カナエタイネガイ   作:○ヲウシナッタナ

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 ――人も鬼も仲良く出来ればいいのに。

 

 そんな夢物語を何度口にしたことか。その都度周りから批難の声が挙がった。

 アレは倒すべき怨敵だ。奴等のせいでどれだけの犠牲者が出たと思っている。気でも狂ったか、そんなこと出来る訳がない。

 相応の立場を得た後でさえ、彼等の対応は変わらない。強いていうなら言葉にしなくなっただけだ。表情は依然として批難の色が強い。

 身内ですらそうだ。たった一人の妹ですら難色を示す。

 

 ――姉さんは優しいからアイツらが可哀想って思うのかもしれない。でもやっぱり私は父さんと母さんを殺したアイツらを許せない。

 

 そう言って悲痛な表情を浮かべる妹を見て、姉は思う。

 そっか。(しのぶ)には私はそう見えているんだ。

 確かに鬼は可哀想だ。元は同じ人間なのに望まずしてなった者が大半であり、例えどんなに優しい人でも激しい飢餓衝動に駆られ、他人だけでなく親兄弟すら歯牙に掛けその身を喰らう。

 姉はそんな彼等を確かに哀れんだ。

 しかし、妹が思っている程姉は高尚な人間ではない。少なくとも彼女は自分をそう認識している。

 あの『言葉』は別に全ての鬼に対して述べたのでない。

 ある鬼と出会い、彼に感化された影響だ。

 鬼とて全てが全て好き好んで人を殺したり喰らっている訳ではないと知ったから。

 その果てで得た答えであり――彼にいなくなって欲しくないと願った結果出た浅ましい願望だ。

 尤も当の本人に言った結果は、

 

『無理だな。鬼は所詮鬼だ、人間(お前ら)とは在り方が違う。いつまでそんな阿呆なこと宣うつもりだ? 早々に辞めろ、じゃないとお前は人間でありながらも孤立するぞ』

 

 厳しくも思いやりのある否定の言葉だった。

 鬼である貴方がそんな事を気にするの? そう笑い返す。

 すると、その鬼は苦虫を潰したような顔を浮かべた。それがまた愛おしいと思った、琴線に触れた。だからまた自然と笑ってしまう。

 鬼でありながらも極力人を傷つけないよう努める変わり者。血みどろの生より平穏を享受したいと願う偏屈者。

 そんなモノに出会わなければ、ついぞそんな願望など抱かなかったことだろう。

 胡蝶カナエにとって、その鬼との邂逅はそれだけ価値あるものだった。

 

 

 村から外れた深い森の中に小さなあばら家があった。

 幾つもの隙間があり、木材は腐り、豪雨にでもさらされば忽ち倒壊してしまうのではないかというボロボロ具合。

 雨風を防ぐだけでも不安を感じずにはいられないそこに、やはり人は住んでいない。

 元より人里離れた所だ。生活するには色々と不便だろう。

 だが、人以外となれば話は変わる。

 動物であればこれ幸いと巣にするだろうし、草木なら日の光を求め容赦なく育つだろう。

 そして表立って生活出来ないモノからすれば、これほど身を隠すのに打ってつけの場所はない。

 それを顕すように丑三つ時に怪しげな紅い光があばら家に集まってくる。

 大きさは羽虫程度、端から見ればホタルと見えなくもないそれらは静かに、優雅に漂っていた。

 そんな静寂の中に、突如音が鳴った。

 出所は当然あばら家だ。その戸がガタガタと動きゆっくりと開いた。

 暗い闇が支配するあばら家の中。姿を現したのは、人に良く似た……しかし人成らざるモノだった。

 

 姿形は人間の男だ。着てる服も古くはあるが、よくありそうな緑の着物。

 しかしその細部はどう見繕っても人間のものではない。

 肌は死人のように薄気味悪い白。頭には小さいながらも一対の角。長い白髪に隠れているが、左目は無く空洞になっている。

 不気味なその姿は正に『鬼』と称していいだろう。

 彼は静かに歩みを進め、紅い群れの中心に至る。

 すると、それを待っていたかのように紅い光は彼――正確には空洞のはずの左目――を目掛けて一斉に集まって来る。

 まるで底穴の様な空いた目に吸い込まれる様は正に異様。

 しかし当人はそんな事は気にも止めず、一切残らず取り込んだ。

 そして、一呼吸置いて一言。

「……少ない」

 不満。

 そう感じたのは当たり前だ。彼は此処数日同じ量を毎日摂取していた。

 だが、今日に限っては違う。発した言葉通り『少ない』のだ。それも誤差で収まる範囲ではない。

 ――何かあったのか?

 そう思い、彼――(かけい)は麓の村の方に顔を向けた。

 

 『鬼』。日の光を嫌い、闇に紛れ、人を喰らう。筧はそう呼ばれるモノの一体だ。

 しかし、無駄な抗争を嫌う彼は静かに粛々と生き延びる為に痕跡を残す様な行為は行わない。

 欲望の儘に人間を襲い、貪り喰らうなぞ最も嫌う愚行。

 そんな事をすれば自分達()を狩る者達に居場所を教える様なもの。

 故に筧は人知れず気付かれぬまま飢えを満たす。

 先の紅い光は正にその為のもの。

 人が眠りに落ちた深夜に村に出向き、そこの人間達に自らが編み出した技――『血鬼術』を仕掛ける。

 それは毎夜、人々が寝静まった頃に発現する。体内から血が抜かれ、術者である筧の下に来るようになっている。

 無論、全身の血液を抜き取れば大量のミイラが出来、騒ぎになってしまう。そうすれば一時的な飢えは満たされるだろうが、長い目で見れば完全に悪手だ。

 だからこそ筧は細心の注意を払っていた。

 一度に摂る量は人体に影響がない程度に収める。一回の摂取量はそれ程多くはないが、安定して毎日摂れるのであれば上々。ましてや天敵と出会う可能性がない。

 そして数日程で別の狩場へ移動。

 同じ様な事を何度も行い全国を転々として早百年以上。

 常に順風満帆とは行かず、幾度となく問題や事故も起きた。今回もその類だろうと考えたところで――。

「血か」

 風に運ばれてきたのは血の匂い。しかも一人や二人ではなく優に二十人は超える。

 勿論これは筧の仕業ではない。となれば考えうる可能性で高いのは一つ。

「見てくるか」

 ここからでは村の全貌すら見えない為やむを得ず山を降りることにした。

 そう判断するや否や筧の姿はその場からなくなる。

 音も発せず、僅かな旋風(つむじかぜ)を残し、鬼は件の村へと繰り出した。

 

 

 

 人を喰らう鬼を狩る者達がいる。

 『鬼殺隊』と呼ばれる政府非公認の組織だ。構成員の大多数は鬼による被害者であり、彼等に対し並々ならぬ憎悪を抱き、鬼と彼等の始祖たるモノの殲滅に心血を注いでいる。

 人外の力を持つ鬼を相手にする以上、普通の人間では太刀打ち出来ない。

 まず鬼を殺すには太陽の光に当てるか、頸を切り落とさなければいけない。

 前者はともかく後者に関してはただ斬るだけでは駄目だ。日輪刀と呼ばれる特殊な素材で造られた武器が必要になる。

 そして頸を切るにも相当な技量と力を要する。その為鬼殺隊の隊士は皆血の滲む様な厳しい鍛錬をし、鬼を殺す術を身に付ける。

 男でも相応の覚悟がなければ耐えられないものに、しかし一人の女は見事耐えきり隊士となった。

 胡蝶カナエ。鬼に両親を殺され、妹と共に鬼殺隊に入った少女。

 鬼を滅する為に編み出された特殊な呼吸法――水の呼吸から派生した花の呼吸を扱う心優しい可憐な少女だ。

 しかしてその実力は並の隊士とは一線を画している。

 『柱』と呼ばれる鬼殺隊に置ける最高位の力を持つ剣士。カナエはその柱の弟子である『継子』であった。

 柱になるには優れた剣士でなければならず、その後継者である継子もまた高い資質を持つ。

 カナエはその一人であり、将来有望な剣士である。

 だがしかし、それはまだ『先』の話だ。

 

 夜が深まった頃。

 鬼の活動時間帯ということもあり、彼等を狩る鬼殺隊は忙しない。

 元々鬼の仕業とも思える報告が幾つかあった。だからカナエもまた調査し見つけ頸を斬るべく動いていた。

 三つもの村で犠牲者が出た、それも連日連夜。

 被害は相当の物であり、大物が絡んでいると思われていたそれは、正にその通りだった。

 『十二鬼月』と呼ばれる鬼の中でも最強に位置する存在達。その内の一体、下弦の肆が動いていた。

 十二鬼月は上弦と下弦とで組分けされている。壱から陸までの数字を与えられ、数字が小さいもの程強力な個体である。そこは同じだが、上弦と下弦には隔絶的な力の差がある。

 もし、仮に上弦の鬼が今回の騒動の中心にいたのであれば、きっとカナエは無事では済まなかっただろう。

 

 

 遭遇したのは下弦の肆だった。

 その鬼はやたらすばしっこくずる賢い、多くの被害を出した危険な存在だ。

 カナエ含め数人の隊士が討伐に乗り出したが、これがまた難敵であった。

 不意打ち騙し討ちは当たり前、人質まで取る始末。

 誇りも何もない。ハッキリ言って小悪党そのものだが、それが鬼となったのなら尚質が悪い。

 しかも曲がりなりにも最強の鬼の称号たる十二鬼月だ。末席であったとしても侮っていい相手ではない。

 それを改める間もなくカナエは窮地に陥っていた。

 最愛の妹であり、同じく現場にいた胡蝶しのぶを人質に取られたからだ。

 純粋な実力では敵わないと察してからの判断と行動は恐ろしく早かった。

 運が良いのか悪いのか、しのぶは気を失っている。

 責任感の強い彼女のことだ。もし意識があったのなら、姉の邪魔にならないように自ら命を断ったかもしれない。その可能性がないことだけが唯一の救いだが、状況が一変する訳でもない。

 どうすればいいのか、そんな疑問に答えてくれる存在なぞいるはずもなく、また好転の兆しがある訳がなかった……そのはずだった。

 

 ――唐突に血飛沫が舞った。

 それはカナエのでもしのぶのでもなく鬼のものだ。

 何者かが背後から鬼の頭を吹き飛ばしたのだ。それはもう粉々になるような強い力で。

 それを行ったのは『隻眼の鬼』だ。

 不意を突かれたことで動揺し、しのぶを離してはしまったが、すぐに頭が再生した下弦は同じ鬼である者を睨みつけた。

 何をする、と。

 対する隻眼の鬼の答えは酷く単純であった。

 曰く、彼が縄張りにしている村でその下弦の鬼は暴れてしまったようで、結果彼の逆鱗に触れてしまったらしい。

 犠牲者も一人二人ではなく、ニ十人以上出した。人間を生かしつつ長期的に血を蒐集する彼にとって正に看過することは出来ない案件だ。

 例え相手が下弦であろうと、十二鬼月であろうとも関係ない。領分を越えたのなら制裁を与える。

 物怖じせずに言う隻眼の鬼に対し、面白いやってみろと下弦は嗤う。

 身の程を分からせてやると自身の力を過大し驕っていたのだろう。

 それが間違いだった。

 そうして一触即発の空気が漂う中動いたのは――静観していたはずのカナエだった。

 下弦の意識が逸れた所を狙った一撃は、見事頸を斬り、落とした。

 耳をつんざくような断末魔は数秒続いたが、すぐに肉体は霧散し下弦の肆はその命を終えた。

 不意を突いたとはいえ曲がりなりにも下弦の鬼が反応出来ないはずがない。本来ならそうなのだろうが、何も出来なかったことは偏に眼前に立つ『隻眼の鬼』の仕業だろう。

 詳しくは分からないが、何やらかの血鬼術を用いたはず。

 だからこそ、カナエに対し『殺れ』という目配せも出来たのだ。鬼を殺す術は陽の光を除けば鬼狩りの持つ日輪刀のみなのだから。

 下弦の肆の討伐は果たされたが、今度は別の問題が起きた。不意打ち紛いとカナエを利用したとはいえ下弦を倒した鬼が目の前にいる。

 どれほどの力を持つのかは不明だが、先の小悪党よりも厄介なのは火を見るより明らか。

 未だに倒れている最愛の妹の前で構える。

 さっきは助けられたが、それはただの結果論に過ぎない。互いに敵と認識した相手がいたから一時的に共闘出来ただけ、それだけだ。

 カナエとしてはこのまま去ってくれることを期待したい。下弦との問答で彼の縄張りの話が出たが現状一人で対処するのは難しい。その上しのぶを守りながら戦うとなれば困難だ。

 幸い、そろそろ夜が明ける頃。鬼は日の下では生きられない。

 だからどうか――。

 そんな念が届いたのか、ただ用を済ませ終えたからか、『隻眼の鬼』はカナエには目もくれず踵を返し、そのまま姿を消した。

 僅かな砂埃が舞ったことから、異常な速度を以って移動したことは確かだ。

 恐らく先程まで手こずっていた下弦の肆より、力も速さもある。対峙するにしても『柱』に近い力の持ち主でなければ難しいだろう、特に一騎討ちなら尚更。

 敵対するような事態にならなかったことに胸を撫でおろす。

 同時に朝日が残された二人を照らしつけた。

 

 これが変わり者の鬼との最初の邂逅。

 

 次に彼と再び逢うことになるのは半年以上経った初夏となる。

 

 確かそう、その切欠となるものは――。

 

 

 

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