カナエタイネガイ 作:○ヲウシナッタナ
「赤いホタル?」
「……ああ」
ある日の事だ。
同じ柱である冨岡義勇が負傷し、カナエが手当てをしている時。ふと思い出したように訊ねてきた。
曰く、赤く光るホタルは存在するのかという話だ。
一般的なホタルが放つ色と言えば黄緑色だろう。他にも黄色や橙色がある。故に近い色を発光させることは出来る。
しかし義勇が言いたいのは原色のそれだろう。
流石にそれ程までに明確に赤く光るホタルはいない。少なくともカナエが知る得る限りでは。
「何か気になるの?」
「……子供が」
「え?」
「……聴こえた」
「んー、冨岡くん、もうちょっと詳しく教えて。下手な所で区切らないで、簡略しないで。大丈夫、多少長くてもゆっくりでも最後まで聞くから、ね?」
その後何とか口下手な彼から聞いた内容を纒めると。
先日彼が任務である目的地に向かう最中、立ち寄った村で子供達が話している姿を見かけたのだとか。
聞き耳を立てるつもりはなかったが、ふと気になる単語があった。
それこそが『赤いホタル』だ。一人の少年が見たと主張するが、他の子供達は信じていないらしい。
義勇もつい首を傾げてしまう。鬼を狩る鬼殺隊は夜が本番だ。何分鬼が活発化するのは夜で、それを狩る彼等も必然そうなる。
だからという訳ではないが、夜にしか見れない風景などを目にする機会は多い。ホタルなど見ない年などなかったはずだ。
だからこそ解せない。
ホタルの光といえばやはりあの淡い黄緑色ではないのか? 赤い色があるなぞ聞いたことも見たこともなかった。
しかし、件の少年はやけに必死に真剣に「見たんだ」と言っている。
その様子から嘘を吐いてようには見えない。
だからだろう、義勇は思った。
――帰ったら胡蝶(姉)に聞いてみよう。
そして現在。
「ごめんなさいね、私も知らないの」
「……そうか」
表情筋が死んでいる為一見すると分からないが、僅かばかり落ち込んでいる様子。
気になって、珍しく義勇の方から訊ねたということはもしや実在するのなら見たかったのやもしれない。
冨岡義勇。見た目は美丈夫だが中身は意外と童心であった。
一応同い年のはずなんだけど。そんなことを思いつつも可愛らしい反応につい「あらあら」と笑顔を浮かべてしまう。
と、そこで思い出したように手を叩く。
「そうだ、しのぶなら知ってるかも」
しのぶはね頭良いのよ。と我が事のように語る。
実際最愛の妹は博識だ。齢十四にして既に薬学に精通しており、鬼を殺す毒すら作り出した才女。
勿論、知識なくして物を作るのは難しく、必然彼女は小難しい本を読んでいる。その中には毒や薬草の他にも虫に関するものもある。正に相談する相手としてこれ以上の適任者はいないだろう。
「………………」
だがそれに反し、当の義勇に影が落ちた……ように感じた。
「冨岡くん?」
「……アイツは、怒る」
冨岡義勇にとって胡蝶しのぶとはよく怒る年下の女の子という印象だ。
勿論常時怒っている訳ではなく、笑うことも泣くことだってある。表情がコロコロと変わる元気な娘。
しかし義勇に対し向けられる顔は大体怒っているか呆れている不機嫌なものが多く、要は良い顔をされないのだ。
その上叱ってくる、小言も多い。「冨岡さん怪我をしたならすぐに来てください」「軽い怪我だからって放置しないでください」「治療が嫌ならせめて薬だけでも取りに来てください」「何度言ったら分かるんですか、そんなんじゃ嫌われますよ」「いいですか冨岡さん、ちゃんと私の顔を見て返事してください」「頷くだけじゃなくちゃんと言葉を発してください」等々。
それはもう顔を合わせれば必ず何かは言ってくる。会話するのが不得手な義勇からすると正直苦手な人種だ。おまけに義勇は基本言葉足らずで人を怒らせてしまうことが多く、彼女も例に漏れなかった。
それでも役職柄かよくよく顔を合わせてしまい、そしてその度に……そんなことが何度も繰り返されたせいで義勇のしのぶに対する苦手意識はかなりのものになっている。
「それはね、冨岡くんのことが心配だからよ」
「……そうだろうか」
義勇本人は意識していないだろうが、彼は柱になる前もなった後もひたすら我武者羅に鍛錬と任務を行っている。それ自身は隊士であれば当たり前のことなのだが、問題はその密度だ。
いつだったか過労で倒れたことすらあり、その際にしのぶに「どうしてそこまで自分を追い込むんですか!」と散々説教されたことがある。
思えばそれから口うるさくなったような気がするが、自業自得だろう。それほど心配させてしまったのだから。
好きか嫌いかは置いておくとして、結果しのぶの中で放っておけない人ランキングの上位になってしまったことは間違いない。当人は知るよしもないことだが。
「姉さん、ちょっと相談したいことが……」
「あら?」
「っ」
噂をすれば。扉が開き件の人物が顔を覗かせた。
宣言通りカナエに相談があってきたのだろう。
しかし。
「…………冨岡さん」
彼女、しのぶの目は今、敬愛する姉ではなくその対面に座っている義勇に向けられた。
ちなみに今回の義勇の怪我は左腕を負傷したものだ。見た目は痛ましいが薬を塗り、数日大人しくしていれば完治するようなものである。
――普通なら。
「まさかと思いますが、その傷で帰るなんて言いませんよね?」
出来る限り冷静に、且つ穏便にしようと笑顔を浮かべ問いかけた。それは一見小綺麗ではあるが、仮面のように張り付いており何処か恐ろしくもあった。
「……大したものではない」
「一応お訊きしますが、その腕で鍛錬や任務をするつもりではないですよね?」
圧が増した気がした。
帰ろうとしたのと、その後行おうとしたものを見越してだろう。
過去の経験上、しのぶはよく知っている。冨岡義勇という男は怪我が治っていないにも関わらず、鍛錬をしたり任務に赴く大馬鹿者であることを。
「………………」
そして即座に嘘を吐くことが出来ない人間であることも理解している。
「姉さん、確かまだベッド空いてたよね?」
小柄な身体からとは思えぬ強い力でガシリと義勇の右手を掴む。
「待て胡蝶、俺は――」
「待ちません! ホントに貴方はどうしていつもいつも――!!」
反論しようとした義勇の言葉を遮り、その倍以上の声量で説教が始まる。そして説教しながらも手を引いて連れていくという器用なことをしながら二人はカナエの前から去って行く。
連れて行かれる瞬間何か物言いたげな視線をカナエに向けた義勇だったが、当のカナエは――。
「しのぶは本当に冨岡くんが大事なのねぇ」
「っ、違うから!」
義勇の意を汲むどころか「あらあら、しのぶったら」と微笑ましく眺め、
顔が赤いのはきっと怒っているからなのだろうと義勇は義勇で見当違いな思考をしている。
結局カナエに助けて貰うことも出来ず、しのぶの剣幕にも押され義勇はそのまま連れて行かれた。
あの様子ではしのぶが納得するまで帰しては貰えないだろう。
柱という立場である為必要以上の休みなぞ許されないだろうが、それでも手負いの状態で任務に就かせる訳にはいかない。
まるで生き急いでいるかのような彼にはしのぶの様な強硬手段もまた必要なのだ。
ひらひらと手を振って見送りながらも、カナエはそう思った。
「あら? そういえば、赤いホタルって何処かで聞いたような」
そしてふと、先の義勇との会話をなんとなしに思い返してみて引っかかりを覚えた。
何処かで似たような話を聞いた覚えがあるのだ。
最近ではない。しかしそれほど昔という訳でもない。
一体いつだったのだろうか。そんな思いを思考の片隅に追いやりながらもカナエは己の職務に勤めていた。
それを思い出したの、その日の夜。
今日は鬼狩りの仕事はなく、縁側で月を見ながら物思いに耽っていた。
そこではたと思い出したのだ。隻眼の鬼のことを。
より正確にいえば彼と出逢った元凶である下弦の肆、その時の調査だ。
カナエの記憶が正しければその際に『赤いホタル』の話が出たのだ。
しかし、下弦の肆との関連性はなく、あの鬼が来るまでの村の数日分の記録を見ても、不可解な死や行方不明者が出たという話はなかった為見間違いか何かだと切り捨てられたのだ。
実際、後日確認した所やはり赤いホタルはいなかった。
だからこそ関係のない都市伝説や噂話程度に留め、記憶の彼方へと追いやっていた。
だがしかし、ここで問題なのは下弦の肆ではなく、あの隻眼の鬼だ。
彼は下弦に対しなんと言った?
『自身が縄張りにしている村で下弦が暴れた』と確かにそう言ったはず。
あの下弦の肆による被害と思わしきもので近しいものは三つの村だ。その中で一つの村にだけ何故かあった「赤いホタル」の話。
偶然と断定するには気になる点が多すぎる。
なによりも、あの隻眼の鬼に関する情報が一切ない。目撃どころか足取りすら掴めていない。
巧妙な雲隠れっぷりには舌を巻く程だ。そんな鬼の痕跡かもしれないものが目の前に現れたのは何かしらの縁すら感じる。
「………………」
思い出すのは一瞬向けられた目。翡翠を思わせる鮮やかなその瞳は、しかし何処か憂いを帯びているようだった。
それを見て『悲しいヒト』と感じたのは直感のようなものだが、間違っていないのではないかとカナエは思っている。
鬼である以上身内を殺し、その肉を喰らったのだろう。大半の鬼は人間であった頃の記憶を忘れる。中には覚えているものもいるがそれはかなり希少だ。
彼はもしかしたらその希少な鬼ではないだろうか? あの憂いは人間であった頃を覚えているからではないだろうか?
そう考えてしまうのは希望的な観測からか、常に胸の奥で燻る理想故か。
少なくともカナエ自身がそう願ってしまう程には彼は他の鬼とは違って見えた。
柱になるには五十の鬼を斬るか、十二鬼月を斬るのが条件だ。カナエはその二つを満たし、見事花柱に就任した。
それ程多くの鬼を狩り続けて尚、あの隻眼の鬼のような目をする者にはついぞ出逢えなかった。
だからこそもう一度逢ってみたいと思ってしまったのだ。
その先にどんな運命が待ち構えているのかなど知らぬくせに。