荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
心を落ち着かせよう。まだその時は訪れてもいない。
彼女が手にしたカードのその先を、私は知らない。
現状で理解できる事と言えば、表情を変えず、ただ私のリアクションを待って、何か見定めようとしている彼女の姿ぐらいだ。
けれども、彼女にはそんなつもりはないのだろう。それは短いながらも共に過ごした日々が教えてくれている。
表情の変化に乏しくも内なる心根は年頃な、コトブキ飛行隊のケイトは、ただ純粋に私の言葉を待っているだけなのだ。
しかしながら、そのカードはあまりにも不確かで不明瞭。
彼女が手持ちのカードに視線を向けくれたのなら、瞳に映る役柄が何か理解できるというのに、ただただこちらを見つめ沈黙を貫いている。
やはり同じ手は通用しない……いや、それは当然の事だと言える。
ケイトは私の一挙手一投足を見逃さないとばかりに観察し、カードが示すものを読み解こうとしていた。
ある意味、私と彼女の間には特別な信頼があるからこその駆け引きが、この場を生み出していた。
そういった意味において、下手な小細工を使おうものなら返ってくるのは良い結果にはならないだろう。
船上で生活するようになってからというもの、随分と臆病になってしまったものだと自嘲してしまう。
時折、想像を超える事が起きたとしてもだ。私は粛々と流れに身を任せることの方が多くなった気がする。
いやはや、年老いたと実感させられるばかりだ。
さて……言い訳じみた言葉はここまでにして、私もしっかりとケイトに向き合うとしよう。まずは彼女の期待するであろう言葉から始めるか。
勝負! スリーカード!!
「フルハウス」
ふふっ、敗北じゃんね。私はがくりと肩を落とす。
人生ってうまくいかないもんだね。なんて思いながらカードを投げ出した。
「その手札で自信はどこから沸いたのか、ケイトに教えて欲しい」
いつだって冷静沈着なケイト。その冷静さを崩すことができないまま、ゲームは終了してしまった。
悔しい気持ちを押さえ込み、私は頭を切り替えて次のゲームの準備を進める。きっとケイトも勝つべく作戦を練っているんだろう。
最初の内は良い勝負をしていたのだ。むしろ、一時的とはいえ押していたかもしれない。
彼女の嬉し恥ずかし船内行動を呟けば、その効果は抜群だった。
それこそ通気口へ視線をやる度に、顔に赤みをさしているケイトが見れたくらいである。お尻が引っ掛かった思い出は、今でも彼女の心に深く刻まれているらしい。
その手法は、ケイトの趣味嗜好に合致するものばかりであり、彼女の心を動かすには十分すぎるものだった。
しかし、それも長くは続かず。一つ仕掛ければ看破され、二つ仕掛ければ解析され、三つ四つと続けていけば警戒されるのは当然である。
ただ、ケイトが表情は変化せずとも、耳の赤みが大きくなっている事にあるのだが……私は敢えてその点には触れなかった。
彼女も勝負事への拘りが強いことは知っている。きっと今この瞬間も、頭の中では作戦を練っていることだろう。
対して私はというと、すでに勝利の道筋を立て終えていたのである。この段階でそれは明らかな形となりつつあったのだ。
(初手から役が揃いすぎている。ここを取りにいかない手はない)
ケイトの上がり手を予想して、どう崩す? 単純に考えれば残る一枚で役を完成させればいい。先程の彼女がそうしていた様に、シンプルかつ王道。
あとはケイトを揺さぶる何かが、ここにきて決め手となる。ささやき、いのり、えいしょう、ねんじろ!
一段落着いたらハンブルグサンドでも食べよう。私のお手製だ。
刹那。彼女の視線が揺れ動き、茶色の瞳にはケイトの手札が映り込む。あぁっ、思わず叫びたくなってしまう。彼女の狙いはフラッシュか。
一瞬の間をおいて勝負が決まってしまう事に、申し訳無さを感じる。同時に、勝利への高揚感が支配する。
賢き深淵の令嬢を顎クイで射抜いた様な、そんな感覚。もちろん経験は無いし、イジツに存在するのかすら不明である。
ケイトが捨てた枚数分のカードを、山札から一枚ずつ引きながら、私はその興奮を悟られぬようポーカーフェイスを貫く。
例え彼女の役が出来上がったとしても、こちらの方が強い。その自信が私の思考をクリアにし、そして……。
私はカードをケイトに見せつける。
フルハウス。これが私の勝利を告げる一手だ!
「ストレートフラッシュ」
……えっ。
いや、まさかそんな……あの時見たカードは、同種札が四枚であれど数字は不規則で……。
同様を隠しきれない私は、慌ててケイトの捨てた札を確認。そこには確かに彼女の瞳へ映り込んだカードが存在した。
で、あれば……最後の札交換で勝負を仕掛けたとでもいうのか。あのケイトが。
「これでケイトの勝ち数が規定値を上回る。船長の敗北である」
彼女が涼しい顔で言う。表情を変えることなく、ただ事実を突きつけてきたのだ。
ああ……もう少しで勝利を手にすることができたのに、運までもケイトの味方に付いたようだ。
そうなってしまえば、もうどうすることもできないだろう。私は負けを認め項垂れるしかなかったのだ。
「ケイトにとって未知の領域。ほんの僅かでも不確定要素は、勝負事において致命傷となる。特に勝利を欲しているのであれば、尚更である」
彼女は淡々と告げるとカードを回収する。
私が目に見えて落ち込んでいることに気がついたのか、ほんの少しだけ眉を寄せたような気がしたが……見間違いだろうか?
「船長の戦法は実に興味深い。勝つ為なら手段を選ばない。だが、それを実行に移せる行動力と能力があるからこそ、その方法は成り立つ」
ケイトは小さく頷きながら、私の戦法を評価してくれた。そして、彼女はこう続ける。
「しかし、それは同時に弱点にもなり得る」
私は彼女の言葉を黙って聞くことしかできないでいた。
そうする他なかったからだ……とでも言っておけば格好はつくだろうか? そんな私の心情を察してか知らずか、ケイトの口数が増える。
「全てを一人で解決しようとするのは、時に悪手になることもある。例えそれが勝利への最短路だとしても」
それは至極真っ当な意見であり正論であると同時に……少しばかりの心苦しさを感じさせる言葉だった。
私が困った顔をしていることに気がついたのだろう。ケイトが言葉を続けた。
「船長。伝えておく事がある」
それは……。
「ケイトは、あなたの仲間である」
それだけ言うと、彼女は腰掛けていた椅子から立ち上がり去っていった。
後に残された私は……意味もなく天井を見上げるばかりであった。
その言葉の意味を噛み締めながら、自分の中にあったモヤモヤとした感情が晴れていくのを感じていたのだ。
──船長という個は、イジツにおいて稀有な存在と言える。
人には個性というものがあり、各々が異なる方向性を持ちながら成長していく。
それは個体の主義主張や性格に留まらず、その者の能力や特徴にも現れる。
しかしながら船長は、個性で収まる範囲を超えていると言わざるを得ない。
勝利の為に、女性の羞恥心を煽るような言葉を投げかけ、実行に移す。それはまさに悪魔的だ。
ケイトにも忘れてもらいたい記憶が一つや二つではない。通気口に視線を向けるのをやめてはくれないだろうか。
そして、その羞恥心から生じた隙を見計らい、今度は大人気なく勝ちに行くのだから恐れ入る。
ともあれ、そんな船長に負けじとケイトが勝負を仕掛け、勝ちを得られたのは僥倖だった。
「しかし、瞳に映る手札を読み取ることは、本当に可能なのだろうか」
もはや手品や技術の範疇ではない。かといって想像上の存在である魔法とは言い難い。
「ケイトの手札は確かに船長から見えていた。物を利用した反射には、最大限の警戒。協力者は、いない」
まるで自分自身に言い聞かせるように呟く。腑に落ちない事象は、解き明かされるべきなのだ。
思考の海に沈み始める。この瞬間、ケイトの意識は世界から遮断される。
目の前にある情景は、周囲の風景を簡略化したものである。脳内に船長室の見取り図を展開させ、その中をゆっくりと潜る。
ケイトの瞳以外から手札を読み取る方法。考えられる要因はいくつかある。
短期的な戦術、長期的な戦略、駆け引き、立ち振る舞い、表情、性格、思考。
だが、それらはあくまで表面上のものに過ぎず、本質的な部分を覆い隠す。
そもそも、自分が描いた絵図通りに相手が動いてくれるはずもない。予想外は常に起こりうるものだ。
だからこそ、予測と対策を練り上げなければならないのだが……。
そこまで考えて、ケイトは静かに目を瞑り頭を左右に振る。好奇心という感情に負け、深入りし過ぎている。
これ以上は危険であると判断し、思考を停止させると同時に目を開くと、そこには見慣れた部屋が広がっていた。
どうやらケイトはいつの間にか自室に戻っていたようだ。勝利を納め、船長との勝負を終えた結果がコレである。
試合に勝って勝負に負けた。そんな感覚を味わいながら、ケイトは一人静かにため息を漏らす。
そして同時に思うのである。船長の事を考え過ぎないようにしなければ、と。
いつか痛い目を見るかも知れないという恐怖心ではなく、純粋に船長への興味が増長しているからに他ならない。
それはケイトが船長に、信頼を寄せているという証でもある。しかし、その根底にあるのは……。
(ケイトは、あなたの)
頭に思い浮かんだ言葉を、口にすることができなかった。その想いを言葉にすることで、自分は冷静でいられるだろうか? この想いを形にすることは難しい。
それは、自身への問いかけだ。ケイトがケイトである為に……既に答えは得ていたからこその行動だったのであろうが、結局のところケイトは未だ悩みを抱えているらしい。
だが、それも悪くないと思うケイトも確かに存在するのだ。少なくとも今この瞬間は悪い気分ではないのだから。
この感情は、きっと……。