荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景   作:星1頭ドードー

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ラハマ、ナンコー間における陸路調査 前編

 一面、見渡す限りの荒れ果てた荒野。人気はおろか、生物さえ存在しているのか、不安になる程の静けさ。

 この場で唯一の光源であり、周囲に柔らかな温もりを与えてくれる火の付けられた薪が、パチパチと音を立てながら炎を揺らす。

 時折、薪が割れる心地良い音に耳を澄ませながら顔を上へ向けてみれば、町の中では見かける事が出来ない、もう一つ空が私の瞳に映る。

 

 私の近くからは二つの呼吸音。一人はナイトキャップを被り、規則正しい寝相で薄手の毛布から愛らしい顔を出している。

 もう一人は……。顔以外に手足もはみ出しており、独特な髪形に付けられていたヘアピンが周囲に散らばっている。

 対照的な二人。だが、寝顔はとても安らかに。この環境下においても熟睡出来るのだから、戦闘機乗りとして肝が据わってるというべきか。

 

 それとも、私のことを信用して貰えているのかしら? 

 

 

 私の目の前には、幌を装着し、荷物が搭載された一台の貨物車。だが、一般に出回っている物とは一部違うところがある。六輪であることだ。

 操縦席の天井には、一輪のスペアタイヤが可愛らしく乗せられている。

 

「この日を一日千秋の想いで待ち焦がれていましたわ」

「お仕事とはいえ、陸上からナンコーへ向かう羽目になるとは思いもよりませんでしたわよ」

「まぁ、普通は考えないわね」

「時間と資金を提供して頂いた依頼主に、感謝致しませんと」

 

 こんな無茶な依頼を考え付く人物とは? 現実主義者であるマダムとは正反対の位置にいる、政治家であり、夢見人でもある、ユーリア議員だ。

 彼女が提唱する空賊離脱者支援法を、より現実なものとすべく行われるこの調査は、空賊から離脱した者達に対しての新規雇用の確保の為でもある。

 例え空賊達が足を洗う覚悟が出来たとしても、依存の職業では新しい仕事にありつくのは、現状では厳しいの一言。

 それを一番痛感しているのは、言うまでもなくユーリア議員だろう。既にある職業で駄目ならば、まったく新しい職業を。

 そうでも考えなければ、この様な調査を実行しようとは思わないだろうから。

 

 

「お時間を頂けたおかげで、事前にラハマとナンコー間を、上空から視察して進行ルートを作成することができましたの」

「進行ルートと言われましても、この辺りは山岳地帯なのは仕方ないとしても、峡谷はどう超えるつもりですの?」

「峡谷を遡っていきましたら、徐々に谷間が狭く、浅くなり、両側にゆるやかな坂を見つける事が出来ましたわ」

「随分と遠回りになりそうだけど」

「仕方ありません。今回の目的は、あくまで陸路での横断が本命ですから。でも私は楽しみですのよ」

「どう考えてみても過酷な旅となりそうなのに、どこが楽しみなのかしら、タミル?」

「道中の休憩時間であれば、地質調査を行ってもよいと許可を頂いておりますの。お仕事をこなしながら自分の好きな事も出来る。これ以上ないご依頼ですわ」

 

 タミルの答えに、頭に手を置きながらため息一つのエンマ。陸上で起こりえるであろう出来事を想像していたのだろう。

 実際、地形から生き物まで、それなりにやっかいで危険は一杯。もしかしたら救おうとしている空賊に襲われる可能性も否定出来ない。

 その為、日に一度、コトブキ飛行隊から数名が、交代で進行ルート上空を飛行すると説明を聞かされている。

 調査にラハマとナンコー間が選ばれた理由も、空賊への対応によるところも大きいのだろう。

 実際、オウニ商会が拠点としているラハマでは、空賊による町への被害は、他の町に比べれば極力少ないと言える。

 ましてはイケスカ騒動後は、自警団による上空警備が強化された事によるものか、空賊と交戦したという話は一切聞かない。

 まぁ、本当のところは、私の目の前にいる人物が率いる飛行隊の存在が、一番大きいのだろうけど。

 

「リリコ、二人の事をよろしく頼む」

「私は一介のウェイトレスに過ぎないわよ?」

「それでもだ。実力も、人柄も、信用できる人が二人の傍に居てくれるのなら心強い」

「わざわざそれを言いに、こんな朝早くに起きて見送りに来てくれたのかしら?」

「大切な事だろう?」

 

 何の疑いもなく私にそう言い放つ彼女は、コトブキ飛行隊隊長のレオナだ。

 

「律儀な人ね。分かったわ。陸なら私の方が慣れている事が多そうだし、なんとかしてみるわ」

「よろしく頼む。エンマ、タミル、イザという時は……」

「リリコさんに頼れ。ですわね」

「足を引っ張らないよう、努めて参りますわ」

「二人なら大丈夫よ。それじゃ、もう行くわね」

 

 運転席に乗り込みエンジンを始動させる。まだ朝日も昇らぬ時間帯、静かな町に響くエンジン音で、まだ夢の世界に身を委ねている人達を起こしてしまうのは気が引ける。

 

「いってくるわね、レオナ」

「いってらっしゃい、気を付けてな」

 

 手短に挨拶を終え、私達は一路、ナンコーへ目指す旅へと出掛けた。

 

 

「大量に用意されたクッションをどの様に使うのかと思えば、敷くだけでなく背中を保護する為の物でしたのね」

 

 運転席中央で座るエンマ。ラハマから離れ、既に視界に映らない程、離れた距離。

 道らしきものは当然ながら存在せず、山岳に囲まれた荒れ果てた大地と、起伏の激しい地形が、私達を待ち受けていた。

 ハンドルを握り締め、地面と速度に気を使いながら操作をしていく。運転している車が破損してしまえば、この旅はそれまでなのだから。

 

「あの時の様に、急ぎで無いことが救いね」

「あれは! その、今でも浅はかな行動をしたと……」

「気にしてないわ。無事だったからいいじゃない」

「まぁ! 何かおありでしたの、エンマ?」

「上空から月光に追われたりと色々ね。時間は有り余る程あるんだから、タミルに教えてあげればいいじゃない」

 

 あの出来事を聞きたそうに、キラキラと目を輝かせながらエンマを見つめるタミルの姿。

 対照的に、過去の自分の行動を恥じているのか、顔を赤らめながら必死に誤魔化そうとするエンマの姿。

 危機一髪ではあったけど、最後はエンマの判断に救われたのだから、オタガイサマで良いと思うけどね。

 

 

 山岳を迂回しながら荒野を通り抜け、僅かながら地面が穏やかに感じられる様になった頃。目の前に現れたのは、第一関門である峡谷の姿だ。

 道先案内人であるタミルの指示を受けて、峡谷を遡る様に車を進めていく。進行方向とは逆に辿って行けば、嵐の時に羽衣丸を避難させる場所まで行く事が出来るだろう。

 

「タミル、この様な峡谷を渡れる道が本当にありますの?」

「もちろん! 私も初めて目にした時は、盆と正月が一緒に来たような気持ちでしたもの!」

「盆も、正月も、ユーハングからの言い伝えだけどね」

「だとすれば、あの道もユーハングの置き土産。かもしれませんわ」

「わたくしは、無事にこの峡谷を渡る事が出来れば、他に何も言う事はありませんわ」

「まぁ、エンマったら。実際に目にすれば、驚く事間違い無し。ですわよ?」

「はいはい、そう言う事にしておきますわ」

 

 タミルの情熱とは裏腹に、それ受け流す様な態度を示すエンマ。実際のところ、私もこの目で確認するまでは、何も言えない。

 空から峡谷を通過する時は、意識する事も稀であり、陸路として渡るという発想が出てくる訳も無く。ましては、ラハマへ向かう際にここまで迂回する理由は、空の上では無いことだから。

 

 

 何度目だろうか。幾つかの山を避けながら進み、正面に峡谷がある状態で車を走らせていた時に感じた違和感。

 大小異なる岩がそこら中に散らばる周囲の景色と、先程までとは違う地面から伝わる振動の少なさ。

 この様な場所に舗装された道が有る筈が無い。けれど、ハンドルから伝わる、確かに舗装された道。

 視線をタミルへ移すと、微笑みを返される。少なくともお目当ての場所は、この先にあるようね。

 

 

「驚きですわ! 本当にこの様な場所に坂が存在するなんて!」

「ほら! 私の申し上げた通り! リリコさんも驚いたことでしょう?」

「そうね、ここまではっきりと峡谷を渡り切る事が出来る場所を見せつけられたら、お手上げだわ」

 

 目の前には、幅が極端に狭くなった峡谷。そこへ自然に発生して出来上がったとは到底思えない坂が、谷の底まで続いている。

 傾斜に関しても、荷物を運んだ車で上り下りは問題無いと言い切れる。

 

「本当にユーハングの置き土産。かもしれないわね」

「リリコさんまでその様な事を言いなさりますの?」

「自然現象がここまで重なるとは、到底思えないもの」

「もしかしたら、ユーハングがやって来る以前から有る、遥か昔の陸路かもしれませんわ!」

「そこは学者さんにお任せね。今日はここで一泊する予定なんだから、明日に響かない程度に調べてみればいいわ」

「この様な素敵な場所を調査出来るだなんて! 依頼主であるユーリア議員と、お付き合い頂いているお二人には深い感謝を」

「正直、わたくしは必要なのかと疑問が浮かびますわ」

「あら、必要に決まっているじゃない。明日は貴女が運転するのだから」

 

 こちらに振り向き、驚きに満ちた表情で口を開けているエンマ。戦闘機に比べれば操作は簡単なのは、以前経験したのにね。

 その時、上空から周囲に響く発動機の音。ハ二五と……瑞星? 

 音が聞こえてくる方向へ顔を上げてみれば、隼一型が二機と、一〇〇式輸送機の姿まで。こんなところまでやってくる物好きな人物といえば、彼ぐらいかしら。

 車に搭載してきた無線機から最初に聞こえてきた人の声は、言うまでもなくチカだ。

 

『あっ! いたいた! エンマ! タミル! リリコさん! やっほー!』

『チカってば! 大声出さなくても聞こえてるって! 恥ずかしいから止めてよ!』

『別にいいじゃん! 仲間なんだし!』

『三人とも、元気そうで何より』

「あら、アレンではありませんか。予定ですと、キリエとチカの二人が来ると聞いておりましたが?」

『何やら楽しそうな事をしているとケイトから聞いてね。居ても立っても居られなくて、ケイトにお願いしてみたのさ』

「そのケイトは何方に?」

『アレンの隣にいる。当初は提案を拒否する事も考えたが、一人で勝手に行かれてしまうよりはマシと判断してここに連れてきた』

『ケイトは厳しいなぁ。まぁ間違いではないんだけどね』

「まぁまぁ、ご兄妹の仲が良い事は、喜ばしいことではありませんか」

「それで、赤とんぼではなく輸送機まで持ち出して、一体どうしたのかしら?」

『迷惑賃という訳ではないけど、本来、落下させる予定の物資に少し色を付けさせてもらったよ。ケイト、準備はいいかい?』

『いつでも』

 

 予定されていた目標地域の上空まで近づく輸送機。貨物室の扉が開放された後、地上へ向けて物資が投下。

 落下傘を広げた物資は、無事に地上の回収範囲内へと収まる。こんな手段を利用する機会なんて早々無いはずなのに、手慣れたものよね。

 

『そんなわけで、本日のログインボーナス。明日も何か貰えるかも?』

『アレンってさー、時々、よく分からない事を言うよね』

『今更じゃない?』

『キリエに同意。振り回される者の身にもなって欲しい』

『辛辣なご意見だねぇ。そうそう、投下物の中身は飲料水と木材だよ。車で運んでいる分でも十分足りるだろうけど、こちらは気兼ねなく使えればと思ってね』

「お気遣い頂き、感謝致しますわ。物資に余裕があれば、自然と心に余裕が生まれますもの」

『そう言ってくれると用意した甲斐があって嬉しいね』

『準備を整えたのはケイトだが』

『ねーねー! マロちゃん見なかった?』

『エンマー、座り過ぎてお尻が大きくならないようにね!』

 

 各々が好きに喋り出し、キリエの声が聞こえたと同時に、金属を叩く鈍い衝撃音が周囲に響く。気にしていたのかしら? それも魅力の一つだと思うけど。

 それにしても騒がしいぐらい元気で、本当に自由ね。

 

 

 四人を地上から見送り、投下された物資の回収を始める。

 事前にアレンから言われていた通り、物資の中には幾つもの水筒が緩衝材代わりの新聞紙と共に姿を現す。

 箱の両面と底には……木材と薪かしら? 衝撃で割れている物もあるが、燃やす物なので関係ない。日が暮れ始める頃になったら有効活用させてもらおう。

 中身を全て取り出せば、私一人でも十分持ち上げられる大きさだ。これらも焚き火の材料として使えば、夜間、火の心配をせずに済みそうだ。

 

 それらを積み込み、本日の野営地点としている峡谷の底へと再び車を走らせる。

 車一台分ほどの幅しかない坂を目の前に、変速機を最終減速比の最大に切り替え、車輪を滑らせないよう慎重に下っていくのだが、隣ではピアノでも演奏するかのように、指で自分の足を叩くエンマの姿。下る最中の壁を見つめて好奇心を抑えきれないタミルと、横目で見ていても飽きない。

 

「りりリリコさん! こちらを見ずに前を見てください!」

「だって、面白いんだもの。仕方ないわ」

「ちっとも面白くありません! 早く坂を下りきって地面に足を……」

「別にいいけど、当然、速度は上がるわよ?」

 

 私の返答に応えず、先程まで奏でていた指はしっかりと足へ固定される。どうやら諦めて我慢をするようだ。

 今のタミルには、親友の姿は目に映らない様で、そこがまたおかしくて自然と口角が上がってしまう。

 

 

「はぁ……生きた心地がしませんでした」

「私は夢心地の時間が今も続いておりますわ!」

「楽しそうで何より。それじゃ二人とも、交代時間までよろしく頼むわね」

 

 峡谷の底へと辿り着き、エンマがお祈りを捧げている間、私とタミルは手短に野営の準備を始める。

 まだ太陽は昇ってはいるが、暗くなる前に光源の確保と夕飯の支度をしなければならない。

 幸い、有り余る程の物資を追加で頂いた事により、明りと暖については問題ない。食事に関しては、元々予定されていた干し肉を齧る程度だ。

 それらを手早く済ませ、私は深夜の見張り番をする為に、先に仮眠を取らせてもらう事に。

 エンマの手には、護衛用の小銃。タミルの手には、発掘調査でも行うのだろうか、専用の機材とノートを手にしている。

 なんだかとても不安に感じてきたけれど、恐怖心とは別の物。この二人であれば、何か起きても適切な対応をしてくれる事だろう。

 そう信じて私は毛布に包まり、瞼を閉じるのであった。




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