荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
一つ、困り事が発生した。
本当に一つかと問われれば、二つや三つ、十ぐらいは軽く超えてしまうのではないかと思われるのだが、一先ず絞り込むという意味で一つだ。
目の前にあるキャンバスには白い布が丁寧に被せられていて、それを身守るかの様に立ち尽くしている。
時折、通気口から流れてくる風が白い布を揺らし、微かに裏地が見え隠れしている様子は、まるでこちらの内なる願望を察しているかのような動きに見えてならなかった。
魅力的で、魅惑的で、そして妖艶だ。
普通の男性は布に欲情出来るのか? それは私には分からないが、少なくともキャンバスに描かれている絵画を目にする事が出来たなら称賛したくなるに違いない。
「すみません、船長……私がお姉様に対する衝動を抑えきれなかったばかりに……」
目に見えてションボリと肩を落とすのは、カナリア自警団に所属しているミントの姿がある。
その仕草と共に一本でまとめられた長い三つ編みが揺れ動く。
久しぶりに内気な性格が前面に出てきたようで、普段は前髪の隙間から見える片目も、今は申し訳無さから隠されている。
自分の欲望に対しての反省は人一倍強い彼女だが、それでも抑えきれなかった衝動に後悔しているようだ。
負のオーラを醸し出すミントの周囲にはどんよりとした空気が漂い、まるでお通夜の様な雰囲気が漂っている。
頼りなく揺れ動く彼女の姿を視認した私は、そんな光景に対して胸がざわめくような思いをしながら口を開く。
そんな事はないよ、ミント。今回の件は私も関与しているようなものだ。
そう、私は彼女の事を責めるつもりなど毛頭無いのだ。
ガドールにある例の場所で発生した“穴”から拾ってきた水着のお姉ちゃんが表紙の雑誌を熱心に見つめていたミント。
ページをめくればユーハングで言うところの“マンガ“が掲載されており、それを読み進めたミントは段々とめくる速度が加速していったのを思い出す。
だから私は気に入ったなら持っていって良いと告げてしまったのだ。
すると、ミントは大層喜び、その勢いのまま自室に駆け込んで行った。
そしてしばらく時が流れたのち、今に至るという訳だが……。
「あはは……同じ過ちを二度も繰り返すなんて、私は本当に駄目でダメダメで、息をしているだけでもお姉様に迷惑をかけて……」
微かに震える声で彼女がどんどんマイナス思考に堕ちていく。部屋に響く重苦しいため息の後に再びミントは口を開いた。
「あの、やっぱりこれは自分で処分しようと思います。船長の元に置かれても迷惑でしょうから……」
最後は蚊の鳴くような声だ。ミントの鼻がぐすっと鳴り、目が少し潤んでいる。
私としても悩みどころではあるのが本音である。
何せ布地で隠された下にある絵画は、彼女がお姉様と慕うカナリア自警団の団長であるアコが描かれているらしいのだが……。
前回、問題になったとされる裸婦画ではないらしい。
ミントの言葉通りに話を受け取るとするならば、水着姿という非常に肌の露出が多い恰好をしたアコの姿が描かれている事になる。
これを描き終えた時の彼女は渾身の作品が出来上がったと満面の笑みを浮かべていたらしいが、徐々に正気を取り戻すと己の自制心の無さに思わず自責の念に駆られたのだとか。
誰かに見つかれば依然の様な騒ぎが起こってしまう。だが、自身の想いが詰め込まれた芸術作品を処分する事は心苦しく……。
ミントは困り果てた。そして、出した答えが私の部屋に持ち込んで一時的に保管するというものだった。
イヅルマにある自警団の寮からひっそりと持ち出し、日が落ちた夜にも関わらず紫電を飛ばしてここまでやってきたそうだ。
「唐突に、それも深夜の時間帯に訪れてしまいごめんなさい。私の趣味を理解し、頼れそうな方を考えていたら船長しか思いつかなくて……。お姉様に見つかって嫌われてしまったらと思うと……つい」
それはないよ。
心の底から断言した。アコはアコなりにミントの趣味を理解してあげているのだ。
想いが暴走してしまう事について苦言は呈しても、その場で否定する様な真似をアコはする人間ではない。
むしろ、ミントの趣味を肯定し、その成果を誉めるだろう。実物を見せられたら恥じらうかもしれないが。
「で、ですが! 今の私にはこの絵と向き合う勇気も湧かず! どうしたらいいのか分からないのです!」
やや大きな声が返ってくる。しかし、それはミントが本気で困っている証拠でもあった。
彼女にしてやれる事。
それは、彼女の不安を取り除き、絵を処分を一時的に保留にさせる事に他ならない。
時間を経て自分を納得させる形になれば、改めて考え直す事もできるだろう。
ここで後悔に任せて絵を処分してしまえば、彼女の心に深く突き刺さる傷が出来てしまうだろう。
下手をすれば自暴自棄になってしまう可能性だってある。
悩み、決断までの時間には個人差があるのだ。それこそ人による道が違う様に。
私はそっと立ち上がり、キャンバスの前へと足を運んだ。
ミント、君の描いたアコの姿を私にも見せて欲しい。
こちらからの提案に彼女は一瞬目を丸くし、そして忙しなく視線を動かす。
曰く、上手くないから。曰く、自信が持てないから。
曰く、絵を見せて気を悪くさせてしまうのではと不安があるから。
どうやら本気で私が嫌がるのを懸念しているらしい。そんな事あるはずがないだろうに。
見せて欲しい、そう囁く様に語り掛ければ、彼女は観念した様に小さく頷いた。
「船長に……お任せします」
消え入りそうな声だった。しかし、了承は得られた。
私はそっとキャンバスにかけられた白い布を捲っていく。
まず目に入るのは背景だろう、イジツにはない青い海が描かれており、海面には雲が浮かんでいた。
そしてその中央に描かれた一人の女性……水着姿のアコの姿だ。
彼女の容姿は細部に至るまで丁寧に描かれており、こちらに向かって微笑み、手を差し伸べていた。
まるで私を誘っているかの様な構図だ……いや、実際にはミントの欲望を反映させたからか。
しかし……。
私は思わず息を飲む。視界に飛び込んできた絵画は想像を遥かに超えるものだった。
被写体の清楚さを表現したのだろう。アコはワンピース型の水着の上にフード付きの上着を着用しており、品を崩さず色気を感じさせている。
彼女の頬が赤く染まっており、心を開いてくれた後の様でもあった。
その絵の中心で微笑む彼女は端から見れば単なる美少女ではなく、ある種幻想的な美しさを備え持つ存在だと言える。
今までにないアコの新しい一面を垣間見た気がした。
「あ、あの……船長……」
私が黙ってしまった事で不安を覚えたのかミントが声を掛けてくる。
彼女を安心させる為と、率直な感想を伝えるべく私は口を開いた。
素晴らしい。この作品に対して想う事はその一言に尽きるよ、ミント。
絵画は女性らしい美しさが際立ち、男性のみならず女性層をもターゲットにしたかの様な華やかさがあった。
描かれたアコの姿はあくまでも自然体な造形で、華美さが突出しており不快感を抱かせない。
それに加えて清楚な彼女の容姿が絵画に一層の魅力を加える結果となっていた。
色合いの統一感や線の強弱、構図の妙などの面でも拘りを感じさせるものだ。
私のような芸術に疎い人間であっても、作者独自の世界を具現化させた作品の素晴らしさを理解出来る程に。
「あ……ありがとう、ございます……。ここまで褒めて頂けるなんて……そ、それに……えへへ……作品のモチーフを下さった船長にそこまで言われちゃうと……えへ、えへへ」
心からの賛辞を受け取ったミントは、これまでに見た事が無い程の喜びを満面に浮かべてはにかんだ笑みを浮かべた。
普段は内気な彼女も年頃の女の子、褒め言葉による嬉しさは人一倍感じているという事だろうか。
仕草の節々に現れている感情の欠片、それが彼女の素の部分を引き立てており、年相応の初々しさを感じさせる。
……と、ここまでは良い。問題はこの後の彼女の反応であるのだが。
「あ、あの! 船長!」
不意にミントが声を上げた。私は何事かと彼女の方へ視線を向ける。
「その……もし宜しければ、この絵画を船長に差し上げたいのですが……し、処分するよりも船長に愛でて頂いた方が絵としても幸せでしょうし……」
そう話す彼女の顔は真っ赤だ。しかし、それは恥ずかしさから来るものではないのだろう。
ミントは勇気を振り絞り、私に対して提案を持ち掛けているのであった。
切実なる彼女の気持ちが透けて見える。気恥ずかしいのか視線を合わせる事も出来ずにいる様子だが、それが本音だという事が伝わってくる。
その提案は嬉しく思うが……アコに渡さなくても良いのか? この出来であれば、アコだって照れながらも喜んで受け取りそうなものなのだが。
そんな風に言うと、ミントは両手をばたつかせる勢いで拒絶してきた。
「い、いえ! そんな事できません!! お姉様にお渡しするなんて滅相もない!」
強い決意を込めた言葉には有無を言わさない迫力があり、忙しなく動く両手からは風圧を感じさせられる。
流石はクマをも一撃で沈めたフィジカルの申し子……よくぞあの攻撃を食らって生き延びられたものだ。
冗談半分、本気半分で感心していると彼女はハッとした様子で我に返り、照れ笑いをしながら謝罪してきた。
「……あ、ご、ごめんなさい。つい、熱が入ってしまいました……そ、それで船長はいかがされますか?」
ミントが良いのであれば喜んで譲り受けるつもりだ。
そう伝えると彼女は更に頬を紅潮させて喜んでいた。
心に懸かる心配事の一つが解消されたせいだろうか、彼女の朗らかな笑顔を見る事ができている。その事が私にとって何よりも嬉しい。
ミントは両手でしっかりと絵画を持ち、賞状を授与するかの様に私へと差し出してきた。
その様子が可笑しかった私はつい笑みを溢してしまうが、そんな私を見たミントは先程の照れくさそうな笑みと異なる、満足そうに微笑む嬉しそうな笑みを見せてくれたのであった。
引き渡しの際に触れた彼女の指先。
白い手袋に覆われてはいるものの、その指先は繊細な造形を保ちつつも、そこに宿る確かな強さを感じさせるモノだった。
なんだか私だけ貰うというのも悪い気はするが……何か欲しい物はないか、ミント?
「気にしないで下さい。本来なら処分すべきものだったのですから。それを船長に褒めて頂けて、私にはこの上ない程の贈り物です!」
手袋越しに手を合わせながら小さく拍手をしてみせる彼女は本来の姿を取り戻した様で、私が持つ絵画を眺めながら笑みを溢していた。
不意に気になる事ができた。視線の先にある彼女の白い手袋。よく見ると色彩が滲んでいる気がするのだ。
指摘した私をきょとんとしながら見つめるミントだったが、手袋に染みが浮かぶ様を見て合点がいったのか、恥ずかしげに説明を始めてくれた。
「絵をどうしようかと混乱していた時に、手袋に絵具が付着してしまったみたいです。す、すみません。無作法で……」
いや、気にしなくて良い。だが、再びイヅルマへと戻るのだろう? そのままでは目立ってしまうのではないか?
私の問いにミントは眉を八の字にしてしまった。
自身の格好を今一度見直した彼女は困ったように頰をかく仕草を見せた後、大きく溜め息を吐いた。
「確かに……慌てていたとはいえ手袋以外にも汚れがついていますね……。帰ったら大洗濯をしないと……」
そうに呟く彼女はこれからを憂えているようで、またもや落ち込んだ様子になってしまう。
このままではせっかく持ち直した気分が悪い方向に進んでしまいそうである。
そう感じた私は一先ず今夜は飛行船に泊まるよう彼女に勧めた。
それと同時に絵画をイーゼルに立てかけ、衣服を仕舞ってある場所から部屋着になりそうな物を取り出し、ミントへと渡した。
男物で悪いが汚れを気にしたまま寝るのも気分が悪いだろう? よければ使ってくれ。
「だ、大丈夫です! 船長にそこまでしていただく訳には……」
遠慮する必要はない、シャワー室も使える様に手配しておこう。温かいお湯で汚れを落とし、ゆっくりと休むと良い。
「あ……ありがとうございます、船長。私的な騒ぎに迷惑をおかけしてばかりですね、申し訳ないです……」
彼女の気持ちを少しでも和らげることができたのか、先程よりは幾分か気分が落ち着いているようで安心した。
汚れたままでは気が滅入ってしまうもの、しっかりと休養をとらねば何事も上手くはいかないさ。
それと……貰い物を横流しする様で心苦しいのだが、よければこちらの手袋をミントに差し上げようと思う。
イヅルマへ戻るまでの間にでも使って貰えれば──。
「そ、それは! 最近話題になっている高級手袋じゃないですか! し、しかも新品ですよね!? そんな! 頂ける訳がないです!」
存外、強い調子で拒否される。
とはいえだ、自身で使う礼装用の白手袋は個別に所持しているし、何よりこちらはサイズが女性物。
頂いた際に贈り物として使うように勧められたが、今まで使い道に困っていたのだ。
だから遠慮なく受け取って欲しい。大切に使ってくれるならそれで良いし、使い道がなさそうならば消耗品として処分して貰っても構わない。
どうしても嫌であれば別のものを用意することも考えるが……。
「いえ! それが良いです! それが一番です! むしろそれ以外認めません!!」
彼女はハッと我に返った様子を見せた後に顔を真っ赤に染めて俯いた。
そして消え入りそうな声でこう呟く。
「あ、あの……よければ船長に身に着けさせて頂いても……宜しいですか?」
しばしの思案の後に差し出される彼女の手。予想外の言葉に驚きながらも私は遠慮がちにその手を取った。
色彩を帯びた手袋を外すと、白く細長い指が現れ、まるで芸術品のように美しい。
日に当たったことの無いような瑞々しい肌が、照明の光に当てられてうっすらとした輝きを放つ。
それを抑え込む様に、私はゆっくりと手袋を通し始めた。
「んっ……」
手袋に指先が通過する度に、彼女の口から小さく声が零れる。
一つ、また一つと指先を覆われるたびに、小鳥のように指先を震わせながら身体を小さく揺らす。
その仕草は少女の様に初々しいが、見え隠れする大人としての色気と上品さが相まって、酷く倒錯的な感情を抱かせた。
微かな呼吸音すら情事を思わせるものに感じられ、ミントの体温や発される香りすらも艶めかしく感じ取ることができる。
そんな蠱惑的な雰囲気の奥底から覗く不安げに揺れる瞳に気付き、私は手を止める。
やはり止めようか? という私の問いに対し彼女は小さく首を横に振ると、そのまま続けて欲しいと懇願してきた。
その仕草は酷くいじらしく、そして扇情的であった。
ミントの事だからきっと何か考えがあるに違いない。そう判断した私は、再び手袋を通し始めた。
最後となる小指を通していくと、彼女はひと際大きな反応を示した。
彼女の顔色を窺うと、表情から今までの不安が薄らぎ始めていたことに気付く。強張っていた身体から徐々に力が抜け、指先は手袋越しからでも分かるぐらいに、すっかりと桜色に染まっていた。
心許なげだった表情も柔らかくなり、笑みすら浮かべ始め、ついには瞳を閉じた。
ただそれは長くは続かず、幾度か呼吸を繰り返した後に、 その瞳は再び開かれる。
その目はどこか夢見心地な様子でぼんやりとしており、焦点が定まっていないように見える。
どうした? 心ここに在らずといった雰囲気のミントに向かい、私は声をかける。
それに気づいた彼女は、私の問いに対してどこか夢見心地な様子で不思議そうに首を傾ける。
ふわりと揺れ動く前髪からは、両目が覗く。こちらを捉えたまま動かない。
そして……ミントはこちらへ倒れ込むように胸へとしなだれかかってきた。
慌てて受け止め、揺れる前髪から瞳を覗きこむと、彼女の口から小さくこぼれる息が肌に触れた。
どうやら限界が訪れていたようで、眠ってしまったようだ。無理もない。あれだけの情動を抱えていては神経を消耗してしまうだろう。
私は彼女を抱きかかえ、ゆっくりと立ち上がった。そのまま寝室へと運び込むと、そっとベッドへと横たわらせた。
本来なら女性陣を呼んで着替えさせた方が良いのだろうが、今は彼女を寝かしておいてあげるべきだろう。
ミントの寝顔はとても安らかで、見ているこちらまで幸せな気持ちになってくるようだ。
彼女の頭をそっと撫でながら、私は小さく微笑むと、そっと部屋を後にした。
──瞳を開くと、そこは見た事のある寝室だった。
一体どうしてここに? 確か……そう、私は船長に無理なお願いをして、甘えさせてもらった……気がする。
夢の中を漂っているような感覚に、まだはっきりと思考が働かない。
けれど、視界に映る白い手袋と、私の頭を撫でる優しい手の感触に……自分が何をしでかしたのかを少しずつ思い出していく。
──私、なんてことを! 慌てて身体を起こそうとするが、上手く力が入らない。
脳からの命令に身体が応じることはなく、むしろ脱力感だけが広がっていく。
しかし、自分の感情へのダメージとは裏腹に、湧き上がってくる満足感が私を包み込む。それは布団から感じられる船長の匂い。
不快感など一切ない、とても安心するような幸福感。心がぽかぽかとしてくると同時に、穏やかになれるような不思議な気持ち。
心臓は早鐘のようにうるさいのに、心はとても平穏で。
まるで二つの存在を同時に味わっているかのようでありつつも、反発し合わず共存しているような不思議な感覚に酔う私。
お姉様に抱く想いとは少し違う、ほんの少しの切なさが入り混じった不思議な感情。この気持ちは、一体……。
どうにかなってしまいそうなのに、浸っていたい矛盾した気持ち。
船長の事を考えるだけで頭がいっぱいになり、口元が緩みそうになってしまう感情の正体を確かめようと思考を巡らせるも上手く言葉にならない。
私の事を理解しようとしてくれる船長は、趣味についても色々と調べてくれて……ウキヲエとは全く異なる私の絵に真剣に向き合い、貴重品であろうユーハングの雑誌を惜しげもなく自分にプレゼントしてくれた。
その優しさが嬉しくて、少し恥ずかしくて。でもたまらなく嬉しくて、胸の奥から熱くなってくるのを抑えられない。
何が……私を満たしているというのだろうか? それを確認するために、再び船長によって身に着けてもらった手袋へ視線を落とす。
生地は手触りも柔らかくて優しい。自分が知らないもので溢れている世界に連れて来てもらったような……不思議な心持ちにさせられてしまう。
そして、その世界の中心には、私の大切な人達が──お姉様が……船長が……。
誰に言い訳するわけでもなく、心の中で弁明をする。あの日、助けて頂いてから私はお姉様ひとすじなはずなのに、と。
ひとすじであるはずなのだが、船長への気持ちも次第に膨らんでいく事に、自分自身の心なのにどう対処して良いのか判断が出来なくなっている。
どんどん気持ちに素直になってしまっている。どんな無茶な言い訳を考えても、自分の心は騙せそうにない。
そんな私に対して、お姉様も、船長も、優しく接してくださる。その優しさが嬉しい反面、少し物足りなくも感じてしまう。
あぁ、なんて自分は面倒な生き物なんだろう。思考が頭の中を駆け巡り、心地良い沼にハマったように抜け出せない。このままでは墜ちていく一方だ。
しかしそれも無理のない事なのかもしれない。今まで生きてきて、初めてなのかもしれないからだ。
自分を認めてくれた人間が近くに複数も居る事が。今まで人とまともに付き合えた事もなく、孤独の中にいるのが普通だった私に……。
当たり前のように温かく包み込んでくれる存在がどれだけ貴重か痛感してしまった。そんな人達が近くに居るというだけで胸の奥から幸せが溢れる程に溢れて止まらなくなり、口元が緩んでしまう程に嬉しいのだ。
そんな私だからこそ、ようやく出会った温もりを離したくないと思うのは自然な流れなのかも知れない。
そうは思いつつも、こうまで自分の感情が揺れる事になるとは思ってもいなかった。
しかしこれがきっと世間一般的な感情で、人として生きて行くという事なのだろうか? そんな複雑な思いがふつふつと沸き起こりつつも、布団から心地よい船長の残り香が私を包み込んでくれている。
それは回転し続ける思考を鈍らせて眠りへと誘う……そんな不思議な作用を起こしてくれるようだ。
そっと枕へ顔を埋めながら深く息を吸い込んだ。
深呼吸で胸に溜まったモノが排出されるように感じられる……。
そして私はまどろみの中へと誘われて行ったのだった。