黒衣の剣士と最速の短剣使い   作:蒼月さくら

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 アスナについていくことしばし…ようやく着いたアスナの家はセルムブルグに相応しい外装の美しいメゾネットの三階だった。勿論、訪れるのは初めてで、それなりに付き合いも長いきがするのだが、なんだかんだレイを交えてもちょっと良いとこのNPCレストランくらいしか入った事がない。

「本当にいいのか?」

「いいも何もレイさんがいない以上、レイさんの家を勝手に使うわけにもいかないし君の家にS級食材を調理出来る設備なんてないでしょ!」

 おずおずと問えばアスナはぷいっと顔を背け、そのまま階段を登って行ってしまう。レイがいればしれっと入るのだろうが今は1人なので無理―そもそも、レイはなんとなくだがアスナと同じ気品みたいなのを感じる―だ。

「お…お邪魔します」

 恐る恐るドアを潜れば見ただけで分かる最高級であろう明るい色の木製家具に統一感のあるモスグリーンのクロス類で飾られた過度な装飾のない居心地の良さそうな部屋。俺なんかの部屋とは雲泥の差だ。余談だがレイの家もそれなりにこだわりがあるらしくアスナほどじゃないにしても男性プレイヤーにしては綺麗な雰囲気の部屋ではある。後、どこで調達したのか植物系が多い。向こうでいうとこの観葉植物っぽいやつ。

「着替えてくるから適当に寛いでて」

 アスナの言葉に甘えてふかふかのソファに座り、装備を外して一息吐く。やがて簡素な白い短衣(チュニック)と膝上丈のスカートに着替えたアスナが奥の部屋から出てきた。

 着替えと言っても所詮はデータの塊。現実みたいに脱いだり着たりをするわけではないが着衣変更の数秒間は下着姿となってしまう。男同士なら未だしも女性にそれは堪えられないだろう。

「じゃあ、お願いします」

 アイテムウインドウからレイから貰ったラグー・ラビットの肉を実体化させ、陶器製のポットに入ったそれを目の前のテーブルに置いた。

「お願いされます。なんの料理がいい?」

「シチュー…かな。確かラグーって煮込みって意味だろ?」

「そうだけどレイさんに教えてもらったの?」

「………はい」

 悪戯っぽい声音で図星を突かれ、がっくりと肩を落として素直に頷くと素直でよろしいと笑ってシチューを作りに行った。

「いままで頑張って生きてて良かった…」

「分かる」

 現実と違って五分もしないうち―アスナ曰くSAOの料理は簡略化され過ぎてつまらないらしい―に出来上がったブラウンシチューを心ゆくまで堪能した俺達の顔はさぞ幸せそうだったに違いない。実際、それだけ美味かった。現実的に言えば物を食べるという感覚を脳に送り込み、味や匂いなんかを脳の部位に偽の信号を送り込んで錯覚させられてるだけなんだけどそれを考えてしまうと本当に娯楽がなくなる―少なくとも俺の場合は―ので考えない事にしている。

「ねぇ、帰りしなに中断した街中じゃ話せない話って?」

「……アスナも知っての通り、俺とレイは一層からの付き合いだ。サービス開始されたあの日、ゲームの中にいる事を忘れてるみたいな…異常って言えばいいのか…あの日正常だった人なんていないと思うけど…。でもそんな取り乱し方をしたレイを落ち着かせて影に連れて行ってコンビの話を持ち掛けた。当時、1人くらいなら守りながらでも大丈夫だって自信もあったし、レイもβだから多少はどうにかなるだろうと思ってな。で、その時に言葉を濁してたけどストレス…まぁ、心因性だろうな。心因性の何かがあるって言ってた。それを思い出したんだよ」

 食後の不思議な香りのするお茶をカップに注ぎながら道すがらの続きを問うアスナに俺は茶を啜って喉を潤した。

「でも、それってあり得るの? ゲームの中なのに」

「あり得なくはないだろ。俺もそういう知識がないからよく分からないけど」

「なら…そういう不調…いえ、発作と呼ぶとしてって言えばいいのかしら。発作を隠してるのはなぜだと思う?」

 どこか不安そうにカップを持つアスナに俺は少し考えてから口に出した。アスナが持つ不安は多分、俺と同じだ。

「信用してないわけじゃないと思う。むしろ…足手まといになりたくない。最初の時と比べたら血眼になって攻略する奴が少なくなってきてる今、一人の為に攻略が遅れてはいけない。そう考えているんじゃないか? 冷たく聞こえるかもしれないけど、たった一人の為に全体が遅れるなんて事、あってはいけない事だ」

「……もし、レイさんが本当にそういう思いがあって発作を黙っているのなら、のんびりしていられないわね。レイさんの事を抜きにしても向こうでやり残してる事、沢山あるもの」

「だな」

 知らぬ間に注がれていたお代わりの茶をまた啜り、決意を新たにする。レイの事は心配だが最前線で戦ってるプレイヤーが五百人もいない今、攻略の足を止めるわけにはいかない。アスナの言った通り、やり残してる事はあるんだから。

「と言うわけでしばらくわたしとコンビ組みなさい。前は組んでたんだもの。無理じゃないでしょ」

 さっきまでのシリアスを返せ、この野郎…とか思いながら徐々に逃げ道を奪われた挙げ句、しばらくアスナと迷宮区入りますというメッセージを相棒に送るはめになったのは言うまでもない。

 

 

「はぁ…疲れた」

 エギルの店を出て休みながら雪原の街と言っても過言ではない55層のホームに戻った俺は寝室に入った瞬間、ふかふかのベッドにダイブした。いつもなら少しだけ夜空を見に屋根へ上がるのだが今日はそんな気力さえ起きない。

 データの塊である体が重い。向こうにいた時みたいにいうことを聞かない。たった2年間でも自由の利く体だった分、向こうと似たような状態の体が酷くもどかしく感じる。

「コンビ、解消するか」

 何も言わずに解消したらキリトは怒るかな…などとバカな考えが消えては現れ、現れては消える。心配掛けたくない、足手まといになりたくない…そんな誰にも打ち明けられない不安を抱えたままキリトからのメッセージと無意識に流れる涙に気付かず、気絶するかのように眠りに落ちた。

 

翌日…

 俺は74層迷宮区前にいた。

「じゃあ、クライン。しばらくの間、お世話になります」

「おうよ。って知らねぇ仲じゃあるめぇし他人行儀はやめようぜ」

「いや、一応」

 よほど疲れていたのか、いつもなら九時前には目が覚めるのに目覚めたのは十時半も過ぎた辺り。キリトからしばらくアスナと組むというメッセージを見た俺は即効、風林火山のギルドマスター、クラインにメッセージを飛ばした。エギルの手伝いをしようかとも思ったけど、なんとなく体を動かしたくてクラインに連絡した。後、兄さんに会ってる気分になれるし。

「真面目っつーかなんつーか…まぁ、いいか。レイ、少しでも違和感あったらすぐに言え。ウチの奴らには不適合だと話を通してる」

「…ん」

 わしゃわしゃと撫でるクラインの乱雑な手がなんとなく兄さんに似ていて思わず甘えてしまいそうになる。前にそれを話した時、気恥ずかしそうに赤くなりながらSAOにいる間くらい、いくらでも兄貴になってやるよと言われた時は本当に嬉しくてキリトがいたのに思いっきり抱き付いてしまった。ある意味、俺にとってSAO最大の黒歴史だ。

「さて、野郎共。レイによると腹立たしいことにキリトはあの閃光様と迷宮区に入ってるらしい! 攻略は当然だが早いとこ追い付いて接点を持ちに行くぞ!」

「……そういう考えがあるから彼女いないんじゃないのか、あの人」

「あはは…まぁ、クラインさんはああいう人だから」

 おー!という太い声の中、クラインから離れて呆れた風にぼやくと風林火山の中でも仲の良いシンという槍使いのプレイヤーが苦笑いする。風林火山はクラインの現実《リアル》でも友人の人達が集まったギルドだがシンは、あの日キリトに助けられた俺のように1人でいたところを助けられたらしい。お互い良い奴に巡り会えたと会うたびに話している。

「近くにいるようにするから何かあったら言ってね」

「遠慮なく頼らせてもらうよ」

 頼りになる言葉に口許を緩めて差し出された手を握って笑う。瞬間、置いていくぞーと声を掛けられ、俺達は顔を見合わせ、慌ててクライン達の後を追った。

「こういうとこに出るよな、モンスターって」

「そんな事を言ってると…ほら出た」

 迷宮区に入ってまもなく十字路に入ろうとしたところで何かのホラー映画かと突っ込みたくなるような骸骨の兵士がポップする。シンのジト目を無視して後ろから来たモンスターを迎え撃とうと短剣を構え3連撃の短剣ソードスキル《デッド・ウェッジ》を放った。

 デッド・ウェッジはモーションの過程で後ろにバックする。だからスイッチをせずともパーティーメンバーと変われるという利点を持つ便利なスキルだ。スイッチというのは戦闘中にわざとブレイク・ポイントを作り出して仲間と交代するテクニックの事で他にもスイッチすることで交代しながら回復するなんて事もある。

「あ、1体仕留め損ねた」

「任せて。ハァァッ!」

 スタッとシンの後ろに着地し、顔を上げれば2体のうち1体がHPを半分ほど残して剣を振り上げる。それをシンが両手槍ソードスキル《グリン・フォール》で残りを全損させ、爆散した。

「そっちは大丈夫かー?」

「はーい!」

 武器を収めると先頭にいるクラインから安否確認の問いかけが聞こえ、回復ポーションを飲んでいて答えられない俺の代わりにシンが答えた。

「あれ? 大丈夫じゃなかった?」

「ん? あぁ…まぁ、一種の癖だ。俺、攻略組の中ではHP低いんだよ。軽装備だし…。敏捷に振ってるから速さなら鼠と競える。多分」

「それは凄いね」

 お陰で回復系アイテムの出費が嵩《かさ》むけどなと遠い目をすれば何故か爆笑され、なんかムカついたので取り敢えずしばいた。バカにならないんだからな、ソロのポーション代。

「シン、少し代われ」

「ぁ、はい。前の方に?」

「あー…そうだな。マップ見てもモンスターが出そうな感じはねぇし、ゆっくり進んでてくれ」

「はい。カルーさん達に言っときます」

「おう、任せた」

 何度かモンスターとエンカウントしつつもピンチに陥ることなく順調に迷宮区を進んでいた矢先、急にクラインが後ろへ下がって来た。俺にだけ用があるのかシンはクラインの指示で前の方へ行ってしまった。

「……おめぇ、キリの字に話してないって?」

 少し間を置いたトーンを落とした問いかけにバツの悪そうな顔をして顔を背けた。迷宮区に入る前は何ともなかったから入ったあとにエギルからメッセージが届いたのかもしれない。

「レイ」

「……エギルやあんたは俺が助けを求めて初めて助けてくれる。それくらいが丁度良いんだ。キリトは違うだろ。話せば必ず俺に合わせるようになる。嫌なんだ、そういうの。俺はアイツの…キリトの重荷になりたくない」

「俺は風邪ひとつ引かねぇ健康優良児って言われるくれぇ健康体だからよ、おめぇさんの気持ちが分かるなんて事は言えねぇし余計な世話かも知れねぇがアイツは人様の事情を重荷に感じるようなタマじゃねぇぞ」

 なんとなく兄に怒られている気がして少しだけ間を置いて素直に思いを打ち明けると返ってきたのはクラインなりの励ましだった。

「……」

「つーか、触りは話してんだろ?」

「まぁ、うん。あの日に少しだけ」

「なら、それなりに覚悟はしてんじゃねえのか。じゃなきゃ2年間も組んでられねえだろ。もし、話して解消されたら俺が怒ってやる。んで、風林火山(ウチ)に来りゃあいい。な?」

 いつかクラインの面白半分で変えられた紫がかった銀髪をぽんぽんと撫でられた。クラインの優しさが嬉しくて向こうにいる兄さんに似ているそれを思い出し泣きそうになった。

「……」

 あれから新たなモンスターとエンカウントを繰り返しながらも危機的状況に陥ることなく迷宮区を進む。途中からシンのとこに行ってもいいとは言われたが、なんとなくクラインの近くがよくてそのままクラインの傍を歩いている。

「ぁ、キリト」

 悶々と悩みながらもしっかりと連携しながらモンスターを倒すこと暫し。気付かないうちに迷宮区の中ほどまで来たのか見覚えのある真っ黒なプレイヤーが見えた。隣にいる騎士風のバトルドレスを着ているプレイヤーはアスナだろうな…などと思いながらクラインに聞こえるようポツリと呟く。

「やっぱりか。よう、キリト。しばらくだな」

「レイと…クライン。レイはともかくクライン、まだ生きてたのか」

 可愛げない上に素直じゃないな、コイツ。そう思ったのは俺だけではないらしくクラインは俺が思っていた事と同じような事を口に出し、アスナの存在に気付いたのか目を大きくして餌を求める魚みたいに口をパクパクしていた。こう言ってはなんだが軽く吹き出すくらいは面白い顔をしている。

「クライン、メッセージで言ったろ。キリトは閃光―アスナと一緒にいるって。アスナ、この人は〈風林火山〉のギルドマスター、クライン。ボス戦で顔合わせはしてるんだろうけど、一応な」

 ちょこんと軽く頭を下げただけのアスナに対しクラインはというと…

「こ、こここんにちは! くくクラインという者です! どくし――」

「あんたが独身なのはどうでもいい」

 なんでコイツを兄さんみたいだと思うんだろうと不思議に思いつつも意味の分からない事を口走る前に一刀両断する。どんだけ異性に飢えてんだ、このギルドマスター。

 そうこうしているうちに後ろに下がっていたメンバーが我先にと自己紹介を始め、シンも緊張気味で名乗っていた。メンバーの人達も異性に餓えてる感は否めないがシンは異性に慣れてないだけだな。

「……取り敢えず、悪い人達ではないよ。異性には餓えてるだろうけど。両手槍を持ってる奴は慣れてないだけだろうし」

 なんか、なんでシンだけフォローがあって俺らには何もないんだみたいな視線がグサグサ刺さってるような気がしなくもないが気にしたら負けな気がするので気にしない。

「ふふっ…血盟騎士団副団長のアスナです。レイさんはしばらくはクラインさん達と行動するの?」

「ん、そのつもり。ビルドもソロ向きとは言い難いし1人になることはないと思う」

 キリトと上手く行けばいいなとアスナにしか聞こえないように言うとポンッとよく熟れたりんごみたいに赤くなった。なんで分かるのと言いたそうだが、あれだけキリトの好む味とか好きな食べ物とか聞かれたら気付くって。キリトは朴念仁だし俺と同じで自己肯定が低いから気付かないだろうけど。

「レイ、アスナ《軍》が来てる」

 キリトの声に俺達はハッとして入り口を注視する。先程まで和やかだった空気がピリリッと張り詰めているのは気のせいではない。クラインも俺を含めた仲間達に壁際に下がるようジェスチャーし、険しい顔で軍の奴らを見る。

 正式名称〈アインクラッド解放軍〉というさながら軍隊のようなこいつらは1番最初に出来たギルドで常に大人数で行動し狩り場を長時間の独占したり聞いた話では犯罪者《オレンジ》プレイヤーを発見次第問答無用で攻撃し投降した者を武装解除して本拠地である黒鉄宮の牢獄エリアに監禁と一般プレイヤーの間では《軍》に近付かないよう共通認識されている。

「…アスナ、軍は50層以下の治安維持と勢力拡大を図ってるんじゃなかったのか?」

「そのはずなんだけど方針変更で上層にも出て来るって例会で聞いてたの。でも、以前みたいに大人数じゃなくて少数精鋭を送って、その戦果でクリアの意思を示す方針に変わったみたいで」

 要警戒するのはキリトとクラインに任せ、アスナの騎士服を少し引っ張って情報を求めた。いくら精鋭を揃えたところで少数で戦果なんてろくな結果が出ないだろうに。

「アインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐だ。君らはこの先も攻略しているのか?」

 前に出ようとするクラインを手で制したキリトは手短に名乗りボス部屋の前までマッピングしている旨《むね》を話した。

 ヘルメットを外したコーバッツの身長はエギルと競えるくらい高身長でごく短い髪に角張った顔立ち、太い眉の下に鋭利な目が光っていて高圧的な雰囲気を醸し出している。俺が特に苦手とする人種だ。こういう奴は大抵、ろくでもない考えを持ってるんだ。俺の親戚みたいに。まさか、ゲームの中でまで親戚みたいな奴に会うとは思わなかったけど。

「ではマップデータを提供して貰いたい」

「ふざ―」

「ふざけんな。あんた、マッピングする苦労を解ってて言ってんのか? 当然のように言ってるがあんたらが前線離脱してる間に何人、何十人、何百人が犠牲になって上層《ここ》まで来たと思ってる」

 クラインが胴間声《どうまごえ》で吠える前に3人の前に出て冷たく吐き捨てる。実際、未攻略区域のマッピングデータは貴重な情報《もの》だ。宝箱狙いの鍵開け屋の間では勿論、情報屋の間でも高額で取引されている。

「君がどれだけの戦果を上げたか知らないが我々は諸君の解放を目指し戦っている。協力するのは当然の義務だ!」

「てめぇ…」

「よせ、クライン。レイも。クラインはともかく、レイ。お前はあまり興奮しない方がいいんじゃないか?」

 俺が言い返す前に今度はクラインが食って掛かろうとするもキリトに制され、手を握られた。無意識のうちにキツく握りこぶしを作っていたらしい。これが現実なら爪が食い込んで出血してるかもしれない。

「キリト…」

「話したくないなら話さなくていい。ただ、どんな状況になろうと見捨てたりはしないからな。長年組んだ相棒を簡単に見捨てたりは絶対しない」

 言いながらトレードウインドウを出しコーバッツにデータを送信する。横から人が好すぎると文句を言うクラインをよそに気持ちのカケラもない声音で「協力感謝する」と言うとくるりと背を向けた。

「ボスにちょっかい出すのはやめといた方がいいぜ。あれは少人数で挑めるヤツじゃない。消耗してるなら尚更な」

「…それは私が判断する。そこの銀髪と違って私の部下はこの程度の消耗で音を上げるほど軟弱ではないのでな」

 キリトの助言にコーバッツは苛立ちを隠しもせず、俺を睥睨し嫌な笑みを浮かべて言い放つ。

 そして明らかに疲れきっているであろう部下達を2列縦隊に整列させて重々しい装備を鳴らしながら進軍を再開した。

「な、なによ、あれ! レイさんのどこが軟弱だっていうの!? あんな人達よりレイさんの方がよっぽど強いわ!」

「そうだぜ! あんな奴の言うことなんか気にするな!」

「解放されてもああいう大人にはなりたくないよ」

 軍の姿が上層部へ消えた頃、堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりにアスナ、クライン、シンと憤慨する。マッピングデータを盗られた事より俺の事で怒るのかよ…

「キリト…」

「だから言ったのに。アスナにクライン、それとシンだったか? 怒りはもっともだし相棒として嬉しくはある。正直、コーバッツを殴ってやろうかとも思ったけど少しクールダウンしてくれ」

 転移結晶を使った後のような眩暈と麻痺しているような脱力感に思わずキリトを呼んだ。俺の手を掴む力が強いなとは思ってたけど、あんな冷静な顔しといてそんなこと思ってたのか。

「ごめん、何も話してないのに…」

「さっきも言ったろ。話したくないなら話さなくていいって」

 キリトは問い詰める様子すら見せず、壁に凭れられるよう移動してその場に座らせてくれた。本当、コイツには頭が上がらない。

「そうよ、レイさん。皆、レイさんが落ち着いたら少し様子を見に行きましょう。コーバッツ中佐はともかく、他の人達が気になるわ」

「だな。これで何かあったら後味悪い。お前らもいいか?」

 アスナの案にクラインも同意し、メンバーにも確認を取る。その中に不満を唱える人はおらず、俺の不調が治まるまで交遊を深めた。

「レイ、おかしくない?」

「……これだけ進んでるのになんで追い付かないんだ?」

 俺の不調が落ち着き安全エリアを出て30分。運悪くリザードマンの集団に捕まったからというもあるかもしれないが先行したはずの軍に追い付く気配がない。

「アイテムで帰っちまったんじゃねえか?」

「あれだけ意気込んでおいてそれはないと思いますけど」

 おどけたように言うクラインにシンが否定する。それは俺を含めたメンバー全員が思っているようで長い回廊を進む足取りが自然と速くなる。

 回廊の半ばも過ぎた頃、俺達の不安は的中した。回廊内を反響して悲鳴が聞こえたからだ。モンスターのものではないプレイヤーの悲鳴。

「あの馬鹿が!」

 俺達は顔を見合わせ、一斉に駆け出した。敏捷力パラメータに優るキリトとアスナがクライン達風林火山を引き離してしまっているが、2人より敏捷力パラメータを上げていていち速く加速した俺はそのキリトとアスナすら引き離している。

 やがて姿を現した大扉はすでに左右に大きく開き、内部の闇で燃え盛る青い炎の揺らめき、その奥に蠢く大きな影。断続的に響く金属音に悲鳴。

「くっそ…!」

「レイさん、ダメ!」

 俺に次ぐ敏捷力を持つアスナが寸でのところで追い付き、腕を掴んで急激に減速をかけてブーツのヒールから火花を撒き散らしながら入り口ギリギリで停止した。もし、アスナが止めてくれなければ俺はそのまま突っ込んでいただろう。

「おい! 大丈夫か?」

 恐らくシステムアシスト限界ギリギリまでスピードを上げて追い付いたであろうキリトが半ば叫ぶように半身を乗り入れ、それに続く形で俺も半身を乗り入れた。

 扉の中は正《まさ》しく地獄絵図だった。

 床一面、格子状に噴き上げる青い炎。その中央でこちらに背を向けて屹立(きつりつ)する金属質に輝く巨体――第74層フロアボス、青い悪魔ザ・グリームアイズ。

「こんなのに挑んだのか。対策もなしにこの少人数で」

 愕然とした。こんなの、たとえ精鋭を集めたとしても少人数では倒せない。少数精鋭なんて自殺行為だ。

 まだ3割も減ってないHPバー。その向こうで必死に逃げ惑う、あまりにも小さな軍の人達。もはや統率もなにもない。コーバッツの統率は完全に崩壊していた。

「ぁ、そうだ。キリトっ! こいつらにクリスタルを!」

「ダメだ! 此処は…この部屋は《結晶無効化空間》。転移結晶は使えない!」

 俺より先に思い立ったのだろうキリトに叫ぶようにして言えば信じられない衝撃事実が判明した。

 結晶無効化空間―迷宮区で稀に見るトラップだがボスの部屋がそうであったことなど1度もない。

「そんなっ!」

 アスナが息を呑み、シンが柄もなく舌打ちする。助けに入りたくても結晶が使えないのでは迂闊に入れない。加速する前に聞こえた悲鳴、あれは足りない2人のうちのどちらかが死んだ…消滅した悲鳴だった。否、もしくは2人の悲鳴だったのかもしれない。

 これはただのゲームじゃない。HPが全損すれば死に直結ふる。ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブにより脳を焼き切られて現実の体も死に至る。命を賭けたサバイバルゲーム…それがSAO。茅場明彦が作った鉄の監獄。

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