荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
船長室に置かれた大量の酒。
これらは空賊を討伐した際に、町からご厚意で頂戴したものである。
本来ならば報酬を受け取る必要がない為、お気持ちだけと丁重にお断りをするのが普通である。
しかしながらその町の名産品が酒であったこと、それらを狙う空賊どもがよほど憎たらしい連中であったようで、町長直々に酒を寄越したのだ。
幾度かのどうぞどうぞと、いえいえの言い合いを経た末、仕方なく受け取ることとなったというのが今回の経緯である。
問題はかなりの量を貰ってしまった為、保管場所に困っているということである。
ちなみに銘柄は様々であるが、有名なものからジザケと呼ばれるものまで、ラベルを見るだけで楽しめるといった具合のラインナップとなっていた。
だが、私は下戸の為、どれも飲めないものだったのだけれども。
これだけの量をどうやって消費しようか……と思うが、この船に搭乗している隊員たちの顔を思い浮かべれば、数日持つのかと別の意味で首を傾げてしまいそうになる。
さてどうしたものかと考えているうちに、さっそく酒好きが嗅ぎ付けてきたようである。
「まあ、船長ったら。こんなに沢山のお酒をどうしたのかしら? みんなを呼んで宴会でも開くつもりなのかしらね? ふふっ」
含み笑いとともにやってきたのは、フワッとした髪を長く伸ばし、くびれを際立たせるように肌を露出させたオトナのお姉さんと呼ぶにふさわしい人物である。
コトブキ飛行隊所属のザラだ。
彼女は常に笑みを浮かべており、隊長のレオナを支え続ける存在と言える。
「種類も豊富ね。イジツで出回ってるものから、遠い町のものも用意されているみたいだわ。流石ね、これだけあれば色々と楽しめそうね」
などと呟きながら興味深々な様子だが、目は真剣そのものといった感じである。
ザラはザルを通り越したワクであることは、私も含め彼女を知る人たちの間で常識となってはいるが、普段から落ち着いている彼女にしては珍しく浮かれてるように見えるのは、やはり珍しいと思ったりもするわけで。
そんなことを思いつつ見ていると、目が合ったような気がしたので微笑みかけてみた。
──いつものユーハング酒とは趣きが違うが、呑みたいものがあれば好きなのを持って行って構わない。元はといえば君たちの成果のおかげだからな。遠慮なく楽しんで欲しい。
とりあえずそう声をかけてみると、ザラはクスリと笑いながらこう言った。
「あら? もしかして褒めてくれてるのかしら。うふふ、ありがとね、船長。お言葉に甘えて頂いちゃおうかしら」
そう言うと、早速とばかりに机に並べられた酒の数々を手に取り吟味し始めた。
その表情はとても楽しそうであるが、同時に悩んでいる様子もあるようだった。
「うーん、レオナと相談した方がいいかしら……? でも折角の機会だし、一人で決めるというのは少し勿体ない気もするわね。それにどうせなら二人っきりの時に開けたいわ」
なにやら独り言を言い始めているようであるが、あえて聞こえないふりをしておこう。
私は残されている仕事を片付けるため、デスクワークに取り掛かることにする。
カリカリとペンを走らせる音と、ザラの鼻歌が小さく響き合い、部屋の空気を和やかなものにしてくれる。
自分以外の存在が居るにも関わらず、こういった雰囲気作りが出来るということは、彼女の能力の高さを表しているのではないだろうか。
そんなことを思いながら作業をしていると、不意に声をかけられた。
「ねえ、船長。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」
──どうしたんだ。改まって。何かあったのか?
手を止め、顔を上げてみると、そこには封の切られた酒瓶を手に持っているザラの姿があった。
どうやら既にお楽しみ中のようである。
相変わらず早いペースだなと思いながら見守っていると、彼女はこちらへ近づいてきたかと思うと、隣に簡易椅子を置いて座ってきた。
ふわりと漂ってくる甘い匂いと、アルコールの匂いに当てられて酔ってしまわないか若干の不安を覚える。
そんなこちらの気持ちを知ってか知らずか、構わず話を続けるザラであった。
「船長もたまには一杯付き合わない? もちろん、下戸なのは知っているわ。無理強いはしないわよ。でもね、こういうのって誰かと楽しむのが一番なのよ」
にこやかに笑う彼女の顔を見ると断りづらい状況になってしまったわけだが、ここで変に意地を張る理由もない。
ここは素直に受け入れることにしよう。
「うんうん、船長も随分と素直になってきたようで嬉しいわ。最初の頃なんかは警戒心丸出しだったけど、今はそんな風には見えないもの。こちらの方が断然素敵よ」
茶化すような冗談を言う彼女も、おそらく本心なのだろう。
信頼を得ていると思うと、なんともこそばゆい気持ちになるというものだ。
グラスをそっと差し出してくるザラ。それを手に取ると、酌をするかのように中身を注いでくれた。
色を見る限りは、かなり澄んだ透明度の高い液体のようだ。
微かにフルーティーな香りを漂わせているが、鼻にいつまでも残るような感じでもない。
これなら呑めそうだ。
「それじゃ、乾杯しましょうか。折角なんだから祝杯にしたいわね。何か良い話題はないかしらねぇ〜」
わざとらしく考える仕草を見せているあたり、最初から狙っていたらしいことが分かる。
そういうところは相変わらずだと思うが、逆にそこが親しみやすくて良いのかもしれないと考える自分も居るわけで。
まあいいかと開き直ることにした。
──定番かもしれないが、お互いの無事と一日の疲れを労らうというのはどうだろうか? それと……。
「それと? 何かしら? 続きを教えてちょうだい。それとも当ててみようかしら?」
イタズラっぽい笑みを浮かべるザラを見ながら言葉を続けることにする。
もしかしたら笑われるかもしれないが、それも一つの楽しみと考えよう。
──私たちの旅路には果てがない。今後も困難が待ち受けていることだろう。だが、私は君たちと力を合わせて共に進んでいきたいと思っている。願わくば最後まで一緒に。頼めるか?
私の言葉から少しの間を空けた後、肩を小刻みに震わせながら抑え込むような笑い声を漏らし始めた。
その様子から見て察するに、予想通りの結果だったようだ。
恥ずかしさはあるが致し方がないと、諦めの境地で待つことに決めた。
ひとしきり笑い終えた様子のザラは一息つくと、目尻に浮かんだ涙を拭いながらこちらを見つめてくる。
その顔は未だにニヤついていたため説得力がなかったが、一応取り繕おうとしているらしいことは理解できた。
「ふぅ、ごめんなさい。私の想像をいとも簡単に飛び越えていってしまったものだから、ついおかしくて笑ってしまっただけなの。決して馬鹿にしているわけじゃないのよ?」
──大丈夫だ。自分でもらしくないことを言った自覚はある。そこは気にしていない。ザラが満足したのであれば、それでいいんだ。
素直に自分の気持ちを伝えると、唇を尖らせたような表情のままこちらを見つめてくるザラの姿が映る。
「船長ってば、少しぐらいは不満そうな表情をしてくれてもいいのに……そうやっていーっつも許してくれるから、どんどん甘えたくなっちゃうじゃない」
困ったような微笑みを浮かべてみせるザラであったが、頬の血色は良くなっており、酔いが回っていることは明らかだ。
口調がいつも以上に砕けてきているように思えるのは、こちらの意図をちゃんと汲んでくれている証拠なんだろう。
「でもいいわ。とっても素敵な祝杯を挙げられそうね。私からも何かお礼をしなくちゃ」
その言葉を聞きながら酒瓶とグラスを掲げた後、そっと合わせると甲高い音が響く。
それと同時に口元まで持って行き、味わうようにしてゆっくりと喉奥へと流し込んでいく。
すっきりとした味わいでありながら吞みやすい風味となっている為、非常に呑みやすかった。
なるほど、これが空の世界の酒文化か。
悪くないものだと感心しながらも味わっていると、隣で同じように味を堪能していたザラと目が合った。
彼女も気に入ったようで、美味しさのあまり小さく喉を鳴らしているようだ。
それからしばらくは、時間が過ぎていくことさえ気にならないほどに没頭してしまっていた。
空賊との戦闘を終えた後とは思えない、穏やかかつ、居心地の良いひとときを過ごしたことは間違いないだろう。
ただ単純に酒を飲み交わしただけであるというのに、これほどまでに充実した気分に浸れるとは思わなかった。
隣を見ればすでに幾つもの空き瓶を並べてしまっているザラがいる。
自分には真似できないことであり、ただただ尊敬するばかりだ。
「はぁ〜! お酒が美味しい。っといけないいけない、船長には私からもお礼をしないといけなかったわね。えーっと、何にしようかしら」
そう言いながら、悩み込んでいる様子だった。
別に気にしなくてもよいのだが、彼女には思うところがあるのかもしれない。
「そうね……うん。私もちょっとだけ恥ずかしい思いをするかもしれないけど、思い切って言っちゃうわ」
一体何を口にするつもりなのかわからないが、ひとまず耳を傾けておくべきだろう。
そう思い姿勢を整え直す。
そんな心境を知ってか知らずか、ザラは咳払いを一つしてから話し始めた。
「船長が言っていた旅路の話を聞いた時、私とレオナがコトブキを結成した頃から随分と遠いところまで来たんだなと思って感慨深くなっちゃったのよね。それこそ最初は二人で途方に暮れていたんだから」
懐かしむように目を細めるザラの横顔を覗き見るようにして、話を聞き続けることを選んだ。
普段、このような話をすることも少ないだけに貴重な機会だと思ったからである。
「私たちの始まりと言えば聞こえはいいけど、結局は流れ者の集まりみたいなもの。それでも六人が集まって編隊飛行を組めるようになり、イジツの大きな争いに巻き込まれちゃったのは予想外だったけれど」
笑い話のように言うザラの言葉からは、当時を思い出しているのか楽しそうな声色が含まれていることがわかる。
その気持ちを共有したくて頷くと、笑顔で応えてくるところが眩しかった。
「それから船長と出会い、オウニ商会とは別件でイジツを飛び回るようになって、自分たちの隊以外とも関わりを持つようになっただけでなく、空を飛ぶ目的とか、考え方だとか、今まではあまり想像しないようにしてきたことに対して目を向けられるようになった気がするわ」
そう言うなり、天井を見上げるような姿勢で考え込むザラの横顔を見つめることになった。
その姿は美しくもありながら、儚くも感じられたことから目が離せずにいた。
「それが良いことなのか、悪いことなのかは、まだわからない。けど、貴方と出会った時点で確実に選択肢が増えたのは間違いないと思うわ。それも、とびっきり大きく深い沼に足を突っ込むようなことになってしまったわ」
微笑みを向ける彼女と対面する形で座り、静かに聞き役に徹し続けている自分は、一体どんな表情をしているのだろう。
少なくとも笑っているわけではなかったことは確かなのだが、心の奥底から込み上げてくるものがあった。
「あらやだ、泣いちゃいそう?」
おどけた口調で言ってくる彼女に肯定を示すべく、コクンと首を縦に動かした。
それを見たザラは一瞬目を丸くした後にクスクスと笑うと、持っていたハンカチを差し出してきた。
躊躇なく受け取って目元に押し当てた後は、深呼吸を繰り返したのちに改めて彼女を見据える。
涙こそ出なかったものの、情けない顔をしていたかもしれないと思えば気恥ずかしくなるものだ。
誤魔化すように苦笑いをすると、察したらしい彼女は微笑んでいた。
「もう、船長ったら。本題に入る前にそんな姿を見せられたら困っちゃうじゃないの。せっかくのお礼なのに言いづらくなってしまうでしょう?」
困ったように眉根を寄せつつ微笑むザラの姿は新鮮ではあるが、慌てて謝罪をして頭を下げようとする。
そこにスッと伸びてきた指先によって額を小突かれてしまい、驚いて固まってしまった。
痛み自体はそれほどでもなかったのだが、状況が理解できずに呆然としたまま動けずにいる自分をよそに、目の前の彼女は愉快そうに笑っていた。
「あのね、船長。貴方が持つ影響力は、自身が思っているよりもずっと大きいものなのよ? 貴方は無自覚かもしれないけれど、他人を動かす力があるんだから。それに──」
思案するような素振りを見せていたが、何かに思い至ったかのような表情を浮かべると、その唇が開かれた。
「貴方に憧れを抱いていない人間を探すほうが大変だわ。レオナは勿論のこと、最近では私まで影響されてるところがあるんだもの。キチンと責任を──ってそれはひとまず置いといて」
途中で我に返った様子を見せたものの、コホンと咳ばらいを一つしてから話を戻す。
「話が逸れる前に終わらせちゃいましょう。要するに伝えたいのは、私たちと関わり合いを持ってくれて、ありがとうってこと。そして、今後ともよろしくということよ」
ウインクを飛ばしつつ告げられた言葉の意味を理解するまで数秒を要したものの、ようやく意味を理解したと同時に胸の奥底から熱い何かがこみ上げてきて、先ほどは流れなかったものが視界を覆い隠してしまいそうな勢いで溢れかえって来た。
一度決壊してしまったものを止めようとしても無駄な行為であり、止まるどころか勢いを増していった。
そんな中で唯一分かったことは、みっともない泣き顔をザラに見せてしまったという事実だけであった。
その姿を見た彼女が慌てふためいた様子で肩に触れてきたので、落ち着くまで待ってくれることを告げようと試みたが、その前に抱きしめられてしまい、更なる混乱状態に陥る羽目になった挙句、その後の記憶はあやふやである。
酒は呑んでも飲まれるな。
格言を実感させられた出来事となってしまったわけだ。
──私の腕の中で涙を流す船長の姿。
意外性満載の内容でもあったのだが、何故か妙に愛おしく思えたのも事実であって。
彼の弱い部分に寄り添いたいという気持ちが芽生え始めていたことに、戸惑いを覚えずにはいられなかった。
レオナ以外の人にそういった類の意識が生まれるとは、予想していなかったことでもあったりする。
彼はただの男性ではなく、一人の人間としての魅力を持った人物なのだということを再確認することができた出来事でもあり、不思議な体験を共有することとなったとも言えるであろう。
しかし、まさか泣くとは思っていなかったので、些か驚かされる場面もあった。
もしかして泣き上戸だったりするのかしら? それも可愛らしいなと感じる時点で、大分彼に絆されつつあるようだ。
とは思うものの、いつもの堂々と立っている姿のほうがよく似合うと思う反面、こんな一面を見せられては放っておけないという心理もあるのは確かだ。
まったくもって困ったものだと思いつつも、不思議と悪い気がしない辺り、私も重症なのかもしれない。
レオナの憧れの人であっても油断はできないといったところだわ。ふふっ。
慰めるように背中をさする動きが功を奏したのか、段々と落ち着いていく様子が見て取れるようになる。
頃合いを見計らって声をかけることにすると、バツの悪そうな顔をしながら見上げてくる姿は、幼さを残した少年のようで。
上目遣い気味になっているせいもあってか、破壊力抜群の一撃を与えてくることには変わりないようであった。
いつもとは違う弱々しい姿に、守ってあげたい衝動に駆られてしまう自分に気付く。
これは所謂、母性をくすぐられていると言うやつなのだろうか。
だとしたら腑に落ちてしまう。
思えば、これまで接してきて感じた印象とも、また違ったものがあることに気がついた。
普段であれば……冷静沈着だったり、真面目一辺倒であったり、飄々としたり……といった感想を抱くものだが、こうして見る限りでは、そのどれでもなく。
どちらかといえば、不器用な父親像に近いものを感じてしまう自分がいた。
ふとした瞬間に見せる寂しそうな横顔であったり、懐に入れた者たちに向ける温かみのある眼差しであったり。
そういった諸々の要素が一つの形を作るとすれば、家族の一員になったかのような錯覚さえも覚えるのだ。
(あらまぁ、これは意外な展開ね。ふふっ、どうしようかしら?)
思考を巡らせていると、私の腕の中から離れていき、目の前に座っている船長に視線を向けてみると、恥ずかしそうに俯いている姿が映った。
顔は耳元まで赤く染まっており、羞恥心を感じていることは一目瞭然である。
船長という人物は、まるでオタカラを仕舞う箱のように、中から様々な感情が現れて来るタイプなのだと感じさせられていた。
彼という人物のことをまだまだ理解出来ていないのだという結論に至ったものの、それさえも楽しみの一つとして捉えられるようになるほど、今の私の心情は清々しいものとなっている。
自身の変化に気づくたび、思わず笑みがこぼれてしまうのは仕方のないことだろう。
それだけ多くの出来事を経験して来た証ともいえるものであり、同時に喜びでもあるからだ。
(レオナに船長にと、毎日が新鮮なことばかりね)
これからも色々なことが待っているんだろうと思いを馳せると、胸が躍るというもので、自然と気持ちが明るくなってくるのがわかる。
まずは目の前にいる可愛い生き物を救うところから始めましょうか。
そう思うと自然と身体が動いていたようで、無意識に手を伸ばして頭を撫でてあげたあと、再び抱きしめてしまったようだ。
残りの隊員
チカ、カラン、レオナ、ユーカ、ロイグ、フィオ、アコ。