

『……何か、思い出さない?』

 

ジュピター 月:俺たちの世界から、アルミの存在がすっぽり抜け落ちたみたいに、こっちでも人の記憶から巫女が消える?

 

『でもって、私はそれと一緒にこっちの世界にやってきたんだ』

 

 ――美月の言いたいことが、少し解ってきた。

 つまり、巫女とはこの世界にやってきた異世界転移者で、それが原因で世界には色々と厄介なことが起こる。しかし、それは転移者が神のもとまで行って、“元の世界に送り返される”ことで解決する。更には願いまで、神は叶えてくれる。

 

 そういうことではないか、と。

 

『ただ、こっちの世界で巫女はいなかったことになっちゃうけど――世界が滅びちゃうのは、ずっといいよね』

 

ジュピター 月:……そうだな。

 

『カンちゃんも納得してくれる? ミアちゃんと二人で考えたんだ。きっとこういうことだって、私、そっちの世界に帰れるんだって』

 

 ――ミアと考えたのか。

 なんというか、彼女には迷惑をかけてばかりだ。友人を失う可能性を、それでも友人が贄ではなく、元の世界に帰れるという好意的な解釈に変えた。

 どちらにせよ美月は戻ってこれないだろうに。少しまえに、兄を失ったばかりだろうに。

 

 ミアに直接あって、話をしてみたいという気持ちはある。色々と、伝えたい言葉はある。俺はミアの事を話に聞いて知っているが、直接会ったことはないのだ。

 とはいえ、配信のことは内緒にしているから、いままでそういった機会はなかったのだが、これを機に少し考えてみるべきだろう。

 

『えへへ、これでそっちの世界に帰れれば、少しは休めるかなあ』

 

ジュピター 月:それは……

 

 少し、考える。果たして本当にそうだろうか、少し考えて、やめた。結論は出そうになかった。

 

『カンちゃん?』

 

ジュピター 月:そうだな、それならいいことだ。

 

『だよね!』

 

 その日、美月は初めて笑った。

 でもさ、笑った美月を見ても、俺は嬉しくならないよ。今の美月はすごく疲れた顔をしている。ほとんど休めていないのだろう。世界の危機の当事者になってしまって、それまでも連続して気疲れするような事件に関わらされて。

 

 少しは休めるって、そんなの全部が終わった後を考えて言うことじゃあないだろう。終わっても次があるんじゃないかって、そう考えてるからだろう。

 それは、考えすぎだ。確かに行方不明だった美月が帰ってくれば、それ相応に大きな事態はおきるかもしれない。ただ、そっちの世界のように美月に責任がのしかかることはない。俺だって協力する、少しの間、何も考えずにゆっくりする時間を作ることくらいはできるだろう。

 

 だから、そんな事を言わないでくれ。

 笑うってことを、そんなつらそうにやらないでくれ。美月は、その世界のことが好きなんだろ? 冒険を楽しんできたんだろ?

 その時みたいな、笑顔を俺に見せてくれ。俺は、そんな美月が好きなんだ。そんな美月の配信が好きなんだ。

 

 そんな思いを込めて、配信の向こうの美月を見る。

 でもそれは、美月には伝わらない。美月は、意を決したような声で、話しかけてくる。

 

『……世界が、さ』

 

ジュピター 月:ああ。

 

『どんどん大変なことになっちゃって、そんなときに祝祭の巫女の信託が下って。世界は巫女を探すのに躍起になってて、私のところにも、探してくれって依頼が来たよ』

 

 ――巫女が誰であるか、信託で教えられることはないらしい。だから美月は今もこうして配信をしているし、俺と話ができている。

 ただ、それがいいことであるかと言えば、そうではないだろう。

 

『少し、怖いよ。世界が巫女を探すって目的で一つになって、それが全部巫女に押し付けられてる感じがするんだ。それって、巫女が悪いのかな。……私が悪いのかな』

 

ジュピター 月:俺は、違うと思う。

 

『……うん、ミアちゃんもそう言ってくれた。でも、普通の人にとっては違うんだろうなって思うと、こわくなっちゃって』

 

 俺は美月のことが大切だ。美月に苦しい思いはさせたくない。だから違うと俺はいう。

 けれども、それは美月を知っているからで、美月のことが大切だからで、美月が大切じゃなかったら、俺だってそう思うかも知れない。それは自然で、間違っているというのはお門違いというやつで。

 

 ――でもな、

 

ジュピター 月:違うんだよ。

 

『……うん、うん、ありがとうね』

 

 違うんだよ。

 そんな顔をしないでくれ、美月。

 

 俺が違うって言いたいのは、そういうことじゃない。でも、それは口に出すことはできないんだ。隠すつもりは毛頭ない、美月にだって伝わってるはずだ。

 でも、本当に言葉にしちゃったら、それは美月に伝わっちゃうんだ。

 言葉にすれば、それは現実に変わるから。思いは秘めてるからこそ、思いなんだ。だから口にはできない。たとえどれだけ、お互いに通じ合っていたとしても。

 

 俺が言いたいのは、美月にそんな顔はしてほしくないってこと。

 

『決めたよ、カンちゃん』

 

 ――俺は美月を止められない。だって、美月のしたいことをさせてやりたいから、俺はこうして美月の配信を見守っているから。

 だから、俺のわがままは美月には伝えられない。

 

 

『私、祝祭の巫女になる』

 

 

 ――そんなもの、ならなくていいんだとは、俺には言えない。

 

 今にも泣きそうな顔で、それでもくしゃくしゃになった顔を笑顔に変えて、決意と覚悟で塗り固めた彼女の顔を、俺は止められない。

 止められ、なかったんだ。

 

 

 足元に転がった空のペットボトルは、もう一度。乾いた音をさせて、床を激しく転がった――

 

 

 ◆

 

 

 ――世界が破滅を迎えようとしていて。

 それを止めるために、誰かが犠牲にならなくちゃいけなくて。

 

 その誰かを、責め立てながら追い詰める理由は、どこにあるのだろう。その誰かが、覚悟を決めて贄となることを決めたのなら、それに追い打ちをかける理由はどこにある?

 

 そんなものはない。あるはずない、あっていいわけがない。だから、美月はそれから、少しの休暇をとった。世界は大変なことになっていて、今も光の勇者と呼ばれる美月の活躍を、人々は待ち望んでいたけれど。

 投げ出して、美月は自由になった。

 

 人目は避けて、ミアと二人で各地を回った。心を落ち着けて、もう一度自分が冒険した後を眺めて、少しだけ、ともに旅をした仲間とも話をして。

 久しぶりに、美月との会話は楽しいものだけになった。

 

 けれど、それは決して喜ばしいものではなくて。

 

 リミットは、もうすぐそばに迫っているのだと、俺は美月の配信を見るたびに、突きつけられる気分だった。

 

 ――そんなある時、俺の配信に映っていたのは、どこまでも広がる、美しい大地だった。

 夕焼けに染まった世界で、一面に広がる草原では、旅をする者たちが寄り集まってキャンプの準備を始め、別の場所では獣達が駆け回っている。

 

 そこには、美月ではない世界が映っていて。

 

 綺麗だと、ふと思わされた。

 

『――どう? カンちゃん』

 

 下方から声がする。しばらくすると、美月が自分の能力を足場に、配信画面と同じ空中まで、あがってきていた。

 

ジュピター 月:すごいな。

 

『えへへ、配信用の光る玉を自由自在に飛ばせるようになったんだ』

 

ジュピター 月:それはそれですごいけど、すごいのは景色もそうだし。

 

『……うん。私、カンちゃんにこれを見せたかったんだ。でも、私の配信用光球って、私しか映さないでしょ? だから少しどうにかならないかなって……』

 

 それもあるけれど、もう一つ。

 

ジュピター 月:何気なく、透明な足場でここまで登ってくるアルミも、相当すごいよ。

 

『あー』

 

 言われて、そういえばと行った様子で美月は足元を見た。それから、何気なくその場でステップを踏む、軽やかで、あの引きこもりだった美月とは思えないほどに様になっている。

 踊りというよりは、武術のそれに近い気はしたが。

 

『どう?』

 

ジュピター 月:拍手。

 

『えへへ』

 

 綺麗だった。

 夕日に照らされて笑う美月は、どうしようもなく。

 

『……他にも、いろんな事ができるようになったよ』

 

ジュピター 月:そうだな。

 

『キャンプの仕方とか、魔物の解体の仕方とか、罠の見分け方、いざという時の食べれる草とそうじゃない草の見分け方。戦い方も、バッチシ』

 

 それらは、俺がパソコンで仕入れた知識が、冒険の中で自然と磨かれ、美月に身についていったものだ。

 

『冒険者ギルドでの報酬の受け渡し、他のパーティと一緒に行動する時の交渉。偉い人の前に行ったときにしたほうがいいマナー、言葉遣い』

 

 それらは、美月が俺の前で何度も練習して、俺がああだこうだ言って、美月が自信をつけていったものだ。

 

『素敵な景色を、どう言葉にしたらいいか。貴重な食材の味を、どう表現したらいいか。人に戦い方を教える時、どう教えたらいいか』

 

 それらは、俺と美月が二人で言葉をひねり出して、それを美月が形にしていったものだ。

 

 ――二年。

 色々なことを、俺達はした。辛いことも、楽しいこともあって。そのたびに、二人で同じように笑って、悲しんで。

 それが俺たちの配信だったんだ。

 

 二人で作り、二人で楽しむ。それが俺と美月にとっての、異世界配信だった。

 

『それからね』

 

ジュピター 月:どうした?

 

『私、こっちに来る前から、お料理とかお掃除とか、練習してたんだ。いつか必要になるからーって、お母さんに頼んで』

 

 ……それは知っている。始めた直後に嬉しそうに美月のお母さんが俺に教えてくれたからな。いつか美味しい手料理、毎日食べれるといいわね、と言われた。

 期待が重かったが、もはやそれどころではなくなってしまったな。

 

『それね、こっちでも練習したの。お肉の解体とかだけじゃなくって。ミアちゃんにも、美味しいって言ってもらえたんだ』

 

 なんともそれは、ミアがとてつもなく羨ましい。

 

『そっちに帰ったら、カンちゃんにも、食べてもらえるかな』

 

ジュピター 月:もちろん、期待してるさ。

 

 語りたいことは山程ある。話題は尽きず、けれども日は沈んでいく。準備を急いでいたキャンプから、炎が灯り、旅人たちが談笑しているのが見えた。

 地を駆け回っていた獣達は、もう姿が見えなくなっている。

 

『他にも、色々やりたいことがあるんだ。こっちで、おしゃれとかも覚えたし、そっちには、いろんな化粧品とかあるから、自分で選んでみたい。カンちゃんにカワイイって言ってもらえるかな?』

 

ジュピター 月:アルミは今でも十分かわいいさ。

 

『女の子の可愛さには限界がないんです。お洋服も買うし、カンちゃんだって飾っちゃうよ。私、こっちでちょーパリピになったんだから』

 

ジュピター 月:未だに天気デッキ振り回してるのに?

 

『そういうのやめてよー!』

 

 でもまぁ、美月がそういうことを気にするようになったのは事実だ。人とは、環境によって変わるもので、今の美月がかつてはどうしようもないコミュ障であったと、誰が信じるだろうか。

 ……今の美月は、他人に対して無口でクールを通せる風格が身についただけ、とも言える。

 

 黙っていれば、こいつはこの世界では英雄だ。そして、こいつは他人に対して最低限のコミュニケーションで意思を伝える方法を身に着けた。

 こうして軽い口調で話をするなんて、俺とミアの前くらいだろう。ミアの前でどう振る舞っているかは、美月から伝え聞く程度だが。

 

ジュピター 月:そうはいうけど、アルミはもう十分変わったよ、見違えるくらいだ。

 

『そう?』

 

 言いながら、風になびく髪に手を当てて、こちらを眺めてくる少女は、驚くほど絵になった。思わず、ドキっとさせられてしまうくらいに。

 ……今更そんなふうに思うなんて、少し意外だ、自分でも。

 

ジュピター 月:綺麗になった。

 

 だから、反撃してやることにした。

 

『あ……』

 

 画面の向こうで、かぁっと頬を赤らめさせる少女は、年相応の可愛さで、反撃をしたのはこっちだというのに、逆にこちらも赤面してしまうような程だった。

 美月は、ずるい。

 

『えへへ……』

 

 指を髪に絡めながら、美月は笑う。

 こんな笑顔を、ずっと眺めていられたら、どんなに幸せだろう。

 

 ふと、考えてしまう。

 

 ――――でも。

 

ジュピター 月:アルミ、ちょっといいか?

 

『……うん、何?』

 

 そこで、止まってはいられない。

 俺は、美月に聞かなければいけないことがある。

 

ジュピター 月:俺たちがした約束、覚えてるか?

 

『配信のことは誰にも言わない、とか?』

 

ジュピター 月:そうだ。

 

 そのうちの一つだ。

 敢えて口には出さなかったけれど、ずっと今も続いている美月との約束。

 

 

ジュピター 月:俺たちの間に隠し事はなし、そうだろ?

 

 

『――――』

 

 美月の表情が、凍りついた。

 停止した、と言ってもいい。一瞬、ピクリとも動かなくなって、それから困ったように笑顔を浮かべた。

 

『何言ってるの、カンちゃん。私、何も隠してないよ?』

 

ジュピター 月:解ってるって、大丈夫。

 

 だから続ける。

 

ジュピター 月:言わなくても、解るんだ。でも、言葉にしないと事実にならないんだ。

 

『……』

 

ジュピター 月:どれだけ環境で人が変わっても、その根本は変わらない。アルミはいつだって、一度決めたらわがままで、俺に迷惑をかけないようにする。

 

『……そうだね』

 

ジュピター 月:アルミはこっちの世界に帰ってこれる。でも、本当はそう思ってないんだろ?

 

 ――世界は、どんどん大変なことになっている。今、こうして見渡している世界が、たまたま平和なだけで、美月が危険を避けているから、こういう場所を見ているだけで。

 

 今も世界は、終わり続けている。

 

 そんな世界を救う方法が、ただすべてを元に戻して終わり?

 

 そんな甘いことがあるか? ミアの兄、国王の命をあっさりと奪って、素知らぬ顔で続いているこの世界が? そんなはずはない。

 美月だって、解っていただろう。解っているから、隠そうとした。

 俺が、自分の気持を言葉にしなかったように。美月は美月の気持ちを言葉にしなかった。

 

 言葉にすれば、ただ思いのままで終わるから。

 

 でも、もうそうはいっていられない。

 終わりは近い、美月は間もなく、世界の切れ端に行くだろう。そしてそこで、祝祭の巫女としての役目を果たす。

 

 つまり、

 

『……うん、私ね』

 

 美月は……

 

『どうしてかわからないの、根拠とか何もなくって、状況を考えるとそっちの世界に帰るほうが、まだ自然な気もするのに』

 

 この世界から、どころか。

 

 

『――私、どこにもいなくなっちゃう気がして、ならないんだ』

 

 

 あらゆる場所から、美月が消える。

 

 俺と、美月。

 二人の“配信”が。

 

 最後の“配信”が、始まろうとしていた。

 

 

 始まって、終わろうとしていた。

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