1人が視聴中 XXXXXXX 時間前にライブ配信開始   作:暁刀魚

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俺の幼馴染は、配信者をしていた。

 俺の幼馴染は、配信者をしていた。

 異世界に飛ばされ、俺だけがその配信を見ていた。俺だけの配信者、有間美月。そんな彼女の配信が、もうすぐ終わろうとしている。

 

 どうしてこうなってしまったのだろう。美月の行動に、何か問題はあっただろうか。俺の言葉に、何か欠陥があっただろうか。そんなものは、どこにもないように思える。俺も美月も、当たり前に生きてきた。それは誰にも咎められることはないはずだ。

 だというのに、美月はこの世界から消えなければいけないという。

 

 それは、どうしてだ?

 

 一体、誰がそんなことを美月に押し付けた? 誰の許可をとって、美月に消えろなんて強要してやがるんだ?

 答えは決まってる。祝祭を与える神とかいう野郎のせいだ。

 

ジュピター 月:それは、どうしても消えなくちゃいけないものなのか?

 

 俺はそんな気持ちを押し殺して、あくまで冷静に美月に問いかける。

 

『わからない、どうしてそう思うのか、根拠って言えるものがないし、言葉にできないんだ』

 

ジュピター 月:じゃあ、消えなくてもいいのかもしれないか?

 

『“それはない”』

 

 力強く、美月はそう言い切った。彼女の中で確信があるのだろう。絶対に世界は揺らがない、どれだけ美月が嫌だといおうと。そして美月自身が、嫌だと言えないくらいの確信が彼女の中で芽生えている。

 

『解るんだ、私はそこに向かって歩いてるんだって。それが最初から決まってたんだって。祝祭の巫女の話を聞いた時から、ずっとそう思ってたの。ミアちゃんと相談した時も、カンちゃんとお話してた時も』

 

ジュピター 月:最初から結果が決まっていた?

 

『うん、寄り道とか、遠回りならできるけど、最後には巫女として切れ端に行かなきゃいけないんだって、心の底からそう思うの。どうしてだろうね? そりゃあ、逃げ出すことに何の意味もないけどさ』

 

ジュピター 月:覚悟とか、使命感とかそういうんじゃないのか。ただ、そんな気がするだけなのか。

 

『……うん』

 

 美月は、なんとも言い難い、嫌悪と後悔が混じったような顔で、うなずいた。美月の中に湧き上がる感情、理解し難い。きっと、美月以外の誰にもそれは理解できないだろう。

 普通ではないからだ。

 

 因果関係に、何のつながりもないからだ。

 

 ある日、道端を歩いていたら、ふと思い立ってナイフを振り回し始めるかのような、異物感。美月の話を聞いていて、俺はそんな事を感じた。

 美月の意思ではない。少なくとも、今の美月にそんな感情はない。

 

 自分から決めて、そうしなければならないと思って行動することは、今の美月にとってはおかしくない。ただ、決められたレールを歩くことを強いられて、そのとおりに歩くのが、美月の今取る行動とは思えない。

 

 だから、

 

ジュピター 月:少しだけ、時間をくれ。

 

『解った』

 

 数分でいい。

 

 俺にこの違和感を拭い去るだけの時間をくれ。明日に回してもいい、時間はないが、一日くらいなら大丈夫。おそらくそれでも、結果は変わらないだろう。今までもそうしてきたことだ。

 ただ、“そうした方がより善い結果になる”気がしてならず、俺は考えを巡らせる。

 

 もっと言えば、

 

 今頭の中にある情報だけで、答えが出せるところまで来ている気がしてならず。

 

 俺は、その結論にあと一歩で手が届きそうなのだ。

 

 ――祝祭の巫女の祝詞。

 

 “神よ、この地にこの身を導いたことを感謝します。”

 

 “世界の切れ端”

 

 “神はすべてを見ています。神はすべてを理解しています。ただ、神は人の心までは覗けません、故に人々は神に疑いを抱いてはいけません。”

 

 “祝祭は神のために行われ、神はその祝祭に答えるべく恵みを与える。”

 

 “その代わりに巫女の願いを一つ叶える。その願いは何でもよくって、過去あらゆる時にさかのぼって、神はそれを叶えるだろう。”

 

 “それが完了した後、神は世界の修復を開始する。巫女はその慈悲を一新に受け、世界の礎として旅立つ。”

 

 おおよそは、そういう内容だ。

 そしてこれは、巫女が神に捧げた祝詞であり、

 

 “巫女って、これまで何人かいるらしいんだけど、記録に残ってないんだって。”

 

 情報が残っていないはずの巫女が、唯一残した情報だ。もしもそれを残す方法があるとしたら何だ? 巫女は聖女と呼ばれるほどの人物だ。そんな人物が残すとしたら、どんなタイミングだ?

 

 ――決まっている。神に願いを捧げるその時だ。

 

 だから神も疑問に思わない。内容が神にとって都合のいいものならば、なおさら。

 

 そして――――

 

 “――ねぇ、カンちゃん。どうして伝承は持って回ったような、面倒くさい言い回しをしたんだろうね。”

 

 “伝承を曖昧にして、敢えて人々に意識させないことで、回り回って超常の存在に真意を知らせないためだ。”

 

 ――――なら、

 

 

 そういうことなのか、救済の聖女。

 

 

『……カンちゃん?』

 

ジュピター 月:すまない、またせた。

 

 俺は一つ、息を吸う。

 ああ、もしもその祝詞が、俺の想像する通りなら、聖女さんよ。

 

ジュピター 月:今日は、もうちょっとだけ、話をさせてもらっていいか?

 

『私はいいけど……カンちゃんは?』

 

ジュピター 月:たぶんだけど、大丈夫だ。

 

 ――やってやろうじゃねぇか。

 

ジュピター 月:ていうかさ、

 

ジュピター 月:よくよく考えてみれば、もうすぐアルミがこっちに来るんだ、こんな景色はこれで見納めだろう。だから、

 

 ――祈りを込めて、コメントを打つ。美月がこれに気付け無いのなら、俺がこの配信を視聴している意味がない。だから届けと、祈りを込めて。

 

 俺には、この状況で美月にそれを伝える方法を、一つだけ持っているのだから。

 

ジュピター 月:美月。いいだろう?

 

 そう――呼びかけた。

 

『――――』

 

 それから、美月は先程、俺に隠し事を指摘されたように、一瞬だけ停止して。そして、

 

『わかった、私はどうすればいいかな』

 

 そう、言ってきた。

 

ジュピター 月:今日はこっちから話をさせてくれよ。美月はさっきみたいに、俺の話を聞いて、それを読み取ってくれるだけでいいからさ。

 

『うん』

 

ジュピター 月:きっとこれが最後の“配信”になる。もしかしたら、また話をする機会はあるかもしれないけど。ちょっといつもと勝手は違うかも知れないけど、いつもどおりに頼むよ。

 

『私とカンちゃんの、二人で配信は作ってきたんだもんね』

 

ジュピター 月:そういうこった。

 

『解った、私はいつまでだって付き合うよ』

 

 ……頼もしいことこの上ない返事だ。俺はうなずいて、続きを語りだす。随分と遠回りになってしまうが、しょうがない。

 だから、俺たちは夜もふけるまで、足元の大地で、焚き火が消えて、なくなるくらいまで、ずっとずっと、話し続けた。

 

 満足行くまで、最後まで。

 

 

 ◆

 

 

 それから、しばらくの間は配信はなかった。しばらく、と言っても2日、3日程度だけど。もう、お互い配信で話すことはすべて話をしたし、必要はない。あともう二つだけやることがあるけれど、それまでには時間がある。

 俺がやるべきことはすべてやったのだ。

 

 だから後は、全て美月に任せる。あの世界で冒険をしているのは彼女で、俺はそれを支えているだけなのだ。最後の引き金を引けるのは俺じゃない。だから、後は野となれ山となれ。

 

 ただそのまえに一つ……いや二つやるべきことがあって。これはその一つ。配信は、俺と美月の二人でやってきたことだ。しかし、異世界での冒険は、俺たちだけではやっていけなかった。

 言うまでもない、今日すべきこと、美月の相棒。ミアと初めて、話をするのだ。

 

 時間はいつもと変わりなく、あくまでルーチン、そこは崩さない。

 しかし、時間に慣ればそこにはいつもと違う光景がある。前回の鮮やかな世界とはまた違い、今日は小さなテントの中だ。そこに、美月ともうひとり、女の子が座っていた。

 鮮やかな金髪の……目鼻立ちのスッキリとした美人系だ。美月とはタイプが違う。

 

『これで本当に映っているんですか? ミツキ、ただの光の球体じゃないですか』

 

『そうだよぉ、向こうにはバッチシこっちが映ってるから、変なものが入らないようにね』

 

『ミツキじゃないんですから、解っていますよ!』

 

 なんて、二人は会話をしながら、顔を見合わせて、それからこちらを向く。改めて、そこで俺はコメントを打ち込んだ。

 

ジュピター 月:どうも、はじめまして。

 

『わ、何か出ましたね。ジュピター、というのが名前……ですか? “カンちゃん”要素がどこにもありませんが』

 

『えっと、ややこしいんだけど、まぁそういうものだってことで』

 

ジュピター 月:名字と名前みたいなものだよ。カンちゃんっていうのは名字から取ってるんだ。

 

『なるほど。ミツキの説明よりよっぽどわかりやすいですね?』

 

 からかうように言う女の子に、ミツキは気恥ずかしげにうつむいた。そこも良さだと思うんだけどな。

 

『おっと、こちらも自己紹介をさせてください。本名は別にありますが、今の名前はミア。貴方にも、そちらの方が通りがよいのですよね?』

 

 そこで、少女――ミアは姿勢を正してこちらに挨拶をしてきた。

 ――初めて出会った時の肩書は、お姫様。しかし実際は庶民の生まれで、彼女は一般的な感覚を有する普通の少女のはずだが、随分と気品があるように感じられる。

 本人の気風というやつだろう。

 

ジュピター 月:改めて、こちらはカンちゃんって名乗ったほうがいいかな。

 

『そうですね、ただその名前は貴方とミツキの特別なものと聞いていますから、あくまで名前を呼ぶ機会がある時はジュピター、と』

 

ジュピター 月:世界でこの呼び方を知っているのは、俺とアルミと君だけのはずだよ。

 

 既に呼ばれていたから、こちらも構わずにその名前を使うが、美月は俺と美月だけの特別な呼び名を、ミアにも教えていたのだ。とはいえ、あまり使う用事もなかっただろうが。

 ……そもそも、どこでその名前を知ったのだろう。

 

『あうう、ごめんね。私の配信、ミアには聞かれてたみたいで……』

 

ジュピター 月:ああ、こっちから明かす前にバレてたのか。

 

 それで、美月がその話をしたところで、“カンちゃんのことですか”と聞かれれば、説明せざるを得ないだろう。

 まぁ二年も一緒に旅をしていたのだから、バレないほうがおかしいか。

 

『そりゃあ、毎日同じ時間に、決まった時間の間一人になるんですもの、何かあると思いますし、気になるでしょう』

 

『でも、聞かなかったよね?』

 

『聞き耳を立てて、内容はおおよそ把握できましたから。まぁ他にも理由はありますが……』

 

 なんでも、まず最初に気になったから、軽く探ってみたところ、内容が今日あった出来事の報告や、これからの相談といったものだった。

 そして、それを鑑みて少し思考を巡らせてみたが、答えとして美月には誰かブレインというべき者がいて、それは異世界の住人なのだろう、と。

 

 美月が異世界からやってきたことは、ミアと初めて会話したときにぶっちゃけている内容だ。そして、推測と合致するような会話だったことと、毎日同じことをしているということは、自分と出会う前からもそうだったことから、問題はないだろうと判断したらしい。

 

 とはいえ、美月に直接探りを入れなかった理由は、別の所にあった。

 

ジュピター 月:美月に聞けば、正直に“これ”の事を話すよな。

 

『うん、カンちゃんもミアちゃんには止めないだろうし、相談の上ではあるけど話すと思う』

 

『……そうですね、ええそうですね。でもってそうなると、じゃああなた達はどうします?』

 

ジュピター 月:ミアの前でも配信をするようになるだろうな。

 

 それは言ってしまえば、目の前でカップルの会話を見せつけられるように他ならず、

 

『そんなことになったら、私耐えられません! 二人でやっていてください!』

 

ジュピター 月:ごもっともで。

 

 まったくもって何一つ反論のできない事情であった。これで抑えるつもりがあるならともかく、少なくとも美月は抑えられないだろう。

 そして我が事ながら、俺もあまりそこで抑えられる自信はない。

 

ジュピター 月:もしそうなったら、そっちにも割と面倒くさい絡み方をすることになってただろうな……イヤほんと。

 

 自分で言うのも何だが、ミアには言いたいことが山程あるのだ、そしてそれは、一回の話で尽きるものではない。だが、何度もそんな事をしていては、ミアの精神が持たないだろう。目の前でイチャつかれながら持ち上げられるって、相当変な気分になるよな?

 

ジュピター 月:でも、改めてこれだけは言わせてくれ。

 

『はい』

 

ジュピター 月:アルミの友達になってくれてありがとう。

 

『……こちらこそ、私を鳥かごから救ってくださり、本当にありがとうございました』

 

 そう、改めて。

 お互いに、感謝するべきことを言葉にして、それで。

 俺とミアは、初めて“話をした”と言えるのだ。

 

 そして――

 

 

『――それでね、そこでカンちゃんがね! アルミはもう強いんだから大丈夫って言ってくれたんだ! ミアちゃんも言ってくれたよね! すっごく嬉しかったよ! やっぱり二人は頼もしくって! 私いっつも助かってる。それでねそれでね!』

 

 ――ふと、時計を見れば、二時間ほどが経っていた。

 

ジュピター 月:なあ、アルミ?

 

『ミ、ミツキ……あの、ミツキ……』

 

『うんどうしたの? お腹すいた? あ、お水新しくする? そうそうお水って言えばね、カンちゃんがね――』

 

 ――お察しの通り、以降美月のカンちゃんトーク、ミアトークが二時間続いた。だいたい俺4:ミア:2両方に関わること:4。それはもうベラ回しが止まらない。

 もともと美月は一人で雑談をさせれば何時間でも話をしていられるタイプの配信者だったが、それにしたってこの饒舌っぷりはどうだ。

 

 話をしていられるといっても、結構言葉を選ぶから、話運びがゆっくりなために何時間も話していられるのだ。このマシンガントークは、普段の美月の比ではない。

 

 引いているのはこっちの方だと言いたい。

 

 とはいえ、更に話を続けていけば、いい加減こちらも諦めの境地へと達し、一周回ると、がむしゃらに話を続ける美月の姿が、どこか微笑ましくなってくるのだから不思議なものだ。

 こんなふうに、ただ大切な人と、話をしているだけの時間が、どれだけ美月にとっては幸福だろう。

 

 そう考えると……

 

『……あれ? ミアちゃん。泣いてるの?』

 

『泣いてません、泣いてませんよっ。どうぞ続けて、今日はミツキが満足するまで、ずっと付き合いますから』

 

ジュピター 月:そうだな。

 

 ――ミアは、ポロポロと流れる涙を抑えながら、言った。二年の付き合い、短いか長いかで言えば、十分長い。しかもその殆どを二人一緒に過ごしてきたのだ。

 ともにいた時間は、俺とそう変わらないかも知れない。流石にこっちは十年以上の付き合いだから、並ぶことは……無いと思うが。

 

『不思議ですね。あの口下手なミツキが、こんなに饒舌になって』

 

『う、く、口下手じゃないよぉ、知らない人の前でうまく言葉が出てこないだけで……』

 

ジュピター 月:それが口下手っていうんだよ。トーク事態は上手いけどな。

 

 美月は話のすべてに感情を乗せるのが上手い、と思う。聞いててその情景を一緒に体感できるような語り口は、近くで聞いていると心地よい。

 懐に入った人にたいしては人懐っこくなる美月らしい話しぶりだろう、と俺は思う。

 

『そういえばミツキが知らないので、当然知らないでしょうけど、ミツキって裏では口下手なのってかなりバレてるんですよ?』

 

『そうなの!? 私のクールキャラは?』

 

『口下手ボケボケ天然呼ばわりされていますね』

 

ジュピター 月:当然の結果だな。

 

 そんなぁ、と叫ぶ美月に、俺達はひとしきり笑う。こういう話はミアからでなければ聞けないだろう。他にも、美月は事件の解決が自身の能力によるゴリ押しな事が多く、周りからゴリラ扱いされていたり。

 それなのに時折やたら詳しい知識や、具体的な作戦を持ってくるものだから不思議がられて、ミアが遠くにいる参謀役のことを説明したり。

 

 それに対して、会いたいと言い出した者へは、その参謀のことになると美月が凄まじい勢いで惚気だすから止めたほうがいいと言って説得して口止めをしたり。

 実際事実な上に、その例をいくらでも挙げられるくらいミアは美月の“配信”に聞き耳を立てていたらしい。

 

 げんなりした様子でいうが、それだけ情報が出てくるということはなんだかんだそういう出歯亀が好きなのではないかと思うが、口にはしない。

 ふつうのコトだと思うしな。

 

 むしろ美月があまりそういうのに関心を持たないらしく、恋愛話は特に口を挟まなかったり、イケメンにキャーキャー言う女子を遠くから眺めているだけだったりしたそうだ。

 まぁ陰キャ特有のパリピ嫌いだろうなあ、とは思うが。

 

 ――なお、俺個人としてはその方が嬉しい、ということを軽く添えておく。

 

ジュピター 月:あ

 

『どうしたのカンちゃん?』

 

 満足げにふーっと大きく吐息をもらした美月、俺はふとパソコン画面の端を見たのだ。理由は単純で――

 

ジュピター 月:日付が変わってる。

 

『えっ、もうそんなに!?』

 

『解るものなんですか……?』

 

 ――気がつけば、日を跨ぐほどに、俺たちは話をしていたらしい。かれこれ5時間くらいだろうか。時間を忘れて、ただただ無我夢中に。

 

 それに気がつくと、どっと自分の中で不思議な感覚が湧き出てくる。まだ話足りないというものや、もう十分に話しただろうというもの。

 他にも言語化できないいくつかの感情が、ないまぜになって口元に湧き上がり、

 

『……そうですか』

 

 美月も、ミアも同じように、吐き出すように。

 

 

『――終わっちゃうんだね』

 

 

ジュピター 月:終わっちまうな。

 

『そう、ですねぇ』

 

 一様に、口から出てきたのは、終わってしまうという感情だった。

 終わるのが惜しいのではなく、まだ続けようというのでもなく。ただただ、不思議と、この瞬間。――全部、終わったのだという実感が湧いた。

 

ジュピター 月:明日は早いのか?

 

『ううん。どこも慌ただしいけど、まだ大変な局面になるのは一ヶ月、二ヶ月先かなぁ』

 

『半年は持つと思いますよ』

 

 ――日が変わり、同時に実感する。今日が最後の日だ。明日には、世界の切れ端に美月は突入し、祝祭の巫女としての役目を果たす。

 だから、美月とミアが話をするのも、きっとこれが最後の機会になるだろう。もちろん、明日もまた言葉は交わすとして。

 

 何も気にせず、楽しいだけを言葉にするのは、これが最後だ。

 

『でも、私達で決めたことだから。最後までやるって、だったら早いほうが、みんな嬉しいし』

 

ジュピター 月:そっか、わかった。

 

 俺が了解の返事をすると、美月はぐっと背伸びをしてからあくび。睡魔に身を任せ始めた。

 

『ん、じゃあ……おやすみ、カンちゃん』

 

ジュピター 月:おやすみ、アルミ。

 

 そうやって言葉を交わして――

 

『あ、そうでした』

 

ジュピター 月:どうした? ミア。

 

『いえ……何、ということではないのですけど、これだけは言っておきたくて』

 

 わざわざ、言葉にしなければ伝わらないこと。ミアとは親しくはなったが、美月ほどではない。何を口に出すのか、まだ俺には判別がつかなかった。

 

 

『ありがとうございました。この旅は、本当に楽しかったです。それも、貴方とミツキがいてくれたからですよ』

 

 

 ――彼女は、そう言って俺に対して笑いかけた。大人っぽい彼女にしては、といった感じの幼気な笑みで、俺の方に。

 ……そして、後ろから複雑そうな表情の美月が、ミアに飛びかかり、

 

『ちょっと、カンちゃんは私のなんだよ――!』

 

 そういって、楽しげにはしゃぐ声が聞こえた後。

 

 配信は、オフラインになった。

 

 

 ◆

 

 

 ――後に残されたことは唯一つ。

 

 俺と美月、二人の最後の話だ。やるべきことはした、これで全部を終わらせるつもりはない、ただ、そこに対して俺はできることはないし、これからやることは、全て仮定で成り立っている。

 だから、本当にうまくいくとは限らない。

 

 神様とやらが有情な存在で、美月は何事もなくこっちの世界に帰ってくるかも知れない。どれも想像だ、確定的なことはなにもない。

 

 だから、俺たちは最後に言葉を交わさないといけない。

 

 言いたいことは山程あるが、それら全部を脇にどけて、

 

『――ついたよ、カンちゃん』

 

ジュピター 月:ああ、見えてるよ。

 

 

 俺たちは今、世界の切れ端の前にいた。

 

 

 そこは、どこまでも広がる暗闇で、如何にもその先には何かがある、というような。周囲に人の気配はない、ここはもともと人が立ち寄っては行けない場所で、こっそり侵入してきたからだ。

 警備は厳重だが、美月を止められるものではない。

 

『この先に、神様がいるのかな』

 

ジュピター 月:そこまで含めて、これから確かめるのさ。

 

『それもそっか。なんか神様って変な感じだね』

 

ジュピター 月:どこがだ? 異世界で神様なんて、珍しくもないだろ。

 

『だって、旅の一番最後に会うんだよ? 普通、そういうのって旅の始まりに出会うものじゃない? 異世界に行くラノベってさ』

 

ジュピター 月:まぁ、どこかしらで掠るもんだと思うす、最後の最後まで出会うこともないってのは、珍しいかもな。

 

ジュピター 月:でもそれを言ったら俺たちも、祝祭の巫女の話とか、世界の切れ端とかは話題に出てただろ? そんなもんだよ。

 

『私はなんとなく違和感あるなー』

 

 そんなこと言われても困る。

 

ジュピター 月:なんでもいいけど、準備は全部できてるか? 今更やりのこしたこととか、ないよな?

 

『準備は大丈夫だよ、何度も確認したし、ミアにもお墨付きもらったし』

 

ジュピター 月:ホントか……?

 

『カンちゃんはなんで私の準備不足にそんなに厳しいのっ!』

 

ジュピター 月:アルミがこれまで何度見通しが甘くて、予定がズレたか言ってみろよ……

 

『ゔ……』

 

 ほらな?

 完全に停止した美月に、俺はやれやれとため息をつきながら、美月の再起動を待つ。だいたい数秒、思考を再開させて、一言。

 

『準備不足はないよ、間違いない。ただ――やり残したことはある』

 

ジュピター 月:奇遇だな、俺もなんだよ。

 

『…………』

 

ジュピター 月:どうした?

 

『お、おさきにどうぞ』

 

 少し緊張した様子で、美月は言った。何やら色々考えているようで、こちらから言ったほうがいいのだろうが、生憎と俺の言うことは、俺が先に言っても意味がない。

 というか、できれば美月の言葉を聞きたい。

 

『……』

 

 俺が何も書き込まないと、美月はジリジリと世界の切れ端に背を向けて、こちらから距離を取る。

 闇色の背景に、ぽつんと俺の幼馴染だけが浮かび上がった。

 

 それは、なんとも不思議な光景で。

 

『…………わかった』

 

 観念したように美月が嘆息する。こういうのは、配信側が言わないと締まらないんだよ、こっちは声じゃなくて文字なんだから。きちんと響くのは声の方だ。

 

『あのね、カンちゃん』

 

 暗闇に浮かぶ美月は、だというのに光に当てられたかのようで、美月ははっきりと存在感を放っていた。

 

 今はどうしようもなく、美月の顔が愛おしく見える。

 

『私は、私の部屋の中だけで生きていくつもりだった。カンちゃんがそう言ってくれたから。多分、それでもカンちゃんがいれば幸せだったと思う』

 

 美月の顔は、晴れやかだ。美月は、本番中に緊張するタイプではない、一度始まってしまえば、するすると台本をこなしていく。

 緊張も、喉元を過ぎてしまえば行動力だ。

 

『それが、こっちの世界に来て変わった。変わらなくちゃいけなくなった。――どっちかがいいってわけじゃない、どっちでも、カンちゃんがいれば私は大丈夫』

 

 ――昔、俺に手を引かれて、夕方の帰り道を歩いた美月は、おどおどと周囲に怯えていたけれど、俺の手だけは絶対に離さなかった。

 

『変わらなくちゃいけないなら、変わりたいと思った。色んな人と、仲良くなれたら幸せじゃないかなって、思った』

 

 ――いじめを受けて、それでも気にした様子もなく日常を過ごしていた美月は、俺と話をする時、いつもより饒舌だった。

 

『私ね、知らない人と全然話なんてできないから、仲良くなればもっといっぱいおしゃべりができると思ってたんだ』

 

 引きこもった時、美月は周りの気遣う言葉に耳を傾けなかった。でも、俺が何も言わずに扉をノックしたら、何も聞かずに扉が開いた。

 

『でも、違うんだよね。その人と仲よく慣れば仲良くなるほど、むしろ言葉って少なくなっていくんだ』

 

 俺が引き込もあったままできることがあるのではないかと言ったら、美月はすぐに、配信者という方法を提示してきた。

 

『だって仲良くなれば、言葉を使わなくても、思いは伝わるものだから』

 

 ――俺は、この世界に美月が転移して、本当に良かったと思っている。

 

『それでも、伝えたいことがあるから、人って言葉を使うんだ』

 

 部屋の中で、隣り合って笑う美月が、俺は大好きだ。

 

『だから、私の伝えたいことはこれだけなんだよ』

 

 でも、俺の原点は――俺の一番最初に好きになった美月は、俺の後ろをずっと手を握って歩き回る。そんな美月だったんだよ。

 

 二人で、ともに歩くあの時間が、俺は何よりも、大切だったんだ。

 

 ああ、だから。

 俺の言いたい言葉も、一つだけ。

 

 

『――ありがとう。大好きだよカンちゃん』

 

 

 ――楽しかった。愛してるよアルミ。

 

 

 ◆

 

 

 ――――それから。

 

 美月の配信は、オフラインになったままだ。

 

 今も、俺だけがあの配信枠を見れる状況は変わっていない。何か変わったことがあったかと言えば、完全に美月のことが世界から忘れられたことだろう。

 ――ある日、気がつけば美月の家から美月の部屋はなくなっていた。

 

 配信チャンネルもなくなり、今はチャンネルからではなく、検索をかけないと、あの配信枠にはたどり着かない。「MayLia」で検索すれば、一発でそれが出てくるのだが。

 

 他にも、美月の存在していた後はそこら中からなくなって、それでも世界が回るように、組み替えられていった。そんな中で、俺だけが美月のことを覚えていたのだ。

 理由は……正直よくわからない。

 

 なぜなら美月が“成功”したとしても、“失敗”したとしても、俺の記憶は失われないはずだからだ。美月なら、そうなるように願いを叶えるだろうから。

 

 その上で、美月がどうなったのか。

 美月が帰ってこないまま、一年が過ぎようとしている中、俺には未だその結末がわからないでいた。

 

 そう、美月の配信が終わり、俺が日常を過ごす中で、

 

 気がつけば――一年が過ぎていた。

 

 美月の配信は、今もオフラインのまま。

 

 俺はその間、大学受験に奔走したり、昔美月と絡んでいた配信者の枠を追ってみたり、ぼんやりとしたペースではあったが、美月がいなくなった日々を送っていた。

 正直な所、覚悟していたよりも虚無感は薄く、平静は普段と何も変わらない一日を過ごしていた。

 

 当たり前に、日々を過ごし。

 当たり前に、次の日を迎え、

 

 ――その中で、決まった時間、俺は美月の配信枠を見た。

 

 女々しいだろうか、後に引きずりすぎだろうか。

 いや――違う。俺は美月の配信を、そういった気持で見たことは一度もない。あの時、美月を引き止めなかったことは、俺にとっての後悔ではない。

 

 そうだ。俺は美月を信じている。美月ならきっと、やり遂げるだろうと。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 だから、何も心配していない。帰還が遅れるのは、ある事情から仕方のないことだ、解っていたことだ。

 ただ――

 

 

 今日は、俺が実家にいる最後の日だ。俺は大学に進み一人暮らしを始める。いろいろな事情でその方がいいからという理由だが、どちらにせよ今日でこの部屋とはお別れだ。美月とともに育った部屋。美月が引きこもって、自分の部屋を配信用にしてからは、美月は個人で遊ぶ時、いつも俺の部屋を使っていた。

 だから、俺と美月の部屋。

 三年前、ここには俺の幼馴染がいたのだ。

 

 そして美月が異世界へと転移してからは、俺の“配信部屋”へと変わった。

 それから、三年。

 

 俺はこの部屋を離れる。美月との思い出は、宝箱の中へとしまわれる。この世界に、唯一美月の居場所が残された部屋。美月は世界の祝祭へと旅立って、人々から忘れられていって。

 

 今ではもう、俺以外に、知る物はいない。

 

 なぁ美月――はやく帰ってこいよ。俺はまだ、覚えてるからさ、お前の顔も、声も、そしてお前が世界一カワイイってことも。

 

 そんな思いとともに、ルーチンとなった配信枠を開く。毎日この時間、一時間は配信枠を開いておく。もちろん、その間に色々と済ませることは済ませるが、今日はこのまま、配信画面を開きっぱなしにするつもりだ。

 なんだかその日は、何かが違う気がしたから。

 

 椅子にもたれかかって、配信枠を見る。

 

 あいも変わらずの、オフライン。

 美月は時間にルーズだな、といつものように考えて、

 

 

 ――俺は、自分の感覚が気の所為ではないことを知った。

 

 

 ぐるぐると、読み込み中に画面が変わる。

 

 

 気分は、不思議な程にフラットで、俺は少しだけ目を伏せる。

 

 

 そして、目を開けた時、

 

 

 俺の視界に映る配信枠は、俺の部屋を映し出していた――




種明かしは次回。
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