荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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船長と巡り合い リッタ やりなおし

 目の前で小さな手を使い器用にお肉をコネコネとしながら、うんうんと力を込めて唸る女性が一人。

 制服を身に纏い、エプロンを着込んで調理場に立っている姿が、台所に立つお母さんの様だと笑ってしまったらフライ返しで軽く頭を小突かれてしまった。

 

 そんな仕草が妙に似合っているのは、歳の離れた弟さんと妹さんがいると話していたのを思い出して、図らずも納得がいった。

 お母さんが駄目だとすれば、普段からふかふかの大きめな帽子を被っているところから、シェフと言えなくもなさそうだ。

 

 なんにせよ、楽しそうに料理をする彼女を見ていると、こちらまで嬉しくなる。

 

「あ! せんちょーってば、また何かを想像しましたね! 自分は騙されませんよ! 目の輝きが違うんですから!」

 

 最近はポーカーフェイスも通じなくなってきている様子。

 思った事をそのまま口にしない様にしていた私に、こうやって何気ない会話を楽しむ為の切っ掛けをくれた事は、本当に有り難い事だと思う。

 

 夜回りの為、船長室まで報告に来てくれた彼女の前でお腹が鳴いたのがなんとやら。空腹の私を蔑ろになんか出来る筈がないと、巡回の時間をズラしてまで作る夜食会。

 そんなお姉さんというよりも、親しみを込めてお姉ちゃんと言いたくなるのが、カナリア自警団所属のリッタという女性なのだ。

 

 手慣れた手つきでフライパンにお肉を乗せ、蓋をして弱火でじわじわと焼き始める彼女は、実家から貰ってきたという野菜を取り出し切り分け、お皿に盛りつけていく。

 みずみずしい野菜は、それだけでも美味しそうであり、空腹をさらに刺激する。

 

 私の視線に気が付いたのか、リッタはきゅうりを手に取り、こちらに渡してくる。

 

「船長って生野菜をそのままかじるのに抵抗ありませんよね? 結構、好みが分かれると思うんですけれど」

 

 調理された物や加工された物であれば、大抵の人は抵抗もせず口にするのだが、生野菜を好んで食べる人間はそう多くない。

 生野菜を食べられる環境などイジツでは限られているのも事実であるのだが……調理済みでも皿の端へ避けてしまう大人がいるのも事実だ。

 そういった人は、大抵同じ飛行隊のしっかり者にこってりと絞られてしまうが。

 

 シャキシャキしてこのままでも美味しいのだが、味噌が欲しくなる。

 

「ですよねー。なのでよければどうぞ! せんちょーの食べっぷりを見ていたら自分も!」

 

 二人してきゅうりを齧ると、遠慮も無くなりバリボリと食べる音が、酒場に響き渡っていく。

 それが愉快なのか、リッタはケタケタと笑いながらフライパンの中身を確認し、ソースの作成に取り掛かる。

 実に単純な足し算で、ケチャップとマヨネーズを混ぜたオーロラソースを小鉢に盛りつけると、大皿に焼いたお肉を乗せていき、イジツ風のハンバーグの出来上がりである。

 

「お待たせしました! 本当はお米があればなお美味しいのですが……」

 

 いや、夜食と考えれば十分すぎる程だ。助かったよ、リッタ。

 

「そう言っていただければ! さあさあ冷めないうちに食べちゃってください!」

 

 彼女に感謝をしながら手を合わせて、いただきます。

 一口、二口と火傷をしないように焼けたお肉を口に頬張りつつ、こくり、と喉を鳴らして飲み込み、口休めの為に野菜を頬張り、また一口。

 

 うん、美味い。この口の中に広がるふわっとした感覚がたまらない。

 

「ふっふっふっー、その食感はお肉だけでは出せないんですよー? 我が家のちょっとした裏技です!」

 

 裏技か。確かにこれはお店で味わえる美味しさとは、また別物に感じるよ。

 

 キチンとした味付けの中に、家庭的な温かみが存分に感じられる。まあ、生まれ落ちてこの方、家庭というものには一切縁が無く生きてきたのだけど。

 こうやって誰かと食事をする楽しみや、手料理を食べるという行為の安心感。

 腹に物を入れるのが最優先の毎日からは、考えもしなかった日常だ。これを幸福と感じるべきなのか、否か。

 

 や、選択肢が浮ぶ時点から既に、答えは出ているのだろうけど。

 

「あ、せんちょー。動いちゃダメですよ?」

 

 ……ん? ふと、視線を前に向ける。そこにはテーブル越しに前屈みとなっているリッタがいた。

 こちらに近づく彼女の顔と、伸ばされる腕と指先は、私の口元へ。

 視線の先はあるものに固定されており、リッタの細い指先が唇を掠めるように端へ触れる。

 

「もう! うちのチビたちじゃないんですから、口元にソースをつけてたら恥ずかしいですよ~?」

 

 次いで聞こえて来た言葉と共に、視界に映る彼女の指先は、確かにソースが付着している。

 恥ずかしい姿を晒してしまったことに、自分でも少し驚いた。

 何せ礼儀作法のアレやコレは、ガドールの幼馴染に叩き込まれたモノであり、早々崩せるものではない。

 

 にもかかわらず、この有様だ。自分自身が考えているよりも、ここでの生活に染まりきってしまっているらしい。

 この歳になって新しい事を始めようというのもなかなかに難しく、気恥ずかしいものである。

 

 ……いや、でも。なんだ、この気持ちは。雰囲気にそぐわないおかしな表情になっていないか? 

 なんだかむず痒い感覚にソワソワしつつ、ハンカチで口元の汚れをふき取っていく。年甲斐もない。

 

「んん~自分で作っておいて何ですが、美味しく出来てましたね! 船長!」

 

 鼻高々なリッタ。その自信の程がうかがえる表情を浮かべている近くには、ソースが付いていたはずの指先は存在せず、汚れなどは見当たらない白い指が残されているわけで……。

 私がジっと指先を見つめていれば、彼女が視線に気が付き、その指を口元に当てる。

 

「これぐらいチビたちがいれば日常茶飯事ですよ。もしかして……恥ずかしいところを見られちゃったと思いました?」

 

 口角を釣り上げたリッタは、小さく笑いをこぼしながらお姉ちゃん風を吹かせる。

 正直、照れた表情を見せるのだろうと予想していただけに、意表を突かれた私は、なんだか一人負けたような、何とも言えぬ気持ちになる。

 

 まるで自分の心の内を見透かされたかのように感じる私に対し、スッと瞳を細めたリッタは、紫のジト目でこちらを真っ直ぐに見上げながら口を開く。

 

「船長って意外とわかりやすいですよね。……もしかして、照れちゃったんですか?」

 

 頭を傾け、揺れ動く短い毛先の彼女は、してやったりといった笑顔で私の頬を突っついてくる。反応を見れたのが、心底嬉しいといった表情である。

 成人男性としては素直に負けを認めてしまうのも、どことなく腑に落ちないものなのだが、リッタのこういった表情が見られるのであれば、悪い気はしない。

 

 なんとも心地良く、気恥ずかしい。

 照れを隠すように食事を進めていたが、そんな心境も彼女にとってはお見通しのようで、笑顔の尻尾はどこかイタズラを企む小悪魔のような雰囲気を纏い始める。

 

「っひひー」

 

 と、笑うリッタ。

 

「私も、女の子ですからねー。そういう表情を見せられると、なんとなーくいい気分です」

 

 そう口にしながら彼女はテーブルに肘をつき、手を組み、顎を乗せて、こちらをジッと見つめてきた。

 率直に言って、愛らしい。

 にこやかな表情を維持している口元。ニヤニヤとどんな答えを返してくれるのだろうか、といった期待を寄せてくる瞳を前にすると、視線を逃さざるを得ない。

 

 そんな私に追い討ちをかけるかのように、リッタは口を開くのだ。

 

「ほらほらー、素直に負けを認めちゃいましょうよ! 二人だけの時に意地を張ったって仕方ないんですから。私にはもうわかってるんですよ!」

 

 自然と漏れる自身の声すら気にしない素振りで、イタズラ顔をそのまま続ける彼女に勝つことは困難を極めるだろう。

 ならば彼女の宣言通り、こちらもまた腹を割るべきであろう。

 

 降参です。降伏します。ごちそうさまでした。

 

「はい! お粗末様でした! 最初からそう言ってくれればよかったんですよ。素直じゃないんだからー!」

 

 と、イタズラ笑いも引っくるめた満面の笑顔が無性に心を満たしてくれたのは、リッタには内緒にしておこう。

 

 

 ──先程までのやりとりを思い出すと、自然と頬が緩んでしまう。

 船長を先に返してから、自分はあと片付け中。

 食事をのせた器たちを磨くと、キュッキュと聞こえる心地良い音。自然と鼻歌交じりに楽しくなっていく。

 

 突然、船長に食事を披露する機会が訪れたものの、上手く出来上がったことに、内心安堵している。

 日頃から弟と妹の為に料理をする場面はあっても、誰かに向けて出すとなると話は別だ。

 粗相があってはならない。慎重であるべきだとも思えるが、あまり窮屈にする必要もない。そうであればと、自分は自分らしく気楽にやっていくことに。

 

 こうして船長の食事を用意し、仕草をあらためて目の当たりにすると、その所作の綺麗さに少しばかり驚いてしまった。

 育ちが良い。というのは残念ながら違う。ただ、仕草が洗練されているのは事実だ。

 しかし、船長はどこか楽しげに自分の料理を口に運び、それが手に取る様にわかってしまう。

 

 自分とはまた違った笑顔だが、好ましい事に変わりはない。ついつい色々なものが笑みの中に零れてしまうのだ。

 ……口の端にソースが付いているのを見つけてしまった時は、温かな気持ちが込み上げてくるのを抑えられなく、説明するよりも先に身体が動いてしまっていた。

 

 自分が指先にソースを乗せて見せた時の船長のリアクションは実に微笑ましいもので、有り体にいうのならからかい甲斐があった。

 それで調子に乗ってしまったのだろう。指先についたソースを……。

 大胆過ぎたかもしれない。今更になって恥ずかしさが込み上げてきてしまい、振り払うように首を横に振る。

 

 ああ、でも……こちらに合わせてくれた船長の優しさは嬉しかった。相手を気遣う行動と言動は、人として好ましく思う。

 癖のあるこの世界で、異性に対しあっさりと白旗を揚げてしまうのは、少し心配になるけれど。

 そこは自分たちがフォローをしていけば良いだろう。幸い、自分たちにもそれなりに出来ることがあるのだから。

 

 たまにでいいから今日みたいに個別で頼ってもらえると、もっと嬉しかったり……な、なんちゃって。

 うん。まずは船長に自分のレパートリーを全て食べてもらう事を考えよう。納豆もイケるクチだから、それを口実にすれば他の方を……。

 ……でも、やっぱりまだ恥ずかしい! 叫びたくなる気持ちを必死に抑え、その作戦を決意と共にそっと心の奥にしまった。

 

 ひとまず、夜回りを初めて頭を冷やすところからだ。




編集だけでは方向性を直せなかったの。
以前のもそのまま残しておきます。
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