荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
こちらをジッと見つめる黄色の瞳。
両サイドに存在するおだんごヘアーと、常に本を持ち歩いているのが特徴的な彼女。
その本には、私の知らない知識や情報がたくさん詰まっていて、彼女の好奇心を刺激しているのだろうと思うことがある。
何を考えているかまでは分からない。
けど、その行動が私に対しての信頼している証、あるいは友好的な態度であることだけは分かっている。
今もそうだ……視線が合わさった途端、右へ左へと振り乱されるそれは本をめくる手捌きと同じで、私はそれをただ黙っているだけ。
そんな彼女は、何か言いたげではあるのだが、上手く言葉にできないのか口をもごつかせている様子である。
急かすような真似はしないが、それでも時間は有限であり、時間切れもあるのだということを理解しているのだろうかと心配になる時もある。
怪盗団アカツキ所属のモア。私は静かに彼女からの言葉を待っていた。
「……船長。また食事を抜きましたね?」
「あ、ハイ」と素直に言えれば、どれだけ楽だっただろう。
私はただ微笑みを浮かべることしかできない。視線が右往左往しているのは、どうやら私の方だったようだ。
「以前にも言いましたよね? ちゃんとご飯を食べないと身体を壊してしまいます。しっかり食べるようにと」
普段であれば笑顔の彼女を見ると心がほっとした気分になるのだが、子供に言い聞かせるような優しい口調で、されど有無を言わせぬ力強さを言葉に乗せられてしまうと、素直に頷くしかほかない。
これから待ち受けるのは、激しいお説教タイムだと確信してしまったからだ。
「食事を用意しますから、お説教は食事を食べながらにしましょう」
と、彼女は言う。私はただ頷くことしかできないでいる。
渋る私を有無言わさせずに立ち上がらせて、背中を押して歩かせる。彼女の前では船長という肩書など、威厳も何もないな。
少しだけ抗うように足に力を入れてみるが、それはモアのご機嫌を損ねるだけで終わった。
連れられた先は、いつもの酒場。
ずれた時間からか誰も人はいない。がらんとした店内は、普段の騒がしさを物語っているかのようだ。
カウンターまで連れられて、わざわざ座高の高い椅子を用意されたところでようやく解放された。
「座ってください」
気持ちを抑え込むような口調に、何も言わずに席に着いた。
カウンター内でエプロンを身に着けたモアが冷蔵庫を覗き込みながら、何かを考え込みながら準備を進めるのを眺めつつ、私は手持ち無沙汰な時間を埋めるように、彼女へ言葉を投げかけた。
モア、何を作ってくれるんだい?
「以前、船長から頂いたユーハングのレシピを元にタレを作ってみたんです。私たちに『穴』を教えてくれた時のものですよ」
そう答えると、彼女はタレの入った小鉢をカウンターへ置いてくれた。
どこか懐かしさを感じさせ、鼻腔をくすぐる。しかしながらイジツでは、それなりに贅沢な使い方でもある。
可能性があるとすれば……あの蕎麦屋くらいだろうか。しかしながら今回は関係ないので、保留。
「本来であれば、くるみを使用するみたいなのですが……必要分を補えるほど手に入らなかったものでして」
「すみません」と申し訳なさそうに付け加えてくれる彼女に、私は小さく首を横に振った。モアの頑張りを否定なんてできるはずがない。
人の為に料理を作るという行為が、どれだけ尊いものか。それを成し遂げることができる力が、どれほど大切か。
彼女はそれを知っているからこそ、こちらに向けて微笑んでくれた。
「理解していらっしゃるのなら、食事はきちんと召し上がってくださいね」
ぐうの音も出ないわけで。反論などまったくなく、そのとおりである。
そんなやり取りをしている間も、モアの手は休まることはなかった。
包丁がまな板を叩く音や、フライパンで炒める音。
煮えたぎる湯の中から掬い上げられた麺は、湯切りをされて具材とともに混ぜ合わされていく。
そこへ先程のタレが注がれていく。ゴマの風味と醤油が適度に合わさって、魅惑的な味を作り上げていた。
最後にパセリがちょんと乗せられて、緑と茶が彩りを添えた。
「お待たせしました。キノコとゴマ和えパスタです」
モアはそう言いながら、私の目の前に皿とフォークをそっと置いた。
彼女は何時ぞやの如く、カウンター内からこちらを見つめる。
いただきます。
モアに感謝の声を伝えると、彼女は「どうぞ召し上がれ」と静かに微笑んでくれた。
フォークを手に取り一巻き、二巻き……そのまま口元へ運べば、口いっぱいに旨味が広がる。
ゴマの風味と醤油、そしてキノコの香りが鼻から抜けていくようだ。その余韻に浸りながら咀嚼し飲み込むと……次の一口が欲しくなってしまう。
パスタのもちっとした弾力とモチモチとした噛みごたえ、そして程よい太さは抜群で、これはいくらでも食べられそうだ。
しかしながら幸せは長続きせず、あっという間に平らげては終わってしまった。
ごちそうさま。
空になった皿をモアの前に差し出す。
無言でその様子を見続けていた彼女が、にこりとした笑顔を見せてくれたので一安心だ。
「はい。お粗末さまでした。食欲があったようで良かったです」
そう言うと食器を下げ、最後にハーブティを用意してくれた。
口の中に残る後味を消すためなのだろう、ありがたく頂戴することにした。
そして……この後はお説教の時間かぁ。
先程までの満足感は何処へやら。
重たく項垂れていが、モアは鼻歌を歌いながら洗い物をしている。どういうことであろうか。
ご機嫌だと受け取れなくもない。心なしか、いつもより動作が丁寧だったり。
どうしよう。このまま回避できる流れなら……というのは良くないか。全面的に私が悪いんだ。素直に怒られよう。
意を決してカウンターからモアに声を投げようとした時、彼女に先を越された。
「このレシピは船長に好評っと。ふふっ、口に合ったようで何よりです」
モアはスクラップブックを開きながら何か書き込んでいる。
覗き見は宜しくないが、そのページに書かれている文字を見て私は納得した。それは私が彼女へ渡したレシピだ。
イジツで手に入る食材や調味料を事細かに記し書き留めてあり、手に入らない物の代替品や代案も書き添えある。
それは今なお更新され続け、現在もページを進めながら彼女が研鑽している事実が記されたものでもある。
その言葉にできない嬉しさは、私の表情にも出てしまうだろう。
このスクラップブックは、モアの宝物。そして、私の名前も書き記されているのだから。
「お説教をしようと考えていたのですが……船長が美味しそうに私の料理を食べてくれるので、今回は不問にしてあげちゃいます」
にっこりと、しかしどこか照れたようにはにかむモア。その笑顔の可愛らしさたるや、私の胸を打つには十分すぎるものだ。
いやはや、これは敵いそうにない。降参のポーズを見せるように両手をあげれば、モアは満足そうに頷く。
そして、彼女はこう答えたのである。
「代わりに、一つ約束してくださいね?」
美しい瞳がこちらを覗き込むように見つめてきたかと思えば、そのまま唇を耳元に寄せてくるのだ。そして囁くような声音でこう告げたのである。
「また、私の料理を食べてくださいね?」
それは約束というよりは、宣誓にも似た言葉であった。
しかし、ゆっくりと離れていくモアの表情は、どこか不安げで。何かを堪えているようにも見えるのだった。
仕事に追われていたとはいえ、私の怠慢からモアを不安にさせてしまったのは私の落ち度である。
「はい」と返事をするだけなら簡単だが、それではきっとモアは満足しないだろう。ならば、私は私の言葉で応える他あるまい。
そう思うからこそ私も彼女の耳元に顔を近づけたのだが……恥ずかしいな、この体勢は。
勿論だ。だが、モアも知ってのとおり時が訪れるのが近い。
それを確実なものとする為には、今日のように食事を忘れてしまう日も出てくるだろう。
で、だ。モアにお願いがある。
「私にお願い事ですか? 船長が? な、なんでしょう?」
そんなに身構えなくても大丈夫だ。簡単な頼み事だ。
食事を抜いている私を見かけたら、背中を押してでも食事をさせるようにしてほしい。
これは船長命令だ。……今日は助かったよ。ありがとう。
「……ふふっ、承りました! ですが、あまりにも回数が多かった時は……少し強行な手段を取らせていただきますね?」
モアの目がすっと細くなる。優しい笑みは変わらないのに、言葉に秘めたる圧が何処か恐ろしさを感じさせるほどだ。
次からはもっと気をつけようと思う……ほんとに思うよ? はい……。
──私の無理矢理な行動を、船長命令としてしまうあの人。
本来なら怒られてしまっても仕方がないはずなのに、それでも受け取り続け、更には汲み取り、言葉をかけてくれる。
私の料理を口に運ぶたびに見せるその顔が、他の子に感じる気持ちと、どこか違うのは何故だろう?
始めはそういう類いの感情だと思い込んでいたけれど、月日が経つにつれて違和感が強くなってきた。
曖昧であった感情は、今ではくっきりと浮かび上がる。それはわかりやすい程に形を成していくのだ。
本と一緒に持ち歩くようになったスクラップブックには、船長から譲って頂いたレシピと様々な情報が所狭しと書き記されていた。
船上を共にする方々や、アカツキのみんなの好みを追記してはページをめくり、また書き足し……。
その中で文字の色が違う部分がある。
それは、船長へ食事を提供した時の反応や、好み、体調、そして私の気持ちである。
本の内容をなぞりながら、私は一段と濃い色合いで書き込まれた文字を指で撫でるように触れた。
ドキドキと心臓が高鳴り、きゅうっと締め付けられる。
この感覚は今日が初めてではないけれど……以前より強くなっているような気が? 頰に集まる熱を振り払うように頭を振って、深呼吸を一つ。
蓋をしていた感情が、少しずつ溢れ出すのを抑えきれなくなる。
想いを振り払うように次へ、次へ……もっと先までと指が動いてしまうが、この時間はいつか終わるものである。
眠気に抗えず、小さなあくびが不意に漏れた。スクラップブックのページは、まだ調理したことのないページで指が止まっていた。
ここに書かれているレシピを船長に提供できるまで、私は一緒にいられるだろうか? この気持ちを伝えることができるのだろうか。
もし、伝えることができたなら……その時は……。
そこまで考えたところで、私は頭を振る。今はやるべきことに集中すべきだ。
同じ想いを抱いている他の方だって、自分のすべきことを理解しているからこそ、感情のままに行動を起こしていないのだから。
私は、私のやるべきことを。そして……この気持ちを告げるためにも、乗り越えなければならない壁がある。
意を決し、最後に指を止めたページを開きながらありったけの想いを書き込む。
どうか、このページを再び開いた時には……。
そう、願いを込めて。