カナエタイネガイ 作:○ヲウシナッタナ
今抱いてる感情を吐露しろと言うのであれば、『不服』に過ぎる。
何故か? それは、鬼となり百年以上の時を生きて尚、相容れないであろうと思う腐れ縁の男が目の前にいるからだ。
「やァやァ筧殿、久しぶり、どうだい首尾は?」
頭から血を被ったような、それ以外は一見ただの人間の男のようだ。しかしその両目は怪しい虹色をしており、そこには『上弦』と『弐』の文字が刻まれている。
「何しにきた――童磨」
ある満月の夜、筧は最強とされる鬼の一角と再会を果たしていた。
いつものように血の蒐集を終えた後、最近ねぐらにしている洞窟へと帰るべく、山の中を歩いていると琵琶の音と共に眼前の空間に突如場違いな襖が現れた。
筧は知っている。これはある鬼の血鬼術だ。一種の空間転移が出来るなんとも便利な能力だ。
この術者は『あの方』のお気に入りだ。ともすれば下手な実力の鬼では使用すら許されない。
一体誰だ。最悪の展開も踏まえつつ待ち構えてれば、出てきたのはムカつく同僚だった。
――童磨。人間であった頃の名前かは知らないが、『あの方』が呼んでいる以上はそういう名なのだろう。
表向きはとある宗教団体の教祖をやっているが、その正体は十二鬼月、上弦ノ弐。つまり『あの方』を除けば鬼の中で二番目の強さを持っているということだ。
その強さ、地位に相応しく人間を……それも女を好んで喰らう。曰く女の方が栄養があるらしい。
人を救うなどと宣い、何の躊躇いもなく殺し、貪るこの男を筧は嫌っている。飢餓衝動からくるのならまだいい、だがその行為を『救い』だなんだと言うから虫唾が走る。
いや寧ろこの男が好きな奴は果たしているのだろうか、人間であれ鬼であれ。『あの方』ですら遠巻きにしているきらいがある。他の上弦達からも好ましいと思われていないはずだ。
何せこの男、感情がない。多少は不快感を感じることはあるらしいが、
鬼といえど元は人間。狂っていたり、異常や過剰になっていたりしても感情というのはある。
しかしこの男はどうやら人間であった頃からそこら辺が欠如していたらしく、鬼となってからも変わらない。
感情がないのであれば、つまり感情を理解出来ないのと一緒。それにも関わらず無駄に頭が良いせいか、まるで『ある』ような態度を取ってくる。
だからこそより一層不気味に感じるのだ。
「冷たいなぁ、俺と筧殿の仲じゃないか」
まるで仲の良い知り合いにでも話す。本当はそんな風に思ってもいないくせに。
「どういう仲だ」
「ほら俺達、同じ年に鬼になったじゃないか。同期ってやつ?」
馴れ馴れしく肩を叩くな、必要以上に顔を近付けるな。
口には出さないが、そう思いながら舌打ちをした。
だから『不服』なんだよ、と。
「お前と同列に扱われるなど反吐が出る」
「相変わらず辛辣だなぁ、筧殿は」
「……用件はなんだ?」
埒があかない。
そう踏んだ筧は何が目的で来たのかを問う。
曲がりなりにも十二鬼月の第二位だ。わざわざ無駄話をする為に来た訳ではないだろう。
「そう急かすなよ。俺が来たのはほら、アレだよ。例の探し物」
「――青い彼岸花」
昔記憶力がいいと言ってたくせに、まるで忘れたかのような変な濁し方をしていた為、ため息混じりに探し物の名を出した。
青い彼岸花。『あの方』が長年探し求めているらしい、あるかどうかも分からないものだ。
『あの方』がまだ人間だった頃にあったらしいが、それから一体どれほどの年月が経っているか。
筧を含め、探している鬼は多くいる。それこそ上弦すら動いている。それでもそれらしいものが見当たらないとなれば、既にこの世にはないのかもしれない。……尤もそれを口にすれば間違いなく頸が飛ぶ為言うつもりはないのだが。
「これでも全国をしらみ潰しに探している。が、生憎とだ」
筧が場所を転々とするのは鬼狩りと遭遇しない事と、もう一つ青い彼岸花を探す為だ。
「そういうお前はどうなんだ?」
「信者に探させたりしてるんだけど、まったくだね。俺自身探索とか苦手だし、困ったものだよ」
手に持ってた鉄扇をパッと開き、口元を隠す。
宗教団体の教祖ということもあり、その信者を体よく使っている。しかし成果は出ず。
当人の能力も戦闘時ならいざ知らず、こういう事には本当に向いていない。まあそこは筧も似たようなものだが。
「産屋敷の方は?」
「……簡単に見つかれば苦労しない」
「だよねー」
やっぱり筧殿もかぁとヘラヘラ笑う同僚に青筋が浮かんだ。
そも、産屋敷は鬼殺隊を事実上纒め上げている存在。その価値は一般隊士は勿論柱ですら代えは効かない。故にこそ、秘匿性は何よりも高く、易々と尻尾を掴めるわけがない。
「……進展が欠片もしていないのなら、お前は一体何しにきた」
「いやいや、勿論探し物は大事だけど、実はもう一つあってね」
遠回しに帰れと言うと童磨は目を細め、鉄扇を閉じ筧に突きつけた。空洞の左目を指すようにし――。
「“そろそろ”だろ?」
笑みを消し、無表情でそう問うた。
――っ……!?
その瞬間、あるはずのない左目が疼き、熱した鉄を流し込まれたかのような錯覚さえ覚えた。
「前にも言ったけど俺記憶力がいいからさ、筧殿の『周期』覚えちゃったんだよねぇ」
あっけらかんとそう言い放つと、童磨はまたニヤニヤと笑い始めた。
筧は他の鬼とは違い少し特殊だ。いや、鬼になった経緯はありきたりなのだ、流行り病に掛かり「どうして今なんだ」「あと少し元気でいれば」そんな後悔と自責の中にいる所を漬け込まれ鬼と化した。
その後もありきたりだ。飢餓衝動を抑えることが出来ず身内を殺し、血肉を食らった。その最中で正気を取り戻したのは、不幸だったのかもしれないが。それ以降は生きた人間の肉は食わず、死肉か血だけで飢餓を満たそうとする変わり者として奇異な目で見られていた。
転機があったのは、何の気まぐれか『あの方』の血を注がれた時だ。
身を裂くような痛み、内側から煮たるような熱さ、骨が粉々になるかのような強い衝動。
激しい拒絶反応にも似たそれを得て筧はある変化に見舞われた。
その一つがこの欠けた瞳だ。
これは別に治らない訳ではない。意図してこの様な形を成している。だがそれも常ではなく、ある『周期』を迎えると欠けた瞳は戻ってしまう。
その『周期』をよりによってこの同僚に知られるとは……。
「――ッ」
ついぞ舌打ちをしてしまいたくなった。
「えー酷くない? 寧ろ俺で済んで良かったと思うよ」
あの方に知られるのは拙いからね。それは果たして心配からくるものか、それとも仲の良い同僚なら当たり前のことと考えてか。
どちらにせよ、本心として見るには胡散臭さ過ぎる。
「ま、その様子だと本当にもう少しみたいだねぇ。いやぁ良かった良かった。これでも心配してるんだぜ」
流石にそろそろ『本格的』に動いてくれないと擁護のしようがない。
童磨から見れば、筧はせっかくの同期の同僚だ。
だからこそ、いなくなるのは勿体ないと感じ、様子見を兼ねて来たという所存だ。
睨んでいた通りの結果に満足したのか踵を返す。
そのままいなくなってくれと顔に出ていた筧の思いを汲み取ってか、琵琶の音が鳴り、童磨の前に襖が現れた。
あー、ようやく煩いのがいなくなる。そんな思考が過ると同時にふとある事を思い出した。
「そういえば、童磨」
「うん? なんだい、筧殿」
「あの女はどうした?」
その問い掛けに童磨は首を傾げ、暫しの間記憶を掘り返していたが、『あの女』だけでは分からず「誰だっけ?」と聞き返す。
「お前がわざわざオレに自慢した女だ。十年だか前に『食うのが勿体ない』とか言っていただろう」
今でも覚えている。
栄養価があるからと女を好んで食らっていたこの男が、一体どんな心変わりだと訝しんだ記憶がある。「見ていて飽きない」「頭は悪いが一等綺麗だ」などと宣っていたはず。
童磨との付き合うは長い。この男が何かに執着したことなどなかったはず。そんな彼が恐らく初めて執着したであろう人物。
たしか子連れと聴いたが、あれから一体どうなったのか、少し興味があり訊ねたのだ。
すると虚空を眺めたまま「あぁ」と思い出したように呟く。その表情はこちらからでは伺えない。
「――食ったよ。勘が鋭い女でねぇ、信者を食ってる所を見られちゃったんだ。ほんとうに勿体なかったけど、殺して食ったよ」
髪の毛一本、爪や産毛すら余すことなく全て。
残念そうに語ると、筧の返事を待たず童磨はそのまま襖の奥へと消えていく。
残された筧は黙ってそれを見送った。
「そうか。もしかしたらとも思ったんだがな……」
独り、呟いた言葉に耳を傾ける者はいない。
目を伏せ、顔に浮かんだのは哀れみか。
筧にとって女の名なぞ終ぞ知ることはなかったが、彼女のことを語る同僚は少し何時もと違う気がした。
紡ぐ言葉は表面上は代わり映えしなかったが、乗せる声色からは喜色を感じたのだ。
「憐れだ」「愚かな娘だ」等よくよく使うそれも、彼女を指す時だけは違ったように思えたから。
だから、『もしかしたら』と期待してしまったのだ。
「やはり、オレ達が“それ”を手にするのは無理らしい……」
今更のことだ。
人を殺し、食らう身で求めようなど虫が良過ぎる。
分かっていたことだ。
この身体には数え切れぬ業と罪が刻まれている。鬼となり、人を食らったその日からそれは増え続けている。
向かう先は地獄しかなく、その道中にてほんの僅かな幸福を味わうことも出来ない。
分かっていたはずだった……。
「………………」
不意に、無いはずの目が痛んだ気がし、左手で覆った。
痛みは一瞬で、引いた後自然と面を上げた。
――その先には少女がいた。
まだ年端もいかない子供が笑っている。人懐っこい笑顔だ、きっと将来は美人になるのだろう。
長い黒髪を揺らし、駆け寄ってくる。嬉しそうに抱き着いて、腹の辺りに頭を擦りつける。
その姿が愛らしく、撫でようとし、手は止まる。
触れる瞬間、顔を上げた少女は先とは違い苦悶に満ちていた。目は見開かれ、血の涙を流している。
「っ……!」
瞬きをした次の瞬間には、少女は影も形もなくなっていた。
それはそうだろう、彼女は既にこの世にはいない。数十年も昔に死んだのだ。
だが偶に、こうして彼の前に現れることがある。
記憶の中の存在。その中でも、特に印象に残っている子を幻視し始めたとなれば、やはり童磨の言う通り“そろそろ”なのだろう。
ああ、そうだ。本当に、きっとあと一年も保たないだろう。
――そろそろ“帳”が降りてしまう。