短編小説を、書けるだけ書いてみた。   作:りんかいさん

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あの方が優しいから、いけなかったのか。
俺を助けたからいけなかったのか。

いいや違う。あの方を変えてしまったのは俺だ。

俺が騙したのだ。
俺があの方に疑心暗鬼の心を植え付けてしまったのだ。




短編一つ目 題名「梅花」

今は昔の頃でございます。

ある屋敷に一人の殿様が居たそうです。

その殿様は臣下を信頼し、大変優しい、恩情深いお

方だったそうです。

 

そして、その殿様にお仕えし、お食事の毒味をして

いた男が居ました。

 

名を加藤と言います。加藤は随分と貧乏な暮らしを

していたそうで、弟と一緒に物乞いをし、乞食と成

り生きていたそうです。

 

町の中、自分が土下座をしてまで金を乞う事よりも

弟に土下座させることが何よりの苦悩だったようで

頭を地面に伏している時、横目に見える弟の土下座

の姿勢が悲しいやら申し訳ないやらで、

加藤はいつも涙が垂れるほど、自分の不甲斐なさを

呪っていたそうです。

 

路地裏で目を覚ましたかと思うと、縁の欠けた茶碗

を片手に路地裏から出てきて、道中人が歩き行く中

で、茶碗を自分の横に置いて土下座をして、物乞い

をする朝を過ごし、

そして後々起きた弟がなにも言わずに隣で土下座を

することに自分の無能力を噛みしめる。

 

などと言う悲哀を孕んだ日々であったそうです。

 

そんな生活を送り、いっその事死んでしまったほう

が幾分か楽だと思った加藤は、弟の手を引いて川へ

飛び込みました。

 

その時の加藤の気と言えば正気ではあらず、いかに

も狂気じみた考えで、死こそがもはや神が整えた最

後の救済だと思うようにさえなっていました。

 

情死しようとした加藤兄弟は殿様のお屋敷の横にあ

る川に流れ着いたそうです。

そこに馬に乗り、お帰りになった殿様に見つけられ

なんとか一命を取り留めたそうです。

 

殿様は加藤の生活のひもじさを聞いて、誰もやりた

がらない毒味の仕事を話したところ、加藤は喜んで

承り、まだ路地裏生活ではあるものの、乞食から脱

却できたそうです。

 

 

 

 

 

 

           一

 

 

 

 

 

 

「梅花が見たい」

 

あぐらをかいた殿様は箸で梅をつまんでおっしゃっ

た。

八畳の一部屋の中、襖は廊下に向けて開かれ、昼の

朗らかな空気が室内に広がっていた。

 

毒味役としての務めを果たした俺はお食事が終わる

まで、殿様の護衛をしなければならない。

そう思って、殿様の前で正座をしていたのだが、

 

昼の朗らかさで殿様の口が少し饒舌になったのか、

変に子供じみた、いわゆる、幼子のようなことを俺

におっしゃったのだ。

 

「一体どうして俺にそんなことを言うのです?」

 

そもそも、梅花が見たいのであれば、自分の臣下に

でも言いつければ良いのだ。

わざわざ、臣下ですらない毒味役の俺に頼まなくた

って良いと思ったからだ。

 

殿様の質問の意図が俺には見当つかず、首を捻らせ

たり、顎に手を当てたりとして、考えていた。

 

「私は植物について無知であるから、花と言うもの

を見たことはあるものの、名称だなんだについては

全く知らない」

 

「だが、梅花と言う語彙から、きっとそれは梅の花

なんだろう」

 

「私は梅花が今まで見てきた花のどれかわからない

から、実際に見るため、持ってきてほしい」

 

なるほど。

男でありながら何を言うのかと思えば、そういうこ

とだったか。

 

梅花と言う言葉は知っていても、実際にはどの花か

はわからない。

 

だから、知るために俺に申し付けたらしい。

 

「しかしながら、私めにお申し付けなさらずとも、

殿様には立派な臣下がおりますでしょう。

その者達に申し付ければいいのです」

 

別に俺でなくたって良いはずなのだ。

殿様は大復中のご器量を持つお方なのだから、万が

一にも言うことを聞かない臣下がいるとは思えない。

 

すると殿様は途端にうじうじとしだし、こそこそと

小声で俺に喋りだしたのだ。

 

「. . . 実は花が見たいなどと言う願いは、いくら信

頼している臣下にでも気恥ずかしさが抜けず、なか

なか言えない」

 

「だから、お前が梅花を送ったことにしてもらいた

いのだ」

 

そういうことか、と俺は腑に落ちた。

いかにも合点がいったように俺は「ほぅ」と口に出

した。

 

この殿様はどうやら羞恥心によって、花を見る事は

俺以外には頼めないらしい。

 

俺が梅花を献上したと言う話であれば、それは当た

り前の事で済まされ、殿様は恥をかかずに済むのだ。

 

「どうだ加藤、頼まれてくれるか」

 

俺は黙った。

口をへの字にして、眉を寄せた。

どうして返答に渋るかと言うと、

 

今は四月なのである。

 

梅花が咲くのは二三月だから、もう梅花はきっと散

っている。

 

俺はどうしてこの方がこんな事を言うのかわからな

くて、自分なりに思案してみたものの、皆目見当も

つかないのである。

 

そうして困惑に体を揺らせている様子に、殿様は実

に間違いな勘違いをしてしまわれた。

 

「そこまで考え込むほど入手が難しい花ならば、私

もそれに見合う対価をとらせよう」

 

ぴくりとした。体にぶわぶわと悪寒のようなものが

走った。

殿様は続けた。

 

「褒美を用意しよう。弟がいるだろう、生活も苦し

いだろうに。

加藤、お前が花一輪私に渡せばきっとお前とお前の

弟は楽になるぞ」

 

優しげな笑顔なのです。裏表のない笑顔でした。

悪戯を言う方ではない。仏のような優しさを持って

いるのです。

 

弟。

 

もしも、救えるのであれば、それほど救いたい者は

いない。

しかしどうやって。

 

俺は人のために何かしたことはありませんでした。

弟に教えた事だって、人にどう謝るか、どう盗むか

どう物乞いをするか。

乞食としての惨めで悲しい事しかおしえられてない

のです。

そんな俺が人を救えるのです。

甘美な言葉でした。人生初の人の救済でした。

 

そう思い、わくわくと悦楽して、

目は畳を向いていましたが自分でもわかるほど輝か

しい顔をしていました。

 

高揚。

俺はほとんど、ぼーっとして自分がやっとの肯定を

手にした気分をゆっくりと味わっていました。

 

ですが、そんな愉悦に浸っている場合ではありませ

んでした。

 

今はもう梅花は散っていますと言わなければ、勘違

いされたままに頼まれてしまうのに、俺はなにも言

えませんでした。

 

俺にとっての初めての幸福だったのです。

 

「では加藤、頼んだぞ」

 

そう声が聞こえ俺は、はっと目を覚ましすぐに自分

の無責任さを知りました。

ここで、梅花が無いことを報告してみろ。

殿様は自分の羞恥をむやみやたらに知った人間であ

る俺を解雇するだろう。

不敬な行動をとってしまうわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

           二

 

 

 

 

 

 

俺はお食事部屋を後にし、弟の待つ路地裏へ帰って

いました。

 

とぼとぼと道中を歩いて、影が写る地面が橙に染ま

った頃のことです。

 

夕空の下には道を挟む民家があって、その道の中央

を俺が歩いていたところ、人通りが少ないせいか、

はたまた橙の多い夕焼けの時間だからか、やけに目

につく桃色がありました。

 

それは民家の小さな庭から飛び出した桜でした。

 

. . .なんだ桜か。

 

以前は風流を感じて趣なんてもので、その美を批評

したものですが、今では道を彩る桜が忌々しくてな

らなりませんでした。

 

梅花だったらどんなに良かったか。

俺はこんなに困る思いをして、道中ふらふらとして

帰る必要なんてなかったわけです。

 

俺は道に出た桜を、心底恨めしそうな目でじっと見

つめていました。

夕焼けが終わる頃まで、俺はこの桜が梅花だったら

と悶々と考え続け、やがて自分の不審に気付きまし

た。

 

馬鹿馬鹿しい。一体何をやっているのか。

 

. . . こんな木偶のような俺では、殿様や弟を何一つ

救えないどころか、もはや役に立つことすらも怪し

いのではないか。

 

なんとも後ろ向きな考えでした。

でも、俺の今までの無能さを思えば、それが全くの

事実でしかないような気がしてきて、自己嫌悪でも

足りないほどの悲しさを覚えるのでした。

 

そして明日はその無能として格が上がるという確信

もありました。

明日は殿様に梅花はこの時期に咲かないと言わなけ

ればならないのです。

 

また無能と自覚しなければいけないのか。

そしてまた乞食として生きるのか。

 

明日は暗い。

最近はせっかく物乞いをやめれていたのに。

 

結局は暗く淀んだ生活しか送れないらしい。

 

俺はすっかり惨めさのない生活を諦めて、泥酔でも

してるかのような足取りを踏んで、

 

あの恨めしい桜の横をするりと歩こうとすると、俺

の頭に悪い考えが陰ったのを感じました。

 

汗が出ました。鳥肌でぶわりともしました。

夏の日に、路地裏から見た月の光が当たらぬ道で亡

霊がこちらを覗いた気分のような。

 

静かな悪寒。

 

俺はその善行の真反対に位置するいわば詐欺の悪行

に誘われたらしいのです。

 

すぅ と手が伸びました。

そしてぽきりと一枝手に取ってしまったのです。

 

これだけでも盗みとしての罪人となったのですが、

俺はきっと明日するであろう最大の詐欺を何より危

惧していました。

 

 

 

 

 

 

           三

 

 

 

 

 

 

次の日です。

 

朝昼とお食事の毒味が終わり、夜のお食事を殿様が

召し上がられたときです。

 

「殿様、昨日の願いをこの加藤が叶えて来ました」

 

「何、本当か加藤。あんなに渋って難しいとされた

梅花をもう持ってきたのか」

 

「はい。こちらが梅花です」

 

俺の手にあったのは昨日、盗人としての業を背負っ

て手に入れた花だった。

 

「ほう、これが」

 

殿様か手にとって見つめているのは

紛れもない桜だった。

 

「でかしたぞ加藤」

 

「だが、こんなに早く持ってくるとは思っていなか

ったのだ」

 

「だから、褒美は少し先になるが、構わんな」

 

「はい、滅相も誤差いません」

 

そうおっしゃって見るからにご機嫌そうにお食事部

屋を出て行かれた。

 

俺は恐怖でどうにか成りそうだった。

臣下の誰かが、それは桜だとか言うのではないか。

いや、あくまで秘密で行われた取引だ。

 

きっと殿様は誰もいない所で静かに梅花を愛でるだ

ろう。

 

自分の詐欺はきっと何も言われない。

殿様がその証拠を隠すからだ。大丈夫だ。

 

そもそも、殿様を喜ばせ、弟まで救おうとするのが

間違いなのだ。

 

一人を騙し、身内を救えるのだ。

こんなに正しいことがあるだろうか。

 

損得、切り捨ての世なのだ。結局は人を騙し、勝ち

取らないから俺と弟は貧民なのだ。

 

最初に騙しただけだ。

これから何人も騙して生きてやるのだ。

 

俺は完全な悪人としての覚悟をして、これから人を

殺してでも生きてやろうと、もう既に悪に身を売っ

たつもりでいたのです。

 

 

 

 

 

 

           四

 

 

 

 

 

 

俺にとっての悲劇. . .

いいえ殿様にとっての悲劇と言いますか、それが俺

の情を動揺させたのです。

 

殿様はどうやら仕事机に、俺が贈った桜を生けて、

臣下とそこで話すたび、「これは梅花だ。綺麗だろ

う」と言っているらしいのです。

 

まさか。

あれだけ恥ずかしがっていたではないか。

 

そう思いました。

そして、臣下の誰かに「それは桜です」と言われて

俺は牢獄に入るのだと、詐欺の報いを受けるのだと

思ったのですが、

 

誰一人としてその目の前の桜を「これは梅花ではあ

りません」とは言わないのです。

 

くすくすと笑うのです。

 

影口を吐くのです。俺はお食事部屋で殿様を待って

いる時、襖の向こうで

 

「桜を梅花と信じておる。愚かな殿も居たものだ」

 

「あぁ本当に愚かな殿様だ。あれが上の人間という

のだから、全くもって反吐が出る」

 

「どうしてあれが優秀と認められたか、本当に困っ

たものだ」

 

ふふふと笑う声がたびたび聞こえるのです。

 

お食事が朝昼晩と続きましたが、襖の向こうから陰

口が止むことはありませんでした。

 

 

 

 

 

           五

 

 

 

 

 

俺は帰りました。

 

昨日よりとぼとぼ帰ったので、もう夜になりました。

肩が重いのです。

 

元々姿勢が悪いのにもっと前に傾いて、手が膝に付

くくらいに猫背になって帰りました。

 

背を曲げていると乞食のことを思い出して、身震い

していたのですが、そんなことは気になりませんで

した。

 

もう自分に愛想がつきたのです。

あんな最低なことをするなら俺は貧民でよかったの

です。

 

俺は自分が乞食で生まれたことに、正しささえも感

じていました。

 

人を騙して、影で笑う人がいるのです。

 

人間の恐ろしさを知ったのです。

土下座しても何もせず、通りすぎて行った人間より

もはるかに深い醜さを知りました。

 

酷い人間です。

でもあれは、まさしく俺でした。

 

人を騙し、それで機嫌を取って生きているのです。

変わりありません。

あの汚い人たちは鏡のような役割をしました。

 

その鏡を見たとき、俺はもう乞食がお似合いだと思

いました。

 

それこそが正しさだと、そう感じたのです。

 

俺は桜の民家も通り過ぎて、路地裏へふらふらと帰

りました。

 

 

 

 

 

           六

 

 

 

 

 

俺は罰を求めていました。

罰を受けると許されるものでしょう。

 

あの方を騙した罪を、陰口の主犯である俺を、あの

方が許してくれるなら俺はどれだけ苦痛な罰も受け

る気でいたのです。

 

しかし、あの方は変わられました。

決して前のように恩情深いお方には戻ってはくれま

せんでした。

 

変えてしまったことが俺の罪でした。

戻ってくれないなら、俺は決して許されていないの

です。

 

あの方を本当に慕っていた臣下が「それは桜です」

と言ったのです。

 

俺はそのおかげで、今は牢の中にいます。

しかし、正当な罰を受けようと、俺の罪は消えませ

ん。

 

どれだけ牢獄に居ようと、あの方が元に戻らないの

なら、結局のところ意味は無いのです。

 

ならば、逃げたほうが良かったのかと思うのですが

逃げたところで、罪の意識に負け、罰を今以上に欲

して、償うためなんていう最後の良心を守るために

自ら牢に入るでしょう。

 

罰を求めていたのは、償うためではありません。

自分の美意識を守るためだったからなのですから。

 

しかし、あの方が戻られないのは俺だけが原因では

ございません。

 

陰口の臣下。

 

あの方は桜のことを梅花だと言わなかった臣下を牢

に入れました。

 

結果、あの方が一方的に信頼していた臣下はいなく

なり、本当に忠誠厚い臣下だけが残りました。

 

あの方は今でも周りを疑っております。

周りには嘘など一つも無いのに。

 




こんにちは。
最近はコロナウイルスで学校が窮屈です。
身体測定も待ち時間が長いので何か考えてたら、
「梅花」ができました。

りんかいです。
よろしくお願いします。
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