荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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船長と巡り合い 裏モア

 こちらを睨みつけるように見つめる黄色の瞳。

 両サイドに存在したはずのおだんごは解かれ、柔らかなストレートヘアーが彼女の気性を表すかのように逆立ち、怒気の感じられる声と荒っぽい足取りで私に詰め寄ってくる。

 

 その小さな拳は固く握られており、今にも殴りかかってきそうな程の怒りを滲ませていた。

 怒りの原因が、私にあることは分かっているつもりだ。

 

「敵はどこだ! 今すぐ私が叩き墜してやる!!」

 

 開かれた眼の瞳孔は開きっぱなしで、彼女の鋭い視線がさらに突き刺さる。

 今にも噛み付かんとばかりの勢いに気圧されながらも、私は唇を真っすぐに結んだ。

 いわゆるお口チャック。

 

「黙ってないでさっさと出撃命令をだせ! さもないと実力行使に出るからな!」

 

 普段の彼女からは想像もできない乱暴な物言いに、少しばかり申し訳なさを感じる。

 この状況を引き起こしたのは私だからだ。

 

 正確に言えば空賊による襲撃発生時、彼女が飛行船へ乗船していたこと。

 その際に機銃音から耳を保護する為のヘッドセットを使用するよりも先に、相手からの攻撃を許してしまったこと。

 かくして、彼女の心のリミッターは外れ、裏側に潜むもう一人の人物が顔を覗かせたのだ。

 

 過去の出来事から戦闘機の機銃音を耳にすると現れるのが、怪盗団アカツキ所属のモア。

 通称、裏モアとでもしようか。

 口調が変わっただけと思われがちだが、その実態はトラウマから心を守ろうする為の行動であり、裏モアは自らの意思で行動することができる。

 

 つまり、今の彼女は……日頃から私の知っているモアの姿ではないということだ。

 

「早くしろ! 二度と飛行船を墜とされてたまるか!! 私が戦わなければならないんだ!!」

 

 裏モアは、そう叫びながら私の胸倉を掴み上げた。その小さな身体からは信じられないほどの力が込められている。

 触れられた箇所から感じる温もりは私の知っている温かさだが、それ以上に圧力が勝る。

 苦しいという感覚よりも優先されるのは、恐怖よりも勝る何か。

 

 それは、悲しみが混ざり合った複雑な感情だ。

 

「どうして黙っているんだ! 一言だけ私に命令すればいいんだ!!」

 

 喉を張り裂けんばかりに声を張り上げて、裏モアは私にそう告げる。

 好戦的な表現というものは、表情以上に声、反応である。

 それは、裏モアも例外ではない。

 

 普段の彼女からは想像できない荒っぽい口調と態度は、モアが背負う荷の重みを感じさせる。

 私は彼女の手を軽く握りながらゆっくりと離していくと、その小さな手は以外にも抵抗せずに受け入れてくれた。

 いい傾向だ。私はそのまま手を繋ぎながら、彼女の瞳を見つめた。

 その奥にある悲しみの色を見逃さないように。

 

 私の様子に少し驚いたのか、裏モアはたじろぐが……それでも視線だけは逸らさない。

 その強い意志に敬意を表しながら私は口を開いたのだ。

 

 単独での出撃許可は出せない。

 

 それを口にした瞬間、手は払われて拳が素早く動く。

 彼女が持ち得る最大限の感情を以て振り下ろされたそれだったが、私の顔に届くことはなかった。

 裏モアの拳は震えており、その瞳は驚愕と困惑が入り混じっている。

 

「クソッ! この身体、お前のことが好き過ぎる! 殴ることすらできないなんて!! アイツは眠りについてるはずなのに、なぜこちらの言う事を受け付けないんだ! 出撃しようと格納庫へ走ったにも関わらず、ここに辿り着いてしまう! お前の許可がなければここでは私は何もできないんだぞ!!」

 

 怒りを抑えるような口調と共に、裏モアの瞳からは一筋の雫が流れ落ちる。

 感情の制御が利かないのだろう、覚悟と共に噛み締められた唇から血が滲み始め、彼女の拳は力無く下げられた。

 

「船長、どうしてだ。この船の戦果にも貢献できるし、空賊どもを一掃できる。イジツから空賊が消え去ることは、生きる者にとって大きな利益となるはずだろ!」

 

 眼の色は悲しそうなものへと変わる。まるで捨てられた動物のような顔をして、私を見たままだ。

 吐き出す彼女の言葉は、彼女自身を追い詰める一方で。傷付けるものに他ならないだろう。だけど……。

 彼女の頬を伝う涙を、指で掬い上げる。

 

 指を伝う温かさは生命の輝きであり、そして彼女が生きていることを証明する。

 命というものを守る為に、私たちは命をかけている。当たり前に過ぎていく日常がどれほど幸せなことか。

 だからこそ、私は彼女の手を取りながら言葉をかけるのだ。

 

 飛ぶことを禁止しているわけではない。空賊を鎮圧できる力を無下にするつもりもない。

 ただし、単独での出撃は認められない。

 防衛戦であろうとも、先に出撃した部隊がいる以上、彼女らの連携は必要不可欠な要素となる。

 それを乱す可能性の生まれる行動を、見逃すわけにはいかない。

 

 裏モアの息を飲む声が耳に届いた。彼女は私から目線を逸らしたかと思えば、顔を俯かせた。

 しばらくの間があった後、顔を上げた彼女の表情からは憤りを感じ取れなくなったが……代わりに別の感情が見え隠れするようになっていた。

 

「どうすれば、いい。私は……どうすれば」

 

 声の抑揚が単調になり、まるで小さな子供のような喋り方になる裏モア。

 先ほどまでの荒々しさは鳴りを潜めて、手探りで感情を手繰り寄せるかのように顔を歪める。

 私は、彼女の手を引きながらゆっくりと歩き始める。向かう先は格納庫だ。

 

 裏モアは抵抗することなくついてくるが、表情は驚きに満ちていた。まるで信じられないと言わんばかりに。

 彼女の反応は至極真っ当だ。出撃を否定されたばかりなのだから。

 到着先では、整備員たちが慌てた様子で動いていた。

 

 その中で出撃準備の整った機体を見つけ、裏モアを機体の前に案内した。

 そして彼女は……言葉を失ったように立ち尽くしていた。

 

「これは……私の鍾馗か? しかし……」

 

 そう呟き、裏モアは再度確かめるかのように機体に手を当てながら首を傾げた。

 私はその間に無線で先に出撃しているアカツキの仲間たちと連絡を取る。

 現状の報告と、敵機確認に関する共有。そして、裏モアが出撃するタイミングについて。

 

「私は……出撃できないのでは」

 

 無線を切った私に対して裏モアは不安げな声でそう呟く。

 そんな彼女に向き直り、こう答えたのだ。

 

 単独での出撃は認められない。連携を乱す可能性を見逃すわけにはいかない。

 だが、それらを踏まえた上で条件を満たすならば、問題は無い。

 今の君であれば、むやみやたらに敵機を墜とすだけが能ではないだろう? 

 仲間に気を配り、お互いの状況を理解し合いながら、守るべきものを守れる立派なパイロットになってみせろ。

 怒りを制御し、冷静に戦況を判断し、最適な行動を。

 それらを全て身体に叩き込め。君という存在が眠りについている間でも、同じことが行えるよう。

 モアを守る為に、君自身を守る為に。

 

 私はそう言葉をかけてから、整備員に号令をかけた。

 鍾馗の始動準備が始まり、発動機から発せられる音は次第に高くなる。

 遂には耳を劈くような轟音となり、整備員たちに気合を入れる。

 

 裏モアは出撃準備を整えた機体の中で、鋭い目付きながらも船長室で見せた視線とは、また違う視線をこちらに送ってきた。

 何かを決意したかのような強い意志を感じる瞳で、彼女は言葉を噛み締めるように声を出すのだ。

 

『いってくる』

 

 無線を介して聞こえてきた言葉は、待ち望んでいた言葉であり。

 紛れもない彼女の声に、安心感が込上げるのだった。

 

 

 ──私の激情が嘘だったかのように、心は落ち着きを取り戻していた。

 いつもより状況の把握ができる気がする。

 先程までは不安定な心を壁にぶつけるように突き進んでいたが、今は周囲の風景もよく見えそうだ。

 

 視界には被害が軽微だった飛行船が映り、あれだけ騒然とした状況が夢かと思える程になっている。

 しばらく眺めていると、無線から聞こえるコイツの仲間の声。

 襲撃を受けたとはいえ、一連の様子がなんだか笑ってしまいそうだ。慣れない状況はまどろっこしくて、ムズムズする。

 

 私は、この船に乗ってから空戦以外のことを学ばされたんだと改めて実感させられるな。

 特に……先程の船長とのやり取りが印象深い。

 怒りを受け止め、諭し、妥協点を見出だして。私が納得のできる形を提示してきた。

 

 芽生え始めた感情の息吹を感じ取れることがあるが……これは駄目だ。経験に乏しい私には荷が重い。

 身体の持ち主でさえ、心に揺らぎが起こりそうになれば退避する。

 抑えようのない奔流に身を任せる危険性を、こんな形で実感するとは思わなかっただろう。

 

 だとしたら……悪くないのかもしれないな、私も。

 付け加えるなら、刺激を受け入れるという形で。恥ずかしい気持ちもなくはないが……嫌ではないな。

 そんな複雑な思いを胸に、私の意識は本来の私へと還りゆく。

 

 奥底に眠るだけだが、この身体を通してこれから起こる出来事を見守ろう。

 ……さっさとアイツの胃袋を掴んでこい。自信がなければ私を呼べ。

 背中ならいつでも押してやるぞ、モア。

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