荒野の空、イジツの片隅、ユーハングの情景 作:星1頭ドードー
威厳。
それはいつの時代においても重要なものとして扱われていた一つであり、絶対的強者の立場にいる者が有する独特の空気感を指す言葉としても有名である。
強さを持ち、畏怖を与えるほどの存在感を放つ者は当然の如く尊敬の対象となり得るわけだ。
人は本能的に弱者を求めており、庇護欲を掻き立てるような見た目をしている相手を大事に思う傾向にあるとされている。
その最たる例が子供の姿であるのだが、大人になっても童心を忘れない者も稀に存在しているそうで……。
現に、今も正座をしながら笑みを浮かべている姿は、どう見ても成人男性とは思えなかった。
それこそが、討伐部隊を率いる船長である。
「船長ってさー、昔はスッゴイ飛行機乗りだったんでしょ? レオナとか目をキラキラさせて話してくれたもん」
そうは言いつつも、尊敬の念を一切感じさせない態度で話しかけてくるのは、コトブキ飛行隊所属のチカである。
小さな体躯を駆使して乱闘戦を繰り広げる様は、小柄の女性ならではの戦い方といっても過言ではなかった。
実際、一番槍を自称するほど血気盛んな少女ではあるのだが、本が好きという側面もあり、その知識量はなかなかのもの。
好奇心旺盛な性格ながらも自分を制すこともできる為、優れた素質を持っている人材の一人と言って差し支えないだろう。
「それなのに全然偉ぶったりもしないよねー。何でなのかな? 少しはふんぞり返っても良いと思うんだけど?」
疑問を呈するチカを尻目に、ひたすら書類に目を通し続けていく。
わざわざ言うまでもないことだが、仕事の邪魔をするつもりはないらしく、大人しく待っていてくれるのが救いだろう。
手にしていた万年筆を置き、背もたれに身を預けつつ息を吐き出すと、今度はこちらが口を開く番となった。
──今まさに、そういった連中に牢屋から引っ張り出されて、イジツの平和を押し付けられているところだ。救いなのは手を貸してくれる者たちが、気持ちの良い連中でいてくれることだ。だから私はこうして頑張れていられるんだろうな。
本心を語れど隠すつもりはない。
彼女らの前で虚勢を張ったところで、意味などないことを私は理解しており、故に包み隠さず本音を伝えるべきだと判断しただけに過ぎない。
とはいえ、時折男の子の心が顔を出す時もあるので、薄っぺらい見栄を張ることもあるが……全てお見通しだろうなと内心苦笑しつつ。
ともかくとして、私は彼女たちを信じてこの場にいた。
そんな彼女らに偉ぶることなどできやしないのだが、チカとしては不思議でならないようだ。
「ドウゾクケンオ? いやでもワタシだって命令ばっかしてくるヤツは苦手だなぁ。船長に面倒事をふっかけてくる連中とか!」
腕を組みながらケタケタと笑うチカを見て、私は苦笑した。
本当に素直というか正直というか。
だからこそこちらも気軽に接することが出来るのだろうが、子供扱いはよくないだろうし、失礼になってしまう。
その辺りのことは心得ているので問題はないだろう。
それにしても、エライ人たちに向けてこうもハッキリ意見を言ってくれる子は貴重かもしれない。
変な偏見もなく、純粋に評価してくれた上での発言だろうから、尚更ありがたいものだ。
──彼らはプライドの塊みたいな連中でね。昔、私に苦渋を飲まされたことに対する反発からか、やたらと高圧的でなあ。
「そんなの空の上での出来事じゃん。陸に戻ったら関係ないと思うけどなぁ」
首を傾げるチカの動作に合わせて揺れる、ツインテールでまとめられた髪を眺めながら返答を考えることにした。
確かにそうなのだが、彼らのプライドを傷つけたのは間違いなく私自身なので、今更どうすることもできまい。
だからこそ、余計に面倒なことになりつつあるというわけだ。
「そう考えるとヘンなオッサン程度で済んでる船長って何なのさって感じだよね。仕事は出来る癖に中身は残念なオジサンっていう謎の生物」
酷い言われようである。
だがまあ、チカ自身も悪意があって言っているわけでは無い事は明白であり、寧ろ好意すら感じている節がある。
そうでなければ、こんなにも眩しい笑顔を見せてはくれないだろう。
「うんうん。船長はそのままの船長が一番だよ! ホラ、元気出しなってば」
何故、私は慰められて頭を撫でられているのだろう。
謎過ぎるこの状況にちょっとついて行けそうにないが、考えてみればチカも人の話を聞かないところがあったなと思い直し、納得した。
──ありがとう、チカ。もう充分だから撫でるのをやめてくれないか? さすがに恥ずかしすぎるんだが……。
「別によくない? 誰も見てないんだし。労いの意味を込めてやってるんだから黙って受け取りなよ。ワタシじゃその書類仕事を手伝ってあげられないんだからさぁ」
──仮にも年頃の娘さんだろう。君なら他に親しくなりたい相手なんていくらでも見つかる筈だと思うんだが。
「そうしたい相手ならみんな友達になってるって。船長ぐらいだよ、未だに線引きしてるみたいで距離取られてるのはさ」
呆れ気味に言われてしまえば黙るしかなく、おとなしく撫でられておくしかなかった。
抵抗しようものなら更に機嫌を損ねかねず、後々大変なことになると理解しているからこその判断なのである。
とはいえ、一回りも年下であろう女性に手を焼いてもらうというのも、中々に情けなく思ってしまうものだ。
男としての矜持が……いや、それを言い出したらアイツ等と同じになるのだろうか。
……うん。深く考えすぎず、チカの言葉通りに受け取ろう。その方が精神的にもいいはずだ。
きっとそういうことなんだろう、そういうことにしておかねばならないのである。
大丈夫だ、問題ない。
そもそもの話、何故ここまでチカに懐かれているのかも理解できないところではあった。
疑問の視線を送ろうにも、本人はご機嫌の様子。
「にひひっ、何かチト兄たちと居た頃に、チビ共を相手してた感覚が蘇って来たんだよね。あー懐かしいなー」
屈託のない表情で言われる言葉が私の心に突き刺さるような感覚を覚えると共に、昔のことを思い出しているのか目を細めて笑みを浮かべているところを見た途端、これ以上は何も言うまいと固く決意を固めるしかなかった。
本人が満足げなのだからそれで良いのだろう。
大人であれば、子供に気を遣わせてはいけないと考えるのが一般的だろうし、無理に介入する必要もないはずである。
大人しく頭を撫でられながら、ひと休憩した後に仕事に戻れるなら、僥倖とも言えよう。
──ワタシに頭を撫でられながら微笑み、大人しくしている船長の姿を改めて観察してみると、何だか犬みたいだなって思った。
初めて会った時から思ってたけど、この人は感情が分かりにくい人でさ。
何を考えているかわからないことも多いっていうか。あんまり喋ろうとしなかったし。
そんな無口で無愛想な感じなんだけど、いざというときはワタシ達のささやかな問題を解決してくれたり、ヘンな言いがかりからは全力で守って庇ってくれたり。
何より優しいんだよ。
イジツなんていう厳しい世界で生きていかなきゃいけない中で、他人に対して思いやる心を持ってるっていうのは、ある意味奇跡みたいよね。
ホント、いい人と巡り会えたと思うよ。
あとはもっとワタシ達と仲良くして欲しいんだけど、そこが難しいってとこなんだよね。
他の隊の子も頑張ってるし、少しずつでもいいからさ、慣れていってくれたら嬉しく思うんだけど……どうだろう。
まあでも、あの偉ぶってるヤツラに一発お見舞いさせる気になったのは、一歩前進かな。
少なくともワタシ等を信頼していなくちゃできないことだし、こういうのは嫌いじゃない。
町のみんなは空賊に悩まされているのに、正当な理由も出さずに止めさせようとしていて、それをコッソリと引き延ばして時間稼ぎをしていた船長のことも見てたから、何とかしたかったんだよねえ。
あんな調子でワタシ達をコキ使って威張り散らしているのがトップに居座っているんだとしたら、不満が募って嫌われたって文句言えないでしょ。
騒ぎを起こす理由もあるし、理解もできる。
あとは方法だけど……船長がむやみやたらと戦いを引き起こすのは好まないってことはわかるし、穏便に済ませたいと考えてるんじゃないかな。
そこはレオナや他の隊長たちと話し合って決めるんだろうけど、ひと暴れしたい気持ちもある。
ワタシ等に対してどうのこうのじゃなくて、町の人たちに迷惑かけるんじゃありませんって意味でね。
いったいどうなることやら。
でも全体の士気は高まっており、今ならどんなことでもやれちゃうんじゃないかってぐらいの雰囲気に満ち満ちている。
船長って人を扱うのが上手いなあって思う。
こういう状況になったら誰だって頑張る気になるもんね。
リノウチの英雄だなんて言われるだけのことはあるってことだよ。
本人はその呼ばれ方を嫌がってるみたいだけど、呼びたがる人たちの気持ちも少し分かるかも。
まっ、カリスマ性のある人が凄いってのは、ワタシも目にしてきたし、身近にもいるしね。
船長は先ほどと変わらず、笑みを絶やさずにこちらを見ているだけだ。
きっと今もみんなが笑顔になれる方法を考えてたりしているんだろうなって思っちゃったりして。
……こんなこと考えちゃうあたり、やっぱりワタシも毒されてきたのかな。
悪い気はしてないけどね。むしろ楽しいし。
あとはもっともっとお互いのことを知っていけたらいいなってね。