荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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キリエとエンマの添い寝

 あの日から、ほんの僅かに未来のお話。

 

 近日、わたくしの実家で行われるお花見会。開催準備をすべく、マダムとレオナから実家へ戻る許可を頂いた。

 わたくしがキチンと管理をしなければ、いつまで経っても植物たちは手入れをほったらかしにされてしまう。その中には、ソメイヨシノと呼ばれているこの子の姿も。

 幼き頃に見た、ソメイヨシノが咲き誇るあの夢のような世界が、いま目の前に存在している。

 その頑張る姿を視界に収めているだけでも涙腺が緩みそうになるが、まだ我慢しなければ。お花見会の準備をする為に帰宅したのだから。

 本来であれば、客人を招くのに相応しい環境を整えねなければと、庭先から作業を開始するところなのだが、この子の周囲には舞い散ったばかりの一片の花びら。それらが幾つも重なり合い、周囲には桜の絨毯が出来上がる。

 眼前に広がるこの素晴らしい光景を、わたくしが手を出して崩してしまうのは、野暮というもの。何よりもコトブキの皆には、ありのままのこの子の姿を是非とも見て頂きたいという気持ちもある。

 そうと決まれば手を付ける順番が定まる。一つは玄関先から庭園の掃き掃除。二つは他の植物たちの管理を。あの子ばかり構ってあげていたら、他の子たちが拗ねてしまいますもの。

 よし。気合を入れ直し、箒を手に取ろうとした瞬間、わたくしの名前を呼ぶ、聞き慣れた誰かさんの声が聞こえてきた。

 

「エンマー! 手伝いに来たよー!」

「あら、キリエ? 貴女ってば、本日は仕事でありませんでしたの?」

「それがさー、一緒にいた後輩たちが頑張ってくれたおかげで、想像以上に早く終わっちゃって。あ、これお土産!」

 

 手渡された紙袋を慎重に開けると、中にはツルツルとしたお饅頭が。

 

「あの子たちは、社長さんに怒られてもめげずにお饅頭を売っていらっしゃるのね」

「活躍を耳にする限りだと、饅頭の売り子をやらなくても十分すぎるぐらい仕事は舞い込んでると思うんだけどね。それっぽく伝えたら『これが私たちの原点なんです!』って凄い勢いで語られちゃったよ」

「初志貫徹でよろしいではありませんか。彼女たちにとって大切な行いみたいなものなのでしょう。キリエにだってあるではありませんか」

「パンケーキの事? そりゃ勿論! 小さい頃、食べれなかった分を取り戻さないといけないからね!」

「いい加減、太りますわよ?」

「ふ、太らない体質だし! 食べた分のカロリーはちゃんと消費してるし!」

「はいはい。そのコートを着用して、お腹の部分だけが膨れない事をお祈りしておりますわ」

「お腹の部分だけって! ちゃんと出るべきところは出てるし!」

 

 両手を腰に当て、大げさに胸を張るキリエ。その行動を見つめていると、根っこの部分は昔から何一つ変わりなく育つ彼女に、嬉しさと一抹の不安を覚える。

 

「はぁ……、そうやって誤魔化しているからチカにお尻を叩かれるのですよ?」

「あれはチカが悪いっしょ!? 急に人のお尻を叩いて『なんかでっかくなってない? キリエのお尻!』とか失礼極まりない事を言うんだから!」

「わたくしとしては、太ももが気になる箇所でもありますが」

「太ももって! 戦闘機に乗っている限りは仕方なくない!?」

「その仕方ないの一言で終わらせているからそうなるのです」

 

 抗議を続けるキリエを尻目に、用意してある箒を手に取り、キリエに向けて差し出す。

 

「これを使って玄関先から掃き掃除をお願いしますわ。頂いたお饅頭を食べる時ぐらい、カロリー計算はしたくありませんでしょう?」

「んぐっ!? 分かったよぉ、エンマ」

 

 渋々という表現が良く似合う態度でわたくしから箒を受け取り、掃き掃除を始めてくれるキリエ。なんだかんだで素直なのだから。

 それでは、わたくしは植物たちの剪定を始めると致しましょう。キリエに命令ばかりして自分の作業を疎かにしてはなりませんから。

 

 

「エンマぁー、これぐらいやれば大丈夫じゃない?」

「まだ、そこの隅が残っていますわよ」

「うへぇ、エンマって細かいよねぇ」

「キリエが大雑把すぎるのですわ。そこが済めば一段落つきますから、そうしたらお茶に致しましょう」

「ホント!? じゃあやる! 今すぐ終わらせちゃうね!」

 

 先程よりも力が込められた箒が、片隅に隠れていた枝や葉をかき集めていく。

 鼻歌まで歌い出したキリエの姿をこのまま見つめていたいものだが、休憩も兼ねたお茶会の準備をしなければ。

 

 

 玄関先の横にある小さな空間。大勢が座るには狭すぎるが、二人なら問題無くお茶を楽しめる場所。

 わたくしの向かい側に座るキリエに対し、紅茶とお土産がのせられたお皿を差し出す。さぁ、召し上がれ。

 

「んんーっ! 無理矢理、肉体労働をさせられた後の紅茶は最高だね!」

「お褒めに授かり光栄ですわっ!」

「ちょ!? 脛と蹴るのは反則だって! ごめんってば!」

「もう少し言葉を選びなさい、キリエ」

「だって、エンマが入れてくれる紅茶は、いつ飲んでも美味しいんだもん。毎回同じ言葉じゃ飽きない?」

「飽きません。美味しいと感じてくれたのならば、そのまま言葉にして頂けた方が嬉しいですわ」

「そっかー。うん、エンマの入れてくれた紅茶、美味しくて私好き!」

「はいはい、欣喜雀躍の思いで飛び跳ねてしまいそうですわ」

「なんだそれ」

「素直が一番。という事ですよ」

 

 わたくしへ訝しそうに視線を送りながら、後輩たちから頂いたお饅頭に大口を開けてかぶりつくキリエ。

 眉間に皺を寄せていた顔は、一転して晴れやかな表情へと変化する。どうやら好みに合うようで頬を緩ませている。

 口に含ませていた分を飲み込み、紅茶に手を伸ばしたところ、キリエが口を開く。

 

「あれ、あの子の花びらが紅茶に入ってる」

「風に乗せられて舞い込んできたのでしょう。いま取り替えますわ」

「いあ、折角だからこのまま飲んでみる」

「大丈夫だとは思いますが……ダメでしたら直ぐに口から出すのですよ?」

 

 やや不安に駆られながらも、当人は気にせず紅茶に口を付ける。本当に大丈夫かしら……。

 そんなわたくしの心配も露知らず。表情を変化させ、驚いたといわんばかりに、勢いそのままで喋り出す。

 

「エンマ! これ! すっごく良いよ!」

「良い? もう少し具体的に教えて頂きたいのですが……」

「なんかね! あの子の花びらの香りと、紅茶から漂う香りがすっごい合っててね! それだけじゃなくて飲んだ時の風味も変わった気が!」

「わ、分かりましたから! 少し落ち着きなさい、キリエ!」

「むぅ、エンマが聞きたいって言うから説明したのに!」

「確かに聞きたいと申しましたし、内容も把握致しましたけれど、本当にそれだけで変わるものですの?」

「あ、信じてないっしょ? いま用意してあげるからちょっと待ってて!」

 

 半分ほど残されていたお饅頭を口に押し込み、椅子から立ち上がり、ソメイヨシノの元へ駆けつけるキリエ。風が舞う瞬間、舞い散る花びらを両手で掴もうと、必死に飛び跳ねている。

 残された紅茶を一口頂ければ問題ないのでは? そう思うのは、きっと野暮なのでしょうね。

 キリエらしい姿を見つめながら、わたくしも紅茶へ口をつける。

 

 

「んぐぇー!!」

 

 花びらを掴もうと幾度目かの挑戦中、ソメイヨシノを囲むように地面に埋められていた石垣に足を引っかけてバランスを崩したキリエが、両手を伸ばしたままの状態で後ろ向きに桜の絨毯へと倒れ込む。幸いにも頭を強打した様子は無いようだが、本当に色々と大丈夫なのかと不安になる事は否めない。

 それはともかく、怪我をしていたら大変だ。急いでキリエの元へ駆けつけるが、予想外の言葉をわたくしに放つキリエ。

 

「エンマ! 凄いよ! 早く早く!」

「その前にキリエってば、怪我はありませんの?」

「あれぐらいで怪我なんてしないって! それよりも早くここに来なよ!」

 

 疑問を浮かべつつも、身体中に花びらを身に纏っているキリエの指示通り、その場に腰を下ろす。

 そして指をさしている方向へ視線を移せば、子供の頃に見た、キリエと共に見たあの景色が視界一杯に広がる。

 その時になってようやく、夢の世界が現実のものになったのだと実感する事が出来た。

 

 

 そのまま呆けているわたくしの腕をキリエが引っ張り、わたくしの身体はキリエへ預けるように倒れ込む。

 途中で『ぐえっ』という呻き声が耳に入ったので、抗議も含めてお腹に一発お見舞いして差し上げましたわ。

 

「エンマ、酷くない!?」

「わたくしは誰かに寄りかかった程度では、唸り声を上げさせる程、重くはありませんわよ?」

「うぐっ! まぁいいけどさ! それよりも仰向けになりながら見るこの子の姿も格別じゃない!?」

 

 幼少期に見つめていた高さよりも、更に低い位置からこの子が咲き誇る姿を見上げている。

 桜の絨毯に横たわる事により、二人して全身至るところに花びらを貼り付かせてしまう始末。その姿をお互いに見つめ、笑う。

 自然と隣にいるキリエと手を繋ぎ、握り返す事によりお互いの存在を確認している。

 心を奪われる程の美しい景色を見つめていると、これは夢か現か幻か。自分がいる世界の境界線があやふやになる。だが、キリエと手を繋いでいるおかげで、これは現実なのだと脳に認識させる事が出来る。

 終始、無言のままソメイヨシノを見上げていると、キリエが口を開く。

 

「エンマ、ごめんね」

「急にどうなされたのです、キリエ?」

「子供の頃とはいえ、この子に酷い事をしちゃったなぁって」

「まぁ! 桜ドロボーにも今更ながら罪悪感が湧いてきたのかしら?」

「人が素直になっている時に、その言い草だよぉ!」

 

 器用に片方の手で頭を抱えながら悶えているキリエを見て、からかい過ぎたかしら? と思いつつも、表情をコロコロと変えるキリエの姿を見ているのは、とても楽しく感じてしまう。 

 

「既に借りはきちんと返してもらいましたから、もう気にする事はありませんこと?」

「でも! この景色を見ていたらちゃんと謝らなきゃ! って思ったから勇気を出して伝えたんだけど!」

「そうでしたか。では、謝罪は受け取りました。それよりもわたくしに伝えるべきこの場に相応しい言葉が他にあるとは思いませんこと?」

「勇気を出して謝ったことがそれより扱い!? しかも謝ること以外で!?」

「謝ること以外で、ですわ」

 

 意地悪だったかしら? それでもキリエの口から聞きたいのは、謝罪ではなく……と思ってしまう。

 今に至るまでの、わたくし達の付き合いが始まった最初の思い出をキリエの口から聞きたい。

 唸り声を出し始めるキリエ。それと共に、力が込められる繋がれたままの手。

 しばらく眺めていると、突如ハッとした表情をする。きっと、わたくしとの始まりを思い出し、わたくしが聞きたい言葉を思いついてくれたのだと、確信した。それは間違いではなかった事も直ぐに分かる。

 

「……うん! そうだね! エンマ! あの時、私をお茶に誘ってくれてありがとね!」

「ふふっ。どう致しまして、ですわ」

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