黒衣の剣士と最速の短剣使い   作:蒼月さくら

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 翌日。

「…ネットゲーマー嫌い」

 俺はクラインの手によりド変態の集団から救出され、最低限の物を持って風林火山のホーム―正しくはキリトと別々に行動するようになってから宛がわれた部屋にいた。

 ちなみにだがキリトは早朝にアスナをセルムブルグの転移門まで送り、そのままアルゲードの家に帰ろうとしてエギルの雑貨屋に避難したらしい。

「らしいですよ? クラインさん」

「待て待て…ありゃ単なる特殊性癖の集団であってネットゲーマーはあんな変態じみてねえ。というかオレも嫌だ」

 半泣き状態になっている俺の頭を撫でつつシンが苦笑いし、クラインは俺の家の前にいた変態集団を思い出したのか何とも言えない顔で反論されてしまった。

 だがしかし、想像してみて欲しい。いつものように起きて泊まりに来ていた友人を玄関から見送り、再び眠りについて目を覚ますと周りの迷惑も考えず、SMグッズみたいなアイテムを持って馬鹿みたいに興奮した変な生き物がいるんだ。それも1人や2人ではなく10人単位で。そんなのを寝起きに見て恐怖を感じない方がおかしい。

 もしかしたら少なくなるかもと待ってはみたが死の恐怖心とはまるで違う恐怖心を煽られるばかりだったのでやむなく転移結晶を使い、風林火山のギルドホームへ避難してきたのである。

「大体、何でSAOにSMグッズなんかあるんだよ。売ってそうな店がありそうな層に心当たりがないわけじゃないけど茅場晶彦ってバカなのか?」

「バカと天才は紙一重っていうけど、そういう風なバカだったらもっと変なゲームになってたと思うよ?」

 ひょこっと唯一、持ってきていたクロスと同じ素材の毛布から顔だけ出して言うとシンがいい加減、毛布脱ぎなよと呆れたような顔をする。

「まぁ、兎に角だ。ほとぼりが冷めるまでレイ、お前は外に出るな。なまじキリトよりカワイイ顔してっから余計なもんを引き連れて来そうだしな」

「…はい」

 好きでこんな顔に生まれたわけじゃないんだがクラインの言うことにも一理あるし何より街中やフィールドで変態と鬼ごっこなんかしたくないから素直に頷いた。

 

 数日後。

「いやいやいや。俺が籠ってる間に何があった?」

 ほとぼりが冷めてようやく自由に動けるようになった俺話があるとキリトからメッセージを貰い、エギルの雑貨屋に向かった。そこには酷く申し訳なさそうな顔をしたアスナと嫌そうな顔をして血盟騎士団の団服を着たキリトがいた。

「アスナの休暇を巡ってヒースクリフと一騎討ちして負けました」

「簡潔すぎて要領得ねえよ、バカ。なんだその小学生でも言えそうな事後報告」

 明らかに不良在庫であろう何ともいえない味がするお茶を啜りながら冷めた目でキリトを見る。どうせ、考えなしの売り言葉に買い言葉で()ったんだろうけど。

「あ、あのね、レイさん。貴方の家から帰る時、わたしから言い出したの。しばらくギルド休むって。そしたら団長がわたしの一時脱退を認めるにはキリト君との立ち会いたいって言い出してそんなの意味ないって説得したんだけど…」

「埒《らち》が明かないと思って直接談判しに行ったんだよ、アスナと。で、サブリーダーを引き抜かれてそうですかというわけにはいかない。どうしてもと言うなら二刀流で奪っていけって言われたんだよ。まぁ、結局は俺と戦いたかっただけな気がするけど」

「それで二刀流で挑んでヒースクリフに負けてアスナの一時脱退は見送り。ついでにヒースクリフは攻略組きっての攻撃特化(ダメージディーラー)プレイヤー、キリトをゲット。つまりはヒースクリフの思うツボじゃねえか。このドアホ」

 呆れてものも言えないとはこのことである。いっそ、正式に風林火山へ入れてもらうかと悩んでしまうレベルだ。

「仰有る通りです」

「言っとくが、お前とワンセットで血盟騎士団に入るなんて真っ平ゴメンだからな。アスナ、心配しなくても身を寄せる所くらいあるから持ってって良いぞ」

「本当にごめんなさい」

「そろそろペア解消しようと思ってたし…いいよ、気にしなくて」

 責任感の強いアスナの事だ。何か言われるだろうと思っていたのだろう。俺の言葉にほっと安堵した顔でそれでも申し訳なさそうに頭を下げた。

「じゃあ、わたしはギルドに戻って団長に話してくるね。レイさんに謝りたかったっていうのもあるけどレイさんの返答も伝えなきゃいけないから」

「またな、今度はゆっくり時間のある時に遊びに来たらいいよ」

「うん。ありがとう」

 パタパタと忙しく階段を降りて行ったアスナを見送ってキリトと向かい合った。今や同じ血盟騎士団同士、一緒に戻ってもいい筈のキリトがここにいるということはアスナが居ない時に話したい事があるからだ。

「……んで? アスナがいなくなるのを待ってた理由は? まさか当日、祭り騒ぎでしたっつー愚痴じゃないよな?」

「そんなわけないだろ。俺が二刀流でヒースクリフと対戦した時――」

「……なるほどね。抜けると思った瞬間、世界がブレたと」

「あぁ…なんていうか時間を盗まれたというか…なんか釈然としない決着だった。俺は攻撃特化にはしてるしアスナやお前には劣るけど敏捷もそれなりに振ってる。何よりあの最強の男、ヒースクリフを侮るなんてそんなバカな事は絶対しない」

「…気のせいじゃなかったのかもしれないな…。キリト、この件はアスナに言うな。アスナだけじゃない。クライン、エギル、シン…攻略組にいる奴全員だ。確信も証拠もないから話せないが…もし、俺の予想が当たっていたら攻略組は崩壊する」

 何人もの犠牲者を出した67層のボス戦から何度も感じていた違和感…当たって欲しくない最悪のシナリオを脳裏に浮かべ、その日はキリトと別れた。

 翌日。

「背後空いてるぞ!」

「っ! はい!」

 新参者でありながらクラインにも匹敵するレベルと経験を持つ俺は風林火山ギルドマスター、クラインの頼みによりギルドホームの裏手で風林火山の若手、シンを叩きのめしていた。

 シンは両手槍で範囲も中距離だからかどうしても近距離で隙が出来やすい。速さに特化したクラインも何回か圏内訓練をつけているのだがカタナで訓練しても補えないものがある。なら速度特化(スピードディーラー)の俺に鍛えてもらえばいいじゃないかという話になったわけだ。

 圏内訓練というのは読んで字のごとく、フィールドや迷宮区に出ずに武器の扱いや身のこなし、コツなどを訓練するいくら攻撃してもHPが減少しない事を逆手にとった訓練法。但し、ライトエフェクトやノックバックは発生するので戦闘慣れしていなければ苦になったりする。呼び名によらずわりとハードな訓練だ。

「ん、1本」

「ありがとうございました…」

 数時間後、息切れ1つしてない俺とぐったりとしたシンが出来上がっていた。俺は俺で課題がないわけではないので壁仕様《タンク》のトーラスさんに圏内訓練の相手をしてもらっては今のシンみたいにぐったりとしている。

 攻撃に重みのない俺が壁仕様に叶うわけないのだがモンスターにも硬いヤツはいる。その硬いヤツを相手にしても如何に的確に素早く“弱点”を突けるか。要は命中率を上げる訓練に付き合ってもらっているのだが、中々上手くいかない。俺はアスナより速いが弱点への命中精度は下だ。これからどんどん難易度が上がる攻略に今の俺ではいつかどこかでキリトやアスナ、クラインと同じ場所に立てなくなる。

「お疲れ」

「なんか今日、激しくなかった?」

「ん? 少し憂さ晴らしが入ってたからな」

 両手槍を地面に突き刺して大の字になったシンに腕を伸ばし、体を起こしてあらかじめ用意しておいた水の瓶を渡しシンの問いに素直に答えると何とも言えない顔をされた。

「あ、いたいた。レイ君、リーダーが呼んでるぞ」

「ぇ、はーい! シン、今日はこれで終わりな。なんかクラインに呼ばれたし」

「いってらっしゃーい」

 会話もなくぼんやりしているとなぜかクラインに呼び出し。何かしたっけな…なんて考えながら訓練の終了を告げ、抜身の愛剣を鞘に収めて中に入った。

「失礼します」

 アットホームな温もりのある木製のドアをノックし声を掛けてから中に入る。ギルドリーダーの部屋と言うだけあってメンバーの部屋より僅かに豪奢だがさほど代わり映えしない部屋にクラインはいた。

 どこかに行く予定もないのか装備を外しているので趣味の悪い赤のバンダナにモスグリーンの和服に身を包んでいる。

「おう、来たか」

「あんたが呼んだんだろ。で、なに?」

「大したことねえんだけどよ、お前もそろそろフィールドに出てえんじゃねえかと思ってな」

 思わずパッと顔が輝いたのは見逃して欲しい。なにせ、グリームアイズの件から“無理した罰”という名目で圏外に出させてくれなかったのだ。つまり、まともに体を動かしてたのはシンを扱く時くらいで後は料理出来るヤツがいないからとギルドメンバーの食事を作るかクラインの相談に乗るしかしていない。

「75層?」

「ウチも戦力に余裕があるわけじゃねえからな。そうしたいのは山々だが、数日とはいえ前線を離れてたヤツをいきなり最前線に放り込むっつーのはギルドのリーダーとして出来ねえ。シンと55層にでも行って来い」

 何よりも圏外に出られる事が嬉しくて俺はいつもより少し大きな声で礼を言うと上機嫌にクラインの部屋を出た。

 これから悲劇が起こるとは微塵も知らずに…。

 

 所変わって55層のフィールド。

 あれから俺はさっさとメンバー分の昼飯を作り、自分とシンの弁当を拵えて植物の少ない荒野地帯にいた。俺の家がある西部は氷雪地帯で山には真っ白なドラゴンもいるが迷宮区付近のフィールドは先程も言った通り、見渡す限り岩山とサボテンに似た僅かな植物、ウルフ系のモンスターが生息する荒野地帯だ。

「レイ? 楽しそうで何よりだけど此処、圏外だからね?」

「知ってる」

 思いの外、上機嫌なのが表立って出ているのかシンに苦笑いされているが実際、楽しいのだから仕方ない。圏外=死と隣り合わせなので不謹慎と言われればそうなのだけど。

「あ、キリト」

「なんで?」

 マップを開くとそこにはKirito(キリト)の文字。他にも知らないグリーンのカーソルが3つほどあるので大方、血盟騎士団のメンバーとフィールドに出ているのだろう。距離からしてあまり離れていないし少し急げば合流できるかもしれない。

 このマップというのは現在地を確認出来る他にパーティーを解除していてもフレンド登録の位置を見ることが出来る。ただ、相手が迷宮区に入っていると登録していても場所が分からないしメッセージも飛ばせない。便利に見えて不便だがこの世に便利だけのものなんてありはしないだろう。少なくとも俺が知る限りは。

「…実力を見る為の新人研修みたいなのでもやってるんじゃないか? キリトのレベルなら55層なんて退屈だろうし用でもないと自分から行くとは言わないだろ」

「血盟騎士団は大きいからしそうだね。レイ、もしかしてそういうのが嫌だから風林火山(ウチ)に来たとか?」

「それもあるけどヒースクリフ…あの男は胡散臭すぎて従う気になれない。なんていうか箱庭の中を観察してる研究者みたいで」

 スタスタと歩を進めつつ死角から襲ってくるモンスターを一刀で切り捨てる。

 切り捨てられたモンスターは青いポリゴンを撒き散らしながら爆散し、アイテム欄に素材として入るがこの層の雑魚モンスターの素材はいらないのでギルドホームに戻る前にエギルの店へ売ることになるだろう。どうせ、破格の値段で買い叩かれるけど。

「ふぅん。あ、どうする? キリトさんと合流する?」

「そうするか。そんなに離れてないし…10分もあれば追い付くだろ」

 何より、アスナと居たくて派手な白い団服に身を包み血盟騎士団に入ったのに何の交流も面識もない奴と一緒にいるのは精神的に辛いものがある。俺もコミュニケーション取るの苦手だし。

 内面が似ているからこそ分かる相棒の事を思い、シンを置いていかないスピードでキリトがいる場所に向かった。

 

「……」

 アスナと居れると思ってあの賭けに承諾したのに…俺はそんな事を考えながら見るからに筋力パラメータばかりで敏捷をないがしろにした末路みたいなパーティーリーダー、ゴドフリーを横目にため息を吐く。こんな雑魚しかいない下層フィールドでの狩りなんてコル稼ぎにもなりはしない。

 出発前にゴドフリーが言っていたように組織で動く以上、規律は守らなければならない。だが、これは規律を守っているというよりなんていうかバカにされている気がする。何より、個人的な我が儘に聞こえるかもしれないがクラディールと同じ空間に居たくない。ここで問題を起こせばアスナの立場が悪くなるしそれは嫌だから大人しくしているけど。

「ん?」

 フィールドに出てから30分くらいは経っただろうか。無気力に最低限の会話で進むことしばし。岩山を1つか2つほど越えた辺りで聞き覚えのある声が聞こえた。

 アスナより速く、遠目でも分かるある意味では俺より派手な出で立ちは74層までペアを組んでいたレイだ。少し後ろには夕日のように鮮やかな茶髪の男は風林火山のシンだろうか。

「よっ! キリト」

「レイ…速いよ…」

「…お前ら暇か」

 そう言ってしまった俺は悪くない。暇人じゃないと来るかよ、こんなとこ。

「あの件から謹慎だったんだよ、俺。クラインが気遣ってくれてるから格好はこのままだけど一応、所属は風林火山だからな」

「アスナの代わりに突っ込んだ挙げ句、発作起こしてぶっ倒れたら謹慎にもなるか…」

 オレの方が風林火山で立場が上だからとゴドフリーに挨拶に行ったシンの後ろを見ながら55層にいる経緯を聞いた。なんだかんだ寛容なクラインが謹慎とは。それだけレイの身を案じているのだと分かる。

「その間、オレが教育係兼見張りだったみたいでさ。ほとぼり冷めた辺りからずっと扱かれてたよ」

「あれはクラインに頼まれたからだし…俺もそれなりに扱かれてたろ」

 挨拶と同行する旨《むね》を終わらせてきたらしいシンがにこにこと裏を感じさせる笑顔でレイを見ながら言うとレイはレイでむすっとした顔で言い返す。

 74層迷宮区で1人になることはないとは言ってたけど馴染めているようで何よりだ。俺は諸事情により人との距離感が分からなくなってコミュ症になってしまったが恐らくレイはSAOに囚われるまで他人と交流がない環境にいたせいでコミュニケーション能力が低いだけだろう。なら慣れさえすれば…或いは組織に属しても馴れた人さえいれば馴染める。要は人見知りするタイプってだけの人間なんだと思う。少なくとも俺は。

「こう言っちゃなんだがレベル制RPGで訓練しても慣れはあるが他はパロメータと装備でしか変わらないぞ?」

「いや、知ってるけどな? 2年間もRPGやってれば嫌でも覚えるけどな、そんなこと。ただ――」

「レイ?」

「ただ、俺は速いだけでアスナみたいに並外れた命中精度があるわけでもないしお前みたいに攻撃に重さがあるわけでもない。訓練して何か変わるならと思ってスキルを使うタイミングとかそこらを反復してただけ」

 急に落ちた声のトーンに俺はなぜか、どうしようもない不安に駆られ横目にレイを見た。どこか今にも消え入りそうな放っておけばすぐにでもこの鋼鉄の城から消えてしまうのではないかと錯覚してしまいそうなほど悲しそうな顔をしていた。

「そんなことないと思うよ。レイが速いから助かったプレイヤーといるんだし自分の持ち味を卑下したら“その子”がかわいそうだよ。もう少し自信持ったら? ね、キリトさん」

「そうだな。あの最速の情報屋、鼠のアルゴと競えるくらい速い攻略組プレイヤーなんて俺の知る限りお前くらいしかいない。それに、武器の補正があるとはいえ精度はアスナに引けをとってないと思うぞ」

 むしろ、お前とアスナの命中精度を分けてもらいたいくらいだと唸るように言えば、なんだそれとレイが笑う。

 シンの言う通り、レイが速いから助かった命だってあるんだ。だからもっと自信を持ってそうやって笑ってればいい。お前のその控えめではにかむような笑顔で死と隣り合わせの攻略組―少なくともお前と親しい仲間は癒されているんだから。

「よし、ここで一時休憩!」

 レイとシンに合流して幾つめかの小高い岩山を越えた辺りで眼前に岩作りの迷宮区が姿を現し、ゴドフリーの野太い声が辺りに響いた。あれから何度かモンスターに遭遇したが、ゴドフリーの指揮もなく俺とレイで一刀のもとに切り倒し、意外にもゴドフリーに素晴らしいコンビネーションだと褒められたのはちょっとした自慢だ。

 気付けば時刻は昼時になっていてレイとシンも適当な場所に座り、準備してきたであろう弁当をオブジェクト化して広げていた。今はレイが風林火山の食事を担当しているらしいのであの弁当もレイが作ったものだろうと当たりを付け、ゴドフリーから昼食であろう革の包みを広げた。

「……期待してなかったからいいけどさ」

「なんなら俺のと交換するか? ちょっと良いもの持ってるから別に良いぞ?」

 中身は予想通りというかやはりNPCショップで売っている味気のない堅焼きパンと水の瓶だった。あまりにもあからさまに落ち込んでいたせいかレイが交換を申し出てくれた。レイの弁当は魚っぽいものを挟んだサンドイッチ。シンも同じだが少し量が多めになっている。

「それはありがたいけど良いのか?」

「良くなかったら言わねえし」

 素っ気なくさっさと交換するとレイはアイテムストレージを開き、スクロールして何か…けれど見覚えのある素焼きの小さなツボをオブジェクト化して使用。堅焼きパンがたっぷりとした白いクリームに染まる。そして思い出した。かつてボソボソの食べれたものではない黒パンを少しでも美味く食べようと何度もお世話になったトールバーナの道中にある村のクエストの報酬で貰えるヨーグルトクリームだ。

「もしかしてトールバーナの?」

「当たり。これより美味しい物はあるけど無性に食べたくなる時があるから時々、あのクエストをしに行くんだ。元々、クリーム系が好きっていうのもあるけど」

 味的には田舎風のケーキみたいになるので食事というよりはおやつな気がしなくもないが本人は機嫌良く食べているので俺はありがたくレイ特性のサンドイッチにかぶりついた。

 そして、この束の間の穏やかな時間は数十分後に突如として終わりを告げる。

「…麻痺毒…だと…」

 俺の横で崩れ落ちるシン、少し離れた場所にゴドフリーと団員が同じように崩れ落ち、レイは辛うじて岩に凭れかかる形で片膝を付いている。レイやシンと同じ水を飲んだ俺も全身の力が抜けその場に崩れ落ちていた。視界の右隅に表示されている自分のHPを見れば普段は存在しないグリーンに点滅する枠に囲まれていた。麻痺毒だ。クラディールの手により俺たちの飲み水に麻痺毒が仕込まれていた。レイが崩れ落ちずに済んでいるのは彼が持つエクストラスキル《毒牙剣》によるものだろう。

「クッ…クックック…」

 俺の耳に甲高い笑い声が届いた。岩の上でクラディールが両手で自分の体を抱え、全身を捩って笑っていた。落ち窪んだ三白眼に見覚えのある狂喜の色がありありと浮かんでいる。

「間抜けなもんだな、短剣使い…。てめぇにいつ気付かれるかとヒヤヒヤしてたんだが拍子抜けだなぁ!」

「かはっ!」

 クラディールはストンと岩の上から降りると座り込まないようにするのが精一杯のレイの髪を鷲掴みにし、そのまま持ち上げ、ダンッと音が聞こえるほど激しく岩壁に打ち付けた。

 ただでさえ目眩や胸の痛みといった発作のようなものを持つレイにはひとたまりもなく、そのまま抵抗できずに意識を飛ばしてしまった。

「なんだ、たったあれだけで意識飛ばすのかよ。面白くねえな」 

「ど……どういうことだ……この水を用意したのは…クラディール……お前…」

「ゴドフリー! 速く解毒結晶を使えっ!」

 状況の把握が出来ずにいるゴドフリーに叫ぶ。俺が解毒結晶を使ってクラディールを動けなくするのは容易い。俺のポーチに解毒結晶があれば。しかし出発前にゴドフリーに預けたせいでレイとシンを除いた血盟騎士団の団員が持つ結晶系アイテムは全てゴドフリーが持っている。

「ヒャーーーー!!」

 俺の声にゴドフリーはようやくノロノロとした動作で腰のパックに手を伸ばし解毒結晶を探り始めた。それを許すクラディールではなく奇声を上げてゴドフリーのもとまで移動し左手を蹴り飛ばす。その手から虚しく緑の結晶が零れ落ち、クラディールはそれを拾い上げて更にゴドフリーのパックに手を突っ込むと幾つかの結晶を掴みだし自分のポーチへと入れた。

 まだ事態の把握が出来ていないゴドフリーが見当外れな事を呟き、クラディールのブーツが口にのめり込む。同時にクラディールのカーソルはオレンジ―犯罪者を示すカラーへと色を変えた。

「ゴドフリーさんよぉ…バカだ、バカだとは思っていたが、あんた筋金入りの筋肉脳味噌(ノーキン)だなぁ!!」

 クラディールの甲高い声が荒野に響く。

「あんたにも言ってやりたいことは色々あるんだけどなぁ…オードブルで腹一杯になっても困るしよぉ…」

 言いながら痩躯には似つかわしくない分厚い刀身の両手剣を抜いて痩せた体をいっぱいに反らせ、大きく振りかぶった。狼狽するゴドフリーにクラディールは

「うるせえ。いいから死ねや」

 と吐き捨てるような台詞と同時に無造作に剣が振り下ろされた。鈍い音が辺りに響き、ゴドフリーのHPが大きく減少する。ようやく事態の深刻さを理解したゴドフリーは大きな声で悲鳴を上げ始めたがあまりにも遅すぎた。

 2度、3度と無慈悲な輝きと共に剣が閃き、HPはガリガリと削れていく。とうとう危険域へと到達しクラディールは動きを止めた。殺すまではしないのかと思った次の瞬間

「ぐあああ!!」

「ヒャハアアア!!」

 クラディールは逆手に握った剣をゆっくりとゴドフリーの体に突き立てた。クラディールが剣に体重を掛けていくたびにHPがじわり、じわりと減少する。

 一際高まるゴドフリーの絶叫に重なるようクラディールは奇声を上げ、剣先はじわじわとゴドフリーの体に食い込み続け、HPバーは確実な速度で減少していき、俺とシン、もう1人の団員が声も成す術もなく見つめる中、クラディールの剣がゴドフリーの体を貫いて地面に到達。ゴドフリーのHPは呆気なくゼロになった。多分、ゴドフリーは無数の青い欠片となる瞬間まで自身に何が起こっているのか理解できていなかっただろう。

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