「まだ見ぬ”あした”へ」
「……ーい」
声が聞こえる。
「おーい」
誰かが呼んでいる。暗闇の中で。
「う…」
「起きた?」
差し込んでくる外界の光に網膜を刺激されながら
瞼を開けると、朧気ながらに像が浮かび上がってくる。
ようやくそれが何かを認識出来た時には、
こちらを覗き込む少女の顔が逆さまになって視界を占有していた。
「うわっ!? 誰!?」
「あたし? あした。九十九神 葦咫(つくもがみ あした)だよ」
反射的に飛び起き、名を尋ねる。
中腰にしゃがみ込んだままの格好で、少女は笑って、そう名乗った。
少女とは言っても、あの黒髪の少女・ペルフェクタリアではない。
髪の毛は栗毛色のショートボブ。
金色の瞳。陶器のように青白い肌。セーラー服のような制服を
着ているところからすると10代半ばと言ったところか。
ペルフェクタリアと共通する所はあまり見当たらない。
「俺…俺の名は…」
名前。自分の名前。思い出そうとすると記憶に靄がかかったような感覚に陥る。
思考がかき回されて形を成さない。
「駄目だ…やっぱり分からない…」
両手で頭を抱える。何とか思い出そうと。だが、思い出そうとすればするほど
全身の血液が逆流し、嗚咽を催す。
「うっ…!」
「大丈夫? 気分悪い?」
「いや…いいんだ…それより、葦咫…色々と聞きたい事がある。
ここは何処だ? 君は何処から来たんだ? 何でも良い、知ってる事を教えてくれ」
「うーん…あたしもよく分からないんだけど、あたしが暮らしてた場所、無くなっちゃったんだ」
「え…?」
葦咫が言うには、ある日突然、彼女が暮らしていた世界は色を失い、
人も、街も、あらゆる物が無に帰して行ったのだと言う。
自分の名前と、世界が終わる光景。それが、彼女に残された最後の記憶。
「もしかしたら、キミもあたしと同じかも知れない。でも、自分の名前も分かんないって、寂しいね」
「そうか…そう言えば、あのペルフェクタリアとか言う子が言っていた…
お前は『終わった』と…」
恐らくだが、葦咫の世界で起こった現象に似たものに巻き込まれ、
自分に関する記憶の全てを失ってしまったのではないか。現状ではそう考えるしかなかった。
「葦咫…君に会えただけ、俺はまだ幸運だったかも知れない。
何故こうなったのか、どうすれば失ったものを取り戻せるのか…一緒に探しに行こう」
「うんっ! そうだね!」
蒼白い顔色に反して、とても活発で元気な娘だ。
いつまでも落ち込んでいられない。そうだ。決めたじゃないか。
自分が何者で、何と言う名で、何処から来て、何をしようとしていたのか…
失くしたもの全てを取り戻すと。
「でもさ、名前が無いって困るよね? 何て呼んだらいい?」
「当の本人が思い出せないからな…好きなように呼んでくれればいいよ」
こうして、不思議な少女、葦咫との旅が始まった。
未だ先の見えない道のりに、ほんのわずかな光明が差した。