黒衣の剣士と最速の短剣使い   作:蒼月さくら

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「我々、解放軍に撤退という2文字はあり得ない!! 戦え! 戦うんだ!!」

 突如、聞こえたプレイヤーの怒号。ハッとして辺りを見ればあろうことかコーバッツが剣を高く掲げ、この状況でしてはならない指示を出したのだ。

「馬鹿野郎っ……!」

 ぐっと俺の腕を掴んだままキリトが叫ぶ。指示を出すのはコーバッツじゃなかったらこの人達はっ!

「レイ! キリトっ! どうなってるんだ!!」

 俺達がコーバッツに対して、そして何も出来ない自身に全身の血が沸騰するような憤りを覚えたその時、ようやくクラインたち風林火山7人が追い付いた。

「此処は結晶無効化空間…だから俺らが引き付けて軍の奴らを逃がしてやることが出来ない。いや、退路を拓くことは出来るかもしれないが……」

 手短にキリトから聞いた情報をクラインにリークし途中で言い淀んだ。

 恐らくこっちに死者が出る。緊急脱出が出来ないこの空間で殿《しんがり》を務めるにはリスクが高すぎる。

 そして――

「全員…突撃…!」

 もはや、死刑宣告としか捉えようがない…否、部下のプレイヤーたちからすれば死刑宣告であろうコーバッツの指示が辺りに重く響いた。全損間近までHPを減らして床に倒れた2人を放置し、残る8人を横に4人ずつ並べて突進を始めたのだ。本来、ボスと戦う時は固まらずに壁仕様(タンク)プレイヤーを前に置いて少しずつHPを削っていくべきなのに。そんなこと攻略組にいるプレイヤーなら誰でも知っているはずの常識ともいうべき基本知識すら持ち合わせていないのか。あのコーバッツという男。それとも敵わなくてもボスに特攻し散る事が誉れだとでも思っているのだろうか。時代錯誤もいいところだ。

 ダメージ判定があるであろう撒き散らされた眩《まばゆ》い噴気と地響きを伴う雄叫び突撃の速度が緩み、すかさず悪魔の巨大な剣が突き立てられた。そして、正面にいた軍の1人が掬い上げられるように切り飛ばされて悪魔の頭上を越え、俺達の眼前に激しく落下した。

 コーバッツだった。あの一撃に耐えうるだけHPがなかったのかHPバーは消滅していた。自身の見に何が起きたのか理解出来ないという表情の中で神経を逆撫でするような効果音を発しながら無数のポリゴンとなって消滅した。

「……あんたの方が有り得ない」

 誰が呟いたのだろう。あまりにも呆気ない消滅にアスナは短く悲鳴を上げ、キリトは無念そうに項垂れている。

 リーダーを失ったパーティーの瓦解はそう時間も掛からなかった。HPの半分も割り込ませ喚きながら逃げ惑いうそれは攻略でもなんでもない。悪魔による一方的な殲滅だった。

「だめ……だめよ……もう……」

 絞り出すようなアスナの声にキリトが腕を掴む。いつの間にか離れていたキリトの手がアスナの腕を掴んだことで自由に動けるようになった俺はアスナが駆け出すよりも速く短剣、シュテラリィセレニテを抜いて疾風の如く駆け出した。

「レイっ!」

「レイさん!」

 キリトが片手直剣、エリュシデータをアスナは片手細剣、ランベントライトを抜いて俺の後を追う。

「どうとにでもなりやがれ!!」

「もう! レイのバカっ!」

 クライン達が(とき)の声を上げて追随する。

 俺の捨て身の一撃、短剣スキル《スウィフト・ゲイル》は不意を突く形で悪魔の背に命中した。HPはろくに減っていないが、その少し上に紫のデバフコマンド毒を表すコマンドが付いている。俺が使う毒はレベル5。少なくとも10分は効果が持続する。

「っ!」

 グリームアイズの怒りを買った俺は猛烈なスピードで降り下ろされる斬馬刀を咄嗟のステップで避けるも完全に避けきれず余波を受けてバランスを崩した。

「ぐっ…」

 ぐらりと地面が揺れるような目眩と息も出来なくなるような胸の痛みが俺を襲う。立ってられなくなった俺はその場に座り込んでしまった。

 死んだら兄さんは悲しむだろうか。こんな虚弱で1人じゃ生きていけないような足ばかりを引っ張る弟の事を。でも、キリトやクラインは怒るだろうな。シンはアスナと泣く気がする。

 ごめん…生き残れなかった…

「クラインっ! レイを下がらせてくれ!」

「任せとけ!」

 死を覚悟したその時、クラインとキリトが俺の前へと躍り出る。キリトの剣が攻撃軌道を僅かに反らし、俺から僅かに離れた床に激突。

 その間にクラインはシュテラリィセレニテと俺自身を抱え、攻撃の及ばない部屋の角へと移動した。

「お前、後で説教な。捨て身なんかしやがって…」

「……ごめ…ん」

「ま、お陰でウチのが軍の奴らを避難させれたけどな。後は相棒にでも任せとけ」

「うん」

 助かったことに安堵したのか、それとも無茶したことに対する怒りを孕みながらも撫でてくれた兄貴分(クライン)の手に安心したのか…俺はそのまま意識を暗転させた。

「下がれ!」

 クラインによって戦線離脱したレイを横目に安堵したのも束の間、俺は悪魔の追撃に備えた。たった一撃食らっただけでも全損するんじゃないか…そんな圧倒的な威力で剣が次々と襲い掛かってくる。とてもではないが反撃なんて出来やしない。

 グリームアイズの技は基本、両手用大剣技のようだが微妙なカスタマイズのせいで先読みがままならない。全神経を集中させ、パリィとステップを駆使し、防御に徹するが一撃の威力が凄まじく、少し体を掠める刃によって少しずつHPが削られていく。

「ぐっ!」

 とうとう悪魔の剣が俺の体を捉えた。ぐいっと減少するバーと痺れるような斬撃にレイくらい速ければもう少し上手く避け続けられただろうかという考えが脳裏を過る。

 レイほど敏捷に振っていないが、俺の装備とスキルも壁仕様《タンク》ではない。このままではとても持ちこたえられない。凍るような冷たさへと変化した死への恐怖が全身を駆け巡る。最早、離脱する余裕など微塵もありはしない。攻撃特化仕様(ダメージディーラー)の俺に残された選択肢はただ1つ。

「クライン、アスナ、シン! 10秒でいい! 持ちこたえてくれ!」

 3人に向かって叫び、エリュシデータを強振して悪魔の攻撃を弾き、無理矢理ブレイクポイントを作って地面に転がった。間髪入れずにクラインが飛び込んできてカタナで応戦するがヤツのカタナもアスナの細剣もレイの短剣と同じで速度重視の武器だから重さには欠ける。とてもではないが悪魔の巨剣は捌ききれない。両手槍を使うシンも同じだ。

 俺は地面に転がったままでメニューウインドウを開き、早鐘のような鼓動を抑えつけ操作する。一切のミスのミスも許されない。所持アイテムリフトをスクロールし、あるものを選んでオブジェクト化する。装備フィギュアの空白欄にあるものを設定、そのまま流れるようにスキルウインドウを開いて選択しているスキルを変更。

 全ての操作を終わらせてOKボタンをタッチしウインドウを消すと背に新たな重みが加わったのを感じながら顔を上げて叫んだ。

「いいぞ!」

 このたった数秒でアスナは全体の5割、シンは6割のHP減少。クラインは先程、食らったのかHPを減らしながら退いている。本来なら回復結晶を使うところだが此処ではそれが不可能だ。俺の声に背を向けたまま頷き、シンもクラインのところまで後退する。アスナは裂ぱくの気合いと共に突き技を放った。

「ヤァァァ!!」

 純白の残光が引いたその一撃は空中でグリームアイズの剣と衝突し火花を散らした。部屋中に響き渡るほどの大音響と共に両者がノックバックし、間合いが出来る。

「スイッチ!」

 タイミングを逃さず叫び、悪魔の正面に飛び込んだ。硬直から回復した悪魔が大きく剣を振りかぶる。

 炎の軌跡を引きながら打ち下ろされる剣を右手の愛剣で弾き返し、間髪入れずに左手を背に回して新たな剣、ダークリパルサーの束を握った。

 そして、抜きざまの一撃を悪魔の胴に見舞う。初めてのクリーンヒットでようやく悪魔のHPバーが目に見えて減少した。

「グオォォォ!!」

 憤怒の雄叫びを上げ、悪魔は上段の切り下ろし攻撃を放ってきた。俺は両手の剣を交差して構え、しっかりと受け止め、押し返す。奴の体制が崩れたところで今までの借りを返すべく俺は猛攻を仕掛けた。

 右の剣で中段を切り払い、間も空けずに左の剣を突き入れる。脳の回路が()き切れんばかりの速度で左右に剣を振るい続ける。甲高い効果音が立て続けに唸り、星屑のように飛び散る白光。これが俺が隠し持っていたエクストラスキル《二刀流》の上位剣技《スターバースト・ストリーム》。16回もの斬撃を連続で放つ技だ。

「はぁぁぁあああ!!」

 途中でいくつかの斬撃が巨剣に阻まれるのも構わず、次々と悪魔の体に叩き込み続け――

「ガアァァァ!」

 最後の16撃目が、グリームアイズの胸の中央を貫いた。気付けば絶叫しているのは俺だけではなく天を仰いだ悪魔も鼻と口から盛大に噴気を漏らしつつ咆哮している。奴のHPは残り僅か。グリームアイズが俺を見下ろし、高々と巨剣を振り上げている。しかし、俺はスキル使用後の硬直で身動きが取れない。背後からアスナやクライン、シンの叫ぶ声がする。

 万事休すか―

「いい加減…消えとけ! グリームアイズ!」

 黒い流星…否、閃光が頭上を駆けた。戦線離脱したレイだ。紫の光を纏った短剣が青い悪魔の横腹を目にも止まらぬ速さで3度、傷付ける。

「アァァァァ!!」

 レイへとターゲットを変えた瞬間、グリームアイズは膨大な量の青い欠片となって爆散した。

 俺は戦闘の余韻による熱に目眩を感じながら無意識にエリュシデータとダークリパルサーを交差して吊っている鞘に収め、ふと自身のHPバーを見た。とうに危険域に入ったバーは赤く変わっていて僅か数ドットしか残っていない。それをまるで他人事のように眺めながらその場に崩れ落ち暗転…

「俺じゃないんだからせめてポーション飲んでから気絶しろよ、バカ」

 しなかった。無慈悲な脳裏への平手により無理矢理覚醒した俺はレイにより小さな瓶を口に突っ込まれる。レモンジュースと緑茶を足したような何とも言えない味は回復用のハイ・ポーション。5分もすれば数ドットしかなかったHPは全快するだろうがこの倦怠感は当分、抜けないだろう。

「よし、アスナ。好きなだけ説教していいぞ。俺は疲れた」

「は?」

 レイは俺のHPが全快になったのを確認するとスタスタと去って行き、シンに合流している。状況の整理も出来ないまま、ぼんやりしているとアスナがすごい勢いで首にしがみついてきた。

「バカッ……! 無茶して……!」

「……ごめん」

 レイも無茶しただろと言おうとしてやめた。どう言えばいいか分からなくて謝るとアスナはくしゃりと顔を歪め、その顔を隠すかのように俺の肩に顔を押し当てた。

「ナイス、ラストアタック」

「ん、さんきゅ」

 シンから手渡された回復用ハイ・ポーションを口に含む。苦味と酸味が喧嘩してるんだか調和してるんだかよく分からない味にどうせならもう少し美味く作ればいいのに…と、どうでもいいことを考える。

「…どれくらい死んだ?」

「コーバッツと1人。生き残った人たちの回復は終わってるよ」

「……そうか。犠牲者は67層以来だけど攻略とは言わないだろうな」

「うん。でも、あの時、レイが突っ込んでくれなかったら犠牲者は増えてたと思うよ。もうしてほしくないけどね」

「心臓に悪いことをしたとは思ってる。でも、あのまま俺が動かなかったらアスナが行ってただろうし、だったら俺が行った方が避けれる率も高いって思ったんだよ。で、何を揉めてるんだあいつら」

 怒気を含んだシンの言葉に謝罪をしつつ、賑やかな男2人を見る。あれだけの死闘の中、元気だなぁと思わず感心してしまうがまぁ、あれだけ堂々と使ったんだ。バレない方がおかしい。

「……」

「すぐに俺に助け求めるなよ…つーか、あまり知られたくないなら先に75層のアクティベートしてからだろ。クラインもそれで良いか?」

「おう」

 捨てられた子犬みたいな顔をして助けを求めるキリトに俺は呆れた風に立ち上り、クラインを制す。

「あんたら転移結晶とか持ってるか?」

 俺よりもいくらか年下であろうプレイヤーに問えばコクンと頷いた。

「なら、この件を上に伝えとけ。少数精鋭でボスに挑むなんてバカな事を2度とやらないように。迷宮区で少数精鋭は良いかもしれない。でも、ボス戦は単なる自殺行為だ」

「はい。……あの、ありがとうございました」

「俺は斬り込んだだけだよ。礼なら向こうに言ってやって。この場にキリトが居なきゃ俺らは全員、死んでた」

 俺がキリトの方をちらりと見て言うと軍のプレイヤーはふらつきながら立ち上り、座り込んだままのアスナやキリト、シン、クラインに礼を言って頭を深々と下げた。

「すいません。本部に戻る前に1つ」

「……何か?」

「コーバッツは君の事を軟弱だと言った。確かに貴方は何か事情があるようだが私は君が軟弱だと思わない。彼らと同じ攻略組だと胸を張って良いと思う。では」

 意外な言葉に俺は思わず、目を丸くする。軍の奴らは嫌いだ。βテスター上がりを身勝手だ、自己中心的だと罵るくせに似たような事を自分たちがしている。クラインたちほど優しくない俺は正直、勝手に突っ込んで殲滅された奴らに対してどうとも思わないが、この人だけは頑張って生き残ってほしい。回廊に出て次々と結晶を使ってテレポートしていくのを見ながら素直にそう思った。

「良かったじゃねえか。軍にもそういう風に言ってくれる奴が居て」

「うん」

 わしゃわしゃとクラインは俺の乱雑に頭を撫でた。少しだけあの時、キリトに付いていった事を後悔した事はないけど負い目がないわけではない。でも、初めて今まで頑張ってて良かったとあの日、キリトに付いて行って良かったと改めて思った。

「レイ! おめえが居ねえと55層に行っても動けねえぞ!」

「ぁ、ごめん! すぐ行く!」

 気が付くと全員、75層へ向かう階段にいて俺が1番最後になっていた。俺は慌ててクラインの背を追った。

 

 55層西部氷雪地帯

 75層の転移門のアクティベートを済ませた俺はクラインたち―風林火山はクラインとシンしかいないが―を連れて俺のホームに向かっていた。

 慣れた俺が身に付けているのは真っ白なマフラーと綺麗な紫のコート、アスナは白くて可愛らしいダッフルみたいなコート、キリトとシンは元々、露出している部分がない為あまり寒さを感じないのか何かを着ている風ではない。クラインもまた然別(しかり)

「レイさん、それNPCショップの?」

「これ?」

 キリトがシンと交流を深める中、ふとアスナが隣に来てチラチラと俺の上着を見る。キリトから聞いた話だが、アスナは服や家具など並みならぬこだわりがあるらしい。それで俺の着ているコートも気になったのだろうと辺りを付けて話した。

「当たり。この層に家を買うとき、資金の工面でエギルの店に行っててその時に見付けたんだ」

「ふぅん。キリト君とは別のところなのね」

「俺はアルゲードに行っても路地にはほとんど行かないからキリトほど知らないよ。迷わず行けるのエギルの店とキリトの家くらいだし」

 キリトと俺が2人で1つみたいなイメージでもあったらしく意外そうな顔をするアスナがちょっと面白くてクックッと笑う。

 そうして他愛のない話をしながら歩くことしばし。山の麓にありそうなこじんまりとした小さな山荘にも似たメゾネットが見えた。

「どうぞ、狭いけど。で、キリトは我が物顔して入るな」

 アスナ、クライン、シンが遠慮がちに入るのに対してさっさと入って行くキリトの頭を(はた)き、他のメンバーを招き入れる。

 中はロフト付きの1Kで白樺に似た真っ白な木造家具をコバルトブルーのクロスで飾った男の部屋にしては少々、洒落た内装になっている。

 それにいち早く反応したのは――

「わぁ…素敵な部屋ね。レイさん、この夜空みたいなクロスはプレイヤーメイド?」

 やはりというか案の定、アスナだった。シンはレイらしいなぁと笑っているだけだがクラインは何で同じ男なのにこんなに違うんだと何か妬みめいた事を言っている。

「ぁー…うん。丁度、内装が向こうと似てたから少し頑張れば現実(リアル)と同じ部屋になるかなと思って」

「恥ずかしがらなくていいじゃない。私もセルムブルグの家は何となく自分の部屋に似るように家具とか揃えたから」

「良かった。そういう考え方する奴が俺だけじゃなくて…っとアスナ、本題を忘れてないか?」

「そ、そうね。ごめんなさい」

 話に置いていかれてるクラインとシン、そしてムスッとした顔のキリトが視界に入り、ふっと口許を緩めて言うとアスナはプシューと顔を赤く染めて俯いた。

「キリト、そんな妬いた顔しなくても奪ったりなんかしねえよ」

「なっ…」

 ストンとキリトの隣に座って本人しか聞こえない声量で言うと焦ったように顔を赤くする。

 別にそんなんじゃ…とかぶつぶつ言い返そうとしてるが長いこと2人を見てる俺からすれば両片想いなんだからさっさとくっついてしまえというのが本音ではある。っていうか周りにバレバレだからな、相思相愛なの。

「ほら、赤くなってねえで説明」

「……やっぱ話さなきゃダメか?」

「ったりめえよ! 見たことねえぞあんなの!」

 何の為に集めたんだと俺が言う前にクラインがさっさと吐けと言わんばかりに急かした。

「……《二刀流》っていうエクストラスキルだよ。出現条件も(わか)らないし心当たりもない」

「後は?」

「これ以上の隠し事があるかよ」

「強いて言えば俺があるけどな、隠し事」

 キリトのネタバラシが終わったところで俺はぽつりと呟き、シースナイフ状の愛剣を抜いた。シースナイフというのは刀身からグリップまでが一体となっているナイフのことで現実《リアル》ではわりと何にでも使える形状のナイフらしい。

「良いのか?」

「良いも何も…お前、俺を巻き込もうとしてただろ。それにグリームアイズに突っ込んだ時に使ってるし誰かさんと違って余計な手間要らないし」

 一体、何をしようとしてるのかとキリトに注がれていた視線が俺の手元、スターリットラクスへ注がれる。

 俺はその視線を気にもせずに1年と少し前に俺のスキル欄に出現したエクストラスキル《毒牙剣》を発動した。すると鮮やかな半透明の水色の刀身が緑みがかった少し粘り気のある液体に包まれた。毒牙剣により麻痺毒の効果が付与されたのだ。

「え?」

「は?」

「んん?」

 アスナ、シン、クラインと三者三様の反応に思わず笑いそうになりながら発動を解き、また発動する。今度は紫みがかった粘り気のある毒の効果を持つ液体に包まれ元の短剣へと戻る。

「動きを制限する麻痺毒とHPを減少させる猛毒…大体、毒と比べてHPが減る割合は1,5か2倍。この2つの毒をアイテムを使わず、武器を介すだけで使用できるエクストラスキルだ。技がない代わりに熟練度が上がると持続時間とレベル、自身への耐性が上がる。それが俺が持つエクストラスキル《毒牙剣》」

 すっかり元通りになった愛剣をくるんと回して鞘に戻し、ついでに装備を解除してキリトの隣に座った。

「なんていうか…」

「そうね」

殺人(レッド)犯罪者(オレンジ)プレイヤーに出現しなくて良かったぜ」

 シン、アスナ、クラインとまるで事前に打ち合わせをしていたのではなかろうかという息の合った安堵の声に俺も思わず内心で同意する。俺はHPを削る猛毒をモンスターに滅多にないが麻痺毒をプレイヤーにといった形で使い分けている。しかし、このスキルが奴らの手に渡れば無差別に使用するだろう。そんなことになれば攻略どころではない。

 奴らはそれこそ自分の快楽の為に他のプレイヤーを殺し、奪い嵌めて己の欲を満たす俺たち攻略組とは似ても似つかない正反対の存在なのだから。

「正直、クリアする日まで黙っていようとは思ってたんだけどな。茅場晶彦がどういう魂胆でこんなエクストラスキルを作ったのか知らないけど、奴らに知られたら大変なことになる。……彼らの前で使った時点で手遅れ感は否めないけど」

 肺の中の酸素を全部はきださないばかりの大きなため息を吐いてキリトの隣に座る。

 最初はなんてものを取得してしまったんだろうと自分の才を呪った。そしてキリトに打ち明け、お前は奴らみたいな使い方をしないだろうと言われ、今日(こんにち)まで隠し続けてきたのである。

「まぁ、広まるだろうな。あの状況で猛毒のアイテムを使う暇なんてなかったし、アイテムを使ったデバフは毒や麻痺毒はあっても猛毒はない」

「だよなぁ…」

「っていうかキリト君、他人事のように言ってるけどキリト君も騒がれるんじゃない?」

「……忘れようとしてたのに言わないでくれ」

 キリトの言葉に俺が項垂れ、アスナの言葉にキリトが項垂れる。

「オレは人間出来てるからんなこたしねえがエクストラスキルなんざ妬みや嫉みの格好の的だぜ?」

「…だよなぁ」

「キリト、クライン。俺にも分かるように言ってもらっていいか」

 意地の悪そうに笑うクラインにため息を吐くキリト、頭の上にクエスチョンを浮かべるシン、アスナ、俺。

 っていうかクライン。お前のどこが人間が出来てるって?

「MMORPGは情報が早いから明日にでも分かるよ」

「だな。こればっかりは経験しねえと分かんねえ」

「ゲーマー共め。さて、とりあえず話は終わったけど、もう遅いし泊まってくか?」

 SAO(ここ)に囚われてからゲームの知識もそれなりに増えたが、あくまでも生きていく為の基礎知識に過ぎない。ここにいるゲーマー達と比べれば、まだまだ知らない事が多いのだからこれくらいの悪態は許されるだろうと思い俺は妙に勿体振るキリトとクラインに悪態を吐き、その場にいる全員に問う。

 ゲーム内で圏内とはいえ、こんな夜も更けていては何が起こるか分かったもんじゃない。お世辞にも広いとは言えないが4人くらいは泊まれる。

「言っとくが全員泊まる前提ならアスナはロフト。野郎は下だからな。俺含め」

 うーんと悩む客人たちに大前提を話しておくのを忘れない。当然と言われれば当然ではある。いくらハラスメント防止コードがあるとはいえ、この場に1人しかいない女性を同じ部屋で寝てもらうことは出来ない。

「その気持ちは嬉しいけどレイさんはどこで寝るの?」

「俺? 俺はそこら辺に―」

「アホか。おめえはソファに決まってるだろうが」

 スパーンと気味の良い音でクラインに(はた)かれじろりと睨み付け、キリトの方を見ればクラインの言う通りだと言わんばかりに俺を見ている。

「シンは?」

「オレは帰るよ。流石にツートップが居ないのはまずいでしょ」

 と転移結晶でさっさと風林火山のホームへ帰宅。完全に逃げ道を失った俺はキリトとクラインによりソファ行きが確定。残り1つ余ったソファは公平なじゃんけんによりキリトが勝ち取り、その日は就寝となった。

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